にゃんこなキミと、ワンコなおまえ 4の2

 さて、ここで一つ仮定の話をしよう。きっとありえぬ、もしもの話だ。

 世界には、自分に似た人が三人いると俗に言う。もしも、だ。その一人が、顔は義勇そのもので、性格も義勇に瓜二つ、杏寿郎を想う気持ちだって義勇に引けを取らない、女の子だったとしたら。
 やわらかな胸や尻に、華奢で守ってやらねば折れそうな腕。すね毛なんて生えていない、つるりとした細い足。甘えて腕にしがみついてもさまになる、女の子だ。純白のウェディングドレスを着て、杏寿郎の隣に立ち微笑めば、誰からも祝福される女の子が、もしもいたとしよう。
 そんな、義勇が女になっただけのような子が、杏寿郎に好きだと告白したらという、馬鹿な話だ。
 もちろん、そんなのは考えるだけ無駄な問いかけである。そんな子は世界中探したってきっといやしない。だけど、もしも。もしも、どこかにいたのなら。
 もしくは、義勇自身が女の子になったとしたら。杏寿郎は、喜ぶだろうか。

 ほんのときたま、義勇の頭の片隅を、そんな仮定と疑問が、すっとかすめ去ることがある。
 中三の春からずっと、義勇が抱える不安の端っこには、そういう埒もない不安もまた、住み着いた。
 自分と杏寿郎は、番の存在だと義勇は信じている。けれどもそれは、たまさか出逢ったのが義勇だからであって、もしもそういう女の子がいたら、本当に杏寿郎が番うべきはその子ではないのかという、馬鹿馬鹿しい不安だ。現実味なんてまるでない。
 抱かれる立場に落ち着いたことに、不満なんてなかった。杏寿郎に抱きしめられて、熱い欲をぶつけられ受け止めることは、義勇にとっても幸せだ。
 だけど、雄の本能は、雌を求める。それはどうしたって覆し得ぬ事実だ。
 義勇がどれだけ杏寿郎を心の底から愛し、なにもかも受け入れようとしても、男であるのは変えられないし、変わりたいなど思ったこともない。それでも、女の子と違って、七面倒臭い準備をしなければ杏寿郎を受け入れることすらできない体なのもまた、覆しようのない現実である。
 杏寿郎にしたところで、義勇に対して姫を守るナイトのように振る舞うことが多くとも、女の子扱いなど一度もしてはこない。だけれども、義勇を抱いているときはどうなのだろう。
 男同士での行為で、義勇の体に万一のことがあってはならぬと、杏寿郎は、避妊具や潤滑剤にもこだわる。けれども、もしも相手が義勇ではなく女の子であっても、杏寿郎は同じように気遣うだろう。愛撫だって、義勇の男性器にもためらいなく口淫してきたりするが、それは女性にするのと同じような感覚なのではないだろうか。杏寿郎にとって自分は、男性器が生えた雌でしかないのではなかろうか、なんて。そんな疑問がふと湧いて出る。
 もし、義勇が女であったのなら。望んでも義勇は男だ。それでも番であるからには、心のどこかで義勇に雌としてあってほしいと、杏寿郎は願ってはいないか。
 そんな埒もない疑問が湧くことが、ときたまあるのだ。それゆえ不安は、陽炎のようにかすかだろうと、義勇の胸から消えることがない。

 たいてい、そんな不安は鳴りを潜めていて、義勇も杏寿郎に対して疑いを向けることなどない。そんな女の子が現れるわけもないし、義勇が女の子になれるわけでもないのだ。考えるだけ無駄な、馬鹿馬鹿しい仮定の話でしかない。
 女の子だったらよかったか? なんて。そんな言葉を投げかけて、そうだなと苦笑されたら、自分はどうするだろう。そんなものは考えただけで胸が痛くなるから、考えない。そもそも、言われたところで、じゃあ女になりたいと自分が思うかと言えば、否だ。男として生まれ育ち、男のままの心と体でもって、杏寿郎に恋してる。男である自分の体を厭うたことなどない。
 それでも不安は抑え込んでいるだけで、心の片隅でひっそりと表に出るチャンスを待っていた。
 だけど。

「お、おいっ」
「らいじょうぶ、練習はひた! ホラ、動くとうまくつけられないらろ」

 杏寿郎の言葉は、ちょっと不明瞭だ。そんなもの咥えたまま喋るな馬鹿者と、義勇は少し怖気づく。いや、見た目はなんだかおしゃぶりでも咥えてるみたいで、ちょっとおもしろかったりもするけれども。
 始まりこそごたついたが、所詮は、不死川や伊黒からさんざんバカップルと呆れられる二人である。念のためにとタオルを敷いた布団に、二人そろって転がれば、密やかな吐息や熱くなっていく体は、いつもと変わらない。
 ちょっぴり様相が変わったのは、すっかり育ちきった義勇の熱に、そろそろ避妊具をつけようかとなったときだ。
 いつも杏寿郎が持参するから、義勇は避妊具など買ったことがない。自身に装着するなど、初めての経験だ。
 枕元に用意された箱を手に取った杏寿郎が、まずは自分にくるくると被せていくのを、じっと見るのも実のところ初めてだ。いつもだったら、まじまじと見るのは気恥ずかしいし、待ちきれないのかと思われそうで、なんとなく視線をそらせてしまう。なんとなく手持ち無沙汰で、落ち着かない時間だ。
 だが今日は自分にもつけなければならない。失敗するのはお兄ちゃんの沽券に関わると、つい真剣に凝視してしまった義勇に、杏寿郎は、あんまり見られるのは恥ずかしいなと照れ笑いしていた。それでも手早さは普段と変わらなかったので、これなら俺も大丈夫かなと自分の分を受け取ろうとしたのだが、返ってきたのはいっそ天真爛漫と言っていいような笑みと、思いがけない一言だ。
「俺がつけてやろう!」
「は?」
 うっかり言葉の意味をはかりかねてポカンとした義勇の前で、杏寿郎はいそいそと二つ目の避妊具のパッケージを破っていた。

 かくして先の台詞となったわけだが、練習ってなんだ。しかも、なぜ口に咥える。まったく意味がわからない。
 が、わからないなりに、未知の経験に多少は義勇も興奮している。天を向く熱は萎える気配がない。杏寿郎ほどではないにせよ、義勇の性器も充分に平均以上は備えている。こんなものに触れたがり、あまつさえ咥えもするのだから、女のほうがいいかなど聞くも無駄だと、思わないでもない。
 とはいえ、だ。まさか、こんなことまでしてこようとは。
 義勇の足を開かせ、立てた膝の間に身を滑り込ませた杏寿郎は、避妊具の先端部分を咥えたまま上目遣いにニッと笑って勃ちあがった熱に顔を寄せてきた。
 視線は義勇の顔に向けたまま、根本にそっと手を添えられて、義勇の花芯が勝手にピクンと小さく跳ねる。うれしそうにたわむ目は見ていられないけれども、目を離すこともできない。
 なんだ、これ。視覚の暴力すぎる。
 敏感な突端にキスするようにしておろされた避妊具の、ぺとりとした感触に、義勇の腰が我知らず震えた。杏寿郎が咥えているからか、冷たくはなかった。
 いつもされる口淫と同じように、杏寿郎の大きな口が、フランクフルトを頬張るみたいに肉の棒を飲み込んでいく。目はまだ、義勇に据えられたままだ。
 十九にもなれば、義勇だってアダルトビデオなどの存在だって知っているし、こういうプレイがあることも耳にはしている。けれどもそんなもの見たことはなかったし、杏寿郎がいるんだから見る機会もないだろうと思っていた。
 自分の性的な指向はストレートだと、義勇は自認している。欲が向かう先は杏寿郎だけなので、分類されるならゲイということになるのだろうが、男相手に性的な興奮を覚えたことなどないのだ。とはいえ、一般的なグラビアやいわゆるエロ本だって、興味がないとは言わないが興奮もしない。義勇の性欲は一片残らず杏寿郎に対してだけ刺激される。
 だから、こんなことが自分の身に起こるなど、義勇は考えたこともなかった。
 グッグッと密着させた唇で降ろされていく避妊具は、たっぷりとまとった潤滑剤のせいか意外とスムーズに巻きつけられていく。プレイとして成立するだけあって、目に入る光景も、唇でしごかれるのと変わらない刺激も、男としての興奮をかきたてられるものだった。
 もしも自分が女だったらと考えることはあるけれども、義勇は、もしも自分に彼女がいたらだとか、杏寿郎が女の子だったらと考えたことはない。だがこの行為で得ている興奮は、杏寿郎を女性に見立てた興奮なんだろう。いや、性別は関係ないのかもしれないけれども。
 それでもこんなのは、抱く側への奉仕だ。杏寿郎とともにいるなら、自分には無縁のはずの。
 杏寿郎はときどき、装着具合を確かめるように視線を下げる。伏せられる睫毛は長い。それがゆっくりと持ち上げられて、ふたたび金と赤の瞳が義勇を映すさまに、勝手に息は荒くなりゴクリと喉が鳴った。
 たまらなくなって、そっと髪を撫でると、うれしそうに目がたわむ。雄の本能が、これが自分の番だと叫ぶ。胸がキュウッと締めつけられて、抱きしめたくなる腕をこらえるのには、かなりの意思を要した。
 もちろん、義勇は、杏寿郎を自分の雌だと思ったことは一度もない。番であっても立場としては自分が雌に当たるのだろうと、そわりと胸の奥を撫でてくる冷たい手のような不安にだって、いつも見ぬふりをしてきた。だけど、これは。
 下まで唇だけでおろすのは難しかったのか、先端まで戻っていった唇の代わりに、無骨な指が避妊具を根本までおろしていく。
 うまくつけ終えたのか、最後に先端にチュッと吸いついて、杏寿郎の顔が離れていく。最後まで視線は義勇の顔に向けたままだ。
 すぐには身を起こさずに、避妊具をまとった昂りに頬を寄せ、根本をキュッキュッと指で軽く刺激しながら見上げてくる。妖しい色香がただよう光景なのだろうが、見つめてくる瞳はなんだかやけにキラキラしていた。ちゃんとできた? 褒めて褒めて! としっぽを振りつつ見上げてくる犬みたいだ。詰めが甘い。
「どうだ? 興奮するか? 口で避妊具をつけてやると彼氏がすごく興奮すると女子が話しているのを、耳にしてなっ! 義勇にしてやりたかったんだ!」
 興奮だと? したとも。みろ、下手したらいつもよりもギンギンだ。
 彼氏。彼氏、だって。俺のことを、おまえは彼氏と言うのか。そう、なんだ。ふぅん。
 抱かれる立場であっても、杏寿郎にとって義勇は、彼女ではないのだ。義勇が男であることを尊重し、あるがままに好いてくれている。番だけれど、雄と雌なんてくくりに収めようとはしないでくれる。
 胸にふつふつと湧き上がる面映ゆさと、泣きたいような愛おしさ。うれしいよ、ありがとうなと、撫でてやってもいいのだけれど。
 だが、聞き逃がせないのは杏寿郎の言葉である。期待に輝いているのはともかく、いったいどういう状況だ。
「……なんで?」
 どう尋ねたものかわからずに、ちょっとばかり言葉足らずになった義勇の問いに、杏寿郎はパチリとまばたいたがすぐに相好を崩した。
「あぁ、昼休みにな、ちょっと体育館の裏に行く用があったんだ。そうしたら、女子が数名彼氏との話をしていてな! 盗み聞きをするつもりはなかったんだが、話の内容が内容だったから気づかれないようにしたら、耳に入ってしまった!」
 ハハハと快活に笑う杏寿郎は、まったくてらいがないけれども、体育館の裏? それって。
「……告白でもされたか?」
「断ったぞ! すぐに! だが、その、同じクラスの女子だったのでな。すぐに教室に戻っては差し障りがあるかと……ちゃんと、恋人がいるから無理だと伝えた。義勇が心配するようなことはなにもなかったぞ」
「べつに、心配はしていない」
「そうかっ! それならよかった!」
 起き上がってギュッと抱きついてくる腕に素直に身を任せる。けれども、気になるのはそこだけじゃないのだ。むしろ。
「雨が降ってるからって、大きな声を出すな。でも、練習ってのは? どうやって? 誰と?」
 ムズムズと胸をくすぐるうれしさはあれど、そこは聞き捨てならない。忘れてないぞとばかりに努めて冷静な声で問えば、杏寿郎の顔がピシッと固まった。
「……まさか」
「してないっ! 浮気じゃないぞ! 断じて違う!」
 泡を食って説明する杏寿郎の言葉に、だんだんと義勇の顔がスンッと虚無をたたえていったのは、致し方ないところだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「バナナで練習、まだしてるのか?」
「……それは言わないでくれないか。改めて言われると、さすがに恥ずかしいんだが」
 バナナ相手に避妊具を口でつける練習とは。涙ぐましいというか、アホらしいというか、想像するだけでなんとも言えぬ光景だ。きっと試験勉強より真剣で、熱心だったに違いない。
「正直バナナは食い飽きるほど食ったからな! 練習は実践でさせてもらうことにする」
 食べ物を粗末にするなどもってのほかだから、まぁ、練習したあとにはそりゃ食べるだろうけれども。なんとなく、股間がヒュンッとなりそうだから、口にするのはやめてほしいところだ。
 すっかり落ち着いてベッドに戻ってきた杏寿郎の、にっこり笑った顔に、現金だなと多少は呆れもするけれど。
 ちゃっかり足の間に陣取ってるし。さっきの殊勝な態度はどこ行った。まぁ、いいけども。
「続きするんだろ。睡眠不足で運転するつもりはないぞ」
 言いながら、足を持ち上げ杏寿郎の腰に回してみせる。
「……今度は、俺を興奮させてくれるんだろ?」
 ニッと不敵な笑みなど浮かべてみせれば、一瞬だけ幼くなった杏寿郎の顔は、すぐさま鏡写しのように不敵さをたたえて男くさく笑んだ。
「俺の彼氏は、本当に俺を煽るのがうまい」
「お互いさまだ」
 クツクツとお互い忍び笑いながら、義勇は腕も杏寿郎の首へとまわす。ゆっくりと倒される体を受け止めるベッドは、義勇の布団と違ってギシリと沈み込んで、少し弾んだ。
 のしかかってくる杏寿郎の目は、また獣の猛々しさが戻りつつある。けれどもそんな瞳の奥にある愛しさは、どれだけ獰猛に求めてこようと消えやしないから、義勇の体も熱は引かない。
 迷わず落ちてくる唇を受け入れながら、たわむれに腰を突き上げてなんかみる。触れあった濡れた感触をした熱に、元気だなとふと思い、重ねた唇のあいだから笑い声がもれた。
「は……っ、義勇、煽りすぎだぞ」
「どっちが」
 勃ちあがった互いの熱を擦りあわせるようにして腰を揺らめかせれば、グゥッと杏寿郎の喉が唸りをあげた。
 そんなことした覚えはないと、少し寄せられた眉間が伝えてくるけれども、言葉にする余裕はないようだ。すぐにまた唇を塞がれて、遠慮会釈なくうごめく舌に、ジンと甘い痺れが背を走った。
 貪りあうような口づけに、下にいる義勇の口内は二人分の唾液があふれかえって、飲み込みきれない。コクンと義勇の喉が動くたび、杏寿郎の舌は満足げにもっと飲めと促してくるから、逆らわず喉を鳴らす。
 唇の端からもれこぼれた唾液を、杏寿郎の舌が舐めとっていく。舐めるのが好きだなんて、本当に犬みたいだ。くすぐったさも相まって、クスクスと笑みがこぼれた。
 大きくて竹刀だこのある固い手のひらが、胸元をまさぐってくる。指先で尖った乳首をピンと弾かれて、思わず小さな喘ぎが口をついた。
「……前より、大きくなったな」
「おまえがしゃぶりつくからだろ」
「赤ん坊みたいに、か? だが、赤ん坊ならこんなことはしないだろ?」
 ククッと喉の奥で忍び笑う赤ん坊なんて、いたら嫌だ。ましてや、ねろっと舌で舐め転がして甘噛してくるなんていったら、それはもう赤ん坊じゃないだろう。べつのなにかだ。
 なにかって、なんだ。決まってる。……俺の、彼氏だ。

 恋人で、かわいい、俺だけのワンコ。なにも怖いことなんて、ない。

 少し伸びた襟足が、胸をくすぐる。抱えこんだ頭を、ゆっくりと撫でてやれば、異議申し立てのつもりか、強めに噛みつかれるのと同時に吸いあげられた。
「んぁっ!」
 思わずのけぞった首に気をよくしたのだろうか。頭はすぐに胸から離れ、顕になった喉仏めがけて白い歯が迫る。急所を狙うのは、獣の常か。ガジリとかじりつかれて、意図したわけでもなく義勇の腰が揺れた。
 本能的な恐怖は、それでもゾクゾクとした快感へと変換される。
「歯型、つけるなよ……あ、ん!」
「気をつける」
 ねろりと舐めあげられ、ハァッと熱い息が義勇の口からこぼれ落ちた。
 触れあっている楔は互いに濡れて、どくどくと脈打っていた。杏寿郎の腰も動き出す。互いに先を競うようにぶつけあう熱に、興奮しつつも笑みがこぼれた。
「チャンバラごっこ、みたいだな」
「小さいころに、したなっ。義勇は、あんまり好きじゃなかっただろ?」
 遊びであっても人を打つなど、たしかに義勇は好きじゃない。だってぶったら杏寿郎が痛いよ? と、ためらい言えば、杏寿郎はさも意外なことを聞いたと言わんばかりに大きな目を丸くして、ついでうれしそうに破顔したものだ。
 大丈夫、剣道してるから! 義勇を守れるぐらいに強くなるぞ! と。
 それでもチャンバラごっこは、エア刀でだ。丸めた新聞紙だろうとおもちゃの刀だろうと、どちらも互いに向ける武器など持ちたくはなかったので。
「だが、これは好きだろう?」
「んっ、好き、あっ!」
 唐突に、根本から先端までをズルリと固い熱で擦り上げられて、いつもより素直に喘ぎがほとばしり出た。浮き上がった尻を揉まれ、わり広げられる。
 外気に触れてキュンとすぼまり、ひくひくと疼くそこは、まだ杏寿郎の目に触れてはいない。それでも義勇の反応は、杏寿郎にはお見通しなんだろう。ニィッと笑む顔に獰猛さがにじんだ。
 手探りでベッドヘッドを探る杏寿郎の喉元に、お返しとばかりに義勇は噛みつく。杏寿郎は、義勇と違ってうれしげに笑うから、ちょっとだけおもしろくない。
 まぁ、跡をつける気ははなからないけれども。
 なにせ、杏寿郎は高校生なのだし。不純異性交遊――もとい、不順同性交遊の証を堂々と晒しては駄目だろう。いろいろと。さすがに、初めての日のあとに、赤飯は炊かれていないようだけれども。
 ドンッと杏寿郎の腰をかかとで蹴ったら、全然痛くもなさそうな顔で、痛っと笑う。
「義勇、足癖悪いぞ」
「杏寿郎限定」
「それなら、まぁ、いいか」
 ハハハと笑いながらも、杏寿郎は、いそいそと義勇の太腿を掴んで持ち上げてくる。両肩に担いだ足はそのままに、ヘッドレストへと手を伸ばすから、折り曲げられる体がちょっぴり苦しい。その苦しさは、なんとなく甘さがあって、期待が満ちるから嫌いじゃない。
 杏寿郎もそれに気づいているから、気遣う言葉をかけてはこないのだろう。少しも義勇が苦しくないように、痛みなど一つも与えぬようにと、いつだって気遣われているのがわかるから、義勇にも文句はない。
 小さな籠に入れられた備品には目もくれず、杏寿郎が手にしたのは、お馴染みの携帯ボトルだ。男同士では、潤滑剤がなければ繋がりあうのは苦痛が勝る。
 杏寿郎の御用達は、約八割がオーガニック素材という直腸から吸収されても問題ないのが売りらしい専用ローションだ。サラリとしつつも肌に吸いつくような感触は、不快感がないし洗い流すのも楽。保湿性も充分で、受け入れる側には最適だと、宇髄からお薦めされたというのは、ともかくとして。
「あとで、割り勘」
「……せめて、帰るときに言ってくれ」
 情けなく眉を下げるからちょっぴり義勇は笑いたくなる。
 彼氏だと言うのなら、避妊具も潤滑剤もちゃんと俺にも負担させろ、俺が使うんだから俺が出すのが当然だろうとの言い合いは、義勇に今のところ分がある。女扱いかとねめつければ、杏寿郎は大あわててブンブンと首を横に振るので。
 嘆息しながらも杏寿郎の手は止まらないから、義勇の笑みは深まるばかりだ。パチンと小さな音を立てて開けられたボトルから、トロッと杏寿郎の手のひらに垂らされる液体に、期待が高まり体が疼いても笑みは消えない。
 探るように、濡れた指が閉じた蕾を撫でさする。もれる息が震えた。ぷつりと押し込まれる指は固い。初めはそろそろと、義勇の様子をうかがうように。
 根本まで入ったら、チュッチュッと頬に目元にとキスが落ちてくる。無意識に詰めた義勇の息が、整うまで。杏寿郎はいつも、それを繰り返す。
 馴染んだところで増やされる指は、三本入ったらようやくおしまい。狭い肉筒のなかでバラバラに動かされる指に、義勇の吐息と声に甘さがまじるようになるころ、固くしこったところをツンツンと指が突き出すのも、いつものこと。
「はっ、あ、あっ! そこっ!」
「ん……ここ、好きだよな」
 なかへの刺激に、腹の上で揺れる熱が痛いほど張り詰める。触ってとねだるより早く、追い詰めない強さでゆるゆるとしごかれて、まな板に乗せられた魚のように体が跳ねた。
「義勇、な、いいか?」
 杏寿郎の声もせわしなく、見下ろしてくる額に汗がにじんでいる。ちらっと視線を向けたそこは、腹につきそうなほど反り返り、パクパクと小さな口が早く早くと訴えていた。かわいげなどまるでない凶暴な凶器だというのに、なんだかかわいく思えてくるのがいつでもちょっぴり不思議だ。
「いいよ。ここ、おいで……杏寿郎」
 そろっと自分の腹を撫であげて、微笑んでみせた義勇に、杏寿郎の喉がグルルと唸った。
 ふたたび手を伸ばし、手探りで箱をわし掴んだ杏寿郎の手から、義勇は小さな箱をサッと取り上げた。
「義勇?」
「俺がつけてやる」
 カッと目を見開いて凝視してくる杏寿郎の胸板を、そっと押して無言で見上げれば、義勇の意を過たず察して、杏寿郎はすぐに義勇の足を肩からおろした。首に腕を回し直す義勇の背を支えて起き上がらせてくれる杏寿郎は、期待を隠しきれずにいるようだ。
「口では無理だぞ」
「かまわない! い、いいのか?」
 残念そうでもなく大きくうなずいて真剣な目で見つめてくるから、義勇はちょっとばかり反省なんかしてみる。こんなに喜ぶならもっと早く言ってやればよかった。口でつけてやったら、どれだけ喜ぶことか。

 バナナで練習するのは、勘弁だけれど。

 杏寿郎がつけるところを思い出しながら、行儀悪くパッケージの端を噛んで切り破る。ゴクンと生唾を飲んだ杏寿郎をちろりと上目遣いに見つめ、記憶をたどりながら義勇は、取り出した避妊具の小さな突起を、チョンとつまんだ。
 期待に満ち満ちた視線に、つい苦笑が浮かびそうになるのをこらえ、そっと脈打つ肉魂に薄い被膜を被せていく。先端から三分の一ほどまで被せたところで、義勇は杏寿郎にニッと笑いかけた。
 ん? とまばたく杏寿郎の目を見つめたまま、頭を下げる。上目遣いに見つめながら、アーンと口を開けたら、杏寿郎の目がギラリと光った。なにをするつもりか察したんだろう。無邪気な期待を凌駕する飢えが、杏寿郎の瞳の奥に見える。
 食われる。そんな言葉が知らず浮かんで、義勇は勝手に震えてくる体を懸命にこらえながら、さっきよりも育った熱をパクリと食んだ。
 彼氏がすごく興奮する、か。たしかに。自分でも経験したが、これはたしかに男にとってはたまらないんだろう。ゆっくりと唇でしごくように皮膜をおろしていくにしたがって、杏寿郎の視線の圧が強くなっていく。
 ハァッともらされる熱く荒いだ息がうれしい。杏寿郎も、あのときこんなふうにドキドキとしていたんだろうか。杏寿郎の興奮が、触れられずとも義勇の興奮も高めていく。
 口の大きな杏寿郎と違って、義勇の口では大きな杏寿郎のそれをすべて口に含むのは無理だ。杏寿郎がしたように、一度口を先端まで戻して、チュウッと吸いながら指で残りを被せていく。目は、ギラつく杏寿郎の瞳を見つめたままで。

 はい、おしまい。と、笑ってみせることは、できなかった。

 顔を上げたとたんに、獲物に襲いかかるような素早さで、義勇はベッドに沈められたから。
「コラッ、あわてるな、ん!」
 ガブリと肩に噛みつかれ、杏寿郎にはめずらしい手荒さで足を思い切り高く担ぎ上げられる。グイッと押し広げられた尻のあいだに、潤滑剤のぬめりを帯びた熱が当てられた。
「はっ、あ、あぁっ!」
 グプリと押し込まれる剛直に、頭の隅で突き立てられる牙が思い浮かんだ。

 あぁ、食われる。全部。肉も、内臓も、骨も、全部。
 背を、喉を、震わせるのは恐怖じゃない。頭の奥までしびれるような、被食者のエクスタシー。 
お願いどうぞ、肌も骨も、髪一筋さえも残さず食べてと、希う。

 それでも、繋いだリードは、手放さない。どれだけ我を忘れてこの身を投げ出したくなっても。
「杏寿郎、待てっ、んぅ!」
 ビクンと杏寿郎の背が痙攣して、押し開く動きが止まる。
 グゥッとうなり、睨みつけるように見下ろしてくるけれど、それでも杏寿郎は義勇の言いつけに従うから、安堵に笑みが浮かびそうになった。
 逆らわず、義勇は乱れる呼吸のままに、クッと喉を鳴らして笑う。なぜ? と睨み据えてくる杏寿郎の目を笑んだ目で見つめ返し、そっと頬へと手を滑らせる。
「いい子だ……夜は、長い。ゆっくり」
 ギュッと寄せられた眉間に、汗が伝うのが見える。闇雲に腰を振り立ててしまいたいだろうに、ギリリと奥歯を噛みしめて耐えているから、義勇の笑みが深まった。
「……獲物をいたぶる猫みたいだな」
 言葉のわりには不満げでもなく言うから、義勇は目を細める。
「……ニャア」
 小さく笑って、杏寿郎の頭を引き寄せ、義勇は伝う汗に舌を伸ばした。チロッと舐めれば、お返しとでも言うかのように、出したままの舌を舐めあげられる。唇を重ねぬままに、舌先だけでのキス。よしの合図は、もっとと伸ばされた舌をパクリと咥えることで。
 グンッと突き挿れられた腰に、口はすぐに離れて、大きく胸を波打たせて喘ぐ。
「あっ、ああっ! きょう、じゅろ! ふぅ、んんっ!」
「義勇……義勇っ! な、ちゃんと、待てたろ?」
 パンッと肉が打ちあう音がひびくほどに腰を振りながらも、まだお伺いを立ててねだる杏寿郎に、恍惚と笑んで、義勇は甘い喘ぎはそのままに、いい子と頭を撫でてやる。
「ん、いい、よ。あん! いい子に、ご褒美、な」
 杏寿郎の手をとって、自分の腹に押し当てる。
 ここまでおいでと、微笑んだら、ポタリと口元に汗が落ちてきた。
 舌を伸ばして舐め取る義勇を、射殺さんばかりに見つめる杏寿郎の瞳に、なお笑う。

 あとはもう、狂乱のるつぼ。激しく、甘く。だって、まだお互い若いのだし。今日は、クリスマスだし。
 声は抑えなくていい。激しく打ちつける肉の音や、グチュグチュとあがる水音も。シーツがどろどろに濡れて汚れることさえも、気にしないでいい。そんな夜に溺れても、今日だけは、かまわない。
 頭の片隅で、手放してなどやるものかと、繰り返しながら。