ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目

 炭治郎

「義勇、はい」
 真菰から受け取った竹刀を、義勇は宝物を抱え込むみたいにギュッと握りしめていた。安心の匂いが強く匂ってくる。でも、炭治郎と違って鼻が利かない人でも、義勇が心底安堵していることはすぐわかるだろう。それぐらい義勇の表情には、めずらしくも感情がむき出しだ。
 竹刀は剣だから、大切にしなきゃいけない。道場で言われた言葉を炭治郎は思い出した。真剣に聞いていたからちゃんと覚えている。
「杏寿郎」
「おぉっ、ありがとう!」
 錆兎から竹刀を返された煉獄も、即座に自分の竹刀を点検しているけれど、竹刀を見る目は義勇よりずっとサバサバとしていた。煉獄にとっても愛刀であるのに違いはないだろうが、義勇ほどには執着していないのが見て取れる。

 あの竹刀、義勇さんの宝物なのかな。竹雄が瑠璃色のビー玉をすごく大切にしてるのと同じで、きっと義勇さんにとってあの竹刀は、大事な大事な宝物なんだ。

 思って炭治郎は、俺も大事にしなきゃと心に刻み込む。義勇の大切なものなら、炭治郎にとっても宝物だ。当然、自分自身の竹刀だって大切にしなければならない。と、考えたところで炭治郎は、肝心な竹刀を置いてきたことを思い出した。
「あっ! 俺の竹刀どうしようっ! 花冠も全部置いてきちゃったし!」
「禰豆子のも! 真菰ちゃんにもらったのに、公園に置いてきちゃった!」
 二人の竹刀は、映画の小道具や衣装と一緒に木の上にくくりつけたままだ。取りに戻ったら危ないだろうか。でも、明日まであのままというわけにもいかない。明日の朝だって練習はあるのだ。それに、花冠だって放っておいたらしおれてしまう。せっかく義勇が作ってくれたのに。
「安心しな。俺のツレが回収してっから、ちゃんと届けてくれるってよ」
「あ、そうだ! 前田さんたちは無事? あのね、証拠映像を隠れて撮ってもらってたの」
 宇髄の返答にホッとする間もなくつづいた真菰の言葉に、炭治郎も不安になる。そういえば前田たちが敵に見つからずに済んだとはかぎらない。玄弥たちだって無事に帰れたか不安だし、一人で残ってくれた不死川のことだって心配だ。
 そうか、まだまだ安心するのは早いんだ。顔をくもらせた途端に、大きな手でグシャグシャと頭を撫でられて、炭治郎はわわっと声をあげた。
「派手に手抜かりはねぇよ。前田からは無事帰ったって連絡入ってたぜ。音声もばっちり撮れてるってよ。村田ってやつも、玄弥たちをちゃんと送り届けたあとで合流したらしい。不死川のほうも派手に伝説更新だ。サイレン鳴らしてくれた連中が、あいつが追手全員叩きのめしてキメ学に手出し無用って宣言したのを見てる。こっちの根回しより、あいつの睨みのほうが効きそうだわ、こりゃ」
 スマホを見ていたのは、それらを確かめていたのか。ニヤリと笑う宇髄の顔には、もうさっきまでの切なさはどこにもない。いつもと同じ、人を食った飄々とした笑みだ。
「根回し? 天元、なんか企んでたのか?」
「んー? ま、ちっとばかり本職の方々に頼んで、馬鹿どもにお灸をすえてもらおうと、な」
「……どうやって? そんな人たちに頼み事なんかして、宇髄さんは大丈夫なの?」
 どういう事態なのかは、炭治郎にはさっぱりわからない。けれど、錆兎や真菰の厳しい顔つきからすると、宇髄が危ない目に遭うかもしれないってことだろうか。それは炭治郎だって嫌だ。いくら助けてくれるためでも、宇髄が危険ならやめてほしい。
「心配すんな。友達の友達ぐらいの伝手でも使いよう……ってな。遊び仲間のツレのツレのそのまたツレってぐらいのやつの親父さんに、紋々背負ってる人がいるだけで、俺は関係ねぇよ」
「その仲間って、どうせ女の子でしょ」
「チャラい……」
「チャラい言うなっ。悪い遊びしてるわけでもねぇぞ」
 錆兎と真菰も炭治郎と同じように乱暴に撫でられ、やめろってわめいてる。もう二人もいつもどおりだ。
「よかった、宇髄さんは危なくないんですね!」
「俺らはな。あの逆恨み野郎がどうなったかは、知らねぇけど」
「それはしかたなかろう。そこまで面倒を見てやる義理などないしなっ!」
 これ以上あいつに関知する気はないとキッパリ示した宇髄や煉獄の声は、炭治郎たちに対するのと違って、ひどく冷たく聞こえる。
 炭治郎は思わず膝をギュッと握りしめた。
 ハチや飼い犬たちをいじめていた人だ。義勇にもひどいことを言った。でも、そんな人でも傷つけられるのはかわいそうだと、炭治郎は思ってしまう。けれど。
 だからといって許せるかどうかは別だし、炭治郎になにができるわけでもない。仕返したいとも思わない。
 嫌だなと思う。なにも悪いことをしていない義勇を恨んでいた人も、お金が欲しいからと義勇を捕まえようとした人たちも、どうしてあんなことができるのか、炭治郎には理解できないししたくもない。あのいじめっ子は義勇に嫉妬したから、義勇を恨んだ。誰かを恨んだり欲張りになったりすると、こんなことになるんだ。大勢の人を巻き込んで、迷惑をかけて、誰かを傷つける。そんなのは嫌だ。嫉妬っていうのは、こんなにも怖い。
 義勇を見ていた不死川からふわりと香った『好き』の匂いを、炭治郎は思い出す。あのとき感じた苦しさは、たぶんヤキモチ。嫉妬はまだよくわからない。
 ヤキモチは、ちょっぴりうれしくて、恥ずかしい。大好きだから独り占めしたくてするのがヤキモチ。義勇はそう教えてくれた。不死川から好きの匂いがしたときに、炭治郎は、今までで一番強く義勇さんを取らないでと思った。だからあれは、ヤキモチだったんだろう。でももしヤキモチじゃなく、嫉妬してしまったら。そうしたら自分も、あのいじめっ子みたいなことをしちゃうんだろうか。
 ちょっと不安になって、炭治郎は義勇をそっと見た。炭治郎の視線にすぐ気づいてくれた義勇はことりと首をかしげて、やさしく頭を撫でてくれる。
 炭治郎がなにを心配しているのかなんて、義勇はわかってないだろう。それでも、まだ誰よりも苦しそうな顔をしているのに、義勇は炭治郎を心配して大丈夫かと撫でてくれる。

 このやさしい人を傷つけたくないから、大丈夫。それだけしっかりと誓っていれば、きっと自分はあんなふうには絶対にならない。やさしい手に、炭治郎は素直にそう思う。

 きっとあの人には、こんなふうにやさしく撫でてくれる人がいなかったんだろう。大好きで大事な人が、誰もいなかったに違いない。でも、炭治郎は違う。
 炭治郎には禰豆子たち家族だけじゃなく、錆兎と真菰や、頼もしい煉獄たちもいる。間違えたら叱ってくれる人たちがいるのだ。それに。
 少し不安そうに眉を寄せながらも撫でつづけてくれる義勇を見上げ、じわりとわき上がってくるうれしさのままに、炭治郎はエヘッと笑った。

 炭治郎には、義勇がいる。大好きな、大切な、炭治郎のヒーローが。

 義勇にはきっと、炭治郎が笑いかけた意味も伝わっていない。でも、小さく笑い返してくれた。それだけで、炭治郎には十分。なにが起きたって大丈夫と思えるのだ。
「おっ? 前田から追加連絡。残りの撮影はいつできるかってさ。こりねぇなぁ」
「撮影といっても、明日はもう午前中の練習だけで解散だぞ? 万が一ということもある。冨岡と子供たちだけで行かせるわけにはいかんだろう」
 あきれた声の宇髄につづき、煉獄も顔をしかめている。
「撮影って、あとどれぐらいあるんですか?」
「んー? 状況は呑めてっから今日の映像だけでどうにかするけど、あとワンシーンだけはどうしても撮りたいんだと。ヒロインの死に顔が絶対にいるらしい」
 さらりと言った宇髄に、ビシリと音がしそうなぐらいに錆兎と真菰が固まった。
「……死に顔?」
「おぅ。炭治郎が水鉄砲で使ったろ、血のり。アレぶちまけて、その上に倒れてるヒロインを……って、お、おいっ、おまえらどうした!?」
 ギョッとした声に思わず錆兎たちの顔を覗き見れば、大きく見開かれた目から、大粒の涙がボタボタと盛大に流れている。
「さ、錆兎っ!? 真菰も大丈夫かっ!?」
「し、死んじゃ、ヤダッ」
「義勇、しな、死なないでぇっ」
 ワァーンと声をあげ泣きだした二人が義勇にしがみつく。宇髄たちも驚いているけれど、炭治郎だって驚いた。だって錆兎も真菰も、炭治郎よりずっと大人で、どんなに大変なときでも泣いたりしないって思っていたから。
 でも。
「ヒロインって、義勇さん……? 義勇さんが、死んじゃうの?」
 炭治郎は、大好きな人が死ぬのがどんなことか知っている。もっと小さいときに、大好きなおばあちゃんが死んじゃったから。大人はみんな、大往生だって泣きながらちょっと笑っていたけど、炭治郎はまったく笑えなかった。だって、大好きだった。死んじゃったらもう二度と会えないんだと知って、すごく、すごく、悲しかった。今だって思い出すと悲しくなる。死ぬってそういうことだ。
 すうっと胸の奥が冷たくなって、炭治郎の目にも大きな涙の粒が浮かんだ。
「ヤダ……義勇さんっ、死んじゃやだぁっ!!」
「ぎゆさん、死んじゃうの……? いやっ、ダメ!! ぎゆさん、死んじゃやだよぉっ!」
 想像するのも嫌なぐらい悲しくて、錆兎たちと同じく泣きだした炭治郎と禰豆子も、義勇にギュウッと抱きつく。義勇に逢えなくなるなんて、そんなの考えるのも嫌だ。
 きっと錆兎たちも炭治郎と同じなんだろう。たとえお芝居だろうと、義勇が死ぬなんてこと、ほんのちょっぴりだろうとも考えたくないし、見たくないのだ。
 大声で泣く炭治郎たちに、義勇が一番驚いているだろう。いつもの無表情がくずれて、オロオロと目が泳いている。困っているのはわかるのだけれども、今離れたら本当に義勇が死んじゃう気がして、涙がどうしても止まらない。泣きながらみんなでぎゅうぎゅうと義勇にしがみついてしまう。
「いや、落ち着けって! なにも本当に死ぬわけじゃねぇんだぞ!? 芝居だ、芝居!!」
 慌てふためいた宇髄に言われても、涙は止まらないし、しがみつく腕も離せない。
 わんわんと四人で泣いていたら、細い腕がキュッと抱きしめてくれた。四人まとめて抱きかかえるには、義勇の腕は細く頼りない。けれどもその腕のなかにいるだけで、こんなにも安心する。
 義勇から香る戸惑いの匂いには、ほんの少しうれしい匂いが交じっていて、炭治郎は濡れた目で義勇を見上げた。涙でぼやけた義勇の顔は、わずかに眉を下げた困り顔。でも笑ってくれている。トクンと胸が一つ鳴って、しゃくり上げたら、義勇の瑠璃色の瞳がすっと宇髄たちを見上げた。
「うーむ、見事に肉団子になってるな。俺も交ざりたい!」
「おまえ、そんな呑気なこと言ってる場合かよ……」
 大きな笑い声をあげた煉獄が、ぽんぽんと順繰りに頭を撫でてくれる。その手は義勇よりもちょっと大きくて、同じようにやさしい。
「俺からもあの眼鏡に撮影の中止を頼み込んでおこう! たとえ芝居でも、俺も冨岡の死に顔を見るのはまっぴらだからな!」
「煉獄さん、ほんとっ?」
「うむ! 俺は嘘は言わんぞ、禰豆子!」
 まだ泣きながらもようやく笑って煉獄に抱きついた禰豆子に、宇髄も肩をすくめた。
「ヒロイン降板な。あのゲス眼鏡には俺が話とおしとくわ」
 やれやれ骨が折れるとぼやきつつも、宇髄も笑顔だ。
「本当か? 本当にもう義勇は芝居なんてしなくていいんだよな?」
「宇髄さん、ありがとう!」
 まだしゃくり上げながら、それでもぺこりとそろって頭を下げる錆兎と真菰に、宇髄の笑みがちょっぴり皮肉げになる。
「おまえらが素直だと、地味にむず痒くていけねぇな」
 なんだと!? と食ってかかる二人の顔はまだ涙で濡れているけれど、それでも元気だ。いつもどおりに戻った大人顔負けなしっかり者の顔に、ちょっぴりの照れくささをにじませて、やいのやいのと宇髄とやりあっている。
「義勇さん、死なないですよね?」
 まだしがみつく腕をほどけないまま聞けば、義勇は、こくんとうなずいて額をあわせてくれたから。
「よかった……」
 笑った炭治郎に、義勇も小さく笑ってくれた。

  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 喉が渇いた腹が減ったとみんなでわいわい言いながら、鱗滝の迎えを待つこと三十分ほど。車でやってきた鱗滝は、しかつめらしい顔をしていた。
 喧嘩なんかしちゃったんだから、叱られるのは当然だろう。炭治郎だけじゃなく、きっと宇髄や煉獄だって、叱り飛ばされる覚悟をしていたと思う。
 けれど、鱗滝は神妙に立ち並んだ一同をながめまわし、怪我はないのかと聞いただけだった。それどころか、義勇もみんなを守って戦ったのだと大興奮で話す錆兎と真菰の頭を撫でて、義勇を抱きしめぽんぽんと背をたたきながら「よくやった」と褒めてくれた。
「あれ、たぶん泣いてるの誤魔化してるぞ」
 とは、ニシシと笑いながらの錆兎の言である。
「鱗滝さん、涙もろいの。隠してるつもりだから内緒だよ」
 クフフと笑って内緒話してきた真菰に、炭治郎と禰豆子も笑う。少し恥ずかしそうに、私たちが泣いたのも鱗滝さんには内緒ねと笑った二人の目は、まだちょっぴり赤い。
「厄介なことに子供たち巻き込んで、すみませんでした」
「年長者としてなすべき責任を果たせず、申し訳ありません」
「元をたどれば義勇に降りかかった面倒ごとだろう。こちらこそ、すまなかった。わしからも礼を言う。君らがいてくれて助かった。ありがとう」
 謝る宇髄と煉獄に首を振ったばかりか、逆に頭を下げ礼を言った鱗滝には、宇髄たちのほうがあわててしまっている。大きな二人がオロオロとしているのはなんだかちょっぴりおかしい。炭治郎は禰豆子と顔をあわせて、ふふっと微笑みあった。
 これで喧嘩騒ぎは、本当におしまい。でもまだ、楽しいゴールデンウィークは終わっていない。お泊りのお礼にみんなで作るカレーが待っているのだ。頑張るぞ、っと握りこぶしを作った炭治郎のお腹がグゥゥッと鳴って、真っ赤になった炭治郎にみんなが楽しそうに笑った。

「よーし、そんじゃカレーとサラダの材料買うぞ。食材選びのリーダーは禰豆子と真菰な」
「はーい!」
「了解」
「予算は四千円まで。計算係は竈門少年と錆兎だ。頼んだぞ!」
「はいっ!」
「任せろ」
 いろいろあったけど、カレー作りの予定に変更はなし。スーパーの入り口で待っていてくれた宇髄のツレだという人――なんとなくネズミっぽい顔した二人組だった――から、炭治郎と禰豆子の竹刀やみんなの花冠もわたしてもらえたし、喉元過ぎればなんとやら。あんな大騒動のあとだけれど、過ぎてしまえば笑って話せる思い出だ。
 鱗滝には車で待っていてもらって、みんなで買い出し。荷物持ちは宇髄と煉獄だ。買い物のお金も二人が泊めてもらったお礼に出すというので、ちょっぴり義勇は不満そうだった。
「義勇にはちゃんと夕飯が食べられるよう体力を回復するっていう、重大な使命があるだろ」
 錆兎に言われ、いかにもしぶしぶそうにうなずいた義勇は、残念だけれど鱗滝と一緒に車でお留守番だ。本音を言えば、炭治郎だって義勇と一緒に買い物したかったけれど、しかたない。少しでも休んでもらいたいのは、炭治郎も同じなのだ。
「義勇さん、帰ったら一緒に人参の皮むきしてくださいね!」
 おねだりに義勇はちょっとうれしそうにうなずいてくれたから、炭治郎はホッとした。楽しい楽しいゴールデンウィーク。今日はお泊り最後の日だ。義勇だけしょんぼり過ごすなんてとんでもない。
 あんまり待たせないようにと気がはやるのは、炭治郎だけじゃなかったらしい。買い物はサクサク進む。
 乱闘ではあまり役に立てなかったとしょんぼりしていた禰豆子だけれど、スーパーでは大活躍だ。なにしろ禰豆子は、いつもお母さんや炭治郎のお手伝いをしているから、買い物だってちゃんとできる。
「あのね、人参は切った茎のとこが黒っぽくないやつがいいんだよ。玉ねぎは固くて、皮がちゃんと乾いてるやつがおいしいんだって」
「へぇ。禰豆子ちゃんよく知ってるね」
「禰豆子、これはどうだ? 黒ずんでないぞ!」
「んっと……黒くないけど茎が大きいから、違うのがいいよ。細いほうがおいしいんだよって、お母さんが言ってたもん」
「禰豆子すげぇな。派手に買い物上手じゃねぇか」
 真菰や煉獄たちに感心されて、禰豆子は照れくさそうだ。はにかみながらもテキパキと野菜を吟味している。炭治郎だって鼻が高い。だって自慢の妹だもの。
 サラダは疲れ果てている義勇にも食べやすいように、アボカドと半熟卵のサラダ。ソースに使うヨーグルトは、どうしても食が進まなかったときにはこれだけでも食べてもらうと、真菰が厳選しつつ多めにカゴに入れていた。
 今日のカレーは具沢山。疲労回復には豚肉がいいって煉獄のアドバイスを受けて、お肉は豚にした。予算の都合上、豚バラだけれども、そのぶん量はどっさりと。なにしろみんな育ち盛りだ。野菜は人参ジャガイモ玉ねぎといった定番のラインナップにくわえて、ブロッコリーやしめじ、パプリカも入れた豪華版にする。
 一所懸命錆兎と計算したから、お会計も予算内におさまって、イエーイ! とハイタッチ。荷物持ちの二人には先に車に戻ってもらって、夕飯の買い物とは別に、炭治郎は一つ買い物をした。錆兎と真菰も、禰豆子もそろって、ひとつずつ。

「お待たせしました! はいっ、義勇さん!」

 差し出したスポーツドリンクを見て、なんで? と言いたげに小首をかしげた義勇に炭治郎は、にっこり笑って言った。
「ずっと抱っこしてくれて、ありがとうございました!」
「……礼はいらない」
 錆兎と禰豆子が宇髄や煉獄にわたしたペットボトルは、お礼の言葉と笑顔で受け取ってもらえたのに。真菰からお迎えありがとうとペットボトルをわたされた鱗滝も、ニコニコと受け取ってくれたのに。炭治郎のペットボトルを、義勇は小さく首を振るばかりで、受け取ってくれなかった。
 しょんぼりと肩を落とした炭治郎の両耳に、錆兎と真菰が顔を寄せてくる。
「炭治郎、さっきの宇髄と同じこと言っとけ。これは俺のエゴですってな」
「心配してる俺のために飲んでくださいって言えば、義勇だって飲んでくれるよ」
 こそこそとした声は、義勇にも聞こえてたんだろう。戸惑う匂いがふわりと鼻をかすめた。
「あの、義勇さん、コレ、お礼だけどそれだけじゃなくって……疲れさせちゃってごめんなさいとか、きっと喉乾いてるだろうから心配だったりとか、えっと、ほかにもいろいろいっぱいあって……だから」
 もじもじと言って、炭治郎はきゅっと唇をかんでうつむいた。
 ずっと抱っこしたまま走ってくれたお礼はもちろんしたい。でも、それだけじゃない。スポーツドリンクを買うとき、炭治郎は義勇の心配もしてたけど、それだけじゃなかった。初めて義勇のためにする買い物にちょっとウキウキとして、義勇さん喜んでくれるかなってドキドキもしてたのだ。
 たぶん錆兎が言ってることは正しいんだろう。エゴっていうのはよくわからないけど、義勇にしてあげたいことは、義勇のためだけじゃなくて、炭治郎がしたいから。
 うん。と、うなずいて、炭治郎は思い切って顔をあげた。
「義勇さんが大好きだから、義勇さんにあげたくて買いました! 飲んでください!」
 グイッと差し出したペットボトルをまじまじと見つめ、そして義勇は、小さく笑った。
「……ありがとう」
「っ、はいっ!!」
 受け取ってもらえたのがうれしくて、みんなも笑ってくれているのがうれしくて。なにより、義勇のやさしい笑顔に、ふわふわと風船みたいに足元が浮いちゃいそうになる。
 ふわふわとしたうれしさは車に乗り込んでもずっとつづいていて、だから炭治郎は気がつかなかった。
 わいわいと騒がしい帰り道、煉獄だけはじっと黙ってなにか考え込んでいたことに。

 道場に通う生徒が大勢いたころに使っていたという、おっきな鍋いっぱいに作ったカレーは、ちょっと水気が多くてシャバシャバしてたけど、とってもおいしかった。炭治郎の家のカレーはいつも甘口だけれど、今日は宇髄たちもいるから、初めて中辛にチャレンジだ。大丈夫かなって心配したけど、禰豆子もちゃんと食べられて一安心。錆兎や真菰も気に入ったみたいで、おかわりしてた。鱗滝もよくできてるって褒めてくれたし、大満足の出来栄えだと思う。
 みんなで手分けして作ったカレーとサラダは、炭治郎と義勇のぶんは一皿を半分こだ。アーンして食べさせあっていたら、今日もなぜだか錆兎と宇髄がなんとも言えない顔をしていた。
 カレーを作っているあいだに煉獄が沸かしてくれたお風呂に入ったら、今日は早めにおやすみなさい。お風呂の組み合わせは、今夜は煉獄は禰豆子と。宇髄は真菰と。そして、義勇とは、炭治郎と錆兎が一緒に入った。
 昼間の不安が嘘みたいに、賑やかだけれど穏やかな時間が過ぎていく。義勇以外はみんな笑っていた。もちろん義勇だって無表情なだけで、楽しい匂いがほんのりとしていたから、義勇もすっかり煉獄たちのことが好きになったんだろう。不死川からしたのとは違う、大好きな友達から香るのと同じ好きの匂い。だから炭治郎は、とてもうれしくなった。義勇が煉獄や宇髄と仲良くなるのは、不思議とヤキモチが出てこない。ただただよかったなぁ、うれしいなぁと、思うばかりだ。

 ちょっと雲行きが怪しくなったのは、さぁ寝ようと道場に敷きつめられた布団に入ろうとしたそのとき。突然、煉獄が義勇の前に進み出た。
 正座して凛と背を伸ばした煉獄に、義勇が戸惑っているのがわかる。錆兎たちもなにごとかと固唾を呑んで見守っていた。
「冨岡、頼みがある。明日の鍛錬では、ぜひとも俺と手合わせしてほしい」
 煉獄の声は静かだったけれど、顔は真剣で、目が強い光を放っていた。
「体調がすぐれないなら諦めるよりないが、問題がないのならばどうかお願いする」
 そう言って深く頭を下げる煉獄に、炭治郎も驚いたけれど、義勇の驚きは炭治郎とはくらべものにならないくらい大きかったんだろう。どうしたらいいのかわからないと言いたげに、オロオロとしている。
 錆兎と真菰はなんにも言わない。宇髄も口をはさまず、じっと煉獄と義勇を見ていた。
 なにか言わなければと思ったんだろう。煉獄の眼差しから逃げるみたいにうつむいた義勇が、小さな声で言った。
「……先生のほうが、ためになる」
「俺は、君がいい」
 きっぱりと言いきられ、困惑しきった顔でそろそろと煉獄を見る義勇の瞳は、昼間の勇ましさなんてどこにも見られない弱々しさだ。

 なんでだろう。どうして義勇さんは、こんなにも自信なさげなんだろう。あんなに強いのに……。

「冨岡、俺は、君がいい」
 繰り返す煉獄に、義勇の目が苦しげに細められる。けれど、もう断ることはなかった。小さくこくりとうなずいた義勇に、煉獄はいかにもうれしそうに笑った。

  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 お泊り最後の朝。今日も目覚めて最初に炭治郎が見たものは、義勇の顔だった。
 結局あの後、じゃあ寝るか! とカラリと笑って言った煉獄に誰もなにも言わず、早々に布団にもぐりこんだのだけれど、義勇だけはなかなか寝つけなかったみたいだ。
 一緒に眠った炭治郎は、心配しつつもどうしても眠気に勝てなくて先に眠ってしまったから、義勇がどれぐらい起きていたのかわからない。でも、起き抜けの義勇は、なんだか疲れているように見えた。
 稽古に出られないほどではないみたいで、朝ご飯だって炭治郎と半分こしたぶんは、ちゃんと全部食べてくれた。とはいえ、昨日の疲れも残っているんだろう。昨夜にくらべ、食べるスピードはずいぶんとゆっくりだった。
 煉獄との手合わせに気がふさいでいるのが、ありありとわかる。そんな義勇を見ているのは心配で、ちょっぴり煉獄が恨めしい。それに、こんな状態の義勇を、錆兎と真菰が止めないのが不思議だった。おまけに、話を聞いた鱗滝も深くうなずいただけで、炭治郎たちに今日は見取り稽古だと命じてくる始末だ。

「煉獄さんはなんであんなに義勇さんと手合わせしたがるのかなぁ」
 炭治郎のつぶやきが、少し不機嫌な声になってしまったのは、しかたない。だって義勇が嫌がっているのがわかるんだもの。自分だけは義勇の味方になってあげたいじゃないか。
「さぁな。煉獄には煉獄なりの考えがあるんだろうよ」
 錆兎と真菰のあいだであぐらをかいている宇髄はこともなげに言うけれど、その考えとやらがさっぱりわからないのが困るのにと、炭治郎は少し唇をとがらせる。
 炭治郎たちの視線の先で、煉獄と義勇は、昨日酷使したそれぞれの竹刀を丁寧に点検している。慣れた作業だからか、どんなに義勇が戸惑っていても、手入れに時間はかからなかった。

「準備はできたか?」
 鱗滝の声がした途端、道場の空気がピリッと張り詰めた。
「はい!」
「……はい」
 ハキハキとした煉獄の声にくらべて、義勇の声はいまだに困惑気味だ。それでも、向き合って礼をする姿は、凛としていた。
 真っ白な道着に、黒い袴。面をかぶっているから、顔はよく見えない。愛用の竹刀をかまえた義勇は、不思議といつもより大きく見える。初めて逢ったときの、ハチからかばってくれた背中と同じように。
 ピリピリと肌をさすような緊迫感。誰も口を開かない。禰豆子でさえグッと口を引き結んだ真剣な顔で、向きあう二人をじっと見てる。
 朝の日射しが道場を照らし、磨かれた床板が光っていた。ピチチチチと表で小鳥が鳴く声がする。静かな朝だ。ゴクリと鳴らした喉の音が、やけに大きく聞こえて、炭治郎は膝の上で拳を強く握りしめた。
 なんで煉獄が義勇と手合わせしたがるのかは、わからない。義勇の強さは、昨日の喧嘩でも煉獄だって十分わかっているはずだ。でももしかしたら、これは義勇にとってとても必要なことなのかもしれないと思った。だって、錆兎たちや宇髄も、鱗滝さえもが、止めようとしない。みんな、義勇のためになると思うから、なにも言わないんだろう。

 もっと……もっといっぱい、いろんなことがわかるようになりたいな。もっと大人になりたい。みんなと同じように、もっと、もっと、義勇さんの手助けができるように。

 義勇は炭治郎にとってヒーローだけれど、ヒーローだって疲れたり悲しくなったりするのだ。炭治郎と同じように泣いたり笑ったり、いろんなことにワクワクして、ドキドキして、ときどきプンプンと怒ったりもする。そうなってほしいと、強く思う。
 だから炭治郎は、みんなと同じようにしっかりと背を伸ばして、道場の真ん中に向かい合って立つ義勇と煉獄を真剣に見つめた。

 強くなるんだ。義勇さんを助けられるように。義勇さんみたいに。宇髄さんや煉獄さんみたいに、錆兎と真菰みたいに、強くなる。守られるばかりじゃ駄目だ。ヒーローにだって手助けする相棒がいるじゃないか。えっと、たしかサイドキックとか、バディっていうやつ!
 うん、俺はいつか絶対にそれになるんだ! ヒーローの義勇さんの隣に立って、一緒に戦うバディに絶対なる!

 そのためには、見取り稽古だって大事な稽古だ。
 なにひとつ見逃さないぞと、息をつめて、炭治郎はグッと身を乗り出した。

「義勇の体力を鑑み、今回は一本のみの勝負とする。――始めっ!」

 鋭く響いた鱗滝の声と同時に、大音声で煉獄が吼えた。ビリリと空気が震える。義勇は無言だ。面の下の顔は見えない。でもきっと真剣な面持ちで、煉獄を見据えている。
 じりっと煉獄の足が間合いを詰めてくる。二人とも剣先はまったくブレていない。
「読みあいしてるな……」
「……うん」
 錆兎と真菰の声がかすれている。試合の邪魔をしないためにか、二人ともささやき声だ。
 どういうこと? と、たずねる必要はなかった。炭治郎は剣道を始めてまだ三日目だ。剣道のことなんて、まだ全然わからない。でも、そんな炭治郎ですらわかる。煉獄と義勇のあいだで、目に見えずとも目まぐるしい攻防戦が繰り広げられていることが。
 昨日の喧嘩で、義勇も煉獄もほとんど止まっていなかった。それはきっと、敵の動きが単純だったからだ。とにかく殴ればいい。つかまえればいい。相手はそんな単純な動きばかりだった。だから二人ともそれに合わせていたんだろう。

 でも、煉獄さんと義勇さんじゃ、そうはいかないんだ。

 観見の目付ってやつで、ちょっとの動きから相手の次の手を読むのだと、煉獄は言っていた。鱗滝ほどになれば、目線や息づかいだけでもわかるとも。それを今、炭治郎は見ているのだ。ゴクリと誰かの喉が鳴った。止まったかのような時間が、その瞬間、動いた。
 煉獄が、ふたたび吼えた。義勇も空気を切り裂くような大きな声を出し……そして。

 それは、まばたきする間もないほど、瞬間的な出来事だった。

 煉獄の大きな体が飛ぶように義勇に迫ると同時に、素早く振りかぶられた竹刀が、気迫のこもった「面!」の声とともに義勇の頭に打ち下ろされた。義勇の動きは、炭治郎にはよくわからなかった。あまりにもなめらかで素早いその動きに、なぜだか川みたいだとふと思う。滔々とうとうと流れる川に似た奔流のような義勇の剣。泣きそうになったのはなぜだろう。懐かしい。そんな言葉が一瞬だけ炭治郎の脳裏をよぎって消えた。
 無駄な動きなんて、きっと一つもなかった。すっと体をかたむけて義勇が煉獄の竹刀の軌道を避けるのと、振り上げられた竹刀は同時。そして。気がつけば長く尾を引く胴の掛け声とともに、パァンッと高く鳴った打突音と足音が響き――。

「一本っ!」

 鱗滝が声とともに腕を振り上げた。
 道場を満たす、音の余韻。空気が震えている気がする。試合は終わったのに、息を吐きだすことすらためらってしまうぐらい、道場は静まり返っていた。
 静寂のなか、ふぅ、と小さなため息が聞こえた。
 煉獄が構えを解き、竹刀をおろす。義勇は、動かない。煉獄の横をすり抜け振り返ったその姿勢のまま、まだ竹刀をかまえている。だがそれもわずかな時間でしかなく、義勇の竹刀もやがてゆっくりとさげられた。
 最初の位置に戻り、義勇は静かに立っている。煉獄もゆっくりと戻り、互いに礼との鱗滝の声で、二人の頭がさげられた。
「……すごい」
 炭治郎が詰めていた息は、そんな一言ともに吐き出された。
 次の瞬間にぶわりとわき上がったのは、はち切れそうな興奮だ。
「すごいっ! 義勇さんも煉獄さんも、すっごいカッコイイ! すごいです!!」
 炭治郎の喉も心も、すごいって言葉でいっぱいだ。それしか出てこない。きっと禰豆子も同じなんだろう。我慢しきれなかったのか、弾かれるように立ちあがり、義勇と煉獄のもとへ駆け寄っていく。
「ぎゆさんも煉獄さんもすごいねっ! 禰豆子も二人みたいに強くなれるっ!?」
「おぉっ、もちろんだ! 禰豆子の手本になるなら、俺も今以上に鍛錬しなければな!」
 負けたのに、面を外した煉獄は快活に笑っている。
 錆兎と真菰は、グッと拳を握り、小さくガッツポーズをとっていた。視線は義勇たちから一瞬も離さない。義勇と煉獄の手合わせは、二人にとっても強く響くものがあったんだろう。宇髄も軽口をたたくことなく、満足そうに笑いながら錆兎と真菰の頭をポンポンと撫でていた。
「今日の稽古はこれまで!」
 鱗滝の声に、あわててみんなで正座する。神棚と鱗滝に礼をしたら、稽古はおしまい。素振りもすり足もしていないけれど、なぜだか今日の見取り稽古のほうがずっと体が疲れたような気がする。でも、それ以上に炭治郎は、ドキドキと高鳴る胸が抑えきれなかった。
「今日で炭治郎たちの宿泊もおしまいだ。バスの時間までゆっくりするといい」
 少し苦笑交じりに言った鱗滝が道場を去っても、なんだかいてもたってもいられない。
 いつか、あんなふうに自分もなれるんだろうか。いったいどれくらい稽古すれば、義勇や煉獄と同じくらい強くなれるんだろう。今はまだ、見当もつかない。でも、諦めるのは嫌だ。
「冨岡」
 面や小手をしまっている義勇に、煉獄が声をかけた。振り返った義勇がなにを考えているのか、いつもの表情のない顔つきからは読み取れない。あんなすごい試合をした後なのに、静かな瞳だった。
 ゆっくりと義勇の元へ歩み寄り、煉獄が真剣な顔で言った。
「冨岡、君が君自身をどう思っていようと、俺は君を尊敬する。君は、立派な剣士だ。終生ライバルとしてありたいと思っている」
 ピクリと、義勇の肩が揺れた。ほんのわずかに眉根が寄っている。なにを言われているかわからないと言ってるみたいだった。
 ふっと煉獄が笑った。強い目が、やわらかくたわむ。
「君がどう思おうとかまわん。俺も宇髄に倣って、エゴをとおさせてもらおう。俺は、何物にも代えがたいライバルとしても、大切な友人としても、選ぶのなら君がいい。君と切磋琢磨し剣の道を歩みたい。覚悟してくれ。次は負けん!」
 笑う煉獄はお日様みたいだ。義勇をまばゆく照らしている。
 義勇もきっと、その笑顔をまぶしく思ったんだろう。パチリとまばたきしたあとで細められた目は、少しとまどいつつも、笑っているように見えた。

「それじゃ、お世話になりました!」
「ありがとうございましたっ!」
 鱗滝の家の前で、煉獄たちと並んでペコリと頭を下げる。宇髄は自転車で帰ることになったから、帰りは煉獄と炭治郎たちでバスに乗る。行きと同じく、持ちきれなかった荷物は煉獄が持ってくれた。花冠は潰れないよう、洋服が入った紙袋の上にふたつ重なってちょこんと入っている。家に着いたらお母さんに習って、ドライフラワーにするつもりだ。
 楽しかったお休みも、これでおしまい。ゴールデンウィークの残り一日は、お店の手伝いや竹雄たちの子守りで終わるだろう。宿題だってしなくちゃいけない。でも。
「義勇さん、次の稽古もよろしくお願いします!」
「お願いします!」
 禰豆子と一緒に炭治郎は、兄弟子兼指導役の義勇に、ぴょこんと頭を下げた。手にはしっかりと竹刀を持って。
 これから毎週、道場に通うのだ。ゴールデンウィークは終わっても、炭治郎の剣道は始まったばかり。義勇と一緒に戦えるぐらい強くなるって目標に向かって、頑張らなくちゃいけない。だから家でも毎日素振りするつもりでいる。
 こくんとうなずいてくれた義勇に、まだまだワクワクドキドキな日はつづくんだと思って、炭治郎のドキドキはますます高まる。
「一緒に試合に出られるよう、頑張ろうな」
「昇段試験もだよ。禰豆子ちゃん、頑張ろうね」
 笑って言う錆兎と真菰に「うんっ!」と禰豆子と声をそろえて元気よく答えたら、それじゃあまたねと手を振る。
 宇髄が自転車にまたがり、煉獄と一緒に炭治郎たちも歩き出そうとしたそのとき。
「……またっ、学校、で」
 聞こえた尻すぼみな声は、義勇のもの。
 唇を引き結んが顔は、どことなし泣き出しそうで、握りしめた手が少しだけ震えている。それでもまなざしは、そらされることなくまっすぐに宇髄と煉獄に向けられていた。
 目を見開いた宇髄と煉獄の顔に、満面の笑みが広がった。
「うむっ! また学校でな!」
「そろそろ教室で受ける授業ふやせよ~」
 笑って大きく手を振る煉獄と、パチンと音がしそうなほどにきれいにウィンクしてみせた宇髄に、義勇は、こくりとうなずいた。
 その口元は、小さく笑っているように見えた。
 錆兎と真菰は、チャラいってつぶやいてたけど。

 笑って泣いて、大暴れもした、ゴールデンウィーク。締め括りは、義勇の照れくさそうな、友達に向けた小さな笑顔。
 終わり良ければすべて良し。
 炭治郎の小さな胸には、収まりきれないぐらいのワクワクとドキドキが、まだまだあふれていている。
 ゴールデンウィークが終わっても、まだまだずぅっと楽しいことはつづく。大好きな人たちと一緒に、いっぱいいっぱい笑って過ごす毎日が、これから先きっと待っている。目標は大きく、道はたぶん遠い。だからこれからだって炭治郎は、いっぱいいっぱい、頑張るつもり。
 
 みんな一緒なら、今度はなにが起きるだろう。それがワクワクと楽しみな炭治郎だった。