にゃんこなキミと、ワンコなおまえ 3

 駐車場からまっすぐ向かったのは金魚の水族館だ。
 無料配布のマップによれば、目当ての水族館は美術館と併設とあるが、いざ着いてみれば建物自体は別だった。常設展示の美術館は無料。けれど。

「水族館は有料か」

 入館受付で杏寿郎がつぶやいたのは無意識だ。
 事前にリサーチ済みとはいえ、改めて料金表を見ると観光地だと実感する。世知辛さに杏寿郎はちょっぴり首をすくめたくなった。
 そもそもここを選んだ決め手は、リゾート地自体への入場はタダだからだ。アクティビティや温泉入浴には料金がかかるが、敷地内を所狭しと飾り立てられたイルミネーションを楽しむだけなら、無料で見放題。街をそぞろ歩くより特別なデートっぽさを演出できるうえ、タダ。なんともありがたい話ではないか。
 しかしイルミネーションは昼日中じゃ意味がない。ボルダリングやらフットサルなぞを楽しもうにも、時間あたりで料金が必要だ。だいいち体を動かして終わるのでは宇髄たちと遊ぶのと大差がない。
 せっかくのクリスマスデートだ。それなりに特別感が欲しい。それにはやはり予算の壁があると言わざるを得ないけれど。
 調べに調べ、張り切ってプランを立てたクリスマスデートである。杏寿郎とてしみったれたことは言いたくないが、ディナーやホテルを予約している時点で、その他の費用は極力抑えざるを得ないのだ。
 義勇の懐事情を鑑みれば、あまり金がかかるのは断固としてアウト。軍資金は充分に準備してきたが、杏寿郎に奢られるのを嫌がる義勇は割り勘だと言って譲らない。高速道路の料金所でもきっちり折半だ。杏寿郎の頭のなかでパチパチとそろばんが弾かれるのもむべなるかな。
 入館料自体は顔をしかめるほど高いわけではない。むしろ映画を見るよりよっぽど安上がりだ。ただし、ここは自販機の缶コーヒーすらお高目な観光地である。早くも先が思いやられる杏寿郎だった。

 もちろん杏寿郎は、ホテル代だけはなにがなんでも自分が出すつもりでいるが、それ以外にも金はかかるのだ。肝心のイルミネーションだって、メインのショーは有料だ。予約したディナーは一人あたり八千四百円。一日分のバイト代が一食でふっ飛ぶ。ホテルもクリスマスゆえに割増料金。実にシビアな世の中である。

 あらかじめ相談していたら、義勇は絶対にうなずかなかっただろうな。無駄遣いするなと怒る義勇を思い浮かべ、杏寿郎は思わず首をすくめたくなる。

 一旦了承したからには、義勇は決して不快な顔などしない。それはわかっているのだけれど、「毎週逢いにくる」「週末だけでも逢いたい」とどんなに杏寿郎がねだろうとも、義勇ががんとしてうなずかなかったのも事実だ。それどころか月一では出費が多すぎないか、本当に大丈夫なのかと、何度も心配される始末だ。
 義勇がケチだからというわけではない。断じて、ない。
 もちろん倹約家なのは事実だし、浪費を嫌うたちではある。自身の以上に杏寿郎のお財布事情を案じもする。けれど無闇矢鱈と出し渋るわけではないのだ。
 そもそも、杏寿郎が頻繁に訪れたり散財するのを義勇が厭う最大の理由は、金銭面ではない。

 過密スケジュールによる杏寿郎の体調不良や疲労。それが義勇がいだく最大の不安だと、杏寿郎はちゃんと理解している。

 杏寿郎は二年生ながら主将になるのが決定していたし、バイトすると宣言もしていたのだから、今まで以上に忙しい日々を送るのは自明の理だ。体を壊したらどうすると義勇が反対するのも当然だろう。
 そもそも義勇が引っ越す前日までは杏寿郎だって、逢えるのは運が良くて長期休みに義勇が煉獄家に来てくれたときだけだろうと、覚悟していた。ただの幼馴染で弟分。その領分をはみ出してはいけない。そう自戒してもいた。
 けれど、恋人になれたのなら話は別だ。

 艱難辛苦を乗り越え初恋が成就した翌日からの遠距離恋愛。寂しさや口惜しさはあれど文句はべつにない。
 告白したのは杏寿郎からだし、その日そのタイミングを選んだのも杏寿郎だ。恋人になったとたんに離ればなれなこと自体は、ある意味自業自得と言えよう
 だけれども、だ。
 恋する青少年かつ、義勇の守護者を自認する杏寿郎としては、義勇限定の狭量さと心配性が俄然発揮されるのはやむを得ない。週一の逢瀬を望むのは必然と言えるはずだ。
 とはいえ現実は厳しい。毎週なんて駄目に決まっているだろうと義勇に反対されるのだって、予想ではなく確定だと理解していた。納得できるかは別にして。

 ため息をこらえれば、思い起こされるのは遠距離恋愛初日の出来事。恋人になった翌日の一幕である。
 告白が受け入れられた際に、毎週行くから、駄目に決まってるだろとの甘ったるくも必死な攻防戦のすえ白旗を挙げた杏寿郎だが、こればかりは簡単に諦められるものではなかった。
 往生際悪く再度おねだりを決行したのは、引っ越しの合間。荷運び要員として来てくれた宇髄たちや、同じく新居まで差し入れ持参で訪れてくれた錆兎と真菰も含め、全員で軽トラの荷台でひしめきあいコンビニの蕎麦をすすっていたときだ。今なら味方が多かろうと杏寿郎が楽観するのも無理からぬ状況だった。
 なにせ義勇に対しては大なり小なり過保護な面々である。杏寿郎がしょっちゅうくるなら安心と、あわよくば義勇を説得してくれるんじゃないかと思っていた。
 だが結果は惨敗。蓋を開いてみれば味方は誰もいない四面楚歌。孤軍奮闘し粘る余地はなかった。杏寿郎自身、考えが甘かったと反省もしている。
 切り出すタイミングについてではなく、毎週杏寿郎が通うことで義勇の生活が逼迫する可能性に、思い至らなかった点をだ。

 学費はともかく生活費はバイトで稼ぐと、義勇は以前より明言していた。週末は稼ぎ時だ。それがデートで全滅となれば、早晩困窮するのは明らかではないか。
 もちろん、そうなれば蔦子だって黙ってはいないだろう。部屋はあるんだから同居しなさいと、膝詰め談判が始まるのは必然。槇寿郎や運送会社の社長だって同じこと。義勇を案じる大人たちは、こぞって義勇の生活を支えようとするに決まっている。
 そして義勇はそれこそを避けるべく、誰にも苦境を悟られぬよう最大限の努力をするのだ。寝る間を惜しみ働いて、学費を出してもらっているからと学業もおろそかにしない。削れるのは食費と睡眠時間だけと、爪に火をともす生活へと身を費やしたあげく、体を壊す未来が待ち構えている。
 なんて嫌な想像だろう。だが予想が外れるとも思えない。わかりきっているのに思い至らなかった自分の未熟さがいまだ口惜しく、それ以上に、もしもの未来を思い浮かべると杏寿郎は心底ゾッとする。

 杏寿郎にそれを指摘してくれたのは、初対面だった錆兎だ。義勇に関することで判断ミスは許されないと自戒していたにもかかわらず、この為体ていたらく
 不死川や伊黒にも「後追いする赤ん坊じゃねぇんだからよォ。どっしりかまえてみせろってんだよ」だの「どうしておまえの判断力は冨岡が絡むとジェットコースター並みに乱高下するんだ」だのと呆れられる始末だ。
 宇髄と真菰に「逢えなきゃ逢えないで派手に愛情が深まるってこともあんだろ?」やら「変なのが寄ってこないように、私たちがちゃんと見張ってるから安心しなよぉ」やらと、苦笑まじりに慰められもした。「バイトもしたことがないなら、生活費なんて実感わかなくても仕方ないだろ」と、錆兎が険しかった表情を緩め言ってくれたのは、武士の情けだろうか。
 みんな杏寿郎に負けず劣らず……いや、あの日あの時にかぎって言えば、杏寿郎以上に義勇の状況を不安視していたに違いないにもかかわらず、そんなことを言い合い笑っていたのだ。
 今となっては杞憂だったと明るく言えるだろうが、一同が抱えていた緊張や危惧は並々ならなかったはずだ。それでも杏寿郎や義勇にはちらりとも悟らせず、笑ってくれていた。
 不死川たちとは二学年、宇髄に至っては五年もの違いがある年の差。普段は気にならない違いを、つくづく感じずにはいられなかった出来事だ。あれ以来、杏寿郎の胸にはいっそう、早く義勇に頼られる大人にならねばとの焦りが居座っているのだけれど。
 
 義勇の目にはまだ、俺が幼い子供に見えているのかもしれない。

 初の黒歴史となった記憶は、いまだに杏寿郎を落ち込ませるし焦らせる。
 あのときガッツリへこんだ杏寿郎に、「決まりだな」と目元だけで苦笑していた義勇の眼差しは、幼子を諫めるものに近かった気がする。
 恋人なのは間違いないし、杏寿郎も疑っていない。それでも、義勇にとって杏寿郎は、弟の枠にも収まったままな気がしてならないのだ。
 幼馴染みであり恋人でもあるかわいい弟分。これが杏寿郎に対する義勇の認識ではなかろうか。
 杏寿郎がちょっぴり喉を痛めただけでさえ、すわ風邪をひいたかと過保護なまでに心配してくれるのは、べつにいい。ふにゃりと笑ってしまうぐらいにはうれしい。だが、恋人になっても扱いがまったく昔と変わらないのはいかがなものか。
 義勇に対しての不満はない。当然だ。義勇は心配してくれているだけなのだ。だから杏寿郎は、不甲斐ない自分への歯がゆさを噛みしめ、弟に甘んじたままでなるものかとの奮起に駆り立てられるばかりだ。

 恋人になる以前からずっと、杏寿郎はいつだって義勇と一緒にいたかった。

『いつまでだって、どこまでだって、義勇と一緒だ。一緒にいよう。世界の果てにだって二人で行こう』

 ギュウッと抱きしめあい約束したのは、もっとずっと幼いころ。絶対に果たしてみせると長いこと杏寿郎は心に誓っていた。
 なのに恋人になっても離ればなれ、義勇は逢いたがる杏寿郎を諌めもする。滞在中は義勇のぶんの食費も出すし、なんなら光熱費だって出すと諦め悪く杏寿郎が言っても、まるでとりあってくれない。バイトに行っているあいだはおとなしく留守番してるからとの言葉にも首を振る。
 後者については、バイト先でも世話になっている友人を杏寿郎が怯えさせたかららしいが、なぜだ。意味がわからない。
 義勇の体調が……ありていに言えば腰の具合がかんばしくなかった原因は自分なのだから、どうしても休めないのならせめて送ってから帰ると押し切ったのは、杏寿郎からすれば当然の成り行きだ。仲がいいと紹介された村田という人に、誠心誠意「義勇が無理をしないよう頼みます!」とお願いするのも。
 翌月に義勇から「かなり怖がってた」とジト目で叱られたが、本当になぜそうなったのか謎だ。さっぱりわからん。

 閑話休題それはそれとして

 杏寿郎にしても、離れて暮らすならばせめて蔦子の家に身を寄せてほしいと、恋人になる前は本気で願っていた。けれども恋が実ったとたん義勇の一人暮らしに胸ふくらませてしまったのだから、我ながら現金だと言わざるを得ない。甚だ恋心とは厄介だ。
 それでもなお、義勇の一人暮らしで得られる恋人としての時間を惜しむより、義勇の暮らし向きへの心配のほうがよっぽど深い。義勇の心身の安寧こそが、杏寿郎の最優先だ。それ以上に大事なものなんてない。
 離れているならせめて毎週と願う理由は、突き詰めればひとつきり。離れているのが不安だから。怖いからだ。
 恋人になれた今も、いや、恋人になれたからこそ余計に、杏寿郎の不安は尽きない。早く大人になりたいとあがく。

 けれどそれを口にすることは決してない。決して消えてはくれない黒くて赤い記憶が、杏寿郎の口を閉ざさせる。
 だからせいぜい杏寿郎に言えるのは、逢いたいの一言だ。そして義勇は義勇で、杏寿郎を心配して首を横に振るのだ。
 
 そんな無駄遣いをするな。無理をして体を壊したらどうする。呆れのため息だけでなく、夜叉か般若かと見紛う形相で怒鳴られるときもある。義勇は絶対に月一以上を許してくれなかった。
 それだって、試験が近ければうちにくるよりちゃんと勉強したほうがいいと必ず言うし、杏寿郎が部を引退するまでは、主将がこんなに休んで部員たちに嫌われないかとまで言っていた始末だ。なんとも心配性がすぎる話ではないか。部員たちにはむしろ、主将の稽古は厳しすぎるから休みでラッキーと思われていたらしいのに。
 惜しむらくは、杏寿郎がそれを知ったのが、引退時恒例の最後の掛かり稽古前だった点である。

 もっと早く言ってくれたなら、心配無用と義勇を説得できたかもしれない。かえすがえすも口惜しい。
 もちろん練習は大事だ。剣道において部員を甘やかす気はない。だが、過ぎた時間は戻らないのだ。そういうことは早く言えと、思わず口の端がひくついた。
 最後の稽古が普段よりちょっぴり過酷な指導になったのは不可抗力と言えよう。主将としての愛の鞭だとも。あくまでも喝を入れたに過ぎない。
 そう、八つ当たりではない。断じて違う。よしんば八つ当たりが含まれていたとしても、十割のうちのせいぜい五分だ。……いや、一割ぐらいはあったかもしれないけれども。

 だからどうしておまえの度量は冨岡が絡んだとたんに針穴になるんだと、伊黒が頭のなかでため息をついた気がするが、諦めてくれとしか言えない。義勇本人に対しては度量の広い男でいるよう努めていても、そのぶん嫉妬心やら警戒心が周囲に向かってしまう。
 自分の知らぬところで、誰かが義勇に悪意を向けてはいまいか。歪んだ劣情を抱いてはいないか。一つたりと見逃してなるものかと、いつだって杏寿郎は、心の片隅で厳戒態勢を解けずにいる。
 伊黒もそれを承知しているから、ため息と皮肉でおさめてくれているんだろう。

 ともあれ、昔から義勇はそんな具合で、なにかにつけて杏寿郎を弟扱いする。杏寿郎にとっては悩みの種だ。頼ってくれているようでいて、甘えきってはくれない。ついでに甘やかしてもくれない。
 いや。そうではない。ずっと幼いころには、甘えてくれたし甘やかしてもくれたのだ。たぶん、義勇にとっては年下の、かわいい弟だったから。それを思えば杏寿郎の心中は複雑だ。
 恋はきっと昔から義勇のなかにもあった。そこは杏寿郎も疑ったりしていない。お互いをなにより大事な存在だと想いあっているのは、疑いようのない事実だと知っている。
 信じているのではない。杏寿郎は知っているのだ。ともに過ごした密接な月日のなかで積み重ねてきたものが、教えてくれている。
 だけれども、いや、だからこそわかってしまうのだ。どうしたって伝わってくる。恋人であるのと同時に、義勇はまだ杏寿郎を子供扱いしているのだと。
 義勇は杏寿郎の言葉を大概は聞き入れてくれる。そのうえで線を引くべきところではきっちり引き、踏み越えようとする杏寿郎をたしなめる。顕著なのが金銭面だ。高校生になってからはいっそうそれがあらわになった。
 杏寿郎より一足先に高校生になった義勇は、家計の足しにしたいと入学早々からファミレスでバイトを始めていた。蔦子のいる運送会社じゃなかったのは、義勇の謙虚さや遠慮深さのあらわれだろう。

 バイトを始めた理由の今ひとつはといえば、ほかでもない杏寿郎だ。
 県内の剣道人はたいがいが父の知り合いで、杏寿郎自身も小学生のころから大会で優秀な成績をおさめている。学校側や県や市の剣道関係者からの期待は自明の理だ。
 杏寿郎としては剣道は父の指導で満足していたけれども、義勇までも頑張れと笑うならしょうがない。杏寿郎は剣道部に入らざるを得ず、嫌でも放課後の別行動が増えた。
 幽霊部員しかいない将棋部の義勇はたいてい部室で詰将棋に興じたり、図書室で時間をつぶして一緒に下校してくれていたけれど、時間を持て余していたに違いない。高校に入ったらバイトしたいと常々言っていた。
 蔦子の負担を減らすのが一番の理由だろうが、一人きりでいれば杏寿郎が心配するからというのも、きっとある。それが証拠に上がりの時間だって、部活を終えた杏寿郎が迎えに行くのに合わせてくれていた。同じ店で不死川もバイトしていたのだから、心配なんていらないと言ってもよかったのに。
 そうして平日の放課後を別々に過ごし、重なる休日には絶対に一緒にいて、遊びに行くときには、俺はもう働いてるからと義勇は杏寿郎のぶんも自分が出そうとするようになった。
 杏寿郎の悔しさを察してか頻度はそう多くはなかったけれど、そういうときの義勇はちょっと誇らしげだった。杏寿郎はまだ中学生なんだから。杏寿郎は部活で期待されてるんだから。そう言って義勇は杏寿郎の負担を減らそうとする。

 今日だってそうだ。自分が財布から出すぶんには躊躇しないくせに、杏寿郎が札を取り出すたび眉がピクンとちょっぴり動く。
 わかるから杏寿郎も、今までは観光などと言い出すことはなかった。稼げる休日をふいにしたうえ散財するなんてもってのほかだ。デートはもっぱら公園で散歩か、スーパーやホームセンターへの買い出しである。
 だけれどもクリスマスイブの今日ぐらいは、世間一般にならって財布のひもを緩めてもいいのではなかろうか。
 それに杏寿郎だってもう子供ではない。卒業も近づいたし、春には親から離れこちらで自活するのだ。
 スポーツ推薦ではないから剣道も部には入らず自己研鑽を主とし、義勇同様に生活費は自分で稼ぐ予定でいる。
 できればバイトも義勇と同じ店がいいけれど、こればかりは予断を許さない。なにせ義勇のバイト先はレストランだ。義勇はきっと反対するだろう。たとえ給仕のホール係だろうと、デザートの簡単な盛り付けはホールの仕事らしいから。
 ともあれ、これを機に弟扱いではなく恋人として頼られるようになり、あわよくば同棲の約束がほしい。もっと恋人らしく過ごしたいし、なによりも義勇を一人にしておきたくはない。もう大人だと思われたい。
 とはいうものの、杏寿郎が強引に我を通そうとすれば、義勇の機嫌を損ねるのも確かである。やはりできるだけ金をかけぬようにしたいところだ。

 いくら楽しい一日を過ごせても、明日以降、義勇が卵かけご飯やらふりかけご飯ばかりの食事になるのは、絶対に避けねば。浪費するところなど見せては、同棲も遠のくだろうしな。

「金魚は餌を食べるから、維持費用が美術館よりかかるんだろう」
 すっかり近い将来に向けての決意ばかりが占めていた杏寿郎の胸中を知ってか知らずか、隣で同じく料金表を眺めていた義勇が呆れたふうでもなく言った。
「ふむ、それもそうか。絵や彫刻は飯など食わんが、金魚はけっこう食い意地が張っているしな」
 言われてみればたしかにそのとおりだ。義勇は賢い。うっかりしかめられていた杏寿郎の顔が、自然と笑みにゆるむ。無意識の独り言に返事が返ってきたのも、杏寿郎に意識を向けてくれているからだと思えば、それもまたうれしい。
 思わず顔をほころばせた杏寿郎だが、すぐに自分の失態に気づき、内心ほぞを噛む。
 義勇のことばかり考えていたとはいえ、理由に思い至らぬばかりか、ケチくさいことを言ってしまった。これでは義勇に大人の男として認めてもらうなど、まだまだ厳しい。
 知らず識らずわずかに首をすくめ、ちらりと義勇をうかがい見たが、義勇には特段気にした様子はなかった。
「スモモほど食べるのは、そうそういないと思う」
「うぅむ、たしかに」
 クスッと笑った顔も穏やかなものだ。杏寿郎はまた胸をなでおろす。

 初めてのクリスマスデートだ、義勇もある程度の出費は想定していたんだろう。道中でも高速は初めてだと少し緊張はしていたが、高速料金は割り勘と主張した以外、なにも言わなかった。
 内心で不満をくすぶらせているわけでもない。義勇が嫌がるなら杏寿郎はすぐに気がつく。今回のデートプランやそれに伴う出費について、割り勘であれば義勇にも不満はないのは確かだ。
 なにしろ義勇は口下手で言葉が足りないことが多いし、なにかにつけ我慢しがちだ。自分が察してやらねばと気を配るうち、義勇のことなら敏感に察するようになった。高感度冨岡センサー搭載と宇髄にからかわれるのは伊達じゃないのだ。
 理解しているからこそ安堵もしたが、気にしているのは自分だけかと、少しだけ悔しくもなった。

 デート中だろうと、義勇は相変わらず杏寿郎を子供扱いしてくる。恋人らしい夜を何度過ごしても、そこはちっとも変わらない。杏寿郎としては不甲斐ないばかりだし、今しばらくは子供の立場に甘んじなければならない自分の年齢が、ますます口惜しくもなる。
 だが、今日はなんとしても弟分から脱却するのだ。杏寿郎の決意は固い。
 人生の大半をともに過ごしてきたうえで培われた義勇の意識を改革するには、自分が頑張るしかないのだ。
 だってこの先の人生は、今までよりもっとずっと長い。これから先、五十年だって、百年だって、杏寿郎は義勇とともにいたいのだ。
 一生一緒にいる。絶対に。そのためには死ぬ気で努力しなければならない。このままかわいがられるばかりなんて、男がすたる。