ワクワクドキドキときどきプンプン2日目

炭治郎

 迎えに来る前に鱗滝が敷いておいてくれた布団に、それぞれ横になる。並び順は昨夜と同じだ。
 今日も一緒に眠ってもいいかな。思いながらも言い出せずに、自分の布団に入る義勇を炭治郎がチラチラと見ていると、義勇が炭治郎を見返しポンポンと布団を叩いた。
 来ないのか? と言うように首をかしげるから、炭治郎は枕を抱え、飛び跳ねるようにして義勇の布団へと近づいた。
 なんだか照れくさくて、えへへと笑ったら、義勇の唇にも少しだけ笑みが浮かぶ。炭治郎はますますうれしくなって、ぴょこんと義勇の枕元に腰を下ろした。
「今日も一緒に寝てもいいですか?」
 うなずいてくれた義勇の隣にいそいそと体を滑りこませれば、すぐに布団をかけてくれる。温かさと義勇から香るやさしい匂いに甘え、炭治郎はそっと義勇に問いかけた。
「あの……少しお話してもいいですか?」
「……車で寝たから、眠れないのか?」
 小さな声でお願いすると、義勇が囁き声で返してくれた。うなずく炭治郎に少しだけ考えるように視線を逸らせた義勇は、もぞりと動いて体ごと炭治郎に向き直ると、頭まで布団を引き上げた。
「義勇さん?」
 暑くないのかなと首をかしげつつ声をかけたら、義勇は少し笑ったようだった。暗くて顔は見えないけれど、匂いがとてもやさしい。
「邪魔になるかもしれないから」
「あ、そうですね。話し声でみんな眠れないかもしれないか。えっと……義勇さんは? 眠くないですか? お話してても大丈夫ですか?」
 ちょっとだけ声に不安が滲んでしまったんだろう。義勇は炭治郎の体に腕を回し、ポンポンと背中を軽く叩いてくれた。大丈夫、気にしないでいいと、やさしい手が伝えてくれる。
 頭まで被った布団は、まるで義勇と二人きりでいるような気にさせる。うれしくて、照れくさくて、今自分は義勇を独り占めしているのだと胸がドキドキする。
「今日、すごく楽しかったです。義勇さんと一緒にお風呂に入れてうれしかった」

 義勇さんに髪を洗ってもらうの、とっても気持ちよかった。義勇さんはどうでしたか? 俺、ちゃんと義勇さんの髪洗えましたか? 壺湯にみんなで入ったの楽しかったですね。狭かったけど、ぎゅうぎゅうくっついてお風呂に入るの面白かった。

「具合悪いのは本当にもう大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ。ちゃんと夕飯も食べられただろう?」

 囁く声が少し自慢げに聞こえて、炭治郎はくふんと笑ってしまった。
「半分こして食べたオムライスおいしかったですよね。また半分こして食べてもいいですか?」
 一人前を食べきるのはまだ厳しい義勇と、アーンしあって半分ずつ食べたオムライス。禰豆子が厨房で玉ねぎを剥くのを手伝ったというので、じゃあ玉ねぎを使った料理にしようと、全員玉ねぎが入った料理を選んだ。禰豆子はとてもうれしそうで、煉獄や真菰に偉いすごいと褒められてちょっと照れていた。
 うなずいてくれた義勇に、炭治郎が「じゃあ明日の夕ご飯も半分こで」と言ったら、義勇は吐息だけで笑ってくれた。
 いいよってことでいいんだよなと、炭治郎は思うこととする。

「ツリーハウスで手を振ってくれたのも、うれしかったです」
「……楽しかったか?」
「はいっ」
 思わず大きめの声が出てしまって、炭治郎は慌てて手で口を塞いだ。みんなに聞こえちゃったかなと、口を押えたまま義勇を上目遣いに見るけれど、暗くて顔はよく見えない。でも小さく笑った気配がして、大丈夫と手が背中を叩いてくれる。
 安心した炭治郎は、思い出した光景に思わずクスクスと笑った。
 なにを思い出したのかわかったのだろう。義勇の額がとがめるようにこつんと炭治郎の額に当てられる。炭治郎はごめんなさいを言う代わりに、自分も義勇の背に腕を回してきゅっと抱き着いた。

 ツリーハウスでテラスからみんなで手を振っても、最初のうちベンチに座った義勇は、みんなをただ見上げているだけだった。それに焦れたのだろう、隣に座った宇髄が義勇の手を取って無理矢理手を振らせた。ぎょっとする義勇に笑いながら、反対隣りの煉獄まで同じように義勇の手を持ち上げて、テラスにいるみんなに手を振ってくれた。
 声は聞こえなかったけれど、たぶん自分で振ると抗議したんだろう。二人が手を放すと、義勇は戸惑いがあらわながらも自分で手を振ってくれた。
 それがあんまりぎこちなくて。真菰が「義勇ったらロボットみたい」と笑うから、みんなで笑ってしまったのは内緒にしておく。

「滑り台で義勇さんが拍手してくれたのも、うれしかったです。今度は一緒に滑れるといいですね」
「……あれは小さい子だけじゃないのか?」
「お父さんやお母さんと滑ってる子もいましたよ?」

 錆兎が滑り台で下に行くからと声をかけたときにも、義勇たちはわざわざ立ち上がって滑り台のほうまで来てくれた。
 一人ずつ滑り降りるたび拍手してくれる宇髄や煉獄と一緒に、義勇も拍手してくれたけれど、なんだか少し照れているように見えて。炭治郎よりもずっとお兄ちゃんなのにかわいく見えてしまったのも、内緒。義勇はかわいいと言われるのがあんまり好きじゃないようだから。
 興奮のまましがみついた義勇からは、楽しい匂いがほんのりとした。きっと一緒に滑れたら、もっと楽しいはずだ。
 そうか、としか義勇は言ってくれなかったけれど、次に行ったらきっと一緒に滑ってくれるだろうと炭治郎は思う。約束、と呟いた炭治郎の背中をまた叩いてくれたのは、了承の意味に違いない。

 ブランコでは義勇が背中を押してくれた。錆兎も最初のうち宇髄が背中を押していたのだけれども、終始穏やかだった炭治郎たちと違って、なんだかどこまで我慢できるか張り合いのようになっていた。とんでもない高さまで揺らしていたものだから飛んできた従業員さんに注意され、煉獄に背中を押してもらっていた真菰と禰豆子にまで呆れられて、二人してバツが悪そうにしていたのがおかしかった。

 はしゃぎまくって、遊びまくって。心配したり悲しかったり、自分を責めて落ち込んだりしたのも、全部帳消しになるぐらい楽しく過ごした休日。
 夕飯を食べ終え鱗滝を待つころには、炭治郎も禰豆子も、錆兎や真菰でさえも遊び疲れて欠伸が止められなくなっていた。迎えに来てくれた鱗滝の車に乗った途端に、うとうとと眠ってしまったのはしかたがない。
 家に着いても禰豆子はまだ眠ったままで、煉獄に抱っこされて布団に直行。錆兎と真菰はどうにか歯磨きはしたものの、やっぱり布団に辿り着くなりすやすやと眠りに落ちた。
 煉獄と宇髄も布団に入ったけれど、もう眠ってしまっただろうか。だとしたら、今起きているのは義勇と炭治郎二人だけ。それはなんだかとてもそわそわとしてしまうぐらい、素敵なことに思えた。ずっとこうしていたい。そう思う。
 だけど。
 少し寝たことでかえって目が冴えていた炭治郎だったけれど、義勇の温もりがあんまり心地好くて、気がつけば眠くなってきた。時々囁き返してくれる義勇の声が、抱きしめてくれる腕が、あんまりやさしいものだから、だんだんと瞼が重くなってくる。
 でも、まだ寝たくない。もっと義勇を独り占めしていたい。
 思うけれど睡魔には勝てず。こらえきれずむずがるように義勇の胸に額をすり寄せたら、やさしい声が降ってきた。

「おやすみ……また明日」

 ああ、そうだ。明日もまだ一緒にいられるんだ。明日も一番最初に見るのは義勇の顔がいい。一番最初に聞く声は、義勇のやさしい声がいい。
 本当は、毎日だって。

 そうなったらどんなにうれしいだろう。毎日義勇と一緒に目覚めて、義勇と一緒に眠る日々。幸せな想像に小さく笑って、炭治郎は眠りに落ちていった。