800文字で恋をする 51~100

日々是善哉 12-29

●お題:義炭で「一人は淋しいでしょ」 ※原作軸。義炭と・・・シリーズ番外編。最終決戦後。禰豆子視点。善ねず。

 善逸と喧嘩した。
「仕事なんだからしょうがないじゃない」
 行きたくないなんて、子どもか。大黒柱の自覚がないんだからと、禰豆子は、苛立ち紛れに鍋をこする。
 頼れる親もおらず心配なのはわかるけれど、仕事ならしかたないではないか。
 年の瀬に出張なんて社長は鬼より鬼だと泣きわめく善逸を送りだすのは、骨が折れた。早く行きなさいと尻を蹴飛ばした禰豆子に、痛いと泣くより早く暴れちゃ駄目と叫んだのは、少しだけうれしくもあったけど。
「お父さんになるのに、困ったもんだよね」
 よっこいしょと立ち上がり、まだ平らなお腹をなでて苦笑する。
 雪が降ってきた。早く大掃除を済ませようと思ったのと同時に、訪いが聞えた。
「お兄ちゃん! 冨岡さんも。どうしたの?」
「善逸、出張なんだろ? 手伝いに来たよ」
「なんでも言いつけてくれ」
「やだ、善逸さんが言ったのね」
 迷惑かけてとむくれる禰豆子に、ふたりは苦笑する。
「心配なんだろう。叱ってやるな」
 微笑む義勇に少しドキッとした。兄の連れ合いはきれいだ。
「もうお母さんになるのに」
 子ども扱いと言えば、そうじゃないよと炭治郎は笑う。
「誕生日だろ?」
「ひとりで過ごすのは寂しいだろうからと言っていた」
「善逸にとって一番大切な日なんだってさ」
 誕生日を祝うなんて御大尽じゃあるまいし。大げさだと思うけれども勝手に顔は熱くなった。
「今日中に帰るだろう」
「土産まみれになるのを覚悟しとけよ、禰豆子」
 予定では帰りは明日の昼。でもきっとその通りだ。
 平らなお腹に手を当てた。おまえのお父さんは仕様がないけど、心底やさしいねと、妻で母な顔で禰豆子は笑う。
 家族を知らない善逸と、家族を失った自分たち。寄り添いあって家族になった。そしてまた、家族が増える。
 微笑む禰豆子を見るふたりの目はやさしい。夜にはきっと、誰よりやさしく見つめてくれる人が、息せき切って雪まみれで帰ってくる。

わかちあうものは 12-29 2作目

●お題:ワンセットのピアスを1つずつつけている義炭 ※原作軸。最終決戦後。両想い義炭。

「いいんですか?」
 緊張する炭治郎に、義勇は小さく苦笑しうなずいた。
「いきますよ?」
 構えられた針先の震えがやむ。義勇は自分の耳たぶを摘み、頭をかたむけた。炭治郎の緊張が移ったか、知らず喉がかすかに鳴る。
 どんな痛みにも耐えてきた。針ごときに怯えるとは、おかしなものだ。
 苦笑を深めたら針先が触れた。間を置かずブツリと鈍い音が耳奥にひびく。熱い。痛みを感じるのはこの後。何度も経験しているから、もう知っている。
 炭治郎の持つ針に迷いはなかった。尻込みしていたくせに、いざとなれば思い切りがいい。突き刺すときよりよほど慎重に針が抜かれていく。
 置かれた針を流し見れば、わずかに血濡れ鈍く光っていた。隣に置かれている炭治郎の耳飾りよりも、義勇の血は鮮やかに赤い。
 はぁっ、と、深いため息が聞こえた。かすかに眉を下げた炭治郎は、手にした懐紙で義勇の耳にそっと触れてくる。
「痛くないですか?」
「大事ない」
 今さらこれしきでとまた思う。炭治郎も同じことを考えたのだろうか。笑みに少し照れが見える。
「つけますね」
 耳飾りを手にした炭治郎にうなずいた。
 焼かれて黒ずんだ針が、耳に通される。カランと鳴った耳飾りは、ズシリと重い。実際の重量ではなく、竈門の人々が繋いできた時と責任の重みなのだろう。
 半分だけでかまわない。俺にもおまえの重荷を背負わせてくれと願った。兄弟子が弟弟子にわがままを言うなど、不甲斐ないことだ。
 過たず義勇の意をくみ取った炭治郎は、ひどく狼狽したがやがてうなずき、耳飾りは今、互いの右耳に下がっている。
「似合います」
「そうか」
 自然と伸びた互いの手が、耳飾りに触れる。
 もらってくださいと泣き笑った炭治郎の顔を、息絶えるまで忘れることはないだろう。重みの分だけ、涙が落ちた。炭治郎の目からも雫がこぼれる。
 泣くのは今日これきりだ。責任もつらさも、幸せも、分けあって明日を生きる。

原始の呼び声、未来の空 12-29 3作目

●お題:博物館に行って恐竜の展示を見ている義炭 ※キメ学軸。義(→)←炭

 炭治郎は家が店をやってる上に大家族だから、行楽にはあまり縁がない。博物館にくるのは初めてだ。遠足とはいえ、子どもみたいにワクワクしてくる。
 おまけに。
「騒ぐなっ」
 学校みたいに怒鳴って追いかけるわけにもいかないんだろう。はしゃぐ伊之助たちを注意する先生は、苦々しげだ。見るからに機嫌が悪くて誰も近づこうとしない。
 こんな機会めったにないんだから、少しだけでも笑ってくれないかな。
 昔みたいに手を繋いでくださいなんて言えないけど。せめて気分だけでもと、なるべく先生の近くを歩いてみたりなんかする。おかげで善逸たちとははぐれたけれども、声で場所はわかるから問題ないだろう。
 少し離れて、先生の背中や横顔を見て進む。実物大だという恐竜の模型展示に、足が止まった。
「うわ、おっきいなぁ。怪獣みたい」
「恐竜のほうがモデルだろう」
 思わず呟けば聞こえた苦笑。隣に立ったその人をドキドキと見あげた。
 立ち去られるのが嫌で、話題を必死に探す。
「恐竜が絶滅したのは氷河期のせいでしたっけ。爬虫類だから、寒いのは弱いんですかね」
「絶滅した原因には諸説あるが、数年前に、羽毛の痕跡がある大型恐竜の化石が見つかっているな」
「羽!? これが飛ぶの!?」
「声が大きい」
 お叱りは苦笑まじり。怒ってないのが匂いでわかる。向けられた瞳がやさしい。
「翼はない。この大きさじゃどのみち飛べないだろう」
「翼が、あっても?」
 なぜだか胸が痛い。飛べない恐竜は、どんな顔で空を見上げていたんだろう。
 ふと、手の甲になにかが触れた。先生の手の甲だ。
「おまえなら、どこへでも飛べる」
「ひとりじゃ、嫌です」
 馬鹿だなと小さな呟き。触れあった手が握られることはない。今は。
 いつか、と、唇が動いたから、小さくうなずいた。
 今宵見るのはきっと、太古の夢。いつかくる未来に思いを馳せながら、飛べない恐竜の背で笑いあう。そんな気がした。

夢のお城、いつかの未来 12-30

●お題:砂浜で一緒にお城を作っている義炭 ※年年歳歳シリーズ(次回予定作『夏の誘惑にご用心』内のワンシーン)

 錆兎たちに誘われ、遠足気分でみんなで海へ。
 はしゃいで泳いで、宇髄がバイトしてる海の家でお昼ご飯。宇髄お手製の焼きそばやおでんもおいしい。
 竹雄と花子もやっと懐いてくれて、義勇はどことなく楽しそうだ。仲良くなれてよかったと炭治郎も思うのだけれど。
 義勇さんを取られちゃった。竹雄たちにちょっぴりやきもちも焼いてしまう。
「竹雄たち眠そうだな」
 錆兎の声にふたりを見れば、確かにうとうとしている。
「私たちも少し休むから、炭治郎と義勇は遊んできなよ」
「俺が子どもらを見ていよう!」
 義勇と顔を見あわせる。俺はお兄ちゃんなのにいいのかな。ためらいは、いってらっしゃいと笑う禰豆子と千寿郎の声で消えた。
 差し出された義勇の手を握れば、うれしさだけが胸に満ちる。
 
 砂浜を歩いていたら、砂でお城を作ってる子たちがいた。
「作るか?」
 炭治郎の視線に気づいてくれた義勇にうなずき、大きなお城を作った。
 禰豆子の絵本で見たお城みたいに長い階段も作って、拾った貝殻で飾れば、できあがり。
「できたぁ!」
「おぉっ、すごいな!」
 快活な声に振り返れば、みんなを連れた煉獄がいた。
「おーじしゃまとおひめしゃまのおちろ?」
 目をキラキラさせて言う花子に、炭治郎のほっぺがポッと赤くなる。
 だってこれは、義勇と一緒に住みたいお城なのだ。でも。
 ふと不安になって炭治郎は義勇を仰ぎ見た。
 王子様の隣にはお姫様。義勇の隣が自分でもいいのかな。
「王子様とお姫様だけじゃ寂しいかも」
 千寿郎の言葉に、なら俺も住むと竹雄が目を輝かせ、みんなで住むお城で盛り上がった。砂に描いた間取りはお城なのに道場があったり、花の形のをしてたり。
「義勇と炭治郎の部屋は、私と錆兎の部屋の隣ね」
 真菰の言葉に義勇がうなずいた。当たり前みたいに。
 砂のお城は崩れてなくなるけど、一緒の未来は消えないといいな。願う炭治郎の頬を潮風が撫でていった。

望むのは丸ごと全部と笑いあった日 12-30 2作目

●お題:義炭で「端から見ると、僕の愛は重いらしい」 ※原作軸。両想い告白義炭。

 炭治郎くんって、つきあうには重いよね。村の女の子たちが言っていたのを聞いた。
 最近、やけにそれを思い出す。きっと恋をしたからだ。
 気がつけば兄弟子である義勇に恋していた。だけど義勇が同じ想いを返してくれるなんてありえない。実らぬ恋だ。
 そう思っていたのに。
 
「は? なんて?」
「……いや、忘れてくれ」
「わぁ! 待って! 聞えましたっ、でも信じられなくて!」
 義勇に「おまえが好きだ」と言われるなんて、思わないじゃないか。
「俺も義勇さんが好きです! でも俺、端から見ると重いらしくて」
 好きだと言ってくれたのに、これでフラれちゃうのかな。思いつつ、誤魔化す術を知らぬ炭治郎は口を開いた。
 
 きっと自分は大好きな人が望むなら、どんなに大変だろうとなんだってしてみせる。些細なことにも感激するし、感謝と恋しさを伝えたくて、また必死になるに違いない。
 もし別れが来ても、一生その人だけを想う。
 たぶん、こういうのが重いのだ。厭われるほどに。
 
 話し終えた炭治郎はうつむいていた。女の子ですら重く感じるのだ。成人男性の義勇なら、なおさら勘弁願いたいと思うに違いない。
「どこが重いんだ?」
「へ?」
 思わず顔をあげれば、思い詰めた瑠璃の瞳が見つめていた。
「重荷だと放り出す奴がいたのなら、そいつの分も俺に背負わせてくれ」
「義勇さんに、だけです」
「なら全部、俺が背負う」
 それに俺の想いはきっとおまえ以上に重い。投げ出したくなるだろう。
 自嘲の声をさえぎって、炭治郎は叫んだ。
「投げ出すわけないじゃないですか!」
 重いなんて思わない。ただただ幸せなだけだ。
 勢い込み言えば、義勇が破顔した。輝くような笑みは、すぐに見えなくなった。強く抱きしめられてしまったから。あぁ、もったいない。
 でも見られる機会はいくらでもあるだろう。だってこれから、重い想いを分けあって生きていくんだから。
 いつまでも、ふたりで。