800文字で恋をする 1~50

彼岸花が枯れるまで 幕間・小さな楽園 12-7

●お題:義勇さんが浮かべる自分の知らない表情に少し寂しさを感じている ※893パロ 彼岸花の炭治郎視点(TEXTにあるのは義勇受要素てんこ盛りです、ご注意ください)

 義勇さんが帰ってきた。いつもはうれしくて舞い上がるのに、今日は鉛の塊でも飲み込んだみたいに心が沈んで、うまく笑えてるかわからない。
 滅多に帰れない義勇さんには、笑顔だけ見せたいのに。
 六畳一間の古いアパート。小さなテーブルに置かれた食事に、義勇さんは、少し微笑む。どこか眩しそうに。
 特別なものはなにもないのに、行けないどこか遠くを見つめる目をする。
 いつもそう。義勇さんはいつだって、目の前のささやかな日常を、眩しそうな目で見つめる。
「どうした?」
 気遣わしい声に、一瞬迷った。言ってしまおうか。
「なにがです?」
 
 本当は、知ってるんです。
 でも言わない。きっと追いつめて苦しめるだけだから。
 
「いつもと違う」
「そうですか?」
 首をかしげて誤魔化せば、義勇さんは、ちょっと悲しい顔をした。
「忙しかったから疲れてるのかな」
 眉根が寄る。帰ってきて悪いことをしたとか思ってるんだろう。
「義勇さんが帰ってきたから、もう元気!」
 ホッとしたのか、小さく顔をそらす。義勇さんは照れ屋だ。
 
 今日、見ました。遠い世界にいるあなたを。
 でも言わない。義勇さんが俺に見せたくないなら、俺も目をそらす。
 
「……しばらく帰れない」
 こられないと言われるよりいい。おかしいですよね、ここはあなたの家のはずなのに、最初、あなたは「また来る」って言ってたんですよ。
「でも帰ってくるでしょ?」
 虚を突かれた顔をした義勇さんは、それでもうなずいてくれた。
「あぁ」
 おまえのところへ。声にならないつづきの文言は、俺の願望じゃないと思う。
 
 狭い六畳のアパートは、テーブルを片付けなくちゃ布団も敷けない。
 俺に触れる手は冷たい。でも、温かくなるのを知っている。
 冷たい顔を、義勇さんは俺に見せない。生き人形のような心を消した顔なんて、二度と見たくないから、俺も目を閉じる。
 ここにあなたの心があるなら、それでいい。

幸せの秘訣は健康です 12-7 2作目

●お題:泣きだした相手に慌てながらハンカチを貸してる義炭 ※現パロ同棲義炭

 風邪をひいた。我ながら珍しいこともあるもんだ。
 滅多に寝込むことなんてないから、俺以上に義勇さんが慌ててる。体温計を見た途端、世界の終わりかってぐらいに。匂いを嗅げなくてもわかるほど動揺する義勇さんなんて、初めて見た。
 でも義勇さんだって大人なわけで。動揺が過ぎ去れば、いつも通り。超特急でコンビニに行った義勇さんは、枕元に水やゼリー飲料、薬なんかをズラッと並べて、安静にしてろと言い置き仕事に行った。
 
 いつもよりはるかに早く帰ってきた義勇さんは、真っ先に俺の熱を測ると、まだ寝てろと言って台所に立ってる。
 だいぶ熱は下がったけど、義勇さんは存外心配性だから、しかたない。でも物音が気になって眠れないんですけど。
 日ごろ炊事をしない義勇さんが立てる物音は、手際の悪さが丸分かりでハラハラする。
 ガシャンと大きな音がした。
 あわてて飛び起きて台所に行ったら
「どうしました!? って、うわぁぁっ!!」
「炭治郎?」
「なななんで泣いてんですかっ!」
 義勇さんの顔を流れる涙の雫に、口から心臓が飛び出そうになった。
「ハ、ハンカチ!」
「ちょ、炭治郎っ!?」
 うろたえた声が聞えたけど、それどころじゃない。タンスにすっ飛んでいってハンカチを持って戻れば、まだ義勇さんは泣いてる。
「どうしたんですか?」
 ハンカチを義勇さんの頬に押し当て言えば、肩を押されて突っぱねられた。
「危ない!」
「危ないのは義勇さんの顔ですよ!」
 心臓に悪いったらありゃしない。って、危ないってなにが?
 顔をしかめた義勇さんが手にしていたのは包丁。
「……玉ねぎを切ってただけだ」
「は? え? 玉ねぎ?」
 見ればまな板には不揃いに切られた玉ねぎの残骸……としか言えない物体。床には鍋が落ちてる。
「もぅっ、心配させないでくださいよ」
「それは俺の台詞だろう」
 憮然とした顔で義勇さんは拗ねた。早く治すから、機嫌直してくださいよ。

琴瑟総和きんしつそうわす似た者同士 12-7 3作目

●お題:義炭で「僕ばっか好きって言ってて」 ※原作軸、善逸視点。バカップル。

「腹立たないの?」
 なにが? と聞き返す炭治郎に、善逸は唇をとがらせた。
「水柱。炭治郎は好きっていっぱい言ってんじゃん」
 あぁ、と瞳を明るくして、炭治郎は笑う。
「義勇さんはあれでいいんだ」
 更に苦い顔になる善逸とは裏腹に、炭治郎はのほほんと言った。
「前に、俺ばっかり好きって言ってて不安になるって、怒ったらさ」
「ど、どうなったんだよ」
 修羅場めいた言に焦りながら問えば、炭治郎から表情が消えた。
「頑張ってくれた」
 は? と眉を寄せた善逸に厳かにうなずき、すごく頑張ってくれたと、炭治郎は繰り返す。
 
 奮起したのか義勇は、それからしばらく、朝逢えば
「おはよう、今日も好きだ」
 稽古の合間も
「好きだ。励めよ」
 夜も当然、炭治郎がもう勘弁と白旗を上げるまで、好きだ炭治郎好きだと繰り返しつづけたのだ。
「あれだけ何度も言われると恥ずかしすぎて死ねる」
 だから義勇さんはあれでいいんだ。重々しく言う炭治郎にこそ、混乱しすぎて死にそうだ。あの無口無愛想な水柱が? 想像もできない。
「炭治郎」
「ひょわぁっ!!」
「あ、義勇さん」
 気配しなかったけどっ!? 柱こわっ!!
 真っ青な善逸になど目もくれず、義勇は、今日は用があると炭治郎に告げるなり、花を差し出した。
「おまえに似て愛らしかったから摘んできた」
「わぁ、ありがとうございます!」
 どこか満足げにうなずき、義勇はさっさと去っていく。
「ああいうのは平気なわけっ!? おまえみたいに愛らしいとか、口説き文句じゃん!」
「事実を言うだけなら、照れないらしいんだ」
「え? あの人には炭治郎が花みたいに愛らしく見えてんの?」
「そうみたいだ」
 ケロッと言って、炭治郎は、いい匂いとうれしそうに笑う。
 おまえもこういうのは恥ずかしくないのかよ。
「……おまえらお似合いだよ」
 げんなり言えば、そうかなぁとうれしげに友は笑うから、まぁいいかと、善逸も笑った。

初めては全部あなたと 12-8

●お題:義炭で「この気持ちも君とするコレも、全部が初めてで」 ※原作軸。『花にひそむ宿痾』の義炭。事後。

 俺はなにもかも義勇さんが初めてだけど、義勇さんは経験が豊富なんだろう。そう思っていた。
 
 ほぼ同時に果てた。俺の頬に接吻しながら、義勇さんは、枕元の文箱を探り富貴紙を取り出す。
 後始末の手際に、少し切なくなった。
「……炭治郎?」
「なんでもないです」
 嘘だ。心のなかはモヤモヤしてる。
 花を吐くことはなくなっても、突きつけられた本心は今も鮮明だ。だからわかる。これは嫉妬だ。
「言え」
 やさしいけれど強い声だ。誤魔化せない。
「義勇さんはどんな人とおつきあいしてたのかなって」
 苦しい想いで言ったのに、義勇さんはキョトンとした。
「そんなものいない」
「嘘っ」
 丸められた檀紙に目を向ける。俺は潤滑剤の存在すら知らなかった。
「俺だって昔は潜入捜査ぐらいした」
 憮然と言った言葉は、常より早口だ。そらされた視線に目を見開いた。
「女装したんですか!?」
「声が大きい」
 口をふさぐように唇を重ねられた。すぐに舌が入り込んでくる。
 長い口吸いに蕩けたころ、やっと唇を離した義勇さんは小さく言った。
「こんな気持ちも、共寝するのも、全部おまえが初めてだ」
 強く匂う甘酸っぱい恋の香りが俺を包む。
「おまえに経験がないことのほうが、驚いた」
「へ? なんで?」
「夜這いぐらいされてるだろうと……」
 夜這いってなに? とたずねたら、義勇さんは心底驚いた顔をした。
 その先を聞けたのは朝になってから。誤魔化すように、また口を吸われてなにも言えなくなったので。
 
 蒸し返した夜這いの謎に、しどろもどろに義勇さんが言うことには、年頃になったら近所の人が夜に忍んでくるのはよくある話らしい。山奥暮らしで大家族な俺には縁がなくて幸いだ。
 俺はちゃんと拒んだ! と叫んだ義勇さんは、怖かったんだぞと、ちょっと情けない声で言った。
 思わず笑えば、笑うなと抱きしめられた。打ち明けたのも初めてだと、義勇さんもちょっぴり笑った。

おねだりの結末 12-8 2作目

●お題:義勇さんのせいで炭治郎の喉がかれている ※年年歳歳シリーズ未来予想図編。

 大学の卒業アルバムを見つけた。義勇さんのだ。
 二回生のときは学園祭に呼んでもらえなかったんだよな。錆兎たちとなんでって迫ったけど、義勇さんが絶対に譲らなくて諦めた。
 いそいそと開き、義勇さんの姿を探す。宇髄さんや煉獄さんと一緒に映っている写真が何枚か見つかった。今も昔も変わらぬ三人に思わず微笑む。
「あれ?」
 学園祭の写真かな。ステージに並ぶ女の人たちがいた。
「これ……えええぇぇぇっ!!」
 
「炭治郎、うるさいっ」
 襖が開き、義勇さんが怖い顔で叱るけど、それどころじゃない。
「チャイナドレス!!」
「は?」
「こんなの聞いてないっ!!」
 掲げたアルバムにキョトンとした義勇さんは、すぐにあわてて手を伸ばしてきた。素早く避けてアルバムを死守。
「よこせっ!」
「嫌です! まだ堪能しきってないのに!」
「するな、そんなもの!」
 攻防戦は義勇さんの負け。
 なんでどうして義勇さんきれい見たかった中学のとき二度とごめんだって言ってたのになんで女装してるの俺も見たかった宇髄さんと煉獄さんだけ知ってるなんてズルい俺もきれいな義勇さん見たかったのに! と叫びつづけた俺を、黙らせるほうが先決と思ったのかもしれない。
 女装コンテストの参加をゴリ押しされたと言う義勇さんは、疲れきってる。
「こんなにきれいなんだから優勝ですよね!」
 興奮しきった俺に、うなずいてさえくれない。俺も見たい、もう一度着てみせてとせがみつづけたら、座り切った目で俺を見た。
「俺だけみっともない格好をするのは不公平だろう」
「へ?」
 
 どん底だった義勇さんの機嫌は、翌朝、打って変わって鼻歌でも歌いかねない有り様だ。
「喉痛い……」
「あんなに叫ぶからだ」
 一番の原因がなにを言う。とりあえず、メイド服なんてもんを義勇さんに押しつけてた宇髄さんには、鳥の糞落ちろと念を送っておく。義勇さんサイズのチャイナ服は、感謝してもいいけどね。