にゃんこなキミと、ワンコなおまえ 5の2

 きっと、昨夜のことも、杏寿郎は一生忘れないだろう。また一夜、義勇への愛が心の奥に積み重なって、愛しさがふくらんでいく。
 もしも、万が一義勇からとうとう別れを切り出され、フラレる日がきたとして。それでも杏寿郎が一生思い出すのは、義勇とのメイク・ラブだけだ。それを杏寿郎は確信している。
 作り上げた愛は胸からけっして消えやせず、思い返しては微笑み、杏寿郎は義勇が幸せな夜を過ごしていますようにと祈るだろう。
 もちろんのこと、そんな日が一生こないよう、杏寿郎が努力しつづけることは歴然としている。確信どころか揺るがぬ事実だ。
 どれだけ強がってみせたところで、本音は欲張りでわがままだ。ほかの誰かを見ないでと、癇症な子供のようにわめきたくなることだってある。だって好きなのだ。義勇だけに恋して、義勇を誰よりも愛している。
 義勇と離れることなど耐えがたいし、それこそ一生、愛は変わらないと誓う。ほかの誰にも渡したくない。義勇が恋人の名を告げるときに、その唇が紡ぐのは、生涯『煉獄杏寿郎』であれと願っている。
 そうして、いつまでも愛おしさが胸にあふれる夜ばかりを、人生の終わりまで繰り返せたら。
 義勇に一生、あのときは大変だったなとか、あれは駄目だろとか、思い出しては説教されて、でも幸せな夜だったと笑ってもらえたら。
 今も幸せ? とそのたび杏寿郎は聞いて、当たり前なこと聞くなと、おでこをピンッと指で弾かれる。そんな日々を、ずっと、一生。
 願いは、それだけ。
 義勇と一緒に、一生、幸せな恋を。
 ただ、それだけ。

 胸にあふれてやまぬ愛しさの源である人を、ゆるく腕に抱き込んで、杏寿郎は静かに長く幸せのため息をつく。
 室内は煌々とした照明で明るい。電気を消すことすら忘れて眠り込んでしまうほど、夢中になった夜だった。
 自分でもちょっと呆れるぐらい必死に求める腕を、義勇は拒まずに、与えるだけ与え返してくれた。いい子、かわいい、好きだよと、繰り返し甘くささやかれた義勇の声は、杏寿郎の耳の奥でまだこだましている。
 愛がまた積もる睦み合いが残したものは、狂おしいほどの愛しさと、甘い気だるさ。こんな朝を何度も繰り返したい。互いに枯れ果ててともに抱きしめ眠るだけになっても、この愛おしさと甘やかさだけは、一生変わらずに。跳ねてグシャグシャになった黒髪に、そっと鼻先をうずめて杏寿郎は願う。

 本当は、義勇が嫌がれば一生セックスなどしなくてもいいと、思うことはあった。杏寿郎は俺の恋人だと義勇が笑ってくれるなら、それだけでいい。告白を受け入れられたそのときに、思いはしたのだ。覚悟を決めてもいた。
 だって、義勇はきっと怖いだろう。たとえ相手が杏寿郎だろうとも、男から性的に触れられることに、嫌悪がないわけがなかった。性的な目で見られることすら、恐怖がよみがえるに違いない。少なくとも杏寿郎はそう思っていた。
 盗聴器の一件がなくとも義勇と一線を越える日はずっと先だろうし、もしかしたら一生ないかもしれないとさえ、覚悟していたのだ。
 だから正直、義勇が去年の七夕前に送ってきたメッセージを見たときには、目を疑った。夢かもしれないと、自分の頬をつねりもした。

『今度は、いつまで待たせる気だ?』

 なんのことだ? と首をかしげて、問い返すメッセージを送る前にふたたび鳴った通知音。あらわれたメッセージは、『次の土曜日は、ちゃんと布団で寝ろ』だった。
 考え込んだのは十秒間。思い出したのは、前月に初めてした、舌を絡める深いキス。たちまち頭が沸騰して、あわてて電話すれば義勇は「週末以外は電話禁止」とだけ言って電話を切ってしまった。
 それきり、メッセージも既読がつくだけで返事はなかった。おやすみだけは、律儀に返してくれたけれども。
 たぶん、義勇も意を決して送信したものの、恥ずかしさに悶えていたんだろう。義勇のそんな様子を思い浮かべるだけで、杏寿郎の恥ずかしさもいや増したのは言うまでもなく。その夜は、気がつけば無意識に奇声めいた叫びを上げて畳を転がりまわっては、うるさいと父に怒鳴り込まれるのを繰り返したものだ。かえすがえすも不甲斐なし。

 その日はとにかくもうパニックで、事態がうまく飲み込めなかった。だっていつか義勇が抱かれることを許してくれたとしても、それはずっと先のことだと思っていたのだ。あまりにも突然に降って湧いたお許しに、落ち着きなど宇宙の彼方だ。
 義勇の狭い部屋に、客用の布団などしまえない。だから泊まれば昔と同じように、一つの布団で眠ることになる。もう子供じゃないし、義勇は幼馴染なだけでなく恋人だ。一緒の布団に入って、なにもせずに眠るだけなんて、苦行以外のなにものでもない。
 だから義勇の部屋に泊まっても、杏寿郎は、義勇と一緒の布団で眠ってなどいなかった。
 布団で寝ろという意味なんて、おそらくは一つきり。きっと勘違いなんかじゃない。舞い上がって、不安になって、一睡もできなかった。
 そうして杏寿郎は、翌日、宇髄の元を訪れた。あれからずっと、義勇に逢う日は必ず一緒に眠っている。昨夜と同じように。

 恋人になったのは四月。義勇が引っ越したのも。宇髄たちいつもの面々で訪れた義勇の新居。五月も同じメンバーで。泊まらず日帰りで、錆兎たちも含めて遊んでおしまい。一緒に行こうと誘った杏寿郎に、宇髄たちは呆れと心配を混ぜ込んだ視線を見交わしても、なにも言わずにいてくれた。
 六月には、さすがに一人で来たけれども、寝袋持参だ。だって布団がないだろうと、見え見えのごまかしを口にした杏寿郎に、義勇はなにを思っただろう。不甲斐ないなと、思い返すたび今も、杏寿郎は自嘲と悔しさのため息をつきそうになる。
 寝袋を貸してくれと頼んだときの不死川の顔は、呆れを通り越して、なんだか哀れんでいるようだったなと、思い出した友人の顔に杏寿郎は目元だけで苦笑した。
 義勇の彼氏になりたい。初めて願ったのは小五の七夕だ。今もはっきりと覚えている。中学生になったら、決意した七夕と同じ日に告白するのだと、無邪気に思い待ちわびていたその月日。
 断られるなどかけらも思い浮かぶことなく。義勇との関係に新しい名がつくのを、信じていた。
 嫌わないで。そんな怯えが自分の胸に巣食うことなど、思いもせずに。

 エアコンが効いた室内も、二人分の体温で温もる布団のなかも、寒気などまるで感じさせない。なのに、ふと猗窩座との一件を思い出してしまったとたん、杏寿郎の背はゾクリと震えた。
 無意識に腕に力がこもる。義勇はちゃんとここにいると、確かめるように。すがるように。
「ん……」
 抱きしめる腕のなかで、義勇が身じろいだ。あ、と思ったときには、義勇の顔がゆるゆるとあげられて、ぼんやりとした目が杏寿郎に向けられる。
 黙って見つめる杏寿郎の顔が映る瞳が、鮮やかにきらめいて、義勇はやわらかく微笑んでくれた。
「おはよう」
 ささやく声はかすれて、常よりもハスキーだ。我を忘れた翌朝だけに聞く、甘く熱い睦み合いの余韻をたたえた義勇の声。作り上げ、積み上げた愛が、ここにあると伝えてくれているようで……おはようと返す杏寿郎の声も、かすれていた。
 大きすぎる幸せで喉の奥がつまって、うまく声が出せずに、かすれる声。見交わした瞳に、抱き合う腕に、愛が溢れ出す朝。怖いことなんて、なにもない。背を震わせた不安は静かに過ぎ去っていた。
 腕のなかで、グッと義勇の体が固くなる。ググッと背を丸めての簡便化した伸びは、それでも杏寿郎の背に腕を回したままでだ。杏寿郎の胸を押しやるでも、腕のなかから抜け出すでもなく、義勇は最小限の仕草で固まった体をほぐす。抱き合って眠った朝のおなじみの仕草だ。
 腕も足も伸ばしきれば、まるで寝起きの猫にも見えるだろう。しなやかな義勇の体が覚醒していく一連の仕草を、杏寿郎が見飽きることはない。毎朝見る光景は、いつでもこんな義勇になればいいと思う。
「まだ寝ててもいいぞ。チェックアウトは昼前だ。十時ごろまで寝ていても、余裕があるだろうしな」
「ん……起きる。杏寿郎いるのに、寝てるのもったいない」
 茫洋とした声で言うものの、まだはっきりと目が覚めていないのだろう義勇は、フゥッと長く息を吐き杏寿郎の胸に頬ずりしてくる。顔はふにゃりと笑んだままでだ。
 いつだってパッチリとすぐ目が覚める杏寿郎と違って、義勇はちょっと寝起きが悪い。しばらくはぼんやりと寝ぼけている。感情表現も素直すぎるほどに素直だ。
 起きたばかりの義勇は、いつもよりもあどけなくて、ふにゃふにゃとしてる。小さいころからずっとそうだ。なんてかわいいんだろうとドキドキとうるさくなる杏寿郎の胸だって、恋なんて言葉すら知らなかったあのころから、ちっとも変わらない。いや、あのころよりももっとずっと、ときめきは大きくなっている。
 百歳になったしわくちゃな義勇の寝起き顔を見ても、九十九歳の杏寿郎は、世界で一番かわいいなぁとドキドキとときめくことだろう。それを杏寿郎はちっとも疑わない。
 そのころには、十五ヶ月の年の差なんてこれっぽっちも関係なくて、薄皮のように背中にピタリと張り付いて離れぬ不安や怯えすら、なにもかも笑い話になるに違いないのだ。そうするための努力だって、怠るつもりはない。
 たまらなくなって、起きたのならとキスしようと近づけかけた杏寿郎の顔は、義勇が口にした「いま何時?」の一言にピタリととまった。
 義勇が寒くないように掛け布団を引き上げてから、ベッドヘッドに手を伸ばす。スマホに表示された時刻は五時半。習慣とはじつに厄介だ。のんびり朝寝ができる状況であっても、やっぱり目覚めたのは五時だったらしいと、杏寿郎は小さく苦笑した。
「五時半だ。どうする? 朝飯準備しようか。行儀は悪いが、疲れてるだろうし今朝はベッドで……あ」
 お伺いを立てつつ今度こそキスしようとした杏寿郎の唇が、丸く開いたままとまる。
「……杏寿郎?」
「すまんっ! 昨夜は体を拭いてやりもせずに寝てしまった! ちょっと待っててくれ!」
 いつもなら、先に眠ってしまった義勇の肌を清めてから眠りにつくのだが、昨夜はそれすらできぬままに睡魔に負けた。電気すら消さずに寝入ってしまったのだから、どれだけ夢中で貪り合っていたのやらと自分でもちょっと呆れる。体力が有り余っていると称される杏寿郎でさえ、寝落ちするほどの熱い夜。この気だるさも納得だ。
 ゴミ箱に放った避妊具は、たしか三つ。口でしてもらったぶんまで合わせたら……我ながら元気すぎるだろうと、泡を食って杏寿郎は起き上がろうとした。が、ギュッとしがみつかれては、それも果たせない。
「義勇、タオルを濡らしてくる。抜き取るときにティッシュで拭いただけだから、気持ち悪いだろう?」
 宇髄お薦めのオーガニック素材で作られたローションは、肌に残っても害はない。けれども肌を濡らすものはそれだけじゃないのだ。互いの汗や義勇自身が吐き出した白濁は、拭き取る暇もあらばこそ、もっととねだりねだられるのに任せて放っておいてしまったから、義勇の肌で乾ききっているはずだ。
 さぞや不快感を募らせているだろうに、義勇は杏寿郎の背を抱いたまま、もぞりと体をずらしている。動きが常よりはるかに緩慢なのは、寝起きのせいばかりではないだろう。杏寿郎でさえ酷使しすぎた腰がだるさを訴えているぐらいだ。受け入れた義勇の疲労は比ではないに違いない。
 もぞもぞとずり上がり、杏寿郎と視線の位置を合わせてきた義勇は、だいぶ目が覚めてきたようだ。ちょっぴり不満をたたえてとがる唇と細めた目に、杏寿郎は、これは朝っぱらからお叱りコースかと反射的に身構える。素っ裸のままベッドで正座もやむなし。と、覚悟したのだけれども。
「置いていく気か?」
 すねた声音は、わずかなからかいを含んでいる。背を抱く腕がゆるんだのがわかった。抱きついているだけでも億劫なのだろう。指先まで倦怠感に包まれているのは想像に難くない。
 それでも義勇は、置いていくなとすねてみせるのだ。
 なんて、どうして、こんなにも。これほどかわいい人が、この世に二人といるものか。そんな義勇は、紛うことなく自分の恋人なのだ。
 胸に湧き上がる愛しさと感動が、全身におさまりきらずに溢れかえり、甘い蜜となって空気に溶け込んでいく気がする。
「連れてく。一緒に風呂入ろう」
「ん。当たり前だ」
 せいぜいしかつめらしくうなずいた義勇の顔は、すぐにふにゃりとほどけて花開くから、やっぱり杏寿郎の歓喜はおさまりそうにない。
 抱きかかえて起き上がるより先に、まずはこの喜びを分かち合おうか。伝える唇は拒まれることなく受け入れられて、ついばむキスに互いの吐息が笑みに弾むまで。
 そろりと舌を差し入れたら、簡単に欲に火がつく。指一本動かせないと寝落ちするほど求めあったあとだというのに、義勇との睦み合いには際限がない。
「……ふぁっ、ん、きょうじゅ、ろ、駄目」
「ん……もうちょっとだけ、っ!」
 もっととねだった舌に感じた痛みで、杏寿郎の肩が思わず跳ねる。しぶしぶ離した顔は、いかにも情けなく眉が下がりきっていた。
「噛むのはひどい」
「調子に乗るからだ。朝っぱらから盛るな」
 そんなことを言いながらにらみつけるくせに、スルリと前に回してきた手で、元気ハツラツになっているそこをツンと突いてくるんだから、勘弁してほしい。握り込まれないだけマシかもしれないけれど。
「……あれだけしたのに、おまえの性欲どうなってるんだ? ゴールデンウィークにも思ったが、元気すぎるだろ」
「義勇といるときだけだぞ! 自慰だって、義勇と電話したあとでしかしていない! それと触るのはやめてもらえないだろうかっ、ますます元気になってしまうんだが!?」
「その自己申告はいらない。勝手に俺の腹を押してくるんだから、触っちゃうだろ」
 呆れた顔はちょっぴりチベスナめいてる。そんな顔もかわいいけれども、やっぱり少々いたたまれない。シュンとした杏寿郎だが、ハァッとため息をこぼした義勇の耳が赤く染まっているのを見てしまえば、知らず頬もゆるむ。照れ隠しのぶっきらぼうさは、義勇らしくて、また甘い蜜に変わってあふれてくる愛しさに、溺れてしまいそうだ。
「元気が余ってるなら、ちゃんと抱いてけ。落とすなよ」
 そんなことまで、目尻を赤く染めたふてくされ顔をして言われたら、杏寿郎の答えなんて一つきりだ。
「仰せのままに」
 首に回すために持ち上げられたのだろう手をそっと取り、うやうやしく口づけて言えば、義勇の耳がますます林檎色に染まった。
「うむ、良きに計らえ」
 ちょっぴり芝居がかった声音とセリフに、落ちた沈黙は刹那。すぐに見合わせた目が細まりあい、互いの口から同時にプハッと笑みがこぼれた。
 ずっと幼いころに煉獄家でたびたび繰り広げられた、ごっこ遊びみたいなやり取りだ。愛しさのなかに懐かしさがまじる。

 時代劇やら西部劇、突然に父と母から始まる寸劇は、義勇と知り合ってからしばらく続いた煉獄家の習慣だ。恐縮しきる蔦子や人見知りが拭えぬ義勇を、馴染ませ笑わせようとしていたのだろう。唐突に町娘やら悪人から町娘を守る素浪人やらにさせられた蔦子と義勇は、かなり面食らっていたけれども、楽しい思い出となっているのは疑いようがない。
 常に悪人役がいない寸劇となったのはしかたがない。いつでも杏寿郎と義勇がえいやと斬りかかっていったのは、床の間に置かれていた甲冑やらガラスケース入りの日本人形だ。おじちゃんもおばちゃんも悪者じゃないもんと、義勇が泣きそうになったのだから、しょうがないのだ。
 鎧や日本人形に囲まれ、お侍さまお助けくださいと杏寿郎と義勇に手を伸ばしていた蔦子だって、懐かしいね楽しかったねと今も笑ってくれるから、きっと父と母が編みだした習慣は間違ってない。おそらく母の様々な教えとともに、煉獄家のあの習慣も蔦子は受け継ぐことだろう。いつか生まれる義勇の甥っ子だか姪っ子に向かって、助太刀致すと義勇と二人でぬいぐるみ相手にエア刀をかまえる日が楽しみだ。
 西部劇ごっこのときの話をみんなにしたら、「シーン、カムバーック!」と義勇と声を合わせて父の背中に叫んだくだりで、腹を抱えて床で笑っていた宇髄は声もあげられず痙攣しだしていたし、不死川と伊黒は引きつった顔で乾いた笑いをもらしていたけれども。
 それでも、千寿郎の入園祝いに来てくれた折の戦隊モノごっこでは、しっかりポーズを決めて一緒に遊んでやってくれたんだから、ありがたいことである。なんのかんの言っても、付き合いの良さは不死川や伊黒だってすこぶるつきだ。宇髄がノリにノリまくって作った、やたらとディティールに凝った新聞紙製の剣を片手に、満面の笑みで鎧に戦いを挑んでいた千寿郎にも、いい思い出となっていることだろう。
 離れて暮らしても、想い出はいつでも多くの人たちとともにある。二人きりの秘密の想い出と同じくらい、愛おしくてたまらぬその年月と人々。思い出せばいつだって、いつまでだって、楽しかったとともに笑いあえる人たちがいるから、こうして杏寿郎と義勇も寄り添いあえる。

 ひたいをコツンとくっつけあって、クスクスと笑ったら、よし! と杏寿郎は義勇を抱えて起き上がった。自然な仕草で首にまわる腕がうれしい。落とすなんてとんでもない。義勇を落とすぐらいなら切腹すると、義勇を抱いたままベッドを降りた杏寿郎の四肢には元気がみなぎっている。
「あ、毛布持ってく。着てほしいんだろ? 猫耳毛布」
「……っ! ぜひとも頼む!」
 一箇所ほど、さらに元気マンマンになってしまったけれども、致し方ない。毛布を掴んだ義勇は、やっぱりやめておこうかなと言わんばかりのチベスナ顔をしたけれども、風呂から出たら着てやると約束してくれたのは義勇だ。
 だから絶対に、約束は守られる。
 義勇を抱えて階段を降りる杏寿郎の足取りは、慎重なくせに弾んでいた。