学び舎アルバム 平穏も体が資本と知った一週間 12-21
●お題:どちらかが怪我した義炭 ※キメ学軸。恋人義炭。モブ視点。Twitterにて相互さまからお題をいただきました。H様ありがとうございます💕
月曜の朝、生徒はみな校門の光景を二度見し、内心で叫んだ。
「なんで竈門が竹刀片手にホイッスルくわえてんの!?」
違反者にピピーと注意している、校則違反常習者。後ろに鬼の生徒指導が控えていて、誰も突撃できない。
というか。先生のほうがツッコミどころ満載だ。
「トミセンが怪我!?」
松葉杖装備の鬼教師。鬼の霍乱、天変地異の前触れ。そんな言葉が誰しもよぎる。なんかしっかり仁王立ちしてるけど。杖の意味ないみたいだけども。
やたら張り切り服装チェックしている炭治郎と、生徒を見てるようで視線は炭治郎に固定されてる先生に、誰も聞くことはできず。無言で通り過ぎた生徒たちは、下駄箱でようやく「なにあれ!?」と声を上げた。
そして校舎はその朝、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「階段を踏み外しかけた竈門をかばって、逆にトミセンが足を挫いた、と」
「……どこで?」
聞くなよ。集まる冷めた視線でのツッコミに、聞いた男子はごめんと視線をそらせた。
トミセンのアパートは、濡れると階段が滑る。って言ってた。竈門が。みんな知ってる。週末は雨だったし。聞かぬが仏。
「責任感じて竈門がくっついて回ってんのか」
「トミセン、普通に歩いてたけどな」
松葉杖をつく先生の動きは通常通り。というか、ご機嫌そうだった。無表情だけど。
「ねぇ、怪我したの足なのに、なんで竈門くんは『はい、アーン』でトミセンにご飯食べさせてんの!?」
「肩貸すなら杖いらなくね? てかピッタリくっついてるほうが歩きにくいわっ!」
「トミセンが治ったって言うまで、毎日あれがつづくの!?」
「天使が見える……あれ? 私、萌えの供給過多で死ぬの?」
窓から見える非常階段は、そこだけ世界が違う。なんていうか、ピンク。
大義名分のもと公然とイチャつく秘密の恋人たちに、悲喜交々なツッコミが飛び交う校舎。生徒たちの心はひとつ。
くれぐれも体はお大事に。
想いを深める五音の呪文 12-21 2作目 2023.6.10改題
●お題:好きな人の名前を恋しそうに呼ぶ義炭。 ※原作軸。義→(←)炭。無自覚片想い。
義勇さんと呼ぶようになったのに、特別な意味はなかった。弟弟子らしく親しみを込めてみた。それだけ。
義勇さんは一瞬キョトンとしたけど、なにも言わなかった。呼び方ぐらい勝手にすればいい。そんな感じに流されたんだってわかった。
名前で呼ぶぐらい普通のことだ。なのに最近、義勇さんって呼ぶと、無性に恥ずかしくなったり、ドキドキするようになった。
「冨岡さん」
呼び方を戻したら、妙な恥じらいやドキドキが消えるかもと、前みたいに呼んでみた。
きっとまた無言で流されるんだろう。そう思ったのに。
「なんで?」
義勇さんはキュッと眉を寄せた。とまどう匂いがかすかにする。悲しんでる匂いもちょっぴりと。
「えっと」
理由を問われても、ドキドキするからとは言いづらい。なぜそうなるのか俺にも説明できないから。
「炭治郎」
義勇さんは、俺と禰豆子だけ名前で呼ぶ。ふたりとも竈門じゃわかりにくいからだろう。義勇さんが口にする俺の名前は、なんだかやさしい。
義勇さんが呼んでくれるときだけ、特別な名前みたいに感じる、俺の名前。
「……義勇さん」
いつもみたいに呼んだら、キュッと胸が締めつけられた。ホッとしたように義勇さんの眉が開く。小さく口の端が上がって、瑠璃色の目が細まった。
笑ってくれた。
さっきよりずっと、胸が締めつけられる。でも苦しくはない。ドキドキする。頭の芯が熱を持ったみたいにぼぅっとした。
「義勇さん」
もう一度呼んだら、小さくうなずいてくれた。
何度も義勇さんって呼んだ。義勇さんからちょっとだけうれしそうな匂いがする。義勇さんは、一度も流さないで、炭治郎と返してくれた。
恥ずかしいし鼓動がうるさい。義勇さんと呼ぶたびに。炭治郎と呼ばれるたびに。
義勇さんと名前を呼びあうのは不思議だ。恥ずかしくなったりドキドキしたり、俺をすごく幸せにしたりする。
俺たちの名前は、お互いにだけ特別なのかもしれない。
ずっと、ずっと、いついつまでも 12-22
●お題:義炭で「僕と君の将来について」 ※現パロ。10歳差同棲義炭。時期外れな義勇さんおたおめ(?)話。
風呂から上がると、炭治郎が緊張した面持ちで正座していた。
「義勇さん、お話があります」
ドクリと胸が嫌な音を立てる。義勇は知らず生唾を飲みこんだ。
炭治郎が高校を卒業して同棲を始めてから、もうじき二年。炭治郎を構ってやれた日はどれだけあったろう。そろそろ愛想をつかされてもおかしくはない。
逃げ出したくなるのをこらえ、義勇は炭治郎の向かいに腰を下ろした。別れ話には最悪のタイミングだ。今日は義勇の誕生日だというのに。
三十でキリがいいからなんて理由だったら、泣くかもしれない。
「俺と義勇さんの将来についてなんですけど」
喉の奥が詰まった。男同士だ。結婚もできず子も望めない。成人した炭治郎が不安をおぼえても、義勇にはどうしようもない。
「老人ホームのパンフレット貰ってきました。お薦めは住宅型の有料ホームで」
「ちょ、ちょっと待て! 今日三十になったばかりだぞ!?」
気が早いにもほどがある。別れたあと、独り身のまま孤独死しかねないと思われてるのか?
思考が卑屈になってきた義勇に、炭治郎は
「入居対象年齢ってほとんどの施設が六十歳からなんですよ」
義勇さん折り返し地点です。と、ケロリと言った。
絶句した義勇をよそに、炭治郎は手早くパンフレットを並べだす。
「実際の入居は七十歳以上がほとんどみたいですけど、ふたりで入れるとこって少ないらしくて。早めに検討したほうがいいでしょ?」
「ふたり」
「あ、義勇さんは自宅介護希望でしたか?」
いや、まだ介護とか考える年じゃないし。問題はそこじゃなく。
「そうか……ふたり、か」
「そうですよ。別々の部屋とか嫌じゃないですか」
衝撃が過ぎ去れば、ただもう笑いたくなった。三十年後も、その先も、炭治郎のなかでは『ふたり』が決定事項なのだ。
「最高の誕生日プレゼントだ」
ホームのパンフレットが? と首をかしげる炭治郎を、闇雲に抱きしめたくなった誕生日の夜の話。
祝いの品は布団と膏薬 12-22 2作目
●お題:腰が立たない炭治郎を義勇さんが介抱している。 ※原作軸、最終決戦後。原作とは違う世界線。村田さん視点。
「もう大丈夫ですから」
「まだ腰が立たないだろう?」
陽射し差し込む真昼間。布団に横になる後輩と、世話を焼く同期。なにを見せられてんの、俺。梅干しのお裾分けに来ただけなのに。
ていうか、腰ですか。立たないんですか。へぇ。
「すまない。布団も濡らしてしまった」
「それは俺も同罪ですよ」
そりゃまた激しいな。なにがとか考えたくないけど。
ていうか。ていうかさぁ。
「おまえらいつの間にくっついたんだよ! 言えよ、そういうことはっ!」
水臭いな、畜生!
「くっつく?」
「乗っかったんだが」
「くっついて乗ったんだろ! 布団濡らして腰も立たなくなるぐらい!」
わめく村田を見るふたりは、キョトンとしている。
「くっつかないと肩車できないだろう。布団と炭治郎の腰は俺のせいだが」
「義勇さんは悪くないです。あんなに水が溜まってるなんて思わなかったんだし」
しゅんとする義勇を、必死に慰める炭治郎。仲睦まじいのはけっこうだが、言ってることはさっぱりわからん。
「押入れで雨漏り……」
「義勇さんに肩車してもらって俺が見たら、水がドバァッでズルッてしたらドスンッグシャッとなりまして」
おかげで布団はこれ以外びしょ濡れ、腰から落ちた炭治郎に義勇が乗っかり、大惨事、と。なんだそりゃ。
「前半てんでわかんなかったけど、まぁわかった」
なんだかドッと疲れた。
「お大事に。仲良くやれよ」
小さな家で暮らしだした義勇の世話を焼きに、炭治郎がたびたび山を下りていると聞いたときには、早く一緒に暮らせばいいのにと思った。想いあってることはみんな知っているんだし。
奥手で世話が焼けるよと笑った村田に、ふたりは見あわせた顔をわずかにうつむかせた。
「仲良くは、してる」
「はい……」
ん? ぽぽぽと赤くなる炭治郎と、少し照れくさそうにそっぽを向く義勇。
「だから言えよぉっ! くそぅ、鬼殺隊あげて祝ってやる! 覚悟しやがれ!」
Hush a Bye Baby 12-23
●お題:膝枕をして照れている義炭 ※キメ学軸。両片想い。炭治郎は高二。
眠い。半ば眠りながら歩いてるぐらい、とにかく眠い。
まず六太が咳をした。ついで茂がくしゃみを連発し、今や竈門家の半数が寝込んでいる。
幸い花子と竹雄、それに炭治郎は無事だ。けれども学校に通いながらの看病と家事、それに朝夕だけとはいえ店まで営業していれば、体は限界に近い。十七歳になってすぐに食品衛生責任者資格を取っている1自治体によりますし、店を閉め続けるよりはと、葵枝の反対を振り切り頑張ったものの、この三日ほど睡眠時間はほとんどなかった。
でも、今日を乗り切ればたぶん大丈夫。とにかくもうひと踏ん張りとフラフラ歩いていたら。
「竈門!」
背後からかけられた声に、炭治郎は反射的に「外せません!」と走りだした。気持ちだけは。
足がもつれて転びそうになったとたん、腕をつかまれた。ため息が頭上から降ってくる。
「保健室行くぞ」
有無を言わさぬ声に、思わず眉を下げる。
保健室は中等部からも見える。竹雄たちに見られるかも。
大丈夫ですと断るより早く、またため息がした。ぼんやり見上げれば、鬼教師は「じゃあ指導室」と炭治郎がなにも言わぬうちに歩き出す。
心配させたくないって、なんでわかっちゃうのかな。
生徒指導室に入るなり、ソファに座った先生の膝を枕に、炭治郎は無理やり横にさせられた。
「授業の前に起こしてやる。寝ろ」
ぶっきらぼうな声に、じわりと目頭が熱くなる。
ほんと、なんでわかっちゃうのかな。
枕としてはあまり寝心地はよくないけれど、肌に伝わる体温に安心する。
眠い。安心する。この温もりが、好き。大好き。
「好き……」
意識が途切れる前にぽつりと呟いた声は、無意識だ。
パチリと目を見開いた先生が、珍しくも頬を染め頭のなかで必死に素数を数えていたことも、炭治郎は知らない。
やさしい大好きな温もりに触れて、安らかな寝息を立てていたから。
起きたらもうひと頑張り。見守ってくれる人がいるから、きっと大丈夫。