800文字で恋をする 1~50

追憶に咲く 11-18

●お題:桜吹雪のなかで笑いあっている義炭 ※原作軸 最終決戦後 恋人設定

 桜を見に上野へでも行ってみるか。義勇の提案に、炭治郎は一も二もなくうなずいた。
 上野のあとは円太郎1乗り合いバスの通称で銀座へ。銀ブラ2銀座の『カフェーパウリスタ』でブラジルコーヒーを飲むことで一休み。買い物してからカフェーで夕飯にしよう。今日の義勇は上機嫌だ。炭治郎もつられて浮かれてくる。
 急なことだから席取りしての花見はまた来年。腕によりをかけてお弁当作りますと笑った炭治郎は、すぐに少しヒヤリとした。けれど義勇は憂いなく、楽しみだと返してくれた。

 上野は賑わっていた。爛漫と咲く桜に負けじと、みな華やかに装い、楽しげな笑い声を響かせている。
「きれいだなぁ!」
「あぁ、見事だ」
 淡く色づく桜が晴天の空に映える。人とぶつからないようにと手を繋ぎ歩いた。人目は気にしない。時間は有限だ。
 真白い紙に落とした墨のように、不安は黒くじわりと広がっていくけれども、嘆くには早い。ポツン、ポツンと落ちてくる不安を見ぬように、降りそそぐ桜の花びらのなかをふたり手を繋いで歩く。
 花のついた小枝が落ちていた。そっと手を離しそれを拾い上げた義勇が、炭治郎の髪に挿して似合うと笑う。
「女の子みたい」
「なんの。似合うのだからかまわん」
 また手を繋ぐ。義勇の顔には優しい笑み。
「銀座でレコードを買おうか。禰豆子にはリボン。我妻と嘴平にはなにがいいだろう」
「伊之助は食べ物が一番うれしそうですけど」
「だろうな。だが、残るもののほうがいい」
 今日のこの日を思い出せる品。義勇は静かに笑っている。
 誰かが歌う声がした。
『カチューシャかわいや 別れのつらさ せめて淡雪溶けぬ間と 神に願いをかけましょか』
「明日は浅草へ行くか。オペラを観に」
 思い出を積み重ねようとするから、泣きたくなった。だけど今日はまだ。明日もきっと、まだ。
 うなずき笑う炭治郎の髪に咲く桜。来年もまた花は咲く。花のようにいつまでもと、願いは口には出せないけれど。

『神に願いをかけましょか ララ かけましょか』3『カチューシャの唄』トルストイの『復讐』を翻訳した通俗劇での劇中歌。当時の流行歌。

日課になるとは思ってもみませんでした 11-19

●お題:寝癖を笑いながら直してあげる義炭 ※キメ学軸 義←炭

「トミセン寝癖つけてる」
「かっわい~」
 女子の騒ぐ声に、炭治郎も思わず廊下へと目を向けた。

 ホントだ。後ろのほう変な跳ね方してる。

 かわいいな。炭治郎はこっそりと笑う。
「俺らが寝癖つけてたら、みっともないって言うくせにぃ」
 男は顔かよ!! わめく善逸の頭を、うるせぇ! と伊之助が殴るまでがお約束。思わず苦笑したけど、でも確かにそうだ。
 善逸たちの寝癖ならなんとも思わない。なのに義勇だと、かわいくてときめいてしまう。
 きれいで格好良くてときどきかわいくて、とっても怖い鬼の体育教師。実はわりとぼんやり屋さんで、ホントはすごくやさしいことを知っている。
 キュウッと胸が痛くなりうつむいたら、ひょっこりと義勇が教室に顔を出した。
「竈門、食べ終えたら指導室」
 おまえなにしたの? と、善逸に聞かれても、炭治郎にも覚えがない。

 首をひねりつつ素直に向かった指導室。開口一番義勇は言った。
「なにか悩んでるのか?」
「は?」
 唐突過ぎて、ぽかんとしたのはしかたがない。
「さっき落ち込んだ顔してただろう?」
 言われて炭治郎の顔が赤く染まった。あんな一瞬の切なさを、見ていたなんて気づかなかった。
 なんでもないですと恥じらい言えば、義勇はわずかに眉を寄せつつも、小さく笑った。
「それならいい。なにかあったら必ず言え」
「はい」
 なんだか口がムズムズする。顔が勝手に笑ってくる。
 なんだ? と首をかしげる義勇に、寝癖と返したのは誤魔化しが半分。
「悪い、直してくれ」
 放課後に面談があると、渋い顔してスプレーを渡してくる。昼休みは残り十五分。
 髪に触れた手が震えないよう注意して、炭治郎はドキドキして止まらない鼓動を持てあます。
 ピョコンと跳ねた寝癖がかわいいのは、ほかの人も知ってる。でもきっと、この癖っ毛の手触りを知ってるのは、学校では俺ひとり。今はそれだけでいいやと、炭治郎はほのかに笑った。

思ひは募る九十九夜 11-20

●お題:雨の日に相合傘をして楽しそうな義炭 ※原作軸 最終決戦後 恋人設定

 雨の浅草、凌雲閣も五月雨にけぶる夜。ふたり並んで街歩き。
 こんなふうに夜の街をただ歩き、店をひやかし、ふらりと立ち寄ったカフェーで一休みなど、以前には考えられない話だ。
 鬼を狩るため刃をふるった月日はまだ遠くない。生々しい絶望の記憶にうなされる夜もある。
 けれどもう鬼は出ない。刀をふるった手には番傘。ひとつ傘の下、肩寄り添いあわせて歩いている。
「頃も五月か五月雨か、狩場へ忍ぶ雨の音、しつぽりとあと二人連れ、遂げて嬉しい仲かいな」
 調子っぱずれの端唄を小さく口ずさみながら歩く、炭治郎の足取りは軽い。行き交う人が 壊滅的な歌声にギョッとした顔をして炭治郎を見るが、まったく気にした様子はなかった。
「ご機嫌だな」
 苦笑めいた笑みを浮かべて言った義勇に、炭治郎は、へへっと照れたように笑った。
「雨の日のお出かけ好きなんです」
「走り回れる上天気のほうが好きそうなのに」
 炭焼き仕事は骨が折れる。雨ではさぞやつらかろうに。
 雲取山へと帰った炭治郎は、それでもたびたび山を下り、こうして義勇の元を訪れる。いっそ一緒に暮らせばいいと禰豆子たちは言うが、家長としての責任を放り投げるわけにもいかない。そんな炭治郎のかたくなさに、同居の三人はあきれたり不満たらたらな顔をしたりするそうだが、義勇にとってはその融通の利かない石頭がありがたい。
「だって雨ならこうやって歩いていても、誰も見とがめないでしょう? 義勇さんの顔もほかの人から見えにくくなって、色目使いされるの見なくて済みますから」
 はにかみながらもきっぱりと炭治郎は言う。瞳はまっすぐ義勇を見つめゆるぎない。
「そうか」
「はい」
 ふたり歩く傘の下。雨の打つ音に紛れた声は小さいが、肩寄せあってるから不自由ない。
 たまのことなら楽しいことだけ積み重ね、先の闇は見ないふり。別れの唄は聞えてこない。
 遂げて嬉しい仲かいな。ふたり口ずさみ、歩いてく。

閨の作法 11-21

●お題:義炭で「今の、もう一回言ってほしい」 ※原作軸 恋人設定

 モジモジと恥らう炭治郎はかわいい。かわいいけれども、なんだこの状況。
 行灯の火が揺れる寝所。上半身裸で布団の上に正座で向き合う男ふたり。戦闘時ならば即時即決、迷うことなどほぼないが、閨でのこととなると勝手が違う。本当にどうしてこうなった。
 思わず現実逃避したくなるが、そういうわけにもいかない。
「……アレはなんだ?」
「駄目でしたか?」
 駄目もなにも……そりゃ、駄目だろう。

 炭治郎と恋仲になり、いよいよ床をともにするという今宵。炭治郎の着衣を脱がせていた義勇をピタリと止めたのは、炭治郎が口にした言葉だった。
「あぁぁん、もう駄目ぇ。堪忍しておくんなんし」
 いつもの快活な声で、突然の廓言葉。しかも完全に棒読み。
 ギョッと目をむいた義勇に、炭治郎は、あれ? と言いたげな顔で、さらに宣った。
「こんなに固いのはじめてでありん、す?」
 義勇の反応が予想と違ったのだろう。炭治郎は困り顔だが、むしろ義勇のほうが困る。堪忍してくれは俺のほうだと、脱力したまま炭治郎を起き上がらせ、こうしてふたり座って向き合うこと、十数分。

「……そんなこと気にしなくていい」
 潜入任務で知り合った遊女たちと文通しているのは知っていたが、まさか義勇と床をともにする際の心得を指南してもらっていようとは。しかもてんで役に立っていない。
 性技は到底自信がない。だからせめて習った言葉だけでもと、頑張った意欲を無下にしたくはないが、あれは、ひどい。
「でも、俺……義勇さんに、いっぱい気持ちよくなってほしくて」
 恥らいわずかに目をそらせて、小さな声で言う炭治郎の頬は、淡く色づいて……。
「それだ! 今の、もう一回言ってほしい」
「へ? えっと、いっぱい気持ちよくなって?」
「そういうふうに、おまえの素直な言葉を聞かせてくれ」
 言いながらも唇をふさいでしまったから、炭治郎の言葉は聞えぬまま。ふたりの夜は、これから。

知らない世界を全部あなたと 11-22

●お題:デートが楽しみ過ぎて寝られない義炭 ※原作軸 義(→)←炭

「明日は花屋敷に行く」
 唐突な義勇の言葉に、炭治郎は、明日は逢えないのかと眉尻を下げた。誰と行くのだろうと胸が痛みもする。けれど問い質すことなどできないから、明るく笑ってみせた。
「じゃあ俺はほかの柱稽古に行きますね」
「……そうか、ならいい」
 どこかしょんぼりとして見える義勇に、思わず首をかしげる。
「あの、義勇さん。今のって俺と、ですか?」
 当たり前だろうと言わんばかりに、義勇はうなずいた。
「たまの休養も必要かと思ったが……俺とでは気が休まらないな」
 忘れてくれと話を切り上げようとするから、あわててしまう。
 思い違いをしていただけ、一緒に行きたいですと必死に言いつのり、どうにか明日の約束を取りつけた。
 帰り際「また明日」と言った義勇が、心なしうれしそうに見えたのは、自分の願望だろうか。思いつつも炭治郎の胸は歓喜に締めつけられ、笑ってうなずいた。
 いつからか胸に芽生えた小さな恋心は、日々炭治郎のなかで育っている。不愛想な鉄面皮が、子どもじみた笑みを浮かべたり、ほのかにやさしく微笑んでくれるたび、心の臓が止まりそうなぐらいにドキドキする。
 義勇はきっと気づいていない。でもそれでもいい。一緒にいられるだけでも幸せだ。

 そして今、寝床のなかで炭治郎は、ワクワクとした気持ちを持て余している。
 花屋敷ではめずらしい動物たちが見られるらしい。遠い国からやってきた、ペンギンという飛べない鳥もいるのだと、義勇が教えてくれた。
 永きを生きる鬼でさえ、きっと見たことがない世界。それを義勇が見せてくれる。
「義勇さんが、俺の世界を広げてくれる」
 空恐ろしくもあり、胸弾みもする、未知の出来事。全部義勇が導いてくれたもの。
 恋も全部、義勇が教えてくれたらいいのに。
 眠れない夜。同じ様に褥で寝返りを打ち続ける朴念仁がいることも、明日には知らぬ扉がまた開くこともあずかり知らぬまま、夜が更けていく。