800文字で恋をする 51~100

たった一つの愛の形 12-19 3作目 2023.6.10改題

●お題:義炭で「謎がいっぱいな君が気になってしかたない」 ※クソデカ感情同棲義炭シリーズ番外編。モブ→炭。

「竈門って謎が多いよな」
 学食で隣に座ったのは、顔見知りとも言いがたい同級生。イケメンと噂らしいけどよく覚えていない。
「男で家政科教員志望ってのも珍しいし、同棲してるってわりには……初心すぎ」
 身を寄せ声を潜めて言う同級生に、炭治郎は、火がついたように赤くなった。
 笑う男からは嫌な臭いがする。悪意じゃないけど、不穏な感じだ。
「謎が多い奴って、気になってしょうがないんだよね。もっと知りたくなる」
 そんなこと言われても、隠し事をした覚えもない。距離の近さが少し嫌で、身をよじったらうなじに指が触れた。ザッと鳥肌が立つ。
「ここ、痕ついてる……つけられるとき、どんな声出したのか教えてよ」
「はぁ!?」
 思わず叫んだのと同時に、スマホが鳴った。禰豆子が勝手に設定したラブソングの専用着うた。ぶしつけな男なんて頭から消えて、浮き立つ声で出れば聞こえてくる甘い声。
『早く帰れることになった』
「じゃあ一緒にご飯食べられますね!」
 忙しい恋人は、帰宅も遅い。夕飯を一緒に食べられないこともざらだ。
『迎えに行く』
 買い物して帰ろうと少し笑う気配。俺の手料理だけ食べて? そんな炭治郎の独占欲にうれしいよと笑う恋人は、外食しようとは言わないでくれる。
 今日の弁当もうまかった、ありがとうの声に、幸せに満たされて電話を切った。
「謎はよくわかんないけど、全部知ってほしいのもそばにいてほしいのも、星の数ほどいる人のなかであの人だけなんだ」
 呆然とする男を見下ろした炭治郎は、フフッと笑って弁当の残りに箸をつけた。
 うん、今日もおいしい。あの人の血肉を作る、炭治郎の愛情。ふたり、同じものばかり口にして。
 
 ジャージを着替えてからきた恋人は、学生の視線を独り占めだ。走り寄る炭治郎だけに微笑んでくれるから、嫉妬はしない。イケメンっていうのはこういう顔を言うんだよ。遠目に認めた同級生の姿に、炭治郎は薄く笑った。

徒花とは呼ばせない 12-20

●お題:訳あって野宿している義炭 ※原作軸。最終決戦後。最終巻に繋がらない世界線。

 突然届いたその知らせは、炭治郎の心臓を一瞬止めた。
「義勇さんが行方不明?」
 
 炭治郎が義勇を見つけたのは、一週間ほども経ってから。富士の裾野に広がる森林でのことだった。
「炭治郎?」
「義勇さん……どうして!」
 もつれる足で駆け寄り抱きつく。義勇は目を白黒とさせていた。
「なんで自害なんかっ!」
「ち、違う!」
 グズグズと泣きながらも、よくよく聞けば。
「旅?」
 ふと思い立ち、行ってみたかった場所を巡ることにしたのだと義勇は言った。
「書き置きぐらいしてください。輝利哉くんが心配してましたよ」
「そうか……」
 しゅんと肩を落とした義勇に、炭治郎はようやく微笑んだ。
 死期を悟った猫のように死に場所を求めたのではと、周章した輝利哉の気持ちは痛いほどわかる。炭治郎もまた同じ不安にいても立ってもいられなくなったのだから。
 
 ほうほうと鳥の声がする。月明りもか細い森林で、赤々と燃える火だけが暖かい。
「自害を考えたことはない。だが畳の上は俺の死に場所ではない気がする」
 焚火を見つめてぽつりぽつりと話をした。家族を持たぬ義勇には、市井の暮らしに即馴染む器用さはない。戸惑いの一年だったとほの笑う。
「おかしなものだ。こんなふうに野宿していると、どこかホッとする」
 火に照らされた横顔に憂いはない。それが悲しいと炭治郎は唇を噛んだ。
「一緒に暮らしませんか?」
 善逸たちも炭焼きは覚えた。禰豆子たちなら大丈夫。言い募れば義勇は小さく眉を寄せる。
「同情はいらない」
「同情じゃありません!」
 ならなぜと問う瞳に、ほんのわずかな期待が見えた気がした。
「好き、だから、です」
 枯らすはずの恋を炭治郎は言の葉に乗せた。
 刀を置いても義勇は水だ。触れれば恋の花は育ってしまう。だから離れ、忘れようとした。
 抱き寄せられ倒れ込んだ胸は、鼓動が早い。
 今、枯らそうとした恋の芽に、水が注がれた。
 花が、咲く。

口が下手なのは言葉だけでした 12-20 2作目

●お題:義炭で「肝心な所で口下手なんだから」 ※原作軸。作中、震災以降から使われている言葉がありますが、見逃してください……。

 おしゃべりな炭治郎には、うまく話せない人がひとりだけいる。
 
「たった一言だろ」
 あきれ顔で善逸は言う。
「半半羽織も源三郎も雄じゃねぇか」
 首をひねる伊之助はもっともだ。
「ま、いんじゃね? お似合いだよ、おまえら」
「ほ、ほんとか?」
「あの人の音って、ふっと消えちゃいそうだもん。やさしい音なのに、生きてんのかわかんないくらい小さくてさ。炭治郎と一緒でちょうどいいぐらい」
「うん……匂いも薄すぎて心配になる。やさしい人なのに」
「めんどくせぇ! 好きでもなんでもとっとと言ってこい!」
 
 善逸と伊之助に発破をかけられ、義勇に告白するぞと決心してから、早二週間。今のところ一度も口にできてはいない。
「義勇さんの顔見ると、うまく言えなくて」
「肝心なとこで口下手なんだから、しょうがないなぁもうっ!」
 あきれられてもしかたがない。
 
『義勇さんっ、す、すき焼き1関東ですき焼きの名称が使われるようになったのは震災以降。それまでは牛鍋って食べたことありますかっ?』
『あの、俺、す、すき、隙がまだあるので稽古は厳しくしてください!』
『好きっ、な、ものってなんですか? お世話になってるお礼に作ります』
 
 一緒にすき焼きを食べに行って、へたばるまで稽古を受けて、鮭大根を作って終わった二週間。
 毎日言おうと決意するのに、また言えずに今日の稽古も終わる。
 なんで言えないんだろう。明日もまた失敗だったと報告しなくちゃ。肩を落とした炭治郎の頭が、そっとなでられた。
「義勇さん?」
「……好きだ」
 目を見張った炭治郎に、義勇がパチリとまばたいた。目尻や耳の先が赤く染まっている。
「すまん、忘れてくれ」
 立ち去ろうとするから、ガシリとしがみついた。
「待って! 今、今のっ!」
「忘れろ」
「嫌です! 俺も好きです!」
 見つめあったら、強く香った甘い匂い。
 頬に触れられた手は温かく、寄せあった胸から大きく早い鼓動がする。
 
 言の葉よりも強く、唇が想いを伝えあうこともあると知った。

恋の歩みは温もりとともに 12-20 3作目

●お題:手を握ることに照れている義炭 ※原作軸。恋人になりたて義炭。

 おまえら、恋仲らしくない。
 宇髄のあきれまじりのからかいに、ふたりにも思うところはあったわけで。
 
「手を繋いでみるか?」
「あ、いいですね!」
 
 義勇は何気なく提案しただけだし、炭治郎も躊躇なく笑った。手を繋ぐくらい、恥ずかしいことでもなんでもないと思ったのだ。そのときは。
 いざ触れようとしたら、ふたりとも、やけに自分の手が気になった。
 柔らかくもたおやかでもない、刀を握る固い手。互いに承知で、いやむしろだからこそ、好きになった。
 けれど、家族や友達とは違うのだ。恋人と手を繋ぐのは、ふたりとも初体験である。なんだか妙に緊張して、汗が出てくる。指先が少し震えた。どうにか意を決して、えいっと手を握りあったが、そのまま動けない。
 自分の手汗が気になってしかたない。震える指先を情けないと思われないだろうか。冷えた体温が緊張を伝えあって、並んで立ったまま歩き出せない。
「その、とりあえず、飯でも」
「そ、そうですね!」
 ぎこちなく視線をそらせ、どうにか言葉を発した。
 手に伝わる冷えた体温。なのに汗ばむ肌。小刻みに震える指先。恋というのはとんでもない。手を握るだけでこんなにも緊張するのだから。
「行くぞ」
「はい!」
 決戦にでもおもむく面持ちで、せーのと踏み出した足は、歩幅が違い過ぎた。
「炭治郎っ」
「す、すみません!」
 転びかけた炭治郎をとっさに引き上げたものだから、炭治郎は、ぶらんと吊るされつま先立ちだ。
 バツ悪くそろりと手を離して、互いをうかがい見る。目があった瞬間、知らず小さな笑いがふたりの唇をたわませた。
「焦ると転びますよね」
「……ゆっくりでいいと思う」
 自分らの歩調で一歩ずつ。先のわからぬ道でも、歩幅をあわせてともに行く。
 微笑みあったら、自然に手が触れた。握りあう手はもう温かい。
「行こうか」
「はい!」
 恋の喜びを互いの温もりで伝えあい、ふたりは歩く。一歩ずつ。

憧憬 12-20 4作目

●お題:お互いにしか向けない表情を見てしまったモブ ※原作軸。Twitterにて相互さまからお題をいただきました。Hさま、ありがとうございます💕

 隠としての初仕事は、水柱様への届け物と聞き、内心興奮した。
 鬼に姉ちゃんを殺されて、俺も食われかけたのを、助けてくれたのは水柱様だ。
 水柱様は、泣く俺になにも言わなかった。隠たちがくるまで、ただ傍にいてくれただけ。俺はお礼も言ってない。冨岡様という名前を知ったのも、あの人が去ってからのことだ。
 それでも、去り際の一言が、今も心に残っている。
 
 屋敷には誰もいなかった。柱稽古中かもと裏の竹林に向かったら、明るい声が聞こえた。
 水柱様は気難しいと先輩たちから言われてる。でも声はずいぶんと楽しげだ。気になってつい気配を殺して近づいた。
 そっとのぞくと、市松模様の羽織を着た俺と同い年くらいの隊士と、水柱様が並んで座っていた。休憩中なのかな。隊士は水柱様に「義勇さん」と話しかけてる。やけに親しげだ。
 水柱様は初めて逢ったときと同じ、冷たいぐらいの無表情に見えたのだけど。
「あ……」
 思わず出た声に、ふたりがこちらを見た。
「た、隊服をお届けにきました」
「ありがとう。屋敷に置いておいてくれ」
 うなずくだけで精一杯でなにも言えなかった。
 俺がきたのを機に休憩も終わりらしい。激しい打突音が聞こえだした。
「よかった……」
 隊服を抱えて歩きながら、そんな言葉がポロリとこぼれた。
 水柱様は、かすかにだけど、笑っていた。隊士を見つめる目をやさしく細めて、幸せそうに。
 
『俺も同じだ』
 
 あの日の呟きが胸によみがえる。小さな、とても悲しい声だった。
 話に聞く水柱様は決して笑ったりしない。でも、笑えるようになったんだ。
 笑って過ごすなんて、死んだ姉ちゃんに悪いと思ってた。でもいいんだ、笑っても。どんなに悲しくても、ちゃんと笑えるようになる。俺もいつか。
 あの隊士が、笑顔を取り戻させてくれたのかな。それならずっと、一緒にいてさしあげてほしい。
 まぶたの裏に残る柔らかく幸せな微笑みに、胸の奥で願った。