800文字で恋をする 1~50

誰も知らない秘密の話 11-26

●お題:義炭で「これは誰にも言わないこと」 ※キメ学軸

 鬼の体育教師冨岡義勇の日常は、意外と多くの生徒に知られている。
「友達から聞いた」で始まる噂話は、眉唾と思われがちだけれど、大概は事実だ。
 噂の発信源は決まっている。冨岡先生について知りたいなら炭治郎に聞けと言われるほど、彼の口から出る冨岡先生の話題は多い。
 別に誰彼かまわずふれまわっているわけじゃない。昼休みなどに話題を持ち出すことが多いだけの話である。
 聞かされる親友たちはと言えば、善逸は冨オエェェェッッ!! アレルギーだし、伊之助は他人の日常になど興味がない。だから、大概は「はいはい」で流されて、そこで終わる話だ。
 なのに噂になる理由は、冨岡先生が女生徒人気ナンバー2だから。冨岡先生は観賞用という大変失礼な前置きがつくが、人気者であるのに違いはない。恐怖の対象としても注目されている。
 だから炭治郎が冨岡先生の話をしだすと、聞き耳を立てる級友は多い。それが回り回って噂は学園を巡る。
 結果、無口不愛想なせいで一見ミステリアスな体育教師の日常は、学園中に筒抜けとなっている。
 
『冨岡先生は、パンをえらぶとき子どもみたいにトングをカチカチさせる』
 
『椅子で居眠りしててガクンとなったあと、いきなり髪を結び直してた。猫か、猫なのか』
 
『食事すると大抵顔にご飯粒がついてる。箸づかいはきれいなのに、どうしてそうなるのか、謎』
 
『竹刀ダコで手のひらは固い。でもいつもさらりと乾いていて、撫でられるとホワホワする』
 
『雨の日に拾った飼い猫の名前はリンゴ改め富士。リンゴの箱にいたから。単純と言ったら富士に変わった。いやそれ、品種になっただけ』
 
 今日も今日とて、鬼教師の日常は学園を巡る。でも炭治郎が口にしないこともある。
「これは、誰にも言わないこと」
 触れあわせたばかりの唇に、しぃっと指をあてて薄く微笑んだ冨岡先生と、約束したから。
 よい子の炭治郎が、厳守しているのは言うまでもない。

いっぱいお召し上がりください 11-27

●お題:大好物を頬張って幸せそうな義炭 ※原作軸

 柱稽古を始めてから、毎日俺は義勇さんと食事する。
 義勇さんは恩人だ。俺に進むべき道を教えてくれた人。俺を信じて命までかけてくれた。恩返しには到底足りないけど、どうせなら好物を食べてほしくて聞いたのに。
「作らなくていい」
「なんでです?」
「好物を食べると必ず驚かれるし、視線をそらされることも多い」
 いつもと表情も声の調子も変わらないけど、へこみ具合が匂いでわかる。
「大丈夫ですよ! 俺は絶対にそんなことしません!」
 胸を叩いて言った俺に、義勇さんから少しだけうれしそうな匂いがした。
 
 でも不思議だ。そりゃ義勇さんは、ご飯粒をしょっちゅうつけてたりするけど、人に嫌がられるような食べ方するわけじゃないのに。
 よし! 俺は義勇さんがどんなに変な顔しても、驚いたり顔を背けたりしないぞ。
 
 いつも以上に張り切って、鮭大根を作った。義勇さんの好みの味付けは少し甘め。ご飯だってつやつやに炊いたし、おすましや金平牛蒡も我ながらいい出来だ。
 これなら義勇さんも喜んでくれるだろう。
 ウキウキと義勇さんの前に膳を置いた俺は、やっとみんなの反応の理由を知った。
 目を見開いた俺に気づいた義勇さんの顔が、サッと曇る。鮭大根や炊き立てご飯の匂いより強く、鼻をくすぐる悲しい匂い。
「違います! その、笑った顔が……すごくきれいだったから」
 照れる俺に、悲しげな匂いを薄れさせていった義勇さんは、小さく言った。
「よかった……おまえに嫌われるのはつらい」
 俺の心の臓は、一瞬止まっていたかもしれない。
 
 好物を前にした義勇さんの微笑みは、きれい。見つめてると、どうにかなりそうなほどに。
 
 そして今、義勇さんは俺に、鮭大根を食べなくても笑ってくれる。
 おまえがなにより好きだ。そう言って笑う義勇さんは、とてもきれい。
 俺が返す言葉はいつも、おいしく食べてくださいね。義勇さんの好物は鮭大根。大好物は、ふたりだけの秘密。

卒業まで、あと十日 11-28

●お題:義炭で「一生お世話してやるよ!」 ※キメ学軸 義←炭

「炭治郎くん、よろしくね」
「任せてください! 一生だってお世話します!」
 胸をたたいた炭治郎に、蔦子も頼もしいわねと笑った。
 義勇は憮然と黙りこんだままだ。姉の命令には、さしもの鬼教師も逆らえないらしく、口をはさむ気配はない。炭治郎にとってはありがたいかぎりだ。
 嫁に行く蔦子の悩みは、ひとりになった義勇がまともに暮らせるかどうか。
 成人男性に対してかなり失礼な話ではある。幼いころに両親を亡くした弟が、かわいくてならない蔦子は、実はけっこうな姉馬鹿だ。
 渡りに船と炭治郎が名乗り出たのは当然だったろう。嫁のように義勇の身の回りの世話ができるのだ。喜ばしい以外のなにものでもない。
 できれば毎日でも押しかけたかったが、義勇が頑として許さず、週末に一人暮らしとなった義勇の家に通うこと、早三年近く。
 
「卒業しても通いますね!」
 炭治郎としては当然一生だってオッケーだ。だが義勇は、いかにも苦々しげに深いため息をついた。長年の片想いが実るなんて思っちゃいないけど、さすがに傷つく。
「春からは通わなくていい」
 そんなこと言うなんて、ひどい。
 泊っていくか? なんて、初めて言われて舞い上がった途端にこれだ。
 泣きだしそうになった炭治郎は、けれども泣くどころじゃなくなった。
 春からは一緒に住めばいいなんて、ささやく義勇が信じられなくて。
 信じられない、嘘だと繰り返した炭治郎に、じゃあ信じられるように証明してやると、うっすら笑った義勇の顔は、炭治郎の思考を止めるのには十分すぎた。
 
 さて、パニックのまましっかりきっちり証明された炭治郎が、翌朝頭から布団をかぶったまま
「あんなの知っちゃって、これからどうすりゃいいんですかっ」
 と真っ赤な顔でなげくのに、義勇は至極幸せそうに言ったものだ。
「一生俺が世話してやるから、安心しろ」
「……一生、俺が作ったご飯食べてくれます?」
 答えは小さなキスだった。

一歩一歩、同じ時を歩く 11-29

●お題:手を繋ごうとして手をぷらぷらさせている義炭 ※原作軸、最終決戦後。両想い。

「禰豆子たちは笑って送りだしてくれました。いっぱい思い出が欲しいんです、一緒にいさせてください」
 昔と違って俺はかなり欲張りになった。我儘にも。義勇さんのこと限定で。
 だって両想いだと義勇さんの匂いが教えてくれている。限られた命なら、たくさん一緒にいて、いっぱい思い出を作って、幸せだったと終わりたい。義勇さんにもそうあってほしかった。
 すがりつくように言った俺に、義勇さんは泣きだしそうな顔をした。
「馬鹿だな……」
 泣き笑いの顔で小さく言う。左手が俺を抱き寄せた。やさしい鼓動。俺たちは恋仲になった。
 
 今、俺は義勇さんの左隣を歩いている。
 まだ手を繋ぐことすらない。恋仲になっても、義勇さんは俺になにもしようとしなかった。
 時間がないと急いて進むのではなく、時間がないからこそ、ゆっくり一つひとつを大切にと、義勇さんは言う。
 だけどそろそろ手ぐらいは繋ぎたい。手をプラプラ揺らして、ほら、俺の手は空いてますよぉと無言の訴えなんかしてみる。義勇さんは素知らぬ顔。
 むぅっと頬をふくらませた俺に、傍らを歩く義勇さんは、小さく笑った。義勇さんは最近よく笑う。
「手をふさがれるのは慣れない。許せ」
 闘いの日々が終わっても、習慣はなかなか変えられないらしい。ましてや今は隻腕だ。手を繋いでちゃ万が一の場合に対応が遅れると、いまだに思ってしまうのだろう。
「……だが、家に帰ったら」
 ぽつりと言った義勇さんの横顔は、いつもの無表情。でもちょっぴり照れてる匂い。
「はいっ、家に帰ったら」
 時間がないからなんて理由じゃなくて、好きだから一つひとつ増やしてく。焦らずゆっくりと恋を育てる。
 俺の指先が、義勇さんの指をかすめた。俺を見下ろし義勇さんが微笑む。
 繋いではいない手。でも触れあう指先。伝わるのは温もりよりも想い。
 鬼狩りの日々を駆け抜けた俺たちは、今、ゆっくり少しずつ、歩いてく。想いを育てながら。

あなたの好きは全部俺 11-29 2作目

●お題:義炭で「いま、好きって言った?」 ※キメ学軸、恋人設定。

 義勇さんが口下手なのは知ってるけど、ふたりきりのときぐらい、好きって言ってくれてもいいと思う。
 先生と生徒っていう立場上、学校ではお互い名前で呼ぶことすらできない。その分も俺は、ふたりきりのときにはいっぱい名前で呼ぶし、好きですって何度も言うのに。
「疑ってるわけじゃないんだ。でも、少しぐらい言ってくれてもいいよな?」
 親友の善逸と伊之助、それから禰豆子にだけは、先生と恋人同士だって打ち明けている。だから相談相手は自然と決まってた。
 いつもなら「なんで俺に言うんだよぉ。冨オエェェェッッ!! のことなんか知るかっ!」と騒ぎつつも相談に乗ってくれる善逸は、今日はなぜだか首をかしげた。
「え? 好きってあの人言ってるだろ? うっざいくらいに」
 いやいや、それなら相談しないし。
「だってさぁ、あの人おまえといると、追いかけてるときすら好きって音しかしないんだぜ?」
「えっと、それ……ホントに?」
 善逸の耳は確かだ。聞き間違えたりしない。それなら義勇さんはいつも、俺のこと……。
 熱くてしかたない顔を覆った俺に、善逸は「今度よく嗅いでみろよ」と苦笑した。
 
 土曜の放課後、俺は先生の家で過ごす。たまにお泊りもする。
 家での義勇さんは、炭治郎って、何度も俺を呼ぶ。あきれるくらいに。
 善逸のアドバイスにしたがって、匂いを注意深く嗅いで気がついたことがある。俺の名前を呼ぶとき、義勇さんから香る好きって匂いが強くなるのだ。
「炭治郎、醤油とってくれ」
「ねぇ、今、好きって言いました?」
 気を抜いてたんだろう。こくりとうなずいてから、義勇さんはあわてて顔をそらせた。
「俺も好きですっ、義勇さん!」
 立ち上がりギュッと抱きつけば、憮然と眉を寄せる。
「炭治郎、食事中」
 お説教口調でも、強く香る好きの匂い。あなたが俺を呼ぶたびに。
 
 義勇さんの好きって言葉は、俺そのもの。
 それってすごいことだと、思うんだ。