午後3時のフレンチトースト 800文字Ver. 12-4
●お題:炭治郎が不良グループに絡まれているのを目撃した。 ※パンオショコラシリーズ
集金の帰り道、ガラの悪い高校生にぶつかったら、お金を取りあげられた。
泣くもんか。俺は長男なんだから。もう、父さんはいないんだから。
「返せっ!」
代金を持ち帰らなければ母が困る。負けるものかと炭治郎は、グッと不良たちをにらみつけた。
「うるせぇ!」
殴られる! とっさに目を瞑れば聞こえたのは悲鳴だ。
恐る恐る開けた目に映ったのは、不良たちと同じ年ごろの少年だった。
炭治郎を守りつつ不良たちを叩きのめした少年は、奪い返した封筒を無言で差し出してきた。
「あ、ありがとうございます」
少年の顔はきれいだけど暗く沈んでいる。でも見つめる瑠璃色の瞳は、狂おしいほど悲しげなのに、やさしくて。
知らず炭治郎の目から涙が落ちた。
「ご、ごめ、なさ」
父を亡くしてから、ずっと我慢してきた。
悲しくても、不幸になったわけじゃない。なのに誰もが炭治郎をかわいそうだと言う。人のやさしさが、幸せな子からかわいそうな子へと、炭治郎を突き落とす。だから余計に泣けなくなった。
不意に、そっと頭をなでられた。
「おまえが羨ましい」
濡れた目をまばたかせた炭治郎をどこか苦しげな目で一瞥し、少年は、引きとめる間もなく去っていった。
ふわりと心が軽くなったのを感じる。
あの人にとって俺は、かわいそうな子じゃない。
それがただ、うれしかった。
洋食屋に集金に行くといつも、フレンチトーストのお裾分けをくれる。あの日もそうだった。
少年には、あれ以来一度も逢えない。二度と逢えないのかも。
それでもいつかと願う心は、高校生になった今も消えてはくれない。フレンチトーストを食べるたび、思い出すのは瑠璃色の瞳。淡い憧れでしかないかもしれないけれど。
カランコロンとドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
振り返った炭治郎の目に飛び込んできたのは、静かな瑠璃色の瞳をした人。
憧れだけじゃない本当の恋が、今、始まった。
そのときには、布団は一つでいいと思う 12-5
●お題:手を握ったまま眠っている義炭 ※原作軸、両片想い
水屋敷に泊めてもらうようになって知ったけど、義勇さんは寒がりだ。寝間着だとどうにも手足が冷えて、なかなか眠れないらしい。だから冬の夜には火鉢と厚い綿布団が必須だ。
それぞれ布団に入って目を閉じる。布団が温まるまでの時間は、俺でもちょっとつらい。
炭が爆ぜる懐かしい音がした。黒炭だから大丈夫だろう。
前は白炭を使ってたそうで、しょっちゅう爆ぜた炭が飛んでたらしい。意外に大雑把なところがあるから、炭に直接火をつけてたんだろうな。
反射神経の鍛錬にちょうどいいとか言い訳してたけど、義勇さんはよけられても、襖はよけようがないのになぁ。穴の修繕ぐらいいくらでもするけど。
でも、柱稽古をつけてもらうようになってからは、俺が炭の保存もきちんとしてるから、欠けらはもう飛んでこない。
冷えてた布団は、少しずつぬくもってきている。
眠気を誘われだしたころ、隣の布団でもぞりと義勇さんが身じろいだ。
「……寒いですか?」
「……大事ない」
強がるけど、布団はもぞもぞと揺れてる。足や手が冷えるんだろう。
「手、繋ぎましょうか」
俺の体温は義勇さんより高い。せめてと思って言ってみれば、義勇さんは逡巡したあと、俺のほうに少し身を寄せた。俺も布団の端によって、義勇さんに手を伸ばす。
掛け布団を重ねあわせて、布団の下で手を繋ぐ。やっぱり義勇さんの手は冷たかった。
「あったかいですか?」
返事の代わりにキュッと手に力が込められた。
違う布団に寝ているのに、ひとつの布団にいるような気がする。
本当にそうしたら、もっと温めてあげられるのだろうけれど。
「明日は布団もっと近づけましょうね」
そのほうがきっと温かい。抱きあったのなら、もっと。
「……うん」
義勇さんの応えが常より幼い。もう手の温度はどちらも同じ。
火鉢と、綿布団と、俺。義勇さんを温める冬の必需品になれればいい。眠りに落ちる寸前、そんなことを考えた。
死んでもいいわ 12-5 2作目
●お題:義炭で「君がいちばん綺麗だよ」 ※原作軸 義→(←)炭
恋を自覚した義勇は、何度となく炭治郎に告白を試みた。
とはいえ二一にもなっての初恋だ。好きだと一言告げればいいのだろうが、どうしても言えなかった。
姉や錆兎、鱗滝へは、好きと笑い抱きつくこともできた。けれど炭治郎への「好き」は、義勇の口を重くする。
だから義勇は、遠回しに炭治郎に伝えようとしてきた。ある作家も言っていたではないか。「月がきれいですね」で想いは通じると。
「月がきれいだな」
「曇ってますよ?」
「おまえといると楽しい」
「今度善逸たちも連れてきます、もっと楽しいですよっ」
「俺のことをどう思う?」
「尊敬してます!」
成果は今のところ全敗だ。
なぜ通じないとへこんだ義勇だが、このごろでは困らせたり軽蔑されるよりいいと、臆病風に吹かれだしている。とはいえど遠回しな告白はすでに習慣づいていて、想いは知らず口をつく。
「きれいな人ばっかりですねぇ」
たまには洋食でもと訪れた浅草で見かけた女優のブロマイドに、炭治郎が明るい声をあげた。
「おまえが一番きれいだ」
気障な台詞が口をついたけれど、義勇はなにも考えてはいなかった。本心からそう思っただけの話である。
「俺が?」
「愛らしい顔立ちだし、心根も美しいと思う。誰よりきれいだ」
心底思っているから、微笑みすら浮かんだ。とたんに炭治郎の頬が林檎のように染まる。
「あ、ありがとうございます」
うつむき露わになったうなじも真っ赤だ。つられて義勇も照れてしまう。
「……誤解するから、そういうこと言わないでください」
誤解? と疑問は浮かんだが、嫌なら言うまい。赤いうなじを見ていられず、行くぞと歩きだした義勇に、炭治郎もつづく。
「今度、活動写真を見てみるか」
「俺見たことないです。いいんですか?」
「なら、一緒に行こう」
人が多いからはぐれぬようにと手を繋ぎ、色恋にうとい鈍感同士、歩いていく。愛おしいなぁと思いながら。
秘密のデートスポット 12-6
●お題:唇を尖らせて拗ねている相手をかわいいと思っている義炭 ※クソデカ感情シリーズ。同棲して四年後。
「どうしても?」
「だって約束ですもん」
後ろから抱きついて愚痴る義勇に、炭治郎もつられてため息だ。
生徒指導室は義勇の牙城ではあるし、生徒は滅多に近づかないけれども、私物化して逢引はさすがにまずい気がする。
同棲して四年目の春。炭治郎は母校で新任の家政科教師となった。義勇とは同僚だ。
教師の顔ぶれは以前とさほど変わりなく、馴染むのは早かった。問題があるとすれば、教師たちの炭治郎に対する態度が、生徒だったころと大差ないぐらい。
まぁ、変わったこともあるけれども。
たとえば、食事や飲み会への誘いだ。
「クレームに本人が同席しないわけにはいかないでしょ?」
義勇は相変わらずだ。鬼のトミセンの異名は、いまだ健在である。保護者のクレームも変わらない。
おかげで今夜の飲み会はドタキャン。宇髄らのニヤニヤ笑いが、よっぽど癪に障ったのだろう。昼休みに炭治郎を指導室に連れ込んでから、三十分ほども抱きついて離れない。
以前と変わったのは、こういうところもだ。
恋人になっても、義勇はちょっと遠い人だった。自分じゃつりあわないと劣等感を誘われる、完璧な恋人。
だが、炭治郎が社会人になってからは、義勇も少し甘えてくれるようになった。うれしくないわけがない。場所はわきまえてほしいと思うけれども。
「早く帰りますから」
「……ん」
スリッと頬をすり寄せられて、くすぐったさに首をすくめたら、義勇の唇が小さくとがった。わかりやすい。なんだかすごくかわいく見えて、キュンと炭治郎の胸が甘く鳴った。
照れつつもちょんと唇をあわせる。抱え込んでた腕がようやく離された。
「合流できそうなら行く」
まだ少し不服そうだが、それでも機嫌は悪くない。
ちゃんと抱きしめあって見つめあえば、また唇が重なる。
午後はすきっ腹でこなさなくちゃいけないかも。食べそこねそうな弁当が、ちらりと浮かんだ、昼休み。
指導室は、立ち入り禁止。
口説き文句はたとえ話じゃ伝わらない 12-6 2作目
●お題:義炭で「君の目が好き」 ※原作軸 伊黒さんと蜜璃ちゃん登場
冷たい。生気がない。死んだ魚か。
義勇の目をみなそう評す。
「義勇さんの目って本当にきれいですね。宝石みたい。俺は見たことないですけど」
なのに炭治郎は、褒め称えるから困る。
お愛想やゴマすりならば無視もできた。だが炭治郎は、きっと本気で言っているのだ。
「きれいな目……海ってこんな感じかなぁ」
「富士山の色って義勇さんの目に似てますね。登ったら青く染まりそう」
「義勇さんの目みたいに気持ちいい空ですねぇ。飛んでみたいなぁ」
どう返せというのだ。宝石や海を見せればいいのか? 富士山に一緒に登れと? 空を飛ぶのはさすがに無理だろう。
美しいと思われているのはわかる。だからこそいたたまれない。
「なぜ俺らに言う」
唸るように言う伊黒は、機嫌が悪そうだ。悩み相談は場違いだったか。食堂にいた伊黒たちと相席したのはいいが、やはり自分は人づきあいが下手らしい。
「素敵! 炭治郎くんにとって冨岡さんの目はとびきりきれいなのね」
頬染め言う甘露寺に、つい眉尻が下がった。
「炭治郎の目のほうが、ずっときれいだ」
なのに褒められるから落ち着かない。
「ならそう言えばいいだろう」
悩むことかと吐き捨てられ、義勇はうつむいた。
口説いていると思われたら困る。自分は炭治郎に惚れているが、炭治郎は迷惑だろう。
どうにか言えば、甘露寺は身悶え、伊黒の機嫌は地を這った。
絶対に伝えろと説得された義勇が、勇気を振り絞り
「おまえの目が好きだ。俺よりずっときれいだ」
と炭治郎に告げたのは、それから一月ほど経って。
うれしいと、はにかみ答えた炭治郎の瞳は、それこそ宝石よりもきれいで、やっぱり義勇は落ち着かなくなった。
けれども知らず抱きしめた腕のなか、炭治郎は幸せそうに笑ったので。口説き文句でも問題はないらしい。
俺よりずっときれいと譲らぬふたりに、だからなぜ俺らに言うと伊黒が叫んだのは、また別のお話。