ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目

 真菰

 宇髄を見送る時間すら惜しいとばかりの前田に急かされて、炭治郎と禰豆子が義勇の手を引き撮影位置に戻っていく。それを後目しりめに錆兎が煉獄に近寄っていくのを、真菰は視界の端でじっと見ていた。
 錆兎はなにかを隠している。宇髄と一緒に何事か企んでいるに違いない。きっと、義勇に関することだ。それを真菰は確信していた。
 義勇を守るため錆兎が動くこと自体に異論はない。当然のことだ。けれどそれが「真菰を蚊帳の外に置いて」というなら、とうてい甘受などできるわけがなかった。
 錆兎に話しかけられた煉獄は、少し厳しい顔でうなずいている。声は聞こえないけれど、会話の内容は十中八九、義勇を探しているやつらについてだ。錆兎の驚きは演技じゃなかったから、宇髄は詳しい情報を錆兎と共有していなかったんだろう。錆兎と煉獄の会話は、互いが持つ情報の確認、同時に、万が一に備えての相談か。
 いずれにしても、なぜ自分を差し置いて一人で動くのかと、責めたい気持ちにはなった。批難を控える理由なんて一つきり。錆兎が守ろうとしているのは義勇だけでなく、真菰も対象だと知っているからだ。
 剣道の腕前だけなら、錆兎にだって引けはとらないと真菰は自負している。でも性別は変えようがない。
 男らしくが信条で、男ならばとこだわる硬派な錆兎にしてみれば、女の真菰は、戦友であるのと同時に守るべき庇護対象なんだろう。それはもうしかたがない。錆兎が錆兎らしくあるためだと、真菰は理解している。納得しているかと言われれば、断じて否だけれども、錆兎の心意気は理解できた。
 おもてだって文句は言わない。その代わり、見のがさないと真菰は決意している。なにからなにまで錆兎と同じ感情を共有できたのは、もっともっと幼いころだけだ。共感は今も変わらないが、少しずつ差異が生じてきているのは感じていた。
 いつまでも同じ気持ちでいたいと思う。けれど、同じでなくても受け入れてくれるなら、それでよかった。成長につれ性差による感覚の違いはきっと顕著になっていく。いつか、錆兎とまるきり同じ気持ちにはなれない日がくるんだろう。そのときには、納得できずとも錆兎の気持ちに寄り添える自分でいたいと真菰は願うし、努力しようと決意している。
 だから今回も、真菰を巻き込まないようにとの錆兎の配慮は尊重する。でも、素直に従うかどうかは別問題だ。
 錆兎にだってわかるはずなのだ。真菰が錆兎と同じくらい義勇を守りたいと思っていることも、錆兎と一緒にという言葉が、そこには付随していることも。
 なにからなにまで錆兎に従うなんて、まっぴらごめんと真菰は思う。同じでないなら、補い合えるように。それが大事で、それこそが自分の役目だ。
 真菰は視線だけで錆兎の動向を探りながら、ちょこんと禰豆子の隣に座った。
「錆兎、早くしないと撮影終わんないよぉ? 買い物に行くのが遅くなっちゃう」
 気づかぬ素振りで声をかければ、あわてて錆兎が駆けてくる。
「悪い。急いで終わらせないとな」
「カレー作るの時間かかるかもしれないもんね。一度でOK出るように頑張ろうね」
 笑って言うと、錆兎も笑顔でうなずいてくれた。真菰の反対隣りで禰豆子も「頑張ってきれいな花冠作るねっ!」とニコニコしてる。

 優先順位を間違えちゃいけない。まずは義勇や禰豆子たちの安全が最優先。それには早く撮影を終わらせなければ。

 なにしろ身贔屓抜きで目立ちまくる一行なのだ。とにかく顔がいい義勇や宇髄はどうしたって人目を惹く。煉獄だって男前だし、錆兎は言うまでもない。禰豆子や炭治郎もとっても愛らしい。自分はさておき、これだけ顔面偏差値の高い者がぞろぞろと歩いていたら、目撃情報なんてたやすく集まるだろうと、真菰は冷静に考える。
 たしかに宇髄の言うことはもっともだ。うかつに動き回り、敵に情報を与えてやることはない。宇髄が戻るのをイライラと待つより、楽しい休日を謳歌しつつ撮影を進めるほうが、よっぽど建設的だ。「誰が一番きれいにできるか競争しよっ。ね、錆兎」
 勝手に動こうとしたって見のがしてなんかやらないんだから。そんな言葉は顔には出さず、真菰はにっこりと笑った。

「マイクは入ってないから、好きにおしゃべりしていいですよ。自然な感じがいいんで、普段どおりに遊んでください」
 前田の言葉に、錆兎がちょっとばかりげんなりした顔になったのを見て、真菰はクスクスと笑った。拒絶反応の理由はわかるけれども、滅多にない機会だ。錆兎にも笑顔でいてほしい。真菰はつんつんと錆兎の腕をつついて顔を覗き込んだ。
「しかめっ面は駄目だよぉ? 錆兎だけ不機嫌な顔してる映画なんてつまんないもん。ね~、禰豆子ちゃん?」
「うんっ、錆兎くんもニコニコしてるのがいい! ね、お兄ちゃんもぎゆさんもそうだよねっ」
「映画に出るなんてこれっきりだと思うし、みんな笑顔のほうがいいよなっ。義勇さんも笑ってくださいね?」
 にっこり笑う炭治郎に、義勇がちょっととまどってる。義勇には悪いが真菰も全面的に賛成だから、助け舟は出さない。錆兎もきっと同意だ。
 確かめるようにうかがえば、苦笑した錆兎と目があった。クフンと笑ってうなずきあったと同時に、前田のスタートの声がかかった。
「真菰、作り方教えてくれ」
「いいよぉ。あのね、こうしてね……」
 錆兎に自分の手がよく見えるよう肩を寄せ、真菰はシロツメクサを編む。タンポポを手にした錆兎は、初めての花冠に真剣な顔だ。禰豆子も真菰の逆隣りでシロツメクサの花冠を楽しげに編んでいる。
 義勇へと視線を向けると、自分たちよりももっと距離が近い。女の子のような横座りを指示されて、ちょっと不機嫌そうだった義勇は、炭治郎が「俺もおそろいにします!」とぴったりくっついてシンメトリーに座ったおかげで、不満も鳴りをひそめたようだった。

 微笑ましいなぁと思うと同時に、ちょっぴりあきれて、ちょっとだけ寂しい。

 互いに花冠の進捗状態を見せあいながら、ときどき真菰たちへと笑いかけてくる二人に、真菰の胸はほっこりと温かくなる。寂しい気持ちは消えないけれど、義勇は絶対に真菰と錆兎を忘れないでくれるから、それだけでうれしいと思う。
 義勇の一番大事な人は、いつか炭治郎になるんだろう。それでも義勇は、真菰と錆兎のことも大事にし続けてくれるはずだ。順番が変わっても、大事と思ってくれる気持ちが変わらないのなら、それでいい。
 宇髄の指摘どおり、錆兎と真菰に対して義勇は、急いで大人にならなくていいと思っているかもしれない。けれどやっぱり真菰は、温かいこんな時間を守るためにも大人になりたかった。

「できたぁ! はいっ、真菰ちゃんの!」
 真菰の頭にシロツメクサの花冠を被せてくれる禰豆子に「ありがとう」と笑い返し、真菰も作り上げた花冠を錆兎の頭に乗せた。
「はい、錆兎の。やっぱりシロツメクサ似合うね」
「そうか? 自分じゃわからん」
 言いながら、錆兎はまだタンポポを一所懸命編んでいる。眉根を寄せた顔は真剣そのものだ。少し不格好なタンポポの花冠に、悪戦苦闘の跡が見える。
 思わず禰豆子と顔を見合わせれば以心伝心。錆兎の反対隣りににじり寄った禰豆子と一緒に、真菰は笑いながら錆兎の頬をつついた。
「錆兎、笑って?」
「ニコニコして作ると、花冠もニコニコマークの冠になるんだよ?」
 二人から頬をつつかれて目を丸くした錆兎が、ふはっと笑い声を洩らした。苦笑とともにタンポポが編みあがった。
「ごめん、禰豆子。下手くそだ」
「ううん、タンポポの花冠うれしい! ありがとう、錆兎くん! ニコニコマークの花冠だね」
 ご機嫌に笑う禰豆子に照れくさげな顔で笑い返した錆兎が、無表情な義勇に「だそうだぞ、義勇!」と楽しそうに声をかける。真菰と禰豆子も笑ってうなずいた。
「義勇さん、こうですよ。にこ~って!」
 明るく笑ってみせる炭治郎は、とても幸せそうだ。それを見る禰豆子や錆兎も同じ表情をしている。きっと自分もすごく幸せそうに笑っているんだろうと、真菰は思う。だって、こんなにもここは温かい。こんなにも幸せだ。勝手に頬が緩むほどに。
 みんなの笑顔を見回した義勇の目が細められ、やさしくたわんだ。唇がかすかな弧を描き、とてもきれいな微笑みとともに、白い手がタンポポの花冠を炭治郎の頭に被せる。
「……お日様みたいだ」
 つぶやく声がやさしい。炭治郎の頬がほわりと赤く染まった。
 モジモジする炭治郎へと義勇が少し頭を下げる。炭治郎の手で編まれたシロツメクサの花冠が、義勇の頭にそっと乗せられた。真菰は思わずほぅっとため息をついた。
 なんだか映画のワンシーンみたいだ。いや、実際に映画のワンシーンを撮っているのだけれども。

「いいっ!! すっごくいいっ!! 清らかなのに萌えるって最強です! 村田くん君のことは忘れません、ちゃんとクレジットにはAD村田って載せますから出番無くしていいですかっ!? いいですよね! 反論は聞きません、この尊い光景を余計なもので穢すなんて僕の美意識が許さないぃぃっ!」

 地面をドンドン叩きながら叫ぶ前田に、錆兎と義勇の顔からスンッと表情が消えた。虚無感しかない能面の如き顔がシンクロしている。
 もうやだ、眼鏡のこの発作。そろそろ誰かどうにかしてくれないかな。自分でどうこうするのは嫌だ。近づきたくない。
 固まった笑顔のこめかみに青筋が浮かぶのを感じながら、真菰も遠い目で虚空を見た。
「主役なのになんでっ!?」
 叫ぶ村田には、本当に同情しかない。が、まぁ正直どうでもいい。映画のできがどうあれ、ストーリーがどうあれ、真菰にとってはみんなと一緒なこの時間を、きちんと映像に残してくれたならオールオッケーだ。

「うわぁ、きれいっ! お姫様みた~い!」

 突然聞こえた声に、義勇のことかな? それとも禰豆子ちゃんかなぁ。うん、私もそう思うよぉ。と、思わずまた笑みくずれた真菰は、すぐに目をまばたかせた。

 え、誰?

 あわてて振り返り見れば、昨日見た顔ぶれが宇髄とともに並んでいた。