にゃんこなキミと、ワンコなおまえ 5の1

「つきあわせちまって悪かったなァ」
「気にすんな。あいつらには、パーティーの準備が済むまで帰らねぇでくれって、言われてるからな。サプライズだから家にいられっと困んだとよ」
 どこか浮足立った人波の流れに乗って、宇髄は傍らを歩く不死川に、ニッと笑ってみせた。双方、両手にいくつもの紙袋。不死川のほうがちょっと多いのは、人数の差だ。
 今日はクリスマスイブ。まだ宵の口だというのに、早くもできあがった酔漢が大きな声で笑いながらすれ違っていった。
「なんだそりゃ。本人に言っちまったらサプライズもなにもねぇなァ。てかよォ、今年も彼女三人勢揃いかァ? 喧嘩になんねぇってのは、毎度のことながらすげぇな」
「喧嘩は派手にしてっけどな。ま、あいつらの場合は、喧嘩するほど仲がいいってこったろ。それに、こういうイベントは、絶対に一人も欠けねぇでってのがお約束になってんだよ。長続きのコツは平等ってな。あいつらのほうが、そこら辺は派手にキッチリしてんぞ。それより、おまえんとこのおチビなお嬢さんたち、ませてきたなぁ」
 ククッと笑う宇髄の機嫌はたいへんよろしい。
 憮然とした不死川が、じろりと睨んできても、宇髄の笑みは深まる一方だ。不死川が、小学生の妹たちが書いたサンタへの手紙を読めたのは、今朝になってようやくだそうで。泡を食って「おいっ、小学生に人気のブランドってなぁ、なんだァ?」と宇髄に電話してきたのは、昼も近くになってからだ。
「まったくだァ。言うにこと欠いて、兄ちゃんのエッチ、だぞ? どこに売ってんのか聞き出そうとしただけなのによォ」
 人混みから頭二つは軽く飛び抜けて大柄な宇髄と、強面の不死川が並んで歩くと、モーセにでもなった気分を味わえる。人波がさぁっと分かれて、歩きやすいったらありゃしない。
 隣を歩く彼氏そっちのけで宇髄に向けられる、ハートマークが浮かんでそうな女性たちの視線は、ともかくとして。
「そりゃまた、お気の毒さん。ま、女ってのはそんなもんだ。男よりはるかに早く大人になるからな、近いうちに私の彼氏とか言ってクラスの男つれてくるの、派手に覚悟しとけよ?」
「……ざけんな。んな野郎に、うちの敷居をまたがせてたまっかよ。ぶん殴ってやらァ」
 不死川の威嚇の唸り声と険悪な表情に小さくヒッと悲鳴を上げて、すれ違った歩行者がサササッと遠ざかっていく。だが、自分が周囲から避けられていることになど、不死川はまったく気づいてないらしい。人相の悪さに反して、仲間内では伊黒と並んで常識人である彼にしては、めずらしいこともあるものだ。妹の彼氏というワードがよっぽどお気に召さなかったんだろう。
「んなことしてみな、派手に妹に嫌われっぞぉ? いいのかよ、兄ちゃんのバカッ、もう嫌い! なんて言われちまってもよ」
「うっせぇ! 気色悪い裏声出してんじゃねェ!」
「やっだぁ、兄ちゃんコワァイ」
「おい、マジでやめろ。二メートル近ぇ大男がシナ作ってんじゃねぇよ! 見ろっ、この鳥肌を! だいたい、寿美たちがんなこと言うわけあるかァ!」
 わざわざダウンジャケットの袖までめくりあげてわめく不死川に、宇髄はケタケタと笑った。

 楽しげな街に流れるジングルベル。キラキラ光るイルミネーション。気のおけない友達とともに大事な人たちへのプレゼントを抱えて歩く、そんな聖夜。家に帰ればかわいい彼女たちが、ケーキだチキンだクリスマスツリーだと、せっせとパーティの支度をしてる。
 都心に越してしまえば、たぶん、今の楽しさは少なからず目減りすることだろう。でなくとも、年追うごとにイベントどきの光景は、少しずつ様相を変えている。
 去年までは、ここにはいない仲間があと三人、いつも一緒だった。
 一人は片想い中であるケーキ屋の看板娘から頼まれ、この寒空の下、クリスマスケーキを売っているはずだ。バイトなどせずとも悠々自適な暮らしをできる収入がありながら、健気なことだ。ちょっとは進展すりゃいいけど。
 いま二人はといえば、さて、どうしているのやら。スポ根ばりな特訓の成果はいかほどか。宇髄は、ここにはいない年の離れた友人の顔を思い浮かべる。

 クリスマスなんていう派手なイベントにはお似合いな、金と赤の髪と瞳をした少年は、愛し恋しの幼馴染兼恋人の元へと、忠犬よろしく馳せ参じているはずだ。高校三年生という年齢はともあれ、もうすっかり少年なんて言葉にはおさまりきらなくなってきたが、それでもまだまだ、年上の恋人からかわいい弟として扱われてしまうのが、目下の悩みであるらしい。年は少々離れているが、宇髄にとっては大事な友人の一人である。
 そんな大人の入り口に立つ少年の恋人はといえば、これまた宇髄にとっては大事な友人である。宇髄好みな派手さはないが、見目の良さは宇髄にひけを取らない。佇まいは星月夜の静けさで、微笑みは春の陽だまりのように穏やかな、そんな青年だ。宇髄にとっては小学校時代の後輩であり――先の少年もだが――、中学高校は入れ替わりになったが、つきあいはいまだに続いている。
 青年といっても、当年とって十九歳の大学二年生。宇髄から見れば、まだまだ少年に片足を突っ込んでるといったところだ。とはいえ、同年代のうわっついた大学生とは格段に、大人びた落ち着きをまとっている。

 まぁ、ポヤポヤして、マイペースなだけなんだけどな。

 不死川とは同い年だが、姉がひとりいるだけの彼にくらべ、不死川は下に弟妹が六人もいるだけあって、宇髄からすれば大人度は不死川に軍配が上がる。むしろ、弟扱いという点で言うなら、いっそ最年少の少年よりも、彼のほうが仲間内では末っ子扱いだ。
 そう。『彼』だ。少年と、青年。世間一般的には人目をはばかる者のほうが多いであろう、同性愛というデリケートなくくりになる恋人同士だ。
 けれども、当人たちをはじめ、宇髄ら周りの者はみな、彼らの恋をごく当たり前に受け止めている。嫌悪などまるでないし、恋人になったと報告されたときには、遅いぐらいだと思いもした。
 家族にはまだ内緒でいるらしいが、二人の交際を家族が知らぬわけもない。とっとと言えと内心ソワソワと二人が白状するのを待っていることだろう。それぐらいには、二人一緒にいるのが当然で、二人一緒に笑っていてほしいと、親しい者みな願っている二人なのだ。
 煉獄杏寿郎と、冨岡義勇。二人セットで、宇髄にとっても不死川にとっても、ここにはいない伊黒にだって、なくしたくない大切な友人だった。

 さて、恋人同士であるからには、クリスマスイブといえばけっして外せぬ一大イベントである。義勇が少し離れた地方に進学してから、毎月せっせと義勇のもとへと通っている杏寿郎が、こんな日に義勇に逢いにいかぬわけがない。終業式が終わるなり、引退した剣道部の部室で着替えて学校を飛び出した杏寿郎を、駅まで送り届けたのは宇髄なのだから、それは間違いない。
 預かった制服やらカバンを杏寿郎が受け取りにくるのは、明後日の夜。さて、どんな顔をしてやってくるのか、宇髄は楽しみでしかたがない。

「そりゃあそうと、煉獄はうまくやってんだろうなァ。あんなくだらねぇことにさんざんつきあわされたっつうのに、失敗しましたなんて言ってみやがれ。一発ぶん殴る」
 言葉は物騒だが、不死川の顔もそれなりに楽しげだ。素直じゃないねぇと、宇髄は内心小さく苦笑する。
 不死川と義勇は、小一から高三まで十二年間同じクラスだ。奇妙な縁もあったものである。高校に上がったころにはもはや、同じクラスじゃなかったら天変地異でも起きるんじゃないかと、わりあい本気でみんなちょっぴりソワソワしたものだ。杏寿郎だけは、少々複雑そうではあったけれども。
「しょうがねぇだろ。俺様じゃ背が高すぎて、特訓しようにも地味にうまくいかなかったんだからよ。おまえさん、冨岡とは三センチしか違わねぇからな。伊黒じゃ低すぎっし、適任だろ?」
「んなもんに適してたまっか! そもそも、コートをスマートに脱がせる特訓なんかすんじゃねぇよっ。二時間も突っ立って、脱いだり着たりさせられた身になってみやがれってんだァ」
 不死川の不満は一理ある。よしんば自分が不死川の立場なら、宇髄だって盛大にごねるだろう。コーチ役だったからこそ、ノリノリで引き受けたのだ。逆の立場なら御免こうむるところだ。
「最後のほう、大仏みてぇに悟り開いたような顔してたなっ。いやぁ、おもしれぇもん見せてもらったわ」
「さっさと終わって解放されたかったんだよっ! ったく。マジでうまくいかなかったら、俺の苦労はなんだったんだっつう話だァ。冗談じゃねェ」
 子沢山家庭の長男らしく、不死川は存外世話焼きだ。人見知りで口下手、おっとりとマイペースなくせに実は気が強い義勇に、イライラさせられつつも放っておけなかったとみえる。小一のころから文句を言いながらも義勇の面倒をみていたせいか、気づけば義勇の保護者のようになっていた。
 そんな義勇とセットであるだけでなく、杏寿郎のカラッとした快活で公正な性格は、不死川にとっても好ましいものであるらしい。口ではなんだかんだと文句も言うが、二人の恋路を見守っているのは宇髄となんら変わらない。だからこそ、あんな珍妙な特訓に、文句たらたらとはいえつきあいもしたんだろう。
 素直じゃないねぇとまた思いながら、宇髄はフフンと自慢気に笑ってみせた。
「俺様がコーチしてやったんだ。派手に成功間違いなしだろ」
「言ってろ」
 ケッと吐き捨てるように言って、それでもわずかに片頬をゆるめた不死川に、宇髄の笑みが深まる。
 成功失敗のいかんはともかく、宇髄がコーディネートしてやった杏寿郎の姿は、宇髄からすればたいへん満足のいくものだった。大人っぽくとのリクエストに答えて選んでやったニットやコートは、杏寿郎によく似合っていた。
 レストランでのエスコートの仕方やマナーなど、教えれば教えただけ上達するのだから、生徒としては杏寿郎は上等の部類に入る。
 スポンジが水を吸うようにぐんぐん見違えていく杏寿郎に、イライザを教育したヒギンズ教授はこんな気分だったのかねと、有名な映画の登場人物に自分をちょっぴりなぞらえてみたりして。もちろん、杏寿郎は下町育ちのイライザと違って、そもそも行儀作法をきちんと身につけたお坊ちゃんだったりするし、ましてや恋愛感情など持ちようもないが。

 だいたいヒギンズだって、いくらなんでもイライザに性教育まではしちゃいないしな。

 脳裏に浮かんだ杏寿郎の、赤らみつつも真剣な顔に、宇髄の笑みがどこか慈しむような色をたたえた。