大好きご飯 12-18
●お題:大好物を頬張って幸せそうな義炭 ※手袋を買いに行ったらシリーズ番外編
キメツの森は不思議の森。神様もお暮しになる森です。
けれども季節は普通に巡ります。だから、蟲柱様のお住まい以外では、夏には夏の、春には春の花だけが咲くのです。
「夏なのにタラの芽?」
蟲柱様に聞かれ、義勇はしぶしぶ
「炭治郎の好物だ」
最近ようやく聞けたのだと、言いました。
「なら狭霧山に行かれては?」
大天狗である鱗滝の住まう神山です。盲点だったと内心少し興奮する義勇を、蟲柱様はあきれつつも微笑ましく送りだしたのでした。
神の力で山にはすぐ着きました。けれど季節問わずの花や実りは、神の力では採れません。狭霧山は修行の地。楽して手に入るものはなにひとつないのです。
義勇は自分の足で山を歩きまわり、やっと見つけたタラの芽を、棘で手を傷だらけにして摘みました。
鱗滝にお礼を言って戻るころには、日はとっぷりと暮れていました。留守番している炭治郎は、さぞ寂しがっていることでしょう。
急いで戻った義勇は、ところがテーブルに並んだご飯を見て、目を丸くしてしまいました。
「おかえりなさい! ご飯作りました!」
得意げな炭治郎にタラの芽があるとは言いづらく、包みを隠そうとしたのですが、鼻の利く炭治郎にはすぐ見つけてしまいました。
「わぁ、タラの芽! あ! 義勇さん手が傷だらけですよっ!」
「好物だと言ってたから」
パチリと目をまばたいた炭治郎は、すぐにありがとうと笑ってくれました。
一緒に作ったタラの芽の天ぷらを、おいしいうれしいと頬張る炭治郎に、義勇もとてもうれしくなりました。
「タラの芽も好きですけど、義勇さんと一緒のご飯が一番好きです!」
またもや盲点です。だって義勇も、一番好きなご飯は炭治郎と一緒に食べるご飯なのですから。
「同じだな」
「はい、同じです!」
ずっと一緒にご飯を食べましょうねと笑いあい、今日も一番美味しいご飯をふたりは食べたのでした。
キメツの森は、今日も平和です。
そのときはもう帰さない 12-18 2作目
●お題:義炭で「今日一日は優しくしてやろう」 ※キメ学軸 義→←炭 時期外れにもほどがある炭治郎おたおめ話。
「プレゼントください」
ドアを開けたら大荷物を持ってプレゼントをねだる生徒。なんなんだ、これ。
「誕生日なんです」
「あぁ……」
とにかく入れと促し、ふたり座って向かい合う。
数年前まで誕生日プレゼントぐらい、おねだりされずとも渡していた。だが、今は教師と生徒だ。
炭治郎も納得していたはずなのに。
「プレゼントにやさしさください」
「は?」
炭治郎の言わんとすることをまとめると。
「俺の世話……」
「はい! いい加減我慢も限界です! ご飯食べてるのか掃除はできてるのか、気になって気になって!」
力説されて義勇の肩ががっくりと落ちた。
確かに大学生のころの生活は、炭治郎に支えられていたと言っていい。だが今となっては公私混同甚だしい。なのに。
「誕生日の俺にやさしさください! 義勇さんのお世話したいです!」
「……土下座をやめろ」
「準備は全部できてます!」
「わかったから頭を上げろ!」
情けないが、了承しなければ炭治郎は土下座したままに違いない。
「今日一日やさしくしてやる」
だが、少しの意趣返しは許されるだろう。浮かべた笑みに、炭治郎の頬がほわりと染まった。
言葉通り義勇はやさしくした。掃除を手伝い並んで料理し、ご飯は「はい、アーン」だ。新婚さんごっこ以外のなにものでもない。
これぐらいは許されると思うのだ。手を伸ばしてしまわぬよう頑なに我慢しているのは、なんのためだと思っているのだか。
「全部俺がやるって言ったのに」
拗ねる顔がかわいい。理性が揺らぎかけるほどに。けれども今日を日常にするために、今は忍耐の二文字である。
「やさしさはいらなかったか?」
「……多すぎです」
また我慢できなくなっちゃうとポツリ言う炭治郎の、桜色の頬や甘い声音が、未来を確約している。
「卒業したら、三倍返しで」
だから今はまだ生徒でいてくれと内心で苦笑し、キョトンとする愛し子をやさしくなでてやった。
心震わす 12-18 3作目
●お題:電話越しの声に照れている義炭 ※原作軸。恋人義炭。
アセチレン灯の光が眩い。繁華街は光の渦で溢れている。
「すごい人ですね」
隣を歩く義勇を仰ぎ見る。
少しは恋人らしくと、ふたりで出向いた繁華街。俗にいうランデブーに緊張し、今宵は人に酔うどころではない。
「……なにか買うか?」
「見るだけで楽しいですよ」
慌てて言えば、少しだけ寂しげな匂いがした。
「初めてだから、なにか記念にと思ったんだが」
そうか、いらないかと呟く様は、しょんぼりとして見える。なんだか幼い子どものようで、キュンと炭治郎の胸が甘く高鳴った。
「えっと、じゃあ、ふたりで使えるもの……」
言いながらふと目に留まったの夜店に、炭治郎は首をかしげた。
「あれ、なんですか?」
糸で繋がれた竹筒が並んでいる。どう使うものやら見当もつかない。
筒を手に取った炭治郎に、義勇が「糸電話1糸電話が日本に伝わったのは江戸時代。当初は金属線。一般に知られるようになったのは明治期、電話が発明されてから「糸電話」の名称で、電話の気分を味わえる玩具として木綿糸を使用したものが夜店などで売られていましただな」と教えてくれた。
これが? とさらに首をひねる炭治郎に薄く笑った義勇は、糸電話をひとつ買い求めた。
「これ、どう使うんですか?」
帰り道でたずねれば、筒の片方を手渡された。言われるままに耳に当てた炭治郎に、少し離れた義勇が筒に口を当てると、筒から「炭治郎」と義勇の声がする。
「っ!? え、なんで?」
「糸の震えで声が伝わる」
おまえもと促され、炭治郎も筒に口を当てた。
「義勇さん?」
筒を耳に当てた義勇がうなずく。月明かりはほの淡く、瞳の群青はよく見えない。けれどやさしいまなざしだった。
「炭治郎」
「義勇さん」
代わる代わるに呼びあう名前は、糸を伝わり耳に届いて、心を恋しさで震わせる。
抱きしめささやきあう距離で聞こえる声。気恥ずかしく笑いあった。鼓膜を震わせるのは互いの小さな声ばかりの、静かな夜だ。
「……好きです」
「俺も、好きだ」
言葉はそこで途切れた。互いに近づき手を伸ばし、抱きしめあってしまったから。
糸電話は沈黙している。けれどふくらむ恋しさは、声よりも強く心を震わせていた。
恋は思案の外と言うけれど 12-19
●お題:義炭で「君の振る舞いには理由があるってこと」 ※キメ学軸。竈門家家族会議。炭治郎の無自覚片想い。
『最近、胸が痛くなるんだ。肋間神経痛ってやつかな』
『考えごとしてよく眠れなくて』
『胸が詰まって食欲ない。胸やけかも』
兄がウザい。
ため息をつく長男に、姉妹の心は完全にシンクロした。無言で炭治郎を連行し宣言する。
「緊急家族会議を始めます」
「え、なんで?」
「黙って聞く!」
男四人に女二人の竈門兄妹だが、パワーバランスは女性陣優位だ。日頃は長男を立てても、こういうときの姉妹は強い。
「お兄ちゃんの体調不良は、ズバリ、恋です」
「恋!? そんなのしてないぞ?」
顔を真っ赤にしてあわてる炭治郎は、嘘をついていない。炭治郎の感情はわかりやすい。だからこそイラっとする。
「胸が痛くなったりするのは、どんなとき?」
「この前は義勇さんがしのぶ先輩と話してたときで、あと、不死川先生が義勇さんと研修中ずっと一緒だったって聞いたときとか」
沈んでいく炭治郎の顔に、心配以上にあきれてしまう。なぜそれで気づかない。
「でも、恋って幸せだったりときめいたりするんだろ!?」
「義勇さんといて幸せじゃなかったり、ときめかないことあるの?」
「……ない」
昔からずっと幸せもときめきもデフォルト装備。だからこそ、本人だけが気づかない。
「ほかの人にも胸が痛くなる?」
「……義勇さんだけ」
うつむく炭治郎に、ふたりは笑った。
「お兄ちゃんの体調には理由があるってわかった?」
「でも、きっと迷惑」
「なわけないでしょ!!」
ハモった否定に炭治郎はたじろぐ。でも大丈夫なのはわかりきっているのだ。
感情がわかりにくい義勇の、唯一わかりやすい恋心。気づいてないのは炭治郎だけだ。周囲のやきもきを、いい加減悟ってほしいものである。
頑張って言うんだよと、笑って長男の背中を押した姉妹はまだ気づいていない。恋人たちの無自覚な惚気にげんなりさせられることなんて。
どこまでもはた迷惑な長男の恋。なにはともあれお幸せに。
学び舎アルバム 退屈知らずのスペシャルエブリデー 12-19 2作目
●お題:くだらない話題で一緒に大笑いしている義炭。 ※キメ学軸。モブ視点。恋人義炭。お題は発想飛ばしてなんぼですから……。
文化祭が迫る放課後、学校は慌ただしさで満ちている。教師も通常業務に加え、見回りやらで忙しさ倍増。師走じゃなくとも走る季節だ。
なのになんでこの人、教室で飾りづくり手伝ってんの?
疑問は頭から消えないが、誰も追及はしない。知らないほうが平和なこともある。
「そこ、もうちょっと捻ったほうがいいですよ」
「割れそうで怖いな」
机を挟んで向かいあい、バルーンアートのウサギさんなんぞを作っている教師と生徒。なんだかあそこだけ世界が違う気がするけれど、気にしたら負けだ。たぶん。
「絵は苦手なのに、こういうのはうまいな」
「えーっ、俺の絵下手ですか?」
「シャレか? 味があると思う」
「え? あ、ホントだ。シャレみたいになってました」
くだらねぇ。あと炭治郎の絵は下手どころか壊滅的ですから。
「風船新しいの膨らませないと」
「竈門。ふー」
「ぷくぅ」
なにあれ、炭治郎を膨らませてんの? ガキ? ガキなの? 炭治郎もつきあってほっぺた膨らませてんな。ぷしゅーじゃねぇよ。あぁ、くだらん。
「ただ作ってるのつまんないですよね、クイズでもします?」
「どうぞ。絶対に当てる」
「じゃあ外れたら罰ゲーム。いきますよ、えー、世界から俺が消えました」
「嫌だ」
「え、あの」
「絶対に嫌だ。泣くぞ」
「……俺も、冨岡先生が消えたら嫌です。へへっ、同じですね!」
「あぁぁっ!! もうヤダこのクラス!」
「ふたりの世界キッツイ! 彼女欲しい!」
「リア充爆発! なのにホッコリしかける自分が嫌だぁぁ!」
「イチャついてるくせに頑なに呼び方はあれなのがイライラするのよっ!」
「泣くの!? え? あの人泣くの? 竈門くんいなくなったら泣いちゃうの?」
「推しカプが今日も尊い……昇天しそう」
文化祭目前、準備も佳境な教室に、突如巻き起こる雄叫びやら黄色い悲鳴、むせび泣き。キョトンとするのは公然の秘密なバカップルばかりなり。