800文字で恋をする 51~100

幸せぷよぷよ 12-13 3作目

●お題:義勇さんの腹筋を炭治郎が触っている ※キメ学軸未来捏造。義勇(38)×炭治郎(32)

 風呂上がりの義勇の腹にぺたりと手を当て、炭治郎が呟いた。
「ぷよぷよだ……気持ちい~! いつのまに肥えたんです?」
 
 肥えた。ぷよぷよ。
 
 絶句した義勇をよそに、炭治郎はご機嫌で腹をもんでいる。
「やめろ!」
「えー、気持ちいいのに」
 我に返り慌ててよければ、炭治郎は不満げに唇を尖らせた。
 恋人が太ったのが、そんなにうれしいのかっ。
 言いたいけれども、言えなかった。ショック過ぎて。
 これでも体は鍛えていた。贅肉なんて縁がなかったのに。
 だが、最近帰りが遅く、食べてすぐ寝る生活だ。筋トレもサボってる。飲みの席も多くて、カロリー過多でもある。
 
 だが、これは……。
 
 ちらりと見下ろした腹は、確かに少し出ている。
 齢三八、加齢もあるだろうが、なんという為体ていたらく
 義勇は固く決意した。太ろうが禿げようが炭治郎は愛してくれるだろうけれど、男の意地である。矜持の問題だ。
 
 義勇は頑張った。通勤はジョギング、時間が空けば即筋トレ。白飯も泣く泣く抜いた。
 やたら腹に触りたがる炭治郎の手をかいくぐりつつ、努力すること一ヶ月。
 
 ホラ、と炭治郎の手を腹に当て、義勇はご機嫌だった。復活した腹筋に内心鼻高々だ。なのに。
「固い! 白玉なお腹がぁ~」
 だからなぜそんなに残念がる!
「そんなに俺を太らせたいのか!」
 お菓子の家の魔女か。太らせてから食うのか。
「だって絶対に俺しか知らないじゃないですか」
 それに白玉みたいで気持ちよかったのに。むぅっと頬をふくらませるから、思わず両手で包んだ。
「おまえの頬のほうが、よっぽど白玉」
 三二になったというのに、いまだ炭治郎の頬はフニフニと柔らかい。この柔らかさは癖になる。自分の腹では真っ平ごめんだが。
「おまえしか知らない俺なんて、いくらでも見てるだろ」
「あればあるだけ幸せです」
 頬をもまれながら言う拗ね顔は、たぶん義勇しか知らない。これから先も、きっと、ずっと。

広い世界の小さな恋 12-13 4作目

●お題:義炭で「世界で一番かわいいよ」 ※原作軸。義←炭

「世界中の誰より君が愛おしい」
 不意に聞こえた声に、炭治郎は小さくまばたいた。キャアと楽しげな笑い声がする。
 見ればすみたちが雑誌を読んでいた。今のは小説を読み上げたのらしい。
 
「見たこともないのに、なんで誰よりもなんてわかるのかな」
 世界で一番とか世界中の誰よりというのは、どうにも眉唾だ。世界のすべてを知る者など、それこそ世界中探してもいないだろうに。
 山を下り鬼狩りとなって、炭治郎の世界は広がった。それでもまだまだ知らない世界はあるのだろう。
 ふと脳裏に浮かんだ姿が、目の前に現れた。
「義勇さん!」
 炭治郎の鼓動が躍るように跳ねる。傷薬などを取りにきたのだろう。廊下を歩いていた義勇は、炭治郎の姿を認め、足を止めてくれた。
「息災か?」
「はい! 義勇さんもお元気そうでなによりです」
 義勇を前にすると、いつからか炭治郎の胸は甘いなにかで満たされる。姿を目にするだけで心が弾む。
「義勇さんは世界中の誰よりって思うことがありますか?」
 なんとなし聞いてみた。義勇は少し首をかしげ、じっと炭治郎を見たあとで
「そういう人は、もういない」
 小さく言って視線を外した。
「励め」
 去っていく義勇を、追いかけることはできなかった。
 世界の広さなんて炭治郎は知らない。それでも今、義勇は世界で一番孤独に見えた。
 胸が苦しい。義勇の哀しみを思うと、炭治郎の胸も締めつけられる。
 広い世界のどこを探したら、義勇以上にこの胸を甘く切なく揺らす人に出逢えるのか。
「世界で一番……」
 そっと呟いた声が途切れる。
 世界の広さは関係ないのだ。人を恋うれば、世界の誰と出逢おうと心離れない人だと思うからこそ、世界で一番なのだ。
 いつか世界で一番かわいいと、微笑み伝えられる人に義勇が出逢えたらいい。そう願った。
 
 願いが果たされたのは、桜舞う春の日。
 世界で一番おまえがかわいいと、炭治郎を見つめ、義勇は笑った。

学び舎アルバム 早朝デートは控えめに 12-14

●お題:こっそりと靴ひもをおそろいにしている義炭 ※キメ学軸 恋人義炭

 靴を履いた炭治郎の口元が緩んだ。どうしても顔が笑ってしまう。
 なんの変哲もないスニーカー。けれど炭治郎にとっては特別な一足である。正しくは、靴よりもある一点のみが大事なのだけれども。
「お兄ちゃん、朝練遅刻するよ?」
「しまった! いってきます!」
 あきれ顔の禰豆子に見送られ、あわてて玄関を飛び出す。
 今日はペダルをこぐ足も軽い。靴一足で現金なものだ。自分でも少しあきれる。
 
 急いで道場に向かえば、前を歩く青いジャージの背中が見えた。
「冨岡先生! おはようございます!」
 浮き立つ心のままに弾んだ声で言えば、振り向いた顔が微笑んだ。
「おはよう。今日の当番は竈門か」
「はい!」
 駆け寄りながら、炭治郎の視線は足元へと向く。先生もスニーカーだ。ただし炭治郎のと違って少々くたびれている。炭治郎の顔が笑み崩れた。
「朝からご機嫌だな」
「だって、うれしくて!」
 ホラ、と足を差し出して見せる。どこにでもある赤いスニーカーに結ばれた靴紐は、白地に青と赤の細いストライプ。
 先生の紺のスニーカーも、同じ靴紐が結ばれている。真新しい靴紐は、そこだけ白く映えていた。
「ただの靴紐だぞ」
「でもおそろいです!」
 はにかみ見上げれば、わずかに苦笑した先生に、くしゃりと頭を撫でられた。
「いずれ、ちゃんとしたおそろいを贈る」
「これで十分ですよ?」
 だって秘密なのだ。学校ではペアのものなんてつけられない。
 ふたりで分けあうそろいの靴紐。ささやかなペアルック。十分幸せだ。
「卒業したら指輪がいるだろう?」
 ここにつけるための。そっと持ち上げられた左手。唇が薬指に触れた。
「っ!? 義勇さん、ここ、学校」
「まだ誰も来てない」
 
 
「おい、誰か声かけろよ」
「やだよっ、トミセンに恨まれる!」
「でも遅刻しても怒られるぜ?」
「理不尽!」
 遠巻きにふたりの世界を見守る剣道部員の、深いため息が落ちた早朝の光景。

おいしさの秘訣は笑顔です 12-14 2作目

●お題:普段通りをよそおう炭治郎が実は怒っているという確信があるが心当たりがないので何もできないでいる義勇さん。 ※原作軸、恋人義炭。

 炭治郎は素直だ。悲しければ涙を零して泣くし、楽しければ開けっぴろげに笑う。怒っているときもしかり。大変分かりやすい。
 けれど今、炭治郎はニコニコと怒っている。笑顔だが目は笑っていない。
 隠し事のできない炭治郎が、怒りを隠して笑う顔など初めて見た。正直、怯えるほど怖い。
 なにか怒らせるようなことをしただろうか。考えてみるが心当たりはまるでない。
「ご飯にしましょうか」
 ニコニコと言うが、目はいっそ冷ややかにすら見える。
 なにを怒ってるんだ。聞きたいけれど怖い。嫌われたのかもと思うだけで、背が冷える。
 出された膳には、大根の煮物。鮭はない。今日は鮭大根と言ってたのに。
「今日」
 口を開いた炭治郎に、思わず身構える。
「魚屋に行ったんです。なので大根だけにしました」
「……なぜ?」
 無言の圧力に負けて聞けば、怒涛のような言葉が義勇を襲った。
 魚屋の親父さん曰く。色男の兄ちゃんがべっぴんさんと歩いてた。魚は飽きたと聞こえたけど、お得意さんが減るのは勘弁。べっぴんさんが笑いながら青筋立ててた。
「一緒にいたのしのぶさんですよね。そこは誤解してません。でも! 魚は飽きたってどういうことです!? 嫌なら嫌って言ってくださいよ! なんでしのぶさんに愚痴るんですか!」
 なんのことだと混乱したのは一瞬。思い出した会話に思わず叫んだ。
「高菜だ!」
「だからっ、へ? 高菜?」
 きょとんとする炭治郎に、義勇は苦々しくうなずいた。
「高菜漬けだ。助けた漬物屋から毎年大量に届くとかで、この時期はお裾分けと称して押しつけられる。いい加減飽きた」
「高菜……え? 聞き間違い?」
「おまえの鮭大根は毎日でも飽きない」
 顔を真っ赤にして、小さな声でごめんなさいと謝る炭治郎に、あきれもするがそれ以上に安堵する。素直な炭治郎の反応にも、嫌われなかったことにも。
 大根だけの煮物も、炭治郎の手にかかれば、やっぱりうまかった。

淡々日常、綿々恋情~伊黒小芭内の贈り物~800文字Ver. 12-14 3作目

●お題:義炭で「何を贈ったら喜ぶだろうか」 ※義炭と・・・シリーズ番外編。伊黒さん視点。おばみつ風味。

 臨時の柱合会議に集まった顔ぶれは、ひとり足りなかった。
 たるみ過ぎだといきり立つ不死川に、伊黒もまったく同感だ。
 お腹でも壊したのかしらと心配する甘露寺は、本当にやさしい。さすがにそれはないと思うけれども。
 あまねが部屋に入ってきた。伊黒たちに告げられたのは、青天の霹靂ともいうべき指示である。
 
「冨岡に祝い……」
「冨岡さんと炭治郎くんがおつきあいしてるだなんて素敵だわぁ!」
 甘露寺を除いて、みな一様に疲れ顔だ。胡蝶でさえも、時透ばりに虚空を見つめている。ひとり寿ぐ甘露寺は、やっぱりやさしい。けれど同意はできかねる。
「ともあれ命には従わねば。だが……冨岡はなにを贈れば喜ぶだろうか。さっぱりわからんな」
「色惚けさんはなんだって喜びますよ。どうせお互いしか目に入っちゃいないんです。なに贈ろうとイチャつく口実になるだけなんですから」
 胡蝶がなんだか怖い。鏑丸がしゅるりと懐に逃げ込んだ。野生の本能というやつだろうか。
「甘露寺に任せるのが適任じゃね?」
「はい! 私と伊黒さんに任せてっ」
 よもや。今は亡き友の口癖が、頭に響いた。
 
「扇子?」
「ふん、末広1扇子の別名。末広がりを意味し、結婚祝いにもよく用いられていたなら祝いにちょうどいいだろう」
 日本橋は榛原はいばら2江戸時代創業の和紙を扱う店で買い求めたのはそろいの扇子。図案の菊に他意はない。甘露寺がきれいと目を輝かせたからえらんだだけだ。だが冨岡が少し複雑そうに眉を寄せたのには、ちょっとばかり溜飲が下がる。
「お幸せにね!」
「はい! ありがとうございます!」
 冨岡と竈門の行く先が末広がりとは、伊黒だって思っちゃいない。けれど、今だけは少しぐらい祝ってやってもいい。甘露寺とランデブーのようなひとときを過ごせた感謝など、してやるつもりはないけれど。
「ありがとう」
「ふん、せいぜい仲良くやるんだな」
 菊は良きことの先触れともされるらしい。この先がどうあろうとも、ふたりに実りがおとずれることを柄にもなく伊黒は少しだけ願った。