心重なりあわせて、想いあふれて 11‐13
●お題:こっそりおそろいのアクセサリーを身につけている義炭 ※原作軸 最終決戦後 両想い
外歩きを許されたその日、炭治郎は義勇とともに街へ出た。
楽しい時はあっという間だ。傍らを歩く義勇の穏やかな顔を、炭治郎はうかがい見た。きっと両想いなのだと思う。偶然手が触れあったときや、無言で見つめあったときなど、些細な積み重ねが、互いの心を伝えていた。
だからといってどうなるものでもない。もうじき炭治郎は雲取山に帰る。
ふと義勇の足が止まった。じっと見つめる先をたどれば、
「時計屋さん?」
看板を見れば『精工舎』1現在のSEIKOとある。窓を覗けば並ぶ時計は値の張るものばかりだ。
「少し待っててくれ」
言うなり店へと入っていった義勇が戻るまで、さほどかからなかった。
「貰ってくれ」
懐中時計や柱時計なら炭治郎も知っているが、義勇が差し出した時計には、文字盤の上下にベルトがついている。義勇の手首にも同じものがはまっていた。
「貰ういわれがありません!」
「俺からの好意は受け取れないか」
炭治郎があからさまにうろたえると、一度言わなければと思っていたがと切り出し、義勇は言い聞かせるように笑った。
「お節介な施しなら拒んでもいい。だが、人の善意や好意をかたくなに拒むな」
「でも……」
「受け取ってもらえるだけで、相手が救われることもある」
それは義勇のことだろうか。おずおずと出した手に乗せられた時計は、コチコチと時を刻んでいる。
「互いに隻腕では懐中時計のほうが楽だろうが……これなら、視線をやるだけで繋がっていると感じられるかと思った」
息を飲み、まじまじと見つめた炭治郎から視線をそらさず、義勇は言う。
「今はまだ、同じ時を歩むのは難しいかもしれない。だが、時計の針は離れても必ず重なりあう。それがいつになるかはわからないが……」
その先を聞くより早く、炭治郎は義勇の胸に飛び込んだ。炭治郎は家長として家に帰る。義勇には時間がない。それでも。わずかな時間でも。
腕にはめられた時計の針が、重なった。
ごちそうさまですお幸せに 11-14
●お題:突然キスをされてポカンとしている義炭 ※原作軸 両片想い
義勇の唇の端にご飯粒がついていた。いつもながら炭治郎はホワホワとしてしまう。幼い弟妹を思い出して懐かしくもあるし、子どもみたいな隙がかわいいと思ったりもする。
「義勇さん、ついてますよ」
伝えはしたが義勇も炭治郎も、片手におむすび片手に竹筒で、手はふさがっている。炭治郎はなにも考えてはいなかった。手がふさがっているから。理由はそれだけだった。
ついっと顔を寄せてご飯粒をなめとり、ホラと舌に乗ったご飯粒を義勇に見せて笑う。なにも他意はなかった。
だが、義勇は途端にビシリと固まり、それきりまったく動かない。ぽかんとして炭治郎の舌を凝視している。
ご飯粒を飲みこみ首をかしげた炭治郎に、ようやく義勇はぎこちなく顔をそらし、小さくそうかとつぶやいた。
それきり義勇は、一言も口をきかず、目をあわせてもくれなかった。
「おまっ、それ接吻じゃねぇか! 炭治郎のくせにぃっ!」
俺より先に炭治郎が、けど相手が男なのはかわいそうすぎるっ。わめく善逸をよそに、炭治郎はぽかんと善逸の言葉を頭のなかで繰り返した。
接吻。接吻ってなんだっけ。たしか……。
「ち、違うぞ、善逸! くっついたのは俺の舌と義勇さんの唇だ。唇同士をつけあったわけじゃない!」
「なお悪いわっ! 接吻どころか口吸い2口吸いという名称は性交時のプレイとして用いられるのが一般的に近いだろうが!」
遊郭で知った口吸いという文言に、とうとう炭治郎の顔が真っ赤に染まった。
閨での行為を、昼下がりの河原で、義勇と。
義勇とっ!!
「どどどうしようっ、善逸! 義勇さんにどうお詫びすれば……そうだっ、腹を切ろう!」
「ドアホウ!! 接吻ぐらいで切腹すんな! てかさぁ気持ち悪くないのかよ、男と接吻したんだぜ?」
言われて炭治郎は首をかしげる。気持ち悪いわけがない。それよりむしろ。
「どうしよう善逸。俺、うれしいみたいだ」
熱くてしかたない顔をおおってつぶやいた炭治郎に、善逸は、それあの人に言えばぁと、げんなり答えた。
想い想われ幾久しく 11-15
●お題:結婚式ごっこをしている義炭 ※原作軸 恋人設定
薬の補充へ蝶屋敷に行く途中、ふたりで往来を歩いていたら、ふと義勇さんが立ち止まった。
棒手振りのおじさんが店を広げている。簪売りだ。
華やかさに俺も思わず目を引かれた。しげしげ眺めていたら、義勇さんが簪をひとつ手に取った。
「色男の兄ちゃん、好い人にやるのかい?」
おじさんのからかいに、胸がドキンと音をたてた。義勇さんの好い人は俺のはずだけど、ほかにあげたい人がいるんだろうか。
義勇さんは、鴇色した椿の簪を買った。
「姉の嫁入りが決まったときに、似たのを買った」
誰にと聞けないまま気にしていた俺に、夕飯の後で義勇さんが話してくれた。
義勇さんのお姉さん。婚礼の前日に、義勇さんを守って逝った人。
「椿の簪を挿した女性の絵を雑誌で見て、姉が憧れていたのを知っていた。あいにく夢二3竹久夢二。少女向け雑誌の表紙などを多く手掛けているのような紅梅はなかったが」
うちは雑誌なんて買えなかった。でも、尋常小学校で友達が見せてくれたと、禰豆子がはしゃいでいたのを覚えてる。お姉さんもあんなふうだったんだろうか。
「お姉さん、うれしかったでしょうね!」
面映ゆいよな切ないような笑みを浮かべて、義勇さんは簪を俺の髪に当てた。
「子どもの小遣い程度のものだが、婚礼で挿すと言ってくれた」
金襴緞子の帯に高島田4当時の花嫁衣装は黒振袖が一般的。真白い角隠しに鴇色椿の花咲かせ、義勇さんのお姉さんはお嫁に行くはずだったのだろう。
「俺が代わりにお嫁に行きます!」
言ってから自分でもあわてた。なに言ってんだ、俺。義勇さんも、なんで? って顔してる。
そうじゃなくてと泡を食う俺に、義勇さんは小さく声をあげて笑った。
「嫁にくるか?」
幾久しくと誓うことなど、互いにできやしないのに。
それでもあなたは笑うから。
「貰ってください」
三三九度は湯飲みの番茶。明日をも知れぬ身の男同士で、祝言の真似事。
「夫婦の仲は二世5今世と来世というが、その先も」
「はい、何度でも」
千代に八千代にと、あなたと誓う。
焦らないでいいよ、ゆっくりおいで 11-16
●お題:手を握ることに照れている義炭 ※キメ学 両片想い
「ぎぅしゃっ」
舌足らずに呼びかけ、とてとてと走り寄る小さな体。抱きあげて、つたないおしゃべりに相槌を打つ。そこから干支を一回り。十五になった炭治郎はもう、滑舌よく話す。おしゃべりなのは変わらないが。
笑みの愛らしさや煌めく赫い目。三歳のころから変わらないものはたくさんあるのに、変わってしまった距離に、義勇はこぼれかけるため息を無理やり飲み込んだ。
懐きまくられた近所の幼児は、年を経て義勇の生徒になった。それはいい。毎日逢えると喜ぶ炭治郎はかわいかったし、義勇もうれしかった。
学校では、生徒として接することができる。けれどプライベートではてんで駄目だ。普段抑えこんでいるぶん、余計にかわいがりたくてどうしようもない。
だからこんな休日は、内心途方に暮れてしまう。
「すごい人」
買い物につきあいふたりで来たのは駅前のデパート。特設会場でミニライブをやるらしく、縁日の雑踏並みの人混みに、炭治郎も少し途方に暮れた顔をしている。
「気をつけろよ」
言ったそばから人とぶつかりよろけた炭治郎を、義勇はとっさに引き寄せた。胸にすっぽり収まった体に、ドキリと胸が鳴る。
この近さで互いの顔を見るのは何年ぶりだろう。大きくなった炭治郎は、抱きついてきたりしない。手を握り歩くこともなくなった。
「ご、ごめんなさい」
あわてて離れるのが寂しい、なんて。今は言えやしないけれど。
「はぐれるぞ」
ホラと手を出せば、炭治郎は少し唇をとがらせた。
「義勇さん、俺もう」
子どもじゃない。言うつもりだったのだろう声は、尻すぼみに消えて、代わりに頬が赤く染まる。凝視する視線の先は義勇の手だ。
「……はぐれちゃいますもんね」
変わったところが、もうひとつ。義勇に触れるとき、炭治郎は照れるようになった。
義勇も気恥ずかしさに視線をそらす。でもいつか、小さいときよりもっと近くで。それまでは、子どものように手を繋ぎ歩く。
それは恋で、愛でした 11-17
●お題:壁ドンされた方が困っている義炭 ※キメ学軸 両片想い
偶然の積み重ねが、思わぬ状態を生み出すことがある。つまりアレも、諸々の偶然が重なりあった結果というだけで故意ではないし、他意もない。
「はぁ、エロ本ですか」
炭治郎の呆けた声に、義勇は重々しくうなずいた。
生徒指導室で向かいあっての会話は、指導とはなんの関係もない。
「それはまぁ、生徒の机にあったら没収しますよね」
「あぁ。それで宇髄がどれがタイプだとしつこくて、興味がないと言っているのに無理に見せようとしてきたから」
「振り払おうとしたら、ふたりでコケて壁ドン状態になった、と」
「実はまだ頭が痛い」
え? それは大変と、炭治郎があわてだす。
「うわ、おっきなコブ」
身を乗り出し、義勇の頭をのぞき込み言う炭治郎の声は、心配げだ。
「……そういうことだから」
教室の入り口に立つ、青ざめ泣きだしそうな炭治郎を見たときには、打った頭よりも胸が痛かった。悲しげな理由はさっぱりわからなかったが。
夕暮れの教室で、三者三様の沈黙はほんの数十秒。黙って走り去った炭治郎を、義勇も無言で見送った。義勇を壁に押しつけたまま、宇髄が「誤解されたんじゃね?」とバツ悪げに言うまで、理解が追いつかなかったともいえる。正直、宇髄があきれて状況説明するまで、危機感すらなかった。
「てっきり宇髄先生とお付き合いしてるのかと」
照れ笑いする炭治郎に、義勇は思わず顔をしかめた。だが、笑ってくれたことに安堵する。炭治郎はもういつも通りだ。義勇は内心ホッと胸をなでおろした。
事情説明に呼び出したときには、悲愴な顔をしていたから、どうにも焦った。誤解が解けたのならなによりだ。なにも伝えられぬまま終わるなど、御免こうむりたい。
また明日と部屋を出ようとした炭治郎がつまづいたのは、故意じゃない。引き寄せ抱きとめた義勇にも、他意はなかった。
けれども見つめあった瞳も、重なった唇も、偶然じゃないのは、ふたりとも知っていた。