墜ちる 11-23
●お題:好きな人が泣いていたらつられて一緒に泣いちゃう義炭 ※原作軸 義→炭
相変わらず感情表現豊かだな。ポロポロと涙をこぼす炭治郎を見下ろしながら、義勇はぼんやりと思った。
道端で小鳥のヒナが死んでいた。巣立ちには早すぎる小さなヒナに、痛ましいとかすかに思いはするが、義勇にしてみればそれだけだ。
幼いころは違った。たぶん。
おぼろな記憶では、自分はずいぶんと泣き虫だったように思う。
犬に吠えられた。育てていた花が枯れた。そんな些細な出来事に心揺らしては、姉にしがみつき悲しいと泣いた。
義勇はもう泣かない。深すぎる絶望は、涙を奪うのだと知った。泣かないとの決意は、いつしか泣けないに変わっていた。希望はもうなかった。
「墓を作ってやってもいいですか?」
亡骸を手に包み持ち、炭治郎は泣きぬれた瞳で義勇を見上げる。馬鹿らしいとは思わなかった。
炭治郎の傷だらけの手にいるヒナの亡骸は、小さすぎて今は見えない。大空を知らぬまま地に墜ちた鳥。幾ばくかの幸せはあっただろうか。かすかに思いながらうなずいた。
大の男ふたりで道端にしゃがみ、土を掘る。懐紙に包まれた亡骸は見えない。爪のあいだまで土で汚して、穴を掘った。
できあがった穴に、炭治郎は懐紙にくるまれたヒナをそっと横たえた。
「次は高く飛ぶんだぞ」
涙はもうない。慈しむ笑みを浮かべている。
赫くきらめく瞳は、いつだって鳥のように高みを見据えている。不意にその瞳が見開かれた。
「義勇さん!? どうしました?」
問う声が焦りをたたえている。心配げなその問いに、義勇は小さく首をかしげた。その拍子にポトリと地面になにかが落ちて、小さな染みを作った。
泣いて、いたのか。己の涙が信じられず、義勇はわずかばかり呆然とした。
「……きっとこの子は、次は空を飛びますよ」
やさしい声に小さくうなずいた。
おまえが言うのなら、きっとそうなのだろう。
自由に飛べと願いながら、地に堕とし、この手のなかにと願う自分の愚かさを、恨みながら。
Every Jack has his Jill 11-23 2作目
●お題:義炭で「変なところで真面目だよね」 ※キメ学軸 in竈門家
親の形見だろうとピアスは禁止。地毛でも金髪などもってのほか。鬼のスパルタ教師は理不尽で横暴、ガッチガチの石頭。
義勇のそんな評判を聞くたびに、炭治郎はつい悩んでしまう。学ラン姿の中学生のころから知っているだけに違和感を感じるのだ。
生真面目なのは確かだけれど、年相応の『やらかし』だってしてきたのを、炭治郎は知っている。意外にズボラなのも。
もったいないと思うのだ。素の義勇を知れば、みんなも認識を改めるに違いないのに。
「お兄ちゃんって、変なとこで真面目だよね」
苦笑する禰豆子に、竹雄も呆れ顔でうなずいた。
「むしろ変な方向に真面目」
「だよね~」
「花子まで……そんなに変かぁ」
首をひねる炭治郎に、弟妹の苦笑は深まるばかりだ。
「義勇さんはそんなの気にしてないんじゃない?」
禰豆子の言はもっともだ。他人の評価を気にしていたら、PTAからのクレームナンバー1になどなってない。けれども。
「でも、義勇さんは本当はすごくやさしくて、ちょっと抜けてるとこがかわいかったりもするし、なんでもかんでも駄目って言うほど石頭でもないだろ? けっこうお茶目だったりもするのにさ。そういうの、みんな知らないんだよ……って、なんだ? 変な顔して」
生温かいアルカイックスマイルを浮かべる禰豆子たちに、炭治郎はきょとんと首をかしげた。
「ねぇ、炭治郎兄ちゃん。そういうとこを知られたら、義勇さん今以上にモテまくると思うんだけど、いいの?」
花子の言葉に、炭治郎はパチリとまばたいた。次の瞬間には泣きだしそうに瞳を揺らすから、三人はやれやれと肩をすくめる。
「兄ちゃんがわかってりゃ、十分なんじゃないの」
竹雄の言葉に禰豆子と花子はうなずくけれど、でもやっぱり。
「義勇さんは世界一素敵な人なのに……」
炭治郎の呟きは、生温い笑みでスルーされた。
恋は盲目、痘痕も靨。
割れ鍋には綴じ蓋がお似合いです、ご馳走様。
五銭で伝わる恋心 11-24
●お題:ふと、声がききたいと思い電話する義炭 ※原作軸 恋人設定
炭治郎は筆まめだ。知り合いにまめまめしく手紙を出す。給与があるからこその贅沢だ。
一番多いのは兄弟子に宛てた文だ。返事は一度もない。
義勇の柱稽古を受けてからは、文の必要はなくなった。今は逢って話ができる。でも毎日ではない。
藤の家の座敷で、炭治郎はため息をついた。
隠の手に余る不審な噂があれば、隊士がおもむく。だから今、炭治郎はほかの隊士よりも忙しい。柱の義勇は言わずもがなである。
久しぶりに文を書こうか。明日には逢えるけれど。
義勇は水屋敷に帰っているはずだ。炭治郎が帰るのは明日。都合三日は逢えない。たった三日が寂しくて、炭治郎は筆をとった。
まずは、任務の結果報告、それから山で見た花や鳥のこと、あとはなにを書こう。
「鬼狩り様、お電話が入っております」
襖の向こうでした声に、炭治郎は筆を止めた。
電話する相手など覚えはない。怪訝に首をかしげながら電話を取ると、聞き慣れた声がした。
「炭治郎か?」
「義勇さん!?」
姿はないのに声がする。なんとも不思議な初めての経験に、ワクワクとした。
だが楽しんでばかりもいられない。鴉に頼れぬ連絡とは、なにがあったのだろう。
「声が、聞きたくなった」
「へ?」
言いよどむ声音に、緊張が吹き飛んだ。代わりに炭治郎を襲ったのは、火のつくような羞恥と喜びである。
「すまない。すぐに切る」
「俺もっ! 俺も義勇さんの声が聞きたかったです!」
勢い込んで言えば、わずかな沈黙のあとで、そうかとの声に微笑みの気配。姿が見えぬのが口惜しい。
雑踏の音がする。公衆電話までおもむいたのか。ならば微笑む顔をガラス越し見た人がいてもおかしくない。
「……逢いたいです」
言って後悔する。明日には逢えるのに浅ましい気がして。
「俺もだ」
やさしい声に胸がつまる。
明日の夕飯は鮭大根にしますと返した声は、届いただろうか。声は途絶えて、微笑みの気配だけが心に残った。
お膳立ての采配 11-24 2作目
●お題:義炭で「今やるべきことはこれじゃない」 ※原作軸 恋人設定
不意に沈黙が落ちた。赫い瞳は潤んで見える。
引き寄せても、炭治郎は拒まないだろう。思いつつ義勇は、そっとささやいた。
「炭治郎……」
大きな目がまばたき、そして。
「水柱様、修繕した隊服をお届けにまいりました」
「はーい、今行きます!」
躊躇なく玄関に向かう炭治郎に、義勇の肩ががくりと落ちた。
これはなんの試練だ?
炭治郎と恋仲になってからずっとこんな調子で、甘い雰囲気になると邪魔が入る。
この前は犬に吠えたてられた。その前には、突然寛三郎が意味なく飛んでいこうとした。いつでもそんな具合で、接吻できそうな雰囲気は常に壊される。
今度こそと顔を近づけたときなど、唇が触れそうになった瞬間に炭治郎がくしゃみした。あれはひどかった。
「義勇さん、箪笥にしまっとけばいいですか?」
衒いなく聞く炭治郎は、先ほどまでのやり取りに頓着した様子はない。もしかしたら甘やかな空気などはなから感じていなかった可能性もある。
恋仲だというのに。
じとっと見据えても、炭治郎はパチクリとまばたき小首をかしげるばかりだ。
もういい。雰囲気などかまってられるか。こうなれば実力行使と手招きすれば、炭治郎は素直に近寄ってくる。
「目を閉じろ」
義勇の言に、逆らいもせず炭治郎は目を閉じた。
あぁ、やっと、と唇を触れあわせようとした瞬間。
「皺になっちゃうんで隊服しまってもいいですか?」
絶句、の後に、義勇は思わず怒鳴った。
「今すべきことはそれじゃない!!」
「ひぇっ!」
首をすくめる炭治郎の手から、隊服を奪い取り放り投げる。
「義勇さんっ?」
「うるさい」
噛みつくように唇を食んだ。
ゆっくり離れれば、炭治郎はカチンと固まっている。顔も耳も真っ赤だ。
「や、やり直しを要求します! 雰囲気ってもんがあると思うんですが!」
「……おまえがそれを言うか」
気抜けした声で言った義勇が、やり直したかは、神のみぞ知る。
君よどうにかお幸せに 11-25
●お題:義炭で「大丈夫? 頭ぶつけたとかじゃなくて?」)
※原作軸。柱稽古。モブ視点。たぶん両想い。
竈門炭治郎は、ちょっと変わってる。鬼連れな時点でわかりきってるけど、そういうことじゃなく。
岩柱の稽古は、最後だってのに心が折れそうになる。正しくは最後じゃないが、次に控えるはずの水柱は稽古をしないって話だった。
今までの稽古でついた自信を叩きのめされて、脱落した奴も多い。
でも俺らはマシだった。竈門が一緒だったから。柱もいたとはいえ、上弦の鬼を倒した後輩隊士。驕り高ぶらないスゲェいい奴で、なにより飯がえらくうまい。
だから竈門が水柱の稽古に向かったとき、俺らは二重に嘆いた。竈門の飯が食えなくなるのと、知らぬ間に次の稽古が控えていたことに。
頑張れたのは、鬼を倒すって意志と、ときどきくる竈門の飯がやっぱりうまいから。
水柱の稽古に行ってるのは竈門だけ。よほどきつくて息抜きにくるのかと思ったら、違うらしい。
今ある調査任務は水柱が担当なうえ、柱同士の稽古もあるのだという。だから義勇さんはすごく忙しいんだと、竈門は誇らしげに言った。
「おめぇ大丈夫か? 頭でも打ったんじゃねぇのかよ。半半羽織がかわいいとかあり得ねぇ」
竈門以上に変わり者の猪頭が言うのに、思わずうなずいた。
「そんなことないぞ。義勇さんは本当にかわいらしい人なんだ」
頬を桜色に染め水柱のかわいいところとやらを話す竈門は、うれしげだ。
食事中ご飯粒を顔につけてるとか、犬とすれ違うとき半歩避けるとか。なんの得にもならない水柱情報に、俺らが詳しくなるぐらい竈門はしゃべりまくる。
「本当にかわいくてやさしくて強い、日の本一素敵な人なんだ。義勇さんの稽古を受けられて、すっごく幸せだ」
竈門ははいつも心酔しきった言葉で締めくくる。恋する乙女のように。
水柱のかわいさも、村田の感極まった泣き笑いも、よくわからないけど。それでもきっと確かなことがある。
竈門はちょっと変わってる。でもスゲェいい奴だから、幸せになるに違いない。