800文字で恋をする 1~50

いつかあなたからも触れてくれますか 11‐9

●お題:耳掃除をしてもらっていつの間にか眠っている義炭 ※原作軸 柱稽古→最終決戦後 義←炭

 休憩後、水屋敷に戻る帰り道。しゃべりかけるのはいつだって俺のほう。
 ふと気づけば小さな落ち葉が一枚、義勇さんの髪についてた。
 ついてますよと笑って手を伸ばしたら、無言でスッとよけられた。
 自分で葉をとり、義勇さんは鮮やかな葉っぱを一瞥すらせず道に落とす。半歩分離れた距離。上げた手の行き場に迷ってそっとおろした。
「触れられるのは好きじゃない」
 嫌がる匂いはしないから、俺のことが嫌なわけじゃない。そうですかと笑ってみせた。
 誰だって苦手なことはある。義勇さんの場合は、触られることなんだろう。気をつけなくちゃ。人が嫌がることをしちゃいけない。
 なんだかツキンと胸が痛んだけど、話のつづきをうながされたらじきに消えた。
 そういうことはたびたびあった。俺はお節介だから、うっかり義勇さんに手を伸ばすことが多い。そのたび義勇さんはスッと交わす。気をつけなきゃと思うのに、俺はつい義勇さんに手を伸ばしてしまう。
 触れられない、半歩離れる距離。そのたびツキンと痛む胸。それが以前の俺たちだった。

 縁側に並んで腰をおろす。今も変わらず義勇さんはひとりで水屋敷に住んでる。俺はときどき世話を焼きにくる。
「どうかしました?」
 しきりに右耳を気にしているから聞いてみたら、むず痒いと小さく眉をしかめる。
「耳かきしましょうか。俺、得意ですよ」
 しまったと思った。義勇さんは触られるのが好きじゃない。
「頼む」
 嫌がられると思ったのに。ビックリする俺に、義勇さんはこてんと首をかしげた。
「耳かきとってきます!」
 あわてて耳かきを持ってくれば、義勇さんは座った俺の膝にとんっと頭を乗せた。
 半歩離れると痛む胸は、触れると甘く高鳴った。
 痛くしないようそっと耳かきを動かした。そのうち小さな寝息がして、義勇さんはうとうととまどろみだした。
 膝の上の温もりと寝息に、泣きそうなぐらい幸せになった、そんな昼下がり。

二度と駅弁なんて食べられないとお前は拗ねた 11‐10

●お題:お姫さま抱っこをしている義炭 ※原作軸 恋人設定

 これはどういう状況なんだ。
「ねっ、できたでしょ?」
 うれしそうに見下ろしてくる炭治郎の顔が近い。思わず身じろげば、危ないですよと抱え直された。
 まだまだ力が足りない励めと、確かに義勇は言った。はいと元気よく返事しつつも、かなり力持ちになったと思ったんだけどなぁと悔しそうにするから、そうかと少し笑ってみせた。それはいい。本当ですよと、ちょっぴり不満そうに炭治郎が唇をとがらせたのも。
 だが「義勇さんを持ち上げるぐらい簡単にできます」と宣った挙句、いきなり義勇を抱え上げたのは謎だ。力持ちの証明が、どうして俺を横抱きにする結論になるのだ。
 せめて子どもを抱っこするように……いや、それも嫌だ。許容範囲は肩に担いだり小脇に抱えるまでだろう。それはそれで状況を考えると複雑だが。
 混乱はほんの数秒。力も判断速度も、柱である義勇に炭治郎はまだまだかなわない。さっさと降り立った義勇に、炭治郎は不満げだが知るものか。
「力がついたのはわかった」
「でしょうっ!! もっと頑張ります!」
 褒めたわけではないが炭治郎はうれしそうだ。まぁいいかと思ってしまう自分が、なんとなく面映ゆい。
 絆されて受け入れて恋仲となった今、炭治郎にべた惚れなのは自分のほうかもしれない。それぐらいには炭治郎の一挙一動に心揺り動かされている。
 だがそれを認めるのは、少々癪だ。
 笑う炭治郎をちらりと見下ろして、浮かんだいたずら心に義勇はかすかに唇に笑みを刻んだ。
 ん? と炭治郎が首をかしげる間もあらばこそ、さっと横抱きに抱え上げる。苦もなく腕から抜け出すなんて炭治郎にはできないはずだ。
 力の差を証明してやるとささやけば、真っ赤に染まる幼い顔が愛おしい。これからすることを、自分もできると言い出されては困るなとちょっとだけ思いながら、義勇は寝室へと足を進めた。
 日はまだ高いが、時間は有限なのだ。
 さぁ、ここからは、恋人の時間だ。

春うらら 11‐11

●お題:プレゼントを背中に隠し持ってる義炭 ※原作軸 義+竈門兄妹風味

 傷薬の補充に行ったらついでに問診をと押し切られた。体調管理も柱の務めと言われれば拒むこともできず、質問に答えること暫し。ふと視線をやった窓の外、庭の片隅にしゃがみ込む兄妹が見えた。
 日の下に出られるようになった禰豆子が、炭治郎とともに外にいるのはおかしなことではない。診察室の窓からうかがい見るふたりは楽しそうに笑っていた。
「なにをソワソワとしてらっしゃるんです?」
 義勇の答えを待たず自分も窓へと目をやった胡蝶は、あらと声を弾ませ目を細めた。
「楽しそうですねぇ。交ざりたいんですか?」
「違う」
 義勇の答えなどてんで無視して、しかたないから問診はこれまでにしましょうかと、さっさと行けとばかりに追い立てる。この年下の同僚のいかにもな訳知り顔が、義勇はちょっぴり苦手だ。
 笑んだ視線が見張っている。声をかけずに帰れば、それだから嫌われるなどと言われ面倒だ。なぜ言い訳めいたことを考えているのか、義勇自身にもよくわからない。
 せっせとなにやら手を動かしている兄妹に近づくと、気づいたふたりはパッと顔をかがやかせたものの、すぐに慌てだした。手を後ろに隠してこんにちはと頭を下げる顔は笑っているが、明らかになにかを隠している。
 なぜだかちくりと胸が痛んだが問い質すのもためらわれ、立ち去ろうとしたら袖を掴まれ止められた。 
「もうちょっとでできるんです」
 ふたり顔を見あわせおずおずと、見せてきたのは作りかけの花冠。
「義勇さんが来たのが見えたから、お世話になってるお礼をしようと思って」
「あ、ありあと、ぎゆっ」
 礼を言われることはしていない。なんで花冠? 疑問はつきないが、無邪気な視線に勝てず腰をおろした。もう少し待っててくださいねと笑うふたりはうれしそうだ。
 出来上がった冠を頭に乗せた義勇を、きっと胡蝶はからかうだろう。それでもいいかと独り言ち、知らず微笑んだ昼下がり。花が笑んでいた。

だから繋ぎとめてくださいねと願った 11‐12

●お題:寝起きの間抜けな顔にキュンとする義炭 ※原作軸 恋人設定

 兄弟子である義勇と恋仲になったのは、炭治郎にとってはたいへん感慨深いものがある。
 信じがたい出来事は、それまで炭治郎が知るかぎり、悲しみと絶望をともなうものばかりだった。けれども、義勇に想いを寄せて寄せられ恋仲になったのは、心浮き立ち幸せに身悶えてしまう。信じられない出来事なのは変わりないのに、恋というのはすごいものだ。
 初めて想いを告げあったのも、唇をそっと合わせたのも、義勇とだった。初めてのそれらに、炭治郎は心の臓が破裂するんじゃないかと思った。口を吸われて舌を絡められたときも、同じ褥で夜を過ごしともに朝を迎えたときも、もしかしたらこのまま死ぬんじゃなかろうかと割合本気で思ったりもした。
 しかし慣れれば慣れるもので、今ではそれが日常となっている。
 深まる秋の早朝、冷気に目を覚ました炭治郎は、すぐ目の前にある義勇の寝顔に、ほにゃりと笑った。
 かわいい。寝起きのぼんやりとした頭で思いながら、義勇をそっとゆすぶる。
「朝ですよ、義勇さん」
「ん……ねーね、もうちょっと……」
 パチリと炭治郎の目が見開いた。寝顔すら麗しいご尊顔で、ポヤポヤと口にするその文言の破壊力たるや、とてつもない。
 なんだかもう、うわぁ、としか言葉が浮かばない。うわぁ。なんかこう、なんかもう、うわぁぁぁ。
 パチリと義勇も目も開いた。まじまじと炭治郎を見つめる瞳は呆然としている。ビックリ顔もかわいい。思った瞬間、義勇はガバリと炭治郎に覆いかぶさってきた。
「忘れろ」
「え? 無理……ひゃわっ!」
 むぅと眉をしかめた義勇に首筋を吸われ、小さく叫ぶ。
「……間抜け面」
「いきなりだからですよっ」
 義勇さんだって寝ぼけてたくせにとは、言えなかった。炭治郎の口は義勇の口で塞がれていたので。
 慣れたと思っても慣れやしない、この日常、恋のあれこれ。今朝もやっぱり、このまま死んじゃうかもと、割合本気で炭治郎は思うのだ。

イロハの先もあなたから 11‐12 Twitterに流すのミスって悔しかったので2作目

●お題:両手を広げてハグを求めている義炭 ※原作軸 恋人設定

 好きだなぁと思って、好きだと言われて、義勇さんと恋仲になった。うれしいけど、恋仲ってなにをすればいいんだろう。一緒にご飯を食べたり楽しくお話したりするだけで、今までとなんにも変わらない。
「どう思う?」
「うん、とりあえず俺に聞くのやめて」
 善逸はいい奴だ。青くなったり叫んだりしつつも、ちゃんと教えてくれたんだから。

「義勇さん、手を繋ぎましょう!」
 ふたりで水屋敷に向かう途中で言ってみた。恋のイロハのイは手を繋ぐこと。善逸の教えどおり提案した俺に、義勇さんはじっと俺の手と顔を見比べたあと、手を繋いでくれた。
 竹雄たちと手を繋いで歩いたのを思い出して、楽しくなって笑ったら、義勇さんも小さく笑ってくれた。

「義勇さん、はい!」
 ご飯を食べたあと、思い切ってイロハのロに進んでみることにした。恋仲になると抱擁するらしい。バッと両手を広げた俺に義勇さんはキョトンとして、自分も手を広げて首をかしげた。
 えーと、俺のほうから来いって言ってるのかな? 俺も思わず首をかしげて、手を広げあったまま向き合うこと暫し。
「これは……なんの遊びなんだ?」
「え? あの、抱擁です。恋のイロハのロだと聞いたので」
 答えたとたんに、スンッと感情が読めない顔になった義勇さんは、静かに腕をおろした。
「まだ……早くないか?」
「そうなんですか?」
 そういうものなんだろうか。イからロに移るまでは、時間をかけるものだったのかな。
「ごめんなさい、俺、よく知らなくて」
 しゅんと言ったら、義勇さんが近づいてきた。そっと頭をなでてくれる手がやさしい。トクンと胸が鳴った。
「おまえの恋がもう少し育ったらちゃんとする」
 だから急がなくていいと小さく笑う義勇さんの顔にドキドキして、顔が熱い。
 恋のことはよくわからない。でもきっと、全部義勇さんが教えてくれるだろう。
 えへっと笑った俺を、義勇さんはそっと抱きしめてくれた。