800文字で恋をする 51~100

火傷しそうに熱い 12-23 2作目

●お題:義炭で「(くちびる、さわりたい)」 ※原作軸。恋人義炭。

 気がつけば義勇の唇を見てしまう。
 触れたらどんな感じがするんだろう。思ったら、知らず頬が熱くなった。
 手は繋いだ。抱きしめられたこともある。でも、まだ接吻はしていない。
 義勇は触れたいと思ってはくれないのだろうか。恋しくとも、男に接吻はしたくないと思っているのか。口下手な義勇は、なにを考えているのか滅多に口にしてくれない。
 
 くちびる、触りたい。
 
 頭のなかにはそんな言葉ばかりが浮かぶ。
「具合が悪いのか?」
 心配げな声に我に返り、炭治郎はあわてて首を振った。
「話すのも辛いなら我慢しなくていい」
 義勇はあまり話してはくれない。でもこういう気遣いに、大切にされているとわかる。
 不安になるなんて、義勇さんに失礼だ。罪悪感に唇を噛んだ。
「俺では頼りにならないか」
 義勇はどこか固い声で言う。悲しんでる匂いがした。
「違います!」
 口にするのは恥ずかしい。けれど言わなければ。
「なんで、接吻してくれないのかなって……」
 言ったはいいが、義勇の顔が見られない。いたたまれずに深くうつむいたら、かすれた声が聞えた。
「そういうことは嫌いかと」
「なんでです? 俺だって好きな人には触れたいです」
「遊郭も知らないほど、初心だと聞いた」
「もう知ってます」
 恋する者同士が、なにをするのかも。
 ふと義勇の目がやさしくたわんだ。
「ちゃんと、話せばよかった」
 義勇といると、炭治郎ばかりがしゃべっている。でも。
「おまえに接吻したいし、目合いたいとも思っている」
 おまえが嫌でなければと、静かな声で義勇は言う。いつも匂いに頼ってしまっていたけれど、ちゃんと義勇の言葉も聞かせてほしいと言えばよかった。
「俺も同じです。嫌じゃないです」
 
 もっと、もっと、あなたを知りたい。願いを込めて見つめた炭治郎の目が、ゆっくり近づく義勇にあわせて、静かに伏せられた。
 唇から伝わったのは、やさしい温もりと、義勇の心。

三日目の愛の攻防 12-24

●お題:振り返ることなく去って行く炭治郎を義勇さんが恨めしそうな目で見ている。 ※原作軸。恋人義炭。

「炭治郎」
「駄目です」
 まだなにも言ってないと義勇が渋い顔をするより早く、炭治郎はしかつめらしく言った。
「三日つづけて鮭大根だったでしょ? 体によくないから今日は駄目です!」
 兄弟子とか柱とか恋人だとか。立場を振りかざす気は毛頭ないが、その言い方はどうなんだ?
 
 おまえは俺の姉さんか。
 
 胸のうち憮然と呟けば、懐かしい顔が脳裏によみがえる。炭治郎のお陰で、姉や錆兎を思い出しても辛くなくなった。だが。
 
『義勇、もう四日目よ? 鮭大根ばかりじゃ体によくないわ』
 
 そうだ、姉さんに叱られたのも、四日連続で鮭大根をねだったときだ。情けないことまで思い出してしまった。
 炭治郎と姉に似たところなどないと思っていたが、変な共通点があるものだ。
 しみじみとする義勇を置いて、炭治郎はさっさと歩いている。つい恨みがましく睨んでも、振り返りすらしない。
 ため息を飲みこんで、義勇も歩き出した。
 頭のなかで姉がニコリとうなずいた気がする。説教も情愛の表れと思えば、少しこそばゆかった。
 
 
「義勇さん」
「駄目だ」
「まだなにも言ってません」
 羽織の袖を、つんと引く仕草はかわいいが、うなずいたら負けだ。
「俺としたくないんですか?」
 そんなわけあるか。言いたいけれど、言ったが最後、欲に溺れる夜になる。
 無垢な子に悦楽を教えこんだのは自分だし、惚れた相手だ、抱きたいのは山々だけれども。
「昨夜も一昨日もした。体によくない」
「まだ三日目です」
「その三日目までへの妙な信頼感はなんなんだ」
 情愛ゆえの誘いとはいえ、腎虚にでもさせたら胡蝶が怖いんだが?
「好き……」
 切なげな上目遣い。熱い吐息に潤んだ瞳。
「……今夜までだぞ」
 あぁ、また負けた。ねだる愛い子には勝てない。
 だが、つづけていいのは三日まで。それ以上は体によくない。だから明日は寄り添い眠るだけ。
 では明後日は? それはそのとき考えるとしようか。

学び舎アルバム あの子の安眠効果はみんなの安眠妨害 12-24 2作目

●お題:相手の服を抱きしめて寝ている義炭 ※キメ学軸。恋人義炭。モブ視点。

 修学旅行の夜といえば枕投げに恋バナ。だが前者を楽しむには、引率の先生が問題だ。旅行にも竹刀持参の鬼教師が、怒鳴り込んでくること請け合いである。
 とはいえ大切な思い出になる行事だ。楽しまないでどうする。奇妙な闘志を燃やした結果、声出し禁止の珍妙なルールの下で、無言の熱戦を繰り広げた部屋は多かったという。バレて廊下に正座させられるまでがセットだけれど。
 
 この部屋でも、修学旅行の夜を堪能したい思いは同様だ。けれどそうは問屋が卸さない事情がある。
 
「……なぁ、竈門が着てるあのジャージって」
「それ以上言うなよ? 振りじゃないからな。絶対に言うなよっ!」
 同室の生徒たちの視線が、ご機嫌にスマホを見ている炭治郎にそそがれた。
 羽織っている白いジャージは、どう見てもオーバーサイズ。ていうかそのジャージ、今日着てたよね、引率の体育教師が。旅行にジャージかいっ! って、みんな内心ツッコんだから覚えてる。
 おまけに、襟や袖の匂いを嗅いではほにゃりと笑ってたりしたら、疑う余地はない。
 枕投げ? 冗談。ここに来たら絶対に駄目な先生が飛んでくるだろうが。恋バナ? 勘弁して。いつもの無自覚な惚気だけでお腹いっぱいです。
 炭治郎はいい奴だ。でも、バカップルにあてられるのは、ホント無理。
「……寝るか」
「消灯には早いぞ?」
 いや、おまえが原因だから。隙を見せたら、その通知音の元が説教のていで飛んでくるだろうが!
 みんな疲れてるんだな、じゃあ寝ようかと笑う炭治郎は、本当にいい奴だ。
 でも、ジャージを抱きしめて布団に入るのはどうなの? ときどき漏れ聞こえる幸せそうな忍び笑い。鼻が利くもんな、おまえ。でも、いいから寝ろ? 寝てください。
「なぁ……竈門の制服だけ掛かってなくね?」
「だからどうして言っちゃうわけっ!?」
 教師たちの部屋でもツッコミが炸裂していたという修学旅行の夜。いい思い出だよと笑えるのは、まだ先の話。

学び舎アルバム 熱を上げるのは恋だけにしときなさい 12-25

●お題:義炭で「いつもと違う日、あの子がいない日」 ※キメ学軸。恋人義炭。

 冨岡がおかしい。靴を反対に履いてこけたり、ホイッスルと間違えてボールペンくわえたり。ドジっ子か。
 顔はいつものむっつりと無愛想な無表情。脇目もふらずに歩くのも変わらない。でも、ふと立ち止まっては、スンッと虚無感をたたえてため息なんかついてる。
 一言で言うなら、生気がない。魂が抜けかけてるんじゃないかって有り様だ。
 
「で? 派手にウザいアレの原因はなんだ?」
「俺が知るかァ」
 職員室の話題を独占中の冨岡はといえば、虚空を見つめたまま微動だにしない。昼休みは非常階段でボッチ飯が定番なのに、珍しく職員室に居座っているかと思えば、置物のように身動きひとつしないんだから、周りのほうが気になってしまう。というよりも、ウザい。
「おい、誰かアイツの頭にゼンマイさして巻いてこいっ」
「アナログすぎないかしら。せめて電池にしてあげません?」
 心配よりも面倒くささや苛立ちが先に立つのは、どうせあの生徒がらみと思っているからだろう。
「冨岡、竈門少年が風邪を引いたそうだな! 我が家では風邪のときにミカンの黒焼きを食べることにしているのだ。よければ貰ってくれ!」
 快活な声が聞こえたとたん、突然スイッチが入ったようにバッと振り返る同僚。予想通り過ぎてツッコむ気にもなれない。
「竈門は休みか」
「冨岡がいつもと違う日は、竈門がいない日に決まってたな」
 生徒がひとり休んだだけで抜け殻同然になる冨岡にもあきれるが、段ボールで差し入れする煉獄もどうなんだろう。いい奴なのに違いはないけれど、大量すぎて逆に迷惑じゃないのか?
「煉獄、感謝する」
「気にするな! 元気な竈門少年が寝込んでいるとなれば、俺も心配だからな!」
 生徒想いのいい先生、そんな言葉で片付けていいのか? アレ。
「早く治んねぇかな、竈門」
 大量のミカンの黒焼きに埋まる前にと、誰もが祈った昼休み。煉獄の笑い声だけが明るかった。

温もりに祈る 12-26

●お題:人混みのなかで手を繋いで歩いている義炭 ※原作軸。第三者視点。恋人義炭。

 人混みに、懐かしい顔があった。
 良人に誘われ出向いた伊勢佐木町通りは、今日も賑わっている。浅草と並ぶ大繁華街の人波は酔いそうだが、自由に外歩きを楽しむ生活には慣れてきた。
「どうしたね、ナツ」
 以前とは違う呼び名にも、すぐ振り返れるようになった。遊女だった自分には、過ぎた幸せだと今も思う。良人には感謝しかない。
「知った顔を見んした」
「馴染みだったのかい?」
 だいぶ年上の良人は寛容だ。鯉夏の過去への揶揄や、見下すひびきはそこにはない。
「まぁ、好かねぇことを。主さんと同じで、わっちの恩人でありんす」
「ならご挨拶をしないと。ナツの恩人なら私にとっても恩人だ」
 言われ、再び目を向けた先では朗らかに笑う男の子がいる。
「いえ……お連れさんがおりんすから」
 あの日のことは、よく覚えていない。けれどもきっと、あの子が助けてくれたのだと確信している。
「邪魔するのは無粋か。ご挨拶はナツの廓言葉が抜けてからとしようかね」
「アラ。嫌だ、教えてくんなんし。あっ」
 馴染みきった廓言葉は、まだ抜けない。良人は笑うが、鯉夏は少し申しわけなさを覚える。良人は恩義あるお客様で、自分の本心は好いた惚れたとは違うのだと、暗に示している気がしてしまうから。
 赫灼の髪と目の風変わりな格好をした男の子は、傍らの男の人と手を繋いで歩いていく。ふたりともずいぶんと足が速い。だが、楽しげな雰囲気は遠ざかる背中からも伝わってきた。
 
 お炭ちゃんの好い人かしら。
 
 自然と思えたのは、垣間見たふたりの互いに向ける顔がやさしかったからだ。そこには相手への愛おしさだけがあった。
 ふたりは歩いていく。恋うる心を分けあうように、しっかりと手を繋ぎあって。
「行きましょう、あなた」
 間夫ではないが、感謝も敬愛も本心である。幸せだと思う。この人とあの子がくれたものだ。
 どうかあなたも幸せに。願いを込めて、良人の手を鯉夏は握った。