800文字で恋をする 1~50

俺にだけ見せてねと、こっそり笑った 12-1 3作目

●お題:義炭で「僕だけが知ってる」 ※原作軸。無自覚両片想い。

 義勇さんの好物は、しのぶさんも知ってる。義勇さんの親友が錆兎だってことを、村田さんは知ってた。とても強いことやきれいなことは、誰だって知ってる。
「俺だけが知ってる義勇さんって、意外とないんだなぁと思って」
「そうですか? 炭治郎くんほど冨岡さんのことを知ってる人もいないと思いますけど」
 しのぶさんはどこか苦笑いだ。すみちゃんたちもうなずいている。
「そうかなぁ」
「じゃあ、炭治郎くんが知ってる冨岡さんはどんな人ですか?」
 言われて思い浮かべた義勇さんの顔は、いつもの無表情。でも。
「いたずらっ子みたいに笑うの、かわいいですよね。でも微笑んでくれると、すっごくやさしくて花みたいにきれいです。あっ、鮭大根食べるときの笑顔は、目が潰れそうにキラキラしてます!」
 夢中で話してたら、気がつけばしのぶさんたちはぽかんとしてた。
「炭治郎くん……きっと君しか知ってる人はいませんよ」
 
「……って、しのぶさんが言ってたんですけど……義勇さん? どうしました?」
 夕飯を食べながら、蝶屋敷でお茶をご馳走になったときのことを話してたら、義勇さんの箸がすっかり止まってた。
「口に合いませんか?」
「いや、いつも通りうまい。そういうことじゃなく……」
 言葉を濁して、義勇さんはうつむいてしまった。
 自分のいないところで噂されるなんて、いい気はしないよな。
「ごめんなさい、嫌ですよね」
 そうじゃないとまたつぶやいて、義勇さんはようやく目をあわせてくれた。
「たぶん、おまえにだけだ」
 俺がそんなに笑いかけるのは。照れた匂いをさせて義勇さんは言う。笑っていたのは無意識だと。
 恥ずかしいのって移るのかな。俺もなんだか顔が熱くなってきた。
 ちらりとうかがい見れば、もう義勇さんはいつもの顔。でも、俺だけが知ってる義勇さんを、ひとつ見つけた。
 照れてるとき、耳の先だけが赤くなる。もったいないから、みんなには内緒。

言の葉、ひらり 12-2

●お題:メール(手紙)のやりとりを楽しくしている義炭 ※原作軸、最終決戦後 人によっては悲恋風味

 以前の義勇は、炭治郎からの手紙に返事を書いたことが、一度もない。
 任務や妹のことならまだしも、同期の少年らや、知り合った人のこと。道端の懐っこい犬に店先で眠る猫、初めて見た花に至るまで、心弾ませ書いただろう手紙に、どう返事したものか義勇にはさっぱりわからない。
 けれども面食らったのは最初だけ。炭治郎の文をいつしか心待ちにしていた。
 炭治郎の手紙には喜びばかりがあり、最後はいつも
『それもこれも、義勇さんが俺と禰豆子を信じてくれたお陰です』
 との礼で締められる。
 返す言葉は見つからず、返事はずっと、書けなかった。
 
 街で絵葉書1絵葉書ブームは明治末期から起こり、大正には多くの絵葉書が売り出されています。時事通信のニュースメディアとしても用いられてましたを見かけると、義勇は必ず足を止める。買うのは花や景色だ。山暮らしの炭治郎なら、時事通信などのほうが喜ぶかもと思いはするが、心ぬくもるやさしい絵柄ばかり手にしてしまう。
 そして義勇は、筆を執る。炭治郎からの、ざらついた漉し返しの紙に書かれた文を読み直し、えらんだ葉書に一言添える。
 
つつがなし』
 
 最初に送った葉書の字は、見るに堪えなかったが、返書は分厚かった。義勇の文字を褒めちぎり、喜び寿ぐ文面に、照れを通り越し義勇は憮然とした。
 ミミズがのたくるような字を褒められては、尻の座りが悪い。
 義勇は俄然奮起した。今では左手でもまともな字が書ける。
 書くのは常に、恙なしの一言だ。
 耐えがたい幻肢痛や、無為徒食の身を怪しむ人の目、日々衰えていく体のことも、義勇は決して書かない。
 喜びばかり伝えんとする炭治郎の文に、義勇が返す言の葉は、恙なし。
 苦しくつらく、悲しみに暮れもしただろうに、炭治郎は楽しさだけ書き綴り、いつでも礼を述べてきた。今もそれは変わらない。だから義勇は、問題なしとだけ返す。
 このやり取りの先はきっと短い。それでも、炭治郎は最後まで楽しいことだけ義勇に伝え、義勇は、息絶えるそのときまで一言の葉書を送るだろう。
 恙なしと、泣きたくなるよな愛を込めて。

俺も好きですと答える日 12-2 2作目

●お題:炭治郎がエイプリルフールの嘘をついたけれど義勇さんはエイプリルフールであることに気づいていない。 ※原作軸、両想い。

「別れましょう」
 意を決して言った炭治郎に、義勇は一瞬目を見開いたが、静かにうなずいた。
「わかった」
 義勇の返答が信じられず、呆然としてしまう。
「なん、で」
 告白してきたのは義勇のほうだ。おまえに惚れていると言った義勇に、炭治郎は「じゃあおつきあいしましょう」と笑って答えた。恋などよくわからないが、義勇とならきっと楽しいと思ったから。
 義勇は喜ぶどころか唖然としていた。冗談だと言われたのなら、きっと炭治郎は信じただろう。
 それから今まで、なにもない。接吻も、手を繋ぐことすら。
「炭治郎?」
「惚れてるって……」
 勝手に目は涙でぬれて、義勇の顔がぼやけて見える。
 先に惚れたのは義勇でも、今、恋しくてならないのは自分のほうだ。触れてほしくてたまらぬほどに。
「おまえは、俺に惚れてなどなかっただろう?」
 自嘲の匂いをさせて、義勇は悲しく微笑む。
 だって恋なんて知らなかった。でも今、微笑みに胸が甘く高鳴るのも、手が触れただけで顔が熱くなるのも、義勇だからなのに。恋しいからなのに。
 きっと義勇を試そうとした罰だ。嘘をつくお祭りになんて、うかうかと乗らなければよかった。
「なぜ、泣く?」
「好きだから……あ、ちが、えっと、きら……無理! 嫌いなんて嘘でも無理っ!」
 戸惑い露わな義勇にすがり、炭治郎はワンワンと泣いた。
「嘘?」
「今日は嘘つく日だって、宇髄さんが」
 策をくれた宇髄には悪いが、大失敗だ。嘘つきには罰が当たるらしい。
「万愚節2エイプリルフールが日本に伝わったのは大正という文献が多いようです。江戸時代からあり『不義理の日』と呼ばれていた説や、明治からという説もあります。か」
 呆然として聞こえる呟きに、炭治郎は、どうにか涙をこらえる。
「嘘ついて、ごめんなさい」
 罰ならちゃんと受けなければ。もう別れたのだから。
 離れたがらぬ体を無理にも離そうとしたら、グッと抱きしめられた。痛いぐらいに強く。
「明日……言う」
「明日?」
「嘘だと思われない日に、もう一度、最初から」
 それなら炭治郎の答えは決まっている。今度はきっと。

涙目になった午後の話 12-3

●お題︰くすぐられて笑い死にしそうになっている義炭 ※クソデカ感情シリーズ

 なにがどうしてこうなった。
 のどかな休日の昼下がり。竈門家のリビングで盛大な攻防戦を繰り広げる義勇は、必死に幼い交戦相手の手を避けていた。
 
「ちょ、六太、よせっ」
「ダメ~。義勇兄ちゃん、逃げないで!」
 脇腹に触れた六太の手に、反応してしまった自分の迂闊さを呪っても、もう遅い。
 油断した自分を恨むしかないが、長年隠してきた弱点を、まさか炭治郎より先に六太に知られるとは。
 怒鳴るわけにもいかず困り果てていれば、はしゃいだ声が増えた。
「義勇兄ちゃん覚悟!」
「茂!? うわっ!」
 いたずら大王な茂まで加わるとは、なんてこと。
 
 義勇は存外くすぐったがりだ。脇や背中はとくに弱い。ふたりがかり小さな手でくすぐられては、たまったもんじゃない。
 
「義勇さん……?」
「たんじろ、見てないで止め……ちょっ、ま、ひゃっ!」
 呆然とする炭治郎に助けを求めても、呆気にとられ過ぎたか、助け船の気配はない。
「こんな義勇さん初めて見たぁ」
「花子! 女の子が、はしたな……ひっ! ちょっ、やめなさ」
「鬼教師の弱点発見!」
「竹雄っ! おま、ふざけ、はぅっ!」
 
「仲良しだねぇ」
 アハハと笑う禰豆子が参戦しないのを、救いと言っていいものやら。竈門家のよき理解者、頼りになる守護者として、ひいては炭治郎の伴侶として最高の相手という立場を死守してきたが、このありさまじゃそれも危ういのでは?
 笑い死にしそうになりつつも、危機感を募らせる義勇に反して、禰豆子と一緒に炭治郎も笑いだしている始末だ。
「みんな楽しそうだなぁ」
 呑気に笑いやがって、帰ったらみてろよと睨んでも、涙まじりじゃ迫力なんててんでない。
 
 葵枝に止められて終わった攻防。息も絶え絶えな敗者は言うまでもなく。
 げっそりとした顔をした義勇が、至極上機嫌に「義勇さんには弱点なんてないと思ってた」と笑う炭治郎に江戸の敵を長崎で討ったかどうかは、ご想像通り。

淡々日常、綿々恋情~胡蝶しのぶのカルテ~800文字Ver. 12-3 2作目

●お題:義炭で「誰にもばれない、後でね、って合図」 ※義炭と・・・シリーズ。しのぶ視点。

「人前でイチャつくのを禁止します」
 顔を見あわせ首をかしげるお神酒徳利。自覚のなさに腹が立つ。
「独り身の隊士たちの前で、事あるごとに見つめあってふたりの世界を作ったり、口を開けば惚気ばかり。はっきり言って迷惑だと苦情がきてます」
「はぁ……」
 それのなにが悪いのかわからないと顔に書いてある兄弟弟子に、しのぶのこめかみに青筋が浮いた。
「とにかく! 人前のイチャつき禁止! いいですね!」
 
 そんなやり取りから二週間。再び呼び出された二人が見たものは、般若を背負ったしのぶの姿。
「イチャつき禁止と言いましたよね?」
「はい! 人前では会話も控えました!」
 あわてて答える炭治郎につづき、義勇もこくこくとうなずいた。
「代わりに秘密の合図を決めたんです。ねっ、義勇さん」
「耳に触れたら、また後で話す。頬なら今日は鮭大根」
「髪に触ったら手を繋ぎたいで、口に触ったときは、家に帰ったらせっぷ」
「もう結構です! ベタベタ触りまくって悪化してるじゃないですか! というか、秘密もなにもバレバレですよ! とくに口! 合図した途端に炭治郎くんが真っ赤になってもじもじしたり冨岡さんがソワソワしだしたあげくに炭治郎くんを早業で連れ去ってくもんだから妄想がふくらんで困るって苦情の山ですよっ!」
「あの、息継ぎしないで苦しくないですか?」
 心配げにたずねられ、しのぶから表情が消えた。あぁもう本当に馬鹿らしい。
「もういいです。あなたたちをどうこうするより、隊士の精神力を鍛えるしかないのは、よくわかりました。帰って結構です」
「え、でも」
「お帰りください?」
 ビシリと戸を指差し言えば、はた迷惑な恋人たちがそそくさと去っていく。
 あとに残されたのは、途方もない疲労感。
「……色惚けにつける薬が世界で一番難しい気がする」
 重篤すぎる恋の病は、周りの者まで深刻な痛手を負うらしい。
 解決法はきっと、閻魔様でもご存じない。