生きて、生かして、生きていく 12-11
●お題:義炭で「聞きたいな、昔のこと」 ※原作軸
炭治郎は、家族の話を口にできない。悲しさがよみがえり、楽しい思い出すらつらくなる。
義勇との休憩中に炭治郎が語るのは、今のことばかり。
穏やかに聞いてくれる義勇は、時に自分の思い出を語ってくれることもある。義勇のことを知るのはうれしい。最近では、幼いころのことも義勇の口の端にのぼる。
「義勇さんもいたずらしてたんですね! 想像できないや」
「昔から無粋だったわけじゃない」
苦笑の気配をにじませ目元をゆるめる。義勇の表情はささやかで、感情がわかりにくい。けれども、こうしてときおり微笑んでくれる。
「おまえは、昔のことを話さないな」
なにげない声で言われ、ドキリと心臓が音を立てた。
「姉や錆兎のことを、おまえにならば話せる。知ってほしいと思った」
語る声音も見つめる瞳も、途方もなくやさしい。炭治郎の瞳が揺れた。
「忘れ去られたとき、人は二度死ぬのだと思う。俺は、大切な人を再び殺してきた……だが、おまえは俺が語った人たちを、覚えていてくれるだろう?」
家族の記憶は薄れることがない。今も炭治郎と生きている。だがいつか誰の心にも残らぬままに、みな炭治郎とともに死んでいく。
錆兎や義勇の姉は、義勇の語る言の葉で、炭治郎のなかでもイキイキと生きている。
涙をこらえて必死にうなずく炭治郎に、義勇はほのかに笑った。
「聞かせてくれ、昔のことを。俺では力不足だろうが」
首を振ったら、ほんのひと雫、涙が落ちた。根雪が溶けて流れるが如き雫だった。
「聞いてください。義勇さんに、知ってほしいです」
やさしい母、意地っ張りな竹雄、花子がしっかり者なこと。腕白な茂や、引っ込み思案な六太も、義勇がともに生かしてくれる。
いつかこの日のことも、炭治郎は誰かに語るだろう。
この先どうあろうと、義勇と過ごした炭治郎が、誰かのなかで生きるのだ。
「あのね」
語りあうふたりを、温かい笑みのような日差しが照らしていた。
学び舎アルバム お家デートの放課後前哨戦 12-12
●お題:投げキッスをし合ってて爆笑している義勇さんと炭治郎 ※キメ学 恋人設定
炭治郎はドキドキソワソワとしていた。一ヵ月ぶりに恋人の家に行けるのだ。楽しみ過ぎてしかたがない。
義勇と炭治郎がおつきあいをしていることは、学校のみんなには内緒だ。だから外で逢うのはもちろん、お家デートも滅多にできない。
おつきあい当初に、結婚の報告よろしく、お互い家族や学園長には挨拶している。
教師と生徒というお互いの立場や年齢は、恋の障害にしかならないが、婚約者ならば法的にも問題はない。本気で真面目なつきあいなのだという家族へのアピールにもなる。理解のある家族で幸いだ。
ともあれ、互いの家族と学園のトップだけが知る秘密の恋は、順調に継続中である。
六時限目終了のチャイムが鳴るなり、挨拶もそこそこに炭治郎は廊下に走り出た。義勇の帰りは遅いが、一緒にいられる時間を無駄にしたくない。一秒だって早く行って色々準備しなければ。
職員室の入り口に義勇がいた。すぐに炭治郎に気づき、目顔で微笑んでくれる。うれしくなって、思わず炭治郎は両掌でキスを送った。言葉にすればなにを言い出してしまうかわからなかったので。
義勇が驚いた顔をしたのは一瞬。無表情はそのままに目元をさらに和らげ、指先で小さく投げキスのお返しが来た。キュンッと炭治郎の胸が甘く高鳴る。お返しのお返しとばかりに、またキスを投げれば、義勇も負けじと返してくる。
負けず嫌いは似た者同士だ。先にやめたら負けな気がして、お返しをつづけるうちにとめられなくなった。
投げキス合戦は、次第に意地の張り合いを忘れて楽しくなる。大好き、大好きと、笑みもこぼれる。
「なんだありゃァ」
「派手にキスして終われっての」
「仲がいいな! しかし職員室に入れん!」
「団五郎はなにしてやがんだ?」
「バカップルのやることなんて知るかっ! 俺も禰豆子ちゃんとイチャイチャしたいぃ!」
内緒だけどバレバレの恋は、あきれと微笑ましさで学校中から見守られている。
心を照らす光 12-12 2作目
●お題:明かりをつけて部屋に入ったら炭治郎が床でうずくまっていた ※原作軸 義勇さんの無自覚片想い(でもきっと両想い)
夜明け前に警邏を終え、屋敷に帰り着いた義勇は、ひとり小さく自嘲の笑みを漏らした。
炭治郎と過ごすようになってから、ひとりでいると寂しさを感じる。冬の気配が色濃いこんな季節は、なおさらに炭治郎の温かい笑顔が恋しい。
埒もないと独り言ち、手燭をともす。白熱灯は明るすぎて、寒々しく感じ寂しさがいや増すから好かない。
稽古までひと眠りしようと暗い廊下を進んだ義勇は、座敷の前で立ち止まった。人の気配がする。身構え襖を開けば、暗い室内の真ん中にうずくまる影がある。
かすかに届く明かりに見えたのは、土下座する炭治郎の姿だ。
「炭治郎?」
「すみません!」
大声で詫びる炭治郎に、義勇は思わず肩を跳ねさせた。
「声が大きい」
「はい! すみません!」
炭治郎の前まで進み出て電灯をつける。室内は冷えた空気で満ちていた。
「天袋の掃除をしようとしたら……すみませんでしたぁ!!」
土下座のまま炭治郎が差し出してきたのは、耳の割れた白い狐の面。
「申し訳ありません!!」
「ずっとそうしていたのか?」
面よりも、炭治郎が寒い部屋でひとりきりいたことのほうが、気にかかった。
「これは最終選別試験で壊れていた」
腰を下ろし面を手に取る。不甲斐ない自分を突きつけられるようで、見えぬ場所へと隠したまま、忘れかけていた。
面を前にして静かな心でいられるのは、きっと、炭治郎のお陰だろう。
煌々とした明かりに満ちた部屋に、炭治郎がいる。寒さはもう感じなかった。
「でも、大事でしょう?」
「なら、ちゃんと飾っておく」
笑いかければ、炭治郎もようやく笑んだ。
「俺の面も一緒に」
白熱灯の眩しい光よりも、炭治郎の笑みは明るく温かい。
夜が明けたら面を飾ろう。青い瞳の狐と、痣のある狐を、仲良く並べて。並ぶ面に炭治郎はまた、朗らかに明るく笑うのだろう。
炭治郎の笑みならば、どれだけ明るくとも、義勇を寂しくさせることはない。
甘いご褒美いかがです? 12-13
●お題:義炭で「頑張ってるご褒美あげます」 ※年年歳歳シリーズ番外編
義勇が弁当を完食できるようになったんだ。
錆兎たちがうれしそうに言ったのは、稽古の休憩中のこと。
義勇の小食っぷりは炭治郎も知っている。そのせいで激しい稽古ができずにいたことも。
今義勇は、ちびっ子組と交代でかかり稽古中だ。格段の進歩だろう。
「爺ちゃんの話じゃ、天元と杏寿郎が一緒に食ってくれてるらしい」
「いいなぁ。禰豆子もまたみんなでご飯食べたいな」
日曜の午後だけ稽古にくる炭治郎たちは、一緒にご飯を食べる機会がない。ちょっぴり宇随たちがうらやましくなるし、寂しい気持ちもする。
でも、義勇が元気になっていくのはやっぱりうれしい。
「そうだ! 今度の稽古の前に……」
次の日曜日。いつもより早くにお邪魔した炭治郎たちが向かった先は、道場ではなく台所だ。
義勇には立ち入り禁止を言い渡し、宇随たちがやってくるころにできあがったのは、たくさんのパンケーキ。
「おぉ、うまそうだ!」
「派手でいいねぇ」
休日ブランチにふさわしく、シロップやジャムのほか、ベーコンや卵もある豪華版だ。
「食べるの頑張ってるご褒美です!」
「宇髄さんたちも協力ありがとう」
みんなで笑って言えば、中学生たちはそろってなんとも言えぬ顔をした。
早く食おうぜと宇髄にせかされ、おまけに義勇の口が小さく開かれてしまえば、炭治郎にとって、アーンとパンケーキを差し出すより重要なことなどないので、疑問がうやむやになってもしかたがない。
「おいしいですか?」
こくりとうなずきなでてもらったら、疑問なんて頭から消えた。
だから、炭治郎たちがそれを知ったのは、ずいぶん後のこと。
イケメン三人組の「はい、アーン」写真が女子の間を飛びまわってることなど、今はあずかり知らぬ、楽しいブランチ。
「お弁当も作れるようになりますから、そのときはいっぱい食べてくださいね!」
小指を絡めてした約束が実現するのも、まだまだ遠い未来のお話。
思い出よりも、ずっと、ずっと 12-13 2作目
●お題:お風呂上がりの髪を拭いてあげてる義炭 ※原作軸。最終決戦後。同棲義炭。伊之助視点。
岩五郎と半半羽織の家に遊びに行った。
「絶対に銀座!」
善八がうるせぇから出かけることにした。無理やり着せられた服が窮屈だ。たまに善八はスゲェ怖ぇ。銀座で裸とかふざけんなって睨む顔は、鬼よりよっぽど鬼だ。
銀座とやらは、ピカピカでキラキラだ。めずらしいもんで溢れてる。
ソーラン本店のパチパチする水や、苦ぇ泥汁コーヒーとやらは勘弁だが、飯がめちゃくちゃうまい。ソーダファウンテン1明治35年、資生堂薬局内に開設。のちの資生堂パーラーにブラジルコーヒー2カフェーパウリスタでブラジルコーヒーを飲むのが『銀ブラ』の由来という説がある! と、善八がわめいてた。
岩五郎と半半羽織はずっと並んで、騒ぐ俺らを笑って見てる。
「なんだあれ、スゲェたけぇ!」
「金春湯3江戸時代、文久3年創業。今も営業中の煙突だな。銭湯だ」
「戦闘!? 戦うのか!」
「バカ! 銭湯だよ、風呂屋!」
記念に入るか。半半羽織に言われてみんなで入った。
銭湯もスゲェとこだ。風呂なのに泳げるぐらいデケェ。
走るな泳ぐなって叱る岩五郎は、それでもすぐニコニコする。
半半羽織のぶった切れた腕や、岩五郎のしわくちゃな腕を、ほかの奴らがジロジロ見る。見るんじゃねぇって怒鳴ろうとしたら、岩五郎に止められた。いいよって笑いながら。
半半羽織も笑ってる。笑うな。怒れよ。善八も泣きそうな顔してんだろ。なのにふたりはただ笑う。
出るぞと大きな声で子分その三に言って、風呂から出た。
「はい、義勇さん」
「おまえも」
岩五郎と半半羽織は向き合って、お互いの髪を拭いてる。ひとつきりの腕で、笑いながら。
向き合って笑うふたりは幸せそうだ。
なんでだろう。胸がギュッて痛ぇ。
変な目で見る奴らがいても、これからもこいつらは笑うんだ。ふたりでいれば幸せだって。
次の日、俺らに土産をいっぱい持たせて手を振るふたりは、やっぱり笑ってた。
ずっと、ずっと、笑ってろ。何度だって遊びに来てやっから。俺は親分だからな。ちゃんと見ててやらねぇと。
記念とかいらねぇ。楽しいことも面白いことも、記念じゃなくて、いつもの日々になるように。