隠し味は濃厚愛情スパイス 12-15
●お題:義炭で「はい、お弁当」 ※クソデカ感情義炭シリーズ番外編。『恋を召しませ~』の少し後辺りの義炭。
「お弁当? パンじゃなく?」
驚くことじゃない。同棲中の恋人に弁当を作るぐらい、普通のことだろう。不安がる必要なんてない。でも。
「三十路も近い。少しは体に気を遣うことにした」
「十分若いのに」
十歳年上の恋人は、お世辞抜きで若い。メタボなんて縁遠いし、白髪もないのだ。年なんて言われてもピンとこない。
「本音は、三食おまえの飯が食いたい」
後ろから抱きしめささやかれてしまえば、炭治郎は真っ赤になってうなずくだけだ。氷の粒のような不安を胸に閉じ込めたまま。
その日、炭治郎は小さな不安を抱えて過ごした。初めて作った弁当は、味はもちろん、衛生面だって気を遣った。そういうことに不安はない。
帰宅した義勇が、うまかったと差し出したタッパーを受けとる手は、それでも少し震えていたかもしれない。
「できれば毎日頼む」
「はい」
目を見られず、わずかにうつむけば、密やかな声が耳に落ちた。
「おまえの飯だけ食ってたら、俺の体は全部おまえの愛情でできあがるな」
驚きに顔をあげれば、義勇は笑っていた。
「なんで……」
浅ましい欲を見透かされた。
義勇の骨も、肉も、細胞の一つひとつまで、自分の料理で作れたら。そんな身勝手な愛は重荷になるだけだ。だから隠してきたのに、知られていたなんて。
なのに義勇はただ笑う。悪魔のように美しく。炭治郎を愛の渦に引きずり込む笑みで。
「全部おまえにやると言ったろう?」
悪魔の誘惑に逆らう気など、どこにもない。
今日も炭治郎は弁当を作る。義勇の血肉を作る糧を、すべて。
わがままや独占欲、嫉妬も含めて愛ならば、まとめてパラリとひとつまみ。愛のかけらを仕込んだ料理を、義勇はあまさずたいらげてくれる。
そうして義勇のすべては炭治郎の愛で作られる。義勇はなにもかも炭治郎のもの。
欠けらも残らず食べられた炭治郎もまた、丸ごと全部、義勇のもの。
「はい、義勇さん、お弁当です!」
その蕾の名を、人は恋と言ふのです 12-15 2作目
●お題:迷子にならないよう手を繋いでいる義炭。 ※原作軸。無自覚両片想い義炭。うちの原作軸義勇さんの父親は豊多摩刑務所の勤務医で母親は看護婦です。
浅草には、人間のいろんな欲望が裸のまま踊っている1添田 唖蝉坊。明治、大正期の演歌師の草分けと言ったのは、誰だったか。
炭治郎のよく利く鼻は、そんな混沌とした欲さえ嗅ぎとって、くらくらと酔いそうになった。
「大丈夫か?」
能面のような無表情ながら、義勇の声には、わずかな気遣いが感じられる。
「田舎者だから人混みは慣れなくって。すみません」
自分から買い物のつきあいを頼んだくせに情けない。炭治郎は眉を下げた。
「俺も初めてきたときには人酔いした」
「義勇さんも?」
「俺は農村の出だ」
驚く炭治郎に、義勇はそっけなく言う。
「義勇さんが野良仕事って、なんだか想像できないですね」
「家は農家じゃなかったが、姉の菜園の手伝いはしていた」
稽古をつけてくれるようになってから、義勇はときおり思い出話をするようになった。それが炭治郎にはうれしい。
思い出を語る義勇の目はやさしく、慈しみ深かった。
「あれ十二階2凌雲閣の通称ですよね!」
高くそびえる建物にはしゃいだ声を出すと、グイッと手を引かれた。
「十二階の辺りは私娼窟だ。おまえは近づくな」
私娼窟? と聞き返すより早く、義勇は炭治郎の手を握ったまま歩き出した。
「胡蝶のところの娘たちにやるものなら、別の場所のほうがいいかもしれない」
「そうなんですか? 俺、浅草しかきたことなくって」
「なら銀座にでも行ってみるか」
「あ、はい。俺はどこでもかまいません」
「銀座も人は多いが……迷わぬよう、手を繋いでおいてやる」
「へ?」
パチパチと目をしばたたかせながら見上げれば、義勇は、小さく笑っていた。冗談、なのだろうか。でも、手は繋いだままだ。
迷子になんかなりませんと、手を離すのは簡単だ。けれどそれはとても寂しい気がした。
「はい、繋いでてください」
義勇はなにも言わない。けれど、繋いだ手にキュッと力がこもった。
欲望の渦のなかを歩く。炭治郎の胸に芽生えた欲はまだ小さく、蕾のまま、花開く日を待っている。
しのぶれど 12-15 3作目
●お題:炭治郎が義勇さんに悩み事を相談している。 ※現パロ。同級生義炭。お題を勘違いして逆になりました……すみません💦
最近、冨岡くんの色気がヤバイ。
女子がこそこそ言っていた。
「義勇は女の人じゃないのに……真菰?」
気づけば真菰が生温かい目をしてる。錆兎もあきれ顔だ。
「色気はともかく、なんか悩んでるよな」
錆兎に言われ、炭治郎は思わず身を乗り出した。
「やっぱり?」
「寝不足っぽいし、ため息が増えた」
「そうなんだ! でも、なんでもないって教えてくれなくて」
話題の義勇はといえば、本を返しに図書室へ行ってまだ戻らない。
「なら勉強会はふたりでしなよ。義勇には言っとくから」
真菰たちになにか言われたのか、ふたりきりの教室で、義勇は落ち着かない様子だ。
「俺じゃ相談できない?」
今日は引かないぞと見据えれば、義勇はようやく重い口を開いた。
最近、ある人といるとソワソワして落ち着かない。その人のことを考えたら夜も眠れないし、胸が詰まって食欲もない。
「俺も知ってる人?」
「炭治郎」
俺? と自分を指差せば、義勇はバツ悪げにうなずいた。
「俺といるの、嫌?」
「違う! ずっと一緒にいたい……」
「うん、俺も」
でも義勇がつらいなら、我慢するしかない。考えただけで泣きそうだけど。
「本当に?」
「当たり前だろ!」
「……好きって言っても?」
「好きだから一緒にいたいんだろ?」
勢い込んで言えば、義勇は少し困り顔で微笑んだ。
吐息する姿にドキリとする。やけに大人びた表情はどこか危うい。
「うん。今はそれだけでいい」
帰ろうと立ち上がった義勇は、もういつも通りだ。でも炭治郎の鼓動は治まりそうにない。
本当だ。義勇の色気がヤバイ。
それでも差し出された手を取るのはためらわなかった。大好きだから、大人になっても義勇となら手を繋いで歩きたい。
「ご飯、食べられる?」
うなずいてくれたのがうれしい。
義勇の悩みは結局わからなかった。でもいつかわかる時もくるだろう。
その時も手を繋げるといい。義勇と、ずっと。
我慢するのはどちらのほう? 12-16
●お題:軽々とお姫様抱っこしてくれる義炭 ※キメ学軸 義(→)←炭
「きたぞ!」
伊之助の合図で走りだす。
「冨岡先生!」
振り向いた先生に抱きつこうとした瞬間。サッと避けられ、勢いのまま走ること数メートル。恐る恐る振り返れば、先生はいつもの無表情。
思わず泣きそうになり、炭治郎は、失礼しました! と叫んで逃げた。また失敗だ。
「竈門っ?」
呼びかけにも振り向けない。せめて炭治郎って呼んでほしいのに。
「青ジャーがラッコ?」
「抱っこだろ、って、冨オエッ! に!?」
ビックリする善逸たちに、炭治郎はしょんぼりとうなずいた。
「昔は手を繋いだり、抱っこもしてくれたんだ。でも今は……」
炭治郎の片想いを知るふたりは、あきれつつも協力してくれた。三人で練った作戦は、ことごとく失敗してるけど。
「無理かも」
「あきらめんのかっ」
「隙がなさすぎだよなぁ」
移動教室へ向かう階段での話題は、今日も失敗したミッション。走り寄っても忍び寄っても、先生には避けられる。
「迷惑なの……っ!?」
足が滑って、炭治郎の体が空に投げ出された。
「炭治郎っ!」
大声とともに、目の前に迫って見えたのは。
「義勇さん」
怪我はと聞かれ、首を振りかけた炭治郎は、足に走った痛みに思わずうめいた。
「挫いたか。つかまってろ」
「わっ!」
ひょいと横抱きにされ、心臓が悲鳴をあげる。善逸たちがポカンとしてるのが見えた。
顔を真っ赤に染めた炭治郎をお姫様抱っこしたまま、先生は足早に廊下を進む。
「……卒業したらいやってほど抱っこしてやるから、今は我慢しなさい」
呆然と見上げれば、やさしい瞳と目があった。
「……前みたいに?」
「前よりもっと」
ささやきは妙に色っぽい。胸に顔を押し当てれば、鼓動は少し早かった。
「後で、指切り」
小さなおねだりは、保健室で叶えられた。先生になる前から、義勇が炭治郎との約束を破ったことはない。
頑張って我慢します。宣言の褒美は、昔みたいななでなでだった。
星空キッス 12-17
●お題:義炭で「さっきの威勢はどこいった?」 ※現パロ。恋人義炭。パンオショコラシリーズの義炭のつもりでしたが、別の設定でもいい気がします。
今日は俺に任せてください!
久しぶりのデートの日、炭治郎は力説した。
「俺だって男なんだから、義勇さんの彼氏じゃないですか。なのにいつも義勇さん任せで」
不甲斐ないと反省したんです。炭治郎はしかつめらしく言う。彼女扱いした覚えはないと思いはするが、反論する気は義勇にもない。
お手並み拝見と、意気込む炭治郎に従い駅へと向かう。
俺が買ってきますと切符売り場に走る様は、彼氏というよりお遣いに張り切る子どものようだ。男らしいというより愛らしい。
行き先はプラネタリウム。炭治郎はここでも俺が払うと譲らなかった。どうしても彼氏として行動したいらしい。
今日のために貯金したと言われれば、断るのも大人げない気がする。今日は好きにさせてやろうと、素直におごられれば炭治郎はうれしげに笑った。
彼女扱いはせずとも、日頃子ども扱いしているからだろうか。今日の炭治郎はやけに背伸びして見える。
反省すべきは俺かもしれない。考えていれば明かりが落ちた。
満天の星が映し出され歓声が沸く。おずおずと手が重ねられた。なるほど。ここなら手を繋いでいても見られない。
指を絡めて握りかえし顔を向ければ目が合った。人工の星空の下、面映ゆく笑う炭治郎に義勇も微笑み返す。炭治郎にリードもされるのも悪くない。やはり子ども扱いしすぎはよくないようだ。
「あの、楽しかったですか?」
別れ際、不安そうに聞くから、もちろんとうなずいた。安堵する顔にいたずら心がむくりと頭をもたげる。
「最後までリードしてくれるんじゃないのか?」
耳元でささやき、指先で唇を軽く叩いてみせれば、炭治郎の顔が真っ赤に染まった。
「え? あ、えっとっ」
「さっきまでの威勢はどうした?」
宵闇の道に人けはない。彼氏なんだろう? と目で訴えれば、炭治郎の口がグッと引き結ばれた。つま先立ち近づく顔は真剣で、決闘するみたいだなと胸中で笑いながら、義勇は目を閉じた。