にゃんこなキミと、ワンコなおまえ 4の2

 どんなに切羽詰まろうと、乱暴に放り出されたりしないことも、義勇はちゃんと知っている。笑ってしまいそうなほどの早足だろうと、義勇をベッドにおろす手つきには、配慮があらわだ。
「毛布は?」
「あとでいい。今日はちょっと意地が悪いぞ、義勇」
 杏寿郎の首に回した腕を放さず笑ってみせた義勇に、さっそく覆いかぶさりながら杏寿郎が、グルッと小さく獣めいた唸り声をあげた。
 暖房の効いた室内は暖かい。義勇が着たバスローブの腰紐を解く杏寿郎の手は、我慢できないと言わんばかりの性急さだった。
 はだけられた肌が粟立つのは、寒いからじゃない。落ちたままの前髪の隙間から、欲の熱を発して燃える瞳が見つめているから、震えが走る。
 従順で忠実なかわいいワンコだろうと、鋭い牙をもつ肉食獣であるのは変わらないのだと思い知る、この瞬間。ゾクゾクと義勇の背を震わせるのは、刹那の怯えと、多大なる期待だ。
 乾かしただけの少し伸びた杏寿郎の髪は、黄金と深紅に彩られて、ふわふわ揺れる。赤く燃え立つ夕焼けのなかに立つ、ライオンのたてがみに似てる。
 兄上に似ているからライオンが一番好き。千寿郎の言葉に納得する者は多いだろう。でも。

 浮かびかけた言葉は、すぐに霧散した。耳の裏側に吸いつかれて、知らず息が詰まる。紐を外す手はせっかちだったくせに、腰骨を辿る手のひらはゆるゆると動くから、いっそう肌が総毛立つ。
「んっ。待て、杏寿郎」
「なぜ?」
 獣の唸りもそのままに、いっそ睨みつけられているのかと思うほどの鋭い視線が向けられる。
 たぶん、杏寿郎は自分の眼差しの強さに気づいていないだろう。ギラついて少し血走った瞳には、余裕なんて全然ない。どれだけ紳士ぶってスマートさを装ってみせても、早く食いたい、食わせろと、咆哮より強く訴えかける杏寿郎の視線。
 まるで獲物を狙う野生の獣だなと、教えてやったら、どんな顔をするんだろう。
「テレビ、つけないと」
「……義勇、今日は必要ない」
 リモコンを探してさまよわせた視線を、頬を包む手に引き戻された。パチンと一つまばたいて見上げた杏寿郎の顔には、苦笑というには少々獰猛な笑みがある。
「あぁ……そうか」
 ここは、隣の生活音さえ筒抜けな、狭いアパートじゃない。声も、吐息も、肉打つ音すら、気にする必要は皆無だ。
 ククッと小さく忍び笑う声が、ちょっぴり意地悪く聞こえて、義勇はピクリと眉を跳ね上げた。

 意趣返しなんて、まだ早い。リードから外れて思うさま走れると思うなよ。手放してなど、やるものか。

「……じゃあ、おまえの声も聞かせてもらえるな」
 スッと立てた膝で、バスローブを持ち上げているそこを軽く押して言えば、ギュッと杏寿郎の眉が寄せられた。顕著な反応に気を良くして、義勇は、薄く笑う。
「ホラ、おまえも脱げ。汚したら眠れないだろ」
 どうせシーツはドロドロになる。多少なりとも快適に眠りたければ、ローブを汚すわけにはいかない。
 グゥッと喉の奥でうなるけれど、正論だから杏寿郎も歯向かう気はないようだ。電気を消せと言われないだけマシだと思ってるのかもしれない。たぶん、さっきの義勇の言動は予想外だったはずだ。
 声もだけれど、義勇はたいてい、電気を消さなきゃしないと言い張るから。
 べつに、明るいのは絶対に嫌だと思っているわけじゃない。朝日を浴びてきらめく金の髪や、ポタリと頬に落ちてくる汗が日射しを弾いて光るのは、けっこう気に入っている。そう、杏寿郎がよく見えるぶんには、明るさも歓迎と言えなくもないのだ。自分のことも杏寿郎から見えてしまうのが、嫌なだけで。

 トンッと杏寿郎の胸を押しやれば、固い胸板が渋々と起き上がっていく。どんなに野生を取り戻そうとも、杏寿郎はまだ、義勇の言いつけに従うワンコだ。
 首に回したままの腕をほどかない義勇の背に、さっと腕が回って支えてくるけど抱きしめないから、義勇の目がゆるりとたわむ。
 明かりについて追求してこないよう先手を打って、手をそろりと背に沿わせて落としていく。杏寿郎の眉間に刻まれたシワが、よりくっきり深くなるのが楽しい。
 腰にたどり着いた手をすべらせ、前へ。
「脱がせてやろうか?」
 義勇の足を下敷きにしないようにだろう。膝立ちになった杏寿郎のバスローブは、あからさまに一部が盛り上がり、今にも合わせをかき分けやんちゃ坊主が顔を出しそうになっている。
 返事を待たずに、義勇は杏寿郎の足の間から抜け出すと、四つん這いになった。巨大なベッドは義勇の長い足すらおさまりきって、不安定にならずにすむからありがたい。
 義勇だって、腰紐はほどかれたものの、バスローブはまだ着たままだ。上目遣いに見上げる義勇の背も尻も、布地で隠れている。背を下げれば足の間で存在を主張する熱も、杏寿郎からは見えないだろう。
 腰だけ高くかかげた姿は、義勇のほうがよっぽど獣めいて見えるかもしれない。そう、きっと、獲物に飛びかかろうと尻を振る猫みたいに。
 杏寿郎に据えた瞳はそのままに、義勇は、盛り上がった布地を避けて垂れ下がる腰紐へと、そろりと顔を近づける。ぱくりと食んだ腰紐を見せつけるように顔を上げ、クイッと口だけで引っ張れば、存外結び目は固い。
 袴の腰紐じゃないんだぞ。きつく結びすぎだ、バカ犬め。ちょっぴり焦るけれども顔には出さない。ここで、アレ? 駄目だ、なんて顔をしたら、俺のほうこそ馬鹿みたいじゃないか。
 内心の焦りを隠して、義勇は目線を杏寿郎の瞳に向けたまま、クイクイと顔をひねって紐を引っ張る。ゴクンと生唾を飲む大きな音がした。顔の横にそびえる高まりは、いよいよ顔を覗かせかけてる。さっきよりも大きくなったみたいだ。
 やっと解けた腰紐に胸を撫でおろしながら、義勇はそぅっと紐から口を離した。はらんと落ちた腰紐にはもう興味がない。ちらっと瞳に映した高まりは、腹にくっつくんじゃないかというほどにょっきりと天を向いていた。春のツクシか。にょきにょき育つのか。
 幼稚園で一緒に歌った童謡が、場違いにも頭をよぎる。ツクシ誰の子スギナの子だったか。顔の傍らで布地をじんわり湿らせているものは、ツクシなんてかわいいもんじゃないけど。こいつを言い表すなら極太雁高長大巨根……うん、くらべたらツクシがかわいそうだ。
 ツクシだったら良かったのに。きっと楽勝だ。ツクシならかわいいし。いや、この暴れん棒だってかわいいところが……とは言いがたいけれども。まぁ、アレだ。素直なのは、かわいいと言えなくもない……かもしれない。嫌いじゃないけど。決して嫌いではないけれども、もうちょっと、こう、かわいげが欲しい。
 心ならずも義勇の顔からスンッと表情が抜けた。
 が、すぐに目を細めてごまかしてみせる。注がれる視線の圧が強すぎて、一瞬たりと気が抜けやしない。ガン見しすぎだろう、おい。穴でも開ける気か。

 とっくに開けられてんだろうがァ。カマトトぶってんじゃねぇぞォ。

 と、頭に降臨した不死川には、すみやかにお帰りいただく。こういうときに友人の強面な顔が浮かぶのは勘弁願いたい。
 何度か口で奉仕してやったこともあるのに、杏寿郎はいまだに慣れないのか、息を詰めて見つめてくる。いや。見つめるなんて生易しいもんじゃない。本気で視線だけで穴を開けられそうな凝視っぷりだ。いたたまれないったらありゃしない。
 義勇だって、杏寿郎に初めて口でされたときには、思わず目をかっ開いて固まったものだけれども。というか、杏寿郎のことをどうこう言えやしないのだ。義勇もいまだに、杏寿郎に口でされると、つい見てしまうのだから。
 だけど、しょうがないではないか。考えてもみろ、好きでたまらない人が自分の股間に顔をうずめて、ためらいなくあんなものを口にしてるんだぞ? 見るだろ。見ちゃうだろうが! 誰にともなく頭のなかでわめいて言い訳するぐらいには、義勇も慣れない。

 なんだコレ、すごい。目が離せない。申し訳ない。汚いだろ。そんなことしなくていい。ヤバい、気持ちいい。うれしい。うわぁ。なんか、もう、うわぁ! 頭に浮かぶ言葉はとりとめがなくて、置物みたいに固まったまま、まばたきすらせず凝視してしまったのは、男ならば致し方ないところだと思うのだ。
 そんなにじっと見られると恥ずかしいんだがと、上目遣いに言った杏寿郎の苦笑は、余裕ぶりたかったんだろうが失敗してた。頬を染め、額に汗をにじませて。恥ずかしげにちらっと見上げてくる目は、ちょっぴり潤んでもいた。うわぁ。

 思い出すと、もう好きにしてくれと叫んで抱きついてしまいそうで、義勇は勝手に赤らんでくる頬を隠すように、杏寿郎の胸元に顔を寄せた。
 襟を引っ張るのは、やっぱり口で。手は使わない。口だけで脱がせるつもりだと、杏寿郎も悟ったんだろう。たくましく盛り上がった胸筋が、ビクンと上下した。
 置きどころがわからなかったのか、杏寿郎の手はベッドにつかれている。ちらりと視線で確かめれば、固く握りしめたシーツにシワが寄っていた。
 破くなよと、頭の片隅で思いつつ、ことさらゆっくりと義勇は食んだ布地を引き、肩から滑り落とさせる。反対側もと、口を寄せる……のは、かなわなかった。ガシリと肩を掴まれて、バスローブを噛むはずの口は、杏寿郎の唇に奪われたから。
 余裕なく侵入してきた舌は、飢えた獣の性急さで、義勇の舌を絡め取る。じゅっと吸いつき、舌の裏側やら上顎やらを味わうように、ぐねぐねとうごめく舌。すぐにあふれかえってきたどちらのものとも知れぬ唾液は、飲み込みきれずに唇の端からもれ伝って落ちた。
「んっ、は…ぁ……っ」
「……義勇」
 火傷しそうに熱く荒い息まじりに呼ばれて、二人の舌をつなぐ銀糸がぷつりと切れた。肩から離された手が、まどろっこしそうに慌ただしくバスローブを脱ぎ捨てる。放り投げられた布に、行儀悪い、瑠火さんに叱られるぞと、わずかに思う。
 けれども咎めることなどできやしない。義勇だってもう、まとう布切れが邪魔でしょうがないのだから。
 手は勝手に動いて、杏寿郎と同じように脱いだローブを床へと放おる。汚さなければそれでいい。愛しあうには薄物一枚だろうと邪魔だ。
 押し倒してくる力はいっそ乱暴なほどなのに、それでも杏寿郎は、獣の目をしながらも義勇を見据えて言う。
「いいか?」
「いいよ。……おいで、杏寿郎」

 いつもの問いに、いつもの答え。それはきっと、ずっと、変わらずに。

「見えるところにつけるなよ」
 がぶりと首筋に噛みついてくる牙には、さすがに注意の言葉など告げてはみるけれど。
「大丈夫。見えないようにする」
 つけるのは確定事項か。少しだけ呆れながらも、咎めだてはしない。マーキングは雄の本能だ。これは俺の番だと、知らしめずにいられず残す、所有印。義勇だって待ち望んでいるから、咎められやしない。
 それに、どんなに強く吸いつき噛みつこうと、杏寿郎が義勇を傷つけることなど、決してないのだ。わかっているから、胸元に吸いつく杏寿郎の頭を抱えて、撫でもする。
「かわいいな、杏寿郎。おいしいか? んぁっ!」
 肌をくすぐる毛先のやわらかさに、声音に笑みがまじれば、勃ちあがった赤い粒にガジリと歯を立てられた。痛みはもう快感だと、義勇は覚え込んでいるからこその、的確な強さで。
「おい、いきなり噛むなっ」
「子供扱い」
 ガルルと獰猛な唸り声が聞こえてきそうな目で見るくせに、すねた顔をするから、たまらない。
「子供扱いはしていない」
「なら、犬か?」
 不満げな声とともに、キュッと濡れた花芯を握り込まれて、息が詰まる。
「かわいがられるのは、嫌か?」
「……義勇、ズルいぞ」
 むぅっと眉根を寄せて、クチュクチュと水音を立ててしごかれる花芽から、快感が電流となって背を走った。
 気ぜわしく追い立てられる愛撫に、義勇の胸中に湧き上がるのは、不満や怯えではなく喜悦だ。主導権をにぎって大人なところを見せたいけれど、甘やかされたいのも本心で。どちらをとるかせめぎあってる杏寿郎の心中が、性急な手つきにあらわれている。だからまだ、余裕は義勇のほうにこそあった。
「なぁ、手、離せ。あっ、ん! 脱がせるの、途中だったろ? 最初は、口でしてやる、から……んぅっ」
 押し殺す喘ぎの合間に、からかう声を装い言えば、ためらいがちに愛撫がとまる。
 うん。迷うよな。当然だ。胸中に確信を抱きつつ、義勇は静かに杏寿郎の出方を待つ。
 人によっては単なる前戯だろう。けれども、お互いその行為には、繋がりあうのとはまた別の深い快感を覚えるのだ。悩みもするだろうと胸の奥で忍び笑う。
 相手に対する罪悪感と背徳感を抱えた快楽は、気持ちがいいだけじゃない。技巧の出来不出来などお互い知らないが、それでも、一心不乱に快感を与えようとするさまを見下ろせば、胸に満ちる愛おしさは途方もなかった。
 とはいえそれは、本来ならば急所を明け渡す行為だ。信頼がなければ本能的な不安を感じるはずの。
 危機感などまるでない者もいるだろうが、義勇にしてみればそのほうが信じられない。もしも杏寿郎ではない誰かに強いられれば、絶対に容認する気はないのだ。あとで殺されようとも、必ず噛みちぎってやる。杏寿郎だってきっと同じだ。だからこそ、義勇は結果を疑わなかった。
 杏寿郎の口からもれたハァッと深い太息に、義勇は、ミルクを舐めた猫のようにニンマリと目を細めた。
 身を起こす杏寿郎の顔は、いかにも複雑そうだ。さもありなん。
 大人びたコーディネートやジェントルな振る舞いからして、今日はかなり気合が入っていたはずである。もっと大人に、義勇にもっと頼られるようにと、口にもしていた。ここで主導権を譲り渡すのは、さぞや惜しかろう。
 それでも提案を退けられぬほどには、杏寿郎も、義勇から受ける口淫を望んでいるということだ。

 たぶん、口淫を特別で大切な行為だと互いに思うのは、男同士だからこそなんだろう。

 頭の片隅にわずかな面映ゆさをいだきながら、もぞりと義勇も起き直った。憮然としつつも期待がこもる杏寿郎の視線を意識しつつ、ことさらゆっくり身を倒す。
 四つん這いになるのは先ほどと同じだが、今度は一糸まとわぬ姿だ。視覚効果も杏寿郎の興奮をかきたてているんだろう。むき出しになった熱棒の先端から、透明なしずくがトロトロと滴り落ちていた。
 上目遣いに杏寿郎の表情を窺いながら、義勇は、ベッと見せつけるように舌を出してみせた。ゴクリと喉仏が上下するのを認め、視線を外さぬまま、ゆっくりと首をかたむける。
 それだけで、どこに触れてくるのかわかったんだろう。杏寿郎は上半身をわずかに後ろにたおした。月イチであっても、それなりにお互い経験値は積んできている。それがなんだかうれしくて、閨での行為だというのに、楽しい遊びをしているかのように心が弾む。
 髪よりも色味が濃い金と赤の混じった茂みへと、顔を寄せる。ドクドクと脈打つ怒張の根本をちろりと舌先で舐めてみせるあいだも、視線はそらさない。口元をくすぐる毛の感触に、ちょっぴり笑いたくなるのをこらえて、スンッと小さく鼻をうごめかせる。
 入浴後だというのに、濃厚な雄の匂いがする。ゾクンと腰が震えた。嫌悪感はみじんもない。ためらいなく舌全体を押し当てて、左右に揺らしてみせる。唇はまだ当てぬように注意しながら、義勇はゆるゆると根本だけを刺激した。
 手持ち無沙汰な指先で、たわむれにすね毛を逆毛立たせてなんかもしてみた。肌には触れないギリギリの接触と、直接的な刺激の対比に、杏寿郎の息が詰まったのが、義勇の目を細めさせる。
 ビクンと小さく跳ねた肉魂と、痙攣した腹筋が楽しい。笑みそうになる唇で、昔よりぐんと赤黒くなったそれを横咥えにすると、はむはむと軽く食んでみる。唇や舌に感じる脈動は、義勇の興奮をもかきたてた。
 早く。胸の底から湧いてくる欲求に、焦るなと自分に言い聞かせる。
 杏寿郎のは大きすぎて、口中に全部招き入れれば、息苦しさにいつだって義勇は涙ぐんでしまう。それなのに、そんな苦しさまでもが興奮材料になるのだから、不思議なものだ。焦らすようにことさらゆっくりと進める行為は、義勇自身も焦れてくる。
 早く咥え込みたい。しゃぶって、舐めて、吸い上げて。杏寿郎を口いっぱいで感じたい。けれども、焦りは禁物だ。
 これは、性欲処理なんかじゃない。愛の行為だ。性急に追い上げて終わらせるなんて、もったいない。夜はまだ長いのだ。
 舌で愛撫しつつ、ゆっくりと唇を先端まで這わせる。頭上から落ちてくる荒い息遣いには、ときおり小さな呻きがまじる。かすれた声が、あぁ、と感極まったようにもれるのがうれしい。もっと感じて、もっと興奮してほしかった。
 相手が杏寿郎でなければ、きっと屈辱感にまみれた行為だ。絶対に許容などできやしない。杏寿郎だからこそ、嫌悪感などまるでなく、それどころか興奮すらする。
 時間をかけて突端寸前まで顔を動かしていく。たどり着いた先端のふくらみは、ほんの少ししょっぱい。こぼれ伝うしずくの味は、義勇の腰を疼かせる材料にしかならなかった。
 唇をそろっと離すが、舌先は触れたまま。くびれを舌先で丹念にたどる。形を確かめるかのような動きに、杏寿郎の腰がブルリと震えた。
 どうされたら気持ちがいいのか、お互い知り尽くしているから、義勇の舌には遠慮がない。されて気持ちよかったことをしているのだと、杏寿郎だってきっと気づいている。自分が義勇に与えたぶんだけ、義勇からも返されているのだと。
 繋がりあうときの役割に、義勇が不満をいだいたことがないのは、杏寿郎が男としての義勇を尊重してくれているのを知っているからだ。義勇を番として見ていることに疑いはないが、雌として見たことなど、杏寿郎は一度もないだろう。だからこそ義勇も、こんな行為への屈辱感がない。そもそも、初めての口淫だって杏寿郎からだ。
「義勇……っ」
「ん、くれ」
 切羽詰まった呼びかけに、ふわりと笑んで、義勇は顔を上げると微笑んだまま大きく口を開けた。舌も出したままだ。
 ちょうだい、と、視線だけでねだれば、シーツを握りしめていた手が義勇の髪に差し入れられた。
 試すように覗く舌に先端をこすりつけられ、んっ、と鼻声がもれた。それに誘われるようにズルリと口内に熱の塊が入り込んでくる。
 義勇が息苦しさを覚えぬところまで入ってきた肉の楔は、まだ半分ほども残されている。奥まで入れてもいいのにとの訴えは、上目遣いの視線のみ。見下ろしてくる杏寿郎の目は、爛々と燃え立っていながらもやさしく細められているから、思わず膝を擦りあわせたくなった。
「動いていいか?」
 返事の代わりにキュッと吸い上げれば、たくましく太い腰がゆっくりと動き出す。頭を掴む手は押さえつけるというよりも、なだめてあやす愛おしさを伝えてきて、ときどき耳をくすぐる指先に、とうとう義勇の腰が揺れた。
 果てるための動きじゃないのは明白で、もっと奥まで突いていいのにとわずかに不満も湧くけれど、同じだけ多幸感にも満たされる。
 揺れるふくらみは、いつもながらちょっと滑稽だ。剛直の猛々しさとは裏腹に、なんだかかわいくすら思えるから、迷わず義勇は手のひらで包み込む。口のなかで脈打つものの固さと、手のなかの柔らかさの対比は、自分も持ちあわせている器官とはいえちょっぴり不思議で、意味なく笑えてくる。柔らかさの奥のコリッとした感触に、うれしくもなった。
 やさしく揉み込めば、杏寿郎の動きが少し早まった。願ったとおりの反応に胸中で満足げに笑い、義勇は、飲み込みきれぬ根本を反対の手で握る。
 全部で感じてほしいから、舌で舐め回し唇で食んで、吸い上げながら手をうごめかす。どんどんと荒いでくる息がたとえようもなくうれしい。
 出してしまおうか、我慢しようか。逡巡が頭を掴む手から伝わってくる。軍配は、義勇が強く吸い上げたことで前者に挙がったらしい。
「すまんっ」
 口早な謝罪とともに突き挿れられた塊に、反射的にえづくけれど、逃げたいとは思わない。
 ゴツンゴツンと喉を突く動きは、それでも義勇への気遣いが消えていない。頭を抑えている手にだって、逃さないという意思は感じられなかった。
 ぐぅっと生理的な呻きがもれて、涙が目尻から伝い落ちても、やめるなと願う。だけど、こういうときだけ杏寿郎は、いつも反抗的なのだ。

「義勇、出るっ。離すぞ」

 ホラきた。頭を引き剥がそうとしてくる杏寿郎に、義勇はとっさに杏寿郎の腰にしがみついた。鼻先が縮れた茂みに埋まるほどに。
「義勇っ!? お、おいっ!」
 あわてる声を無視して、義勇はいっそう強く口のなかのものを吸い上げた。左手は逃さないとしがみついたまま、右手で寂しげに揺れる袋を包み込む。
 喉まで入り込む大きな塊に嘔吐感がこみ上げて、ポロポロと勝手に涙がこぼれるけれど、杏寿郎が焦ろうと怒ろうと、やめる気はない。
 強く握らぬよう気をつけながら、ふにふにと揉めば、口のなかでビクンと熱棒が跳ねる。気道を塞がれて苦しい。でも、もうちょっと。
「義勇! 駄目だと言ってるだろう!」
 怒鳴られたって、こっちも引けない。義勇は包み込む手はそのままに、人差し指を伸ばし会陰をグッと押した。
 上ずった短い喘ぎが頭上で聞こえ、痛いぐらいに頭を抑えられる。ギュッと杏寿郎の尻が引き締まって、喉の奥に叩きつけるような勢いで熱液が注ぎ込まれた。グッグッと小刻みに揺れる腰は、きっと無意識だ。
 吐き気を覚えながらも、最後まで絞り出そうと知らず揺れる腰に胸に広がるのは、恍惚とした多幸感。

 俺も、イキそうだ。

 ゴクリと喉を鳴らして飲み込み、しびれる頭で、いや軽くイッたなとぼんやり思う。杏寿郎のように欲の証を吐き出したわけでなくても、頭でイッた。
 肉体ではなく、頭で。刺激ではなく、概念で。そんなもので達することができるだなんて、杏寿郎と抱きあうまで、知らなかった。少しずつ、ゆっくりと、覚えていった、自分も知らなかった自分のこと。
「は、ぁ……あっ! ぎ、義勇ごめん!」
 陶酔感に満ちたため息が聞こえたと思ったら、すぐに泡を食ってわめき腰を引く杏寿郎に、せわしない奴だなとの感想は、頭のなかでだけ。義勇の口は咳き込みつつも、やっと入ってきた酸素を必死に吸うので精一杯だったから。
「出して! ホラ、ここ! 義勇!」
 口調。子供に戻ってる。こんなことぐらいで泣きそうな顔するな。かわいいな、おい。ていうか、おまえはいつだって飲むだろうが。もったいつけるんじゃない。ここって、おまえの手にか。せめてティッシュだろ。テンパりすぎだ、バカ犬め。
 とりとめなく切れ切れに浮かぶ言葉は、やがて呆れに落ち着いた。愛おしさもちょっぴり。いや、本当は、半分くらい。

 ようやく咳がおさまって、義勇はちろりと視線だけで杏寿郎を見上げた。ビクッと肩を揺らせはしても、杏寿郎が差し出す両手を引く気配はない。一つ大きく深呼吸すると、義勇は、杏寿郎に顔を向け、口を開けた。
 大きく開いて舌を伸ばす。口のなかにはなにもないと、見せつけるように。
 まじまじと義勇の口を凝視する杏寿郎の目は、まんまるに見開かれていた。不死川あたりにはバカ面と呆れられそうな顔だ。成績上位だなんて信じられないぐらい。獰猛な獣の気配はもうどこにもなくて、かわいいワンコがポカンと見てる。
 あぁ、かわいいなぁ。思わず頭を撫でたくなって伸ばした義勇の手は、空を切った。
「み、水! 水持ってくるから、うがいしてくれ!」
「おい、コラ」
「すぐっ! すぐ持ってくるからちょと待っててくれ!」
「おい、聞け、杏寿郎」
「本当にごめんっ!」
「聞けって言ってるだろうがっ! おすわり!」
 ベッドを飛び降りて階段に向かいかけてた杏寿郎は、義勇が怒鳴ったとたんにビシッと硬直して、すぐさま振り向き正座した。ハァッと義勇の口からもれたため息に、ピクンと肩が揺れて、うなだれる。あんまり深くうつむくから、顔が見えない。セットしてない前髪が、杏寿郎の顔を隠してしまう。
「杏寿郎」
「……はい」
 声までしょんぼりとしてるから、思わずガリガリと頭をかく。あわてるだろうなぁとは予想していたけれど、まさかベッドから飛び出すほどとは。お行儀よくするのも馬鹿らしくなって、なんとはなしあぐらをかいた義勇は、つくづくと杏寿郎の頭を見やった。知らずため息だって出る。
 うつむいていても気配でわかるんだろう。杏寿郎がますますいたたまれなさげに肩をすくめるのに、義勇はちょっぴりあわてた。
「離せと言われたのに、しがみついたのは俺だ」
「だがっ、本気でやめさようと思ったのなら、引き剥がすことはできたはずだ! 本心ではやめてほしくないと……思ってたからで……やっぱり俺のほうが」
 バッとあがる顔を細めた目で見据えれば、杏寿郎の言葉は尻すぼみに小さくなっていき、顔もふたたび下がっていく。
「いいから聞け。待てができない子に育てた覚えはないぞ」
「義勇に育てられた覚えもないが」
「待て、と言ったはずだが?」
「いや、言ってな……すみませんでした」
 今こそ降臨せよ、不死川大明神。勝手に顔が笑う前に。いや、やっぱりなし。申し訳ないけれども、今宵は二人きりの聖夜だ。強面の友人はちょっと邪魔なので。
 テメェ、表に出ろや! と頭のなかでわめく不死川には、丁重にお帰りいただいて、義勇はフッともれそうになった笑みを噛み殺す。
「おまえ、あんなのいつもよく飲めるな」
 苦いわしょっぱいわ生臭いわで、とうてい口にしたいもんじゃない。いやまぁ、喉の奥に直接叩きつけられたせいで、味わうまもなく飲み込んでしまったけど。それでも口のなかに残る残滓の不味さに、ちょっとばかり義勇の眉が寄る。やたらと粘度が強くて、なんだか喉の奥に張り付いてる気もするし。
「……義勇のだったら、嫌じゃない。むしろ、その、飲みたいから」
「ふぅん。で? なんで俺は駄目なんだ?」
「当たり前だろう! 義勇にそんなことさせられん!」
 ふたたび顔を上げた杏寿郎が、あ、と口を開いてじわりと頬を赤らめていくのを、満足とともに義勇は見やる。いい反応だと笑みも浮かぶ。
 あぐらをかいていた義勇は、杏寿郎の視線にさらされながら、ほどいた足を大きく割り広げ膝を立てていく。こんな恥ずかしいことまでしてやってるのに無反応では、義勇のほうこそいたたまれない。腹をかっさばきたくなりそうだ。
 後ろについた手に重心をかければ、わずかに腰が前へと押し出される。尻のあいだのすぼまりは、まだ見えないはず。でも、もう少しだけ足を開いて、腰を突き出せば。
 杏寿郎の視線がそこに釘付けになっているのを感じながら、義勇はやわらかな声音でささやいてみせた。
「おまえが飲みたいと思うなら、俺だって同じだとなぜ考えない?」
「同じ……なのか?」

 おい、そこからか。噴水を見ながらのアレを、なんだと思ってたんだ。

 頑張って甘く聞こえるようささやいたつもりだが、杏寿郎の返答は義勇の意に反したもので、思わず目が据わる。たちまち杏寿郎の背が伸びて、ブンブンと首を降るのに、ちょっとだけ溜飲が下がったのだけれど。
「い、いやっ! 同じだ、うむ! だがしかしだなっ、義勇は女性ではないのだから、そういうことをさせるのは、申し訳なくてだなっ!」
 この反論は、いただけない。というよりむしろ、腹が立つ。
「女性だからじゃなくて、彼氏のだから、だろうが」
 おまえが言ったんだぞと、言外に込めて口にすれば、杏寿郎の目がパチリとまばたき、やがてゆるりと笑み崩れた。
「うん。そうだった」
 噛みしめるような口調と笑みは、いかにも幸せそうだ。義勇は湧き上がった気恥ずかしさに、ちょっとだけ視線をそむけた。

 義勇を喜ばせたかったんだ。杏寿郎はあのときたしかに、そう言った。六月の、雨に閉じ込められたあの日に。

 思い返せばそれは、馬鹿馬鹿しいやり取りだ。だけど義勇にとっては幸せで、誇らしくて、泣きたくなるよな愛おしい記憶でもある。