手袋を買いに行ったら番外編~大好きが生まれた日~2

 さて、恋柱さまのところに向かった神嫁さまたちと別れた炭治郎たちは、ごちそうの材料集めに行くことにしました。玄弥も引き受けてくれましたが、なにしろまだまだ寒いのです。今日中に集めるには、炭治郎たちも頑張らないといけません。
 とはいえ、果実は恋柱さまのお住まいにある温室のものを、使わせてもらえることになっています。恋柱さまはとっても食いしん坊で、ご伴侶さまとなった蛇柱さまが、好きなときに恋柱さまが果物を食べられるよう作ってくださった温室です。ちょっと皮肉屋で炭治郎たちにも厳しい蛇柱さまですが、ご伴侶である恋柱さまには、とっても甘くてやさしい方なのです。
 けれども、小麦粉やらお米などは、森ではなかなか手に入れることもできません。かといって恋柱さまにばかり頼ってしまうのも困りものです。だって、恋柱さまのお祝いでもあるんですから。
 そこで炭治郎たちは、人の町に行って足りない材料を買ってこようと考えました。神様の仲間入りをして以来、炭治郎たちも人に化けるのが前よりもうまくなっています。洋服屋さんを開いている義勇のお手伝いをして炭治郎が作った手袋やマフラーを、町で人に売って、小麦粉やお米、お砂糖などの材料を買えば万事解決なはずでした。
 
「でもさ、炭治郎が作ったのは、まだ水柱さまみたいに上手じゃないだろ? それにほんのちょっとしかないしさぁ。材料全部買えるぐらい稼ぐのは無理だと思うけどなぁ」
 善逸が言うのももっともです。だって炭治郎はまだまだ神様としても、洋服屋さんの店員さんとしても、見習いなのです。洋服屋さんである水柱さま――義勇さんが作ったものなら、手袋だけだって雪のなかでもへっちゃらなくらい暖かく過ごせますが、炭治郎にはまだそんな術も使えません。
「うーん、だけど、ほかに人が買ってくれそうなものなんてあるかなぁ」
「そうだ! お兄ちゃん、岩柱さまのところで水晶を採らせてもらうのはどう?」
「さすがは禰豆子ちゃん! そうしようぜ、炭治郎。人間はキラキラしたものが好きだからさ、水晶ならきっと売れるよ」
「おぉ、数珠のおっさんのところか! こいつみてぇなのがいっぱい採れりゃ、売れるかもしれねぇな!」
 ニッと笑って伊之助がガッツポーズした手首には、岩柱さまのご加護をいただいたリストバンドがはまっています。お使いでみんなで掘り出した水晶がついたリストバンドです。
「じゃあ、そうしようか。あ、でもその前に、蛇柱さまのところにも行かなくちゃ。温室の果物を使わせてもらうんだ。お礼を言わないといけないだろ?」
 蛇柱さまはとっても礼儀に厳しいお方です。恋柱さまが許してくださっても、無断で恋柱さまのための果物を使わせてもらっては、お祝いどころではないかもしれません。

 さっそく蛇柱さまのお社がある沼地に向かうと、蛇柱さまの眷属である白蛇の鏑丸が現れました。ほかの柱さまの眷属と違って、鏑丸はいつも蛇の姿で蛇柱さまと一緒にいます。普通の蛇ではありませんから、雪のなかでも平気なのでしょう。
「鏑丸、久しぶり。蛇柱さまにお会いできるかな」
 炭治郎が聞くと、鏑丸はフルフルと首を振りました。鏑丸がお留守番ということは、蛇柱さまは恋柱さまのお社にいらっしゃるのかもしれません。
「そっかぁ。温室の果物を使わせてもらうお礼が言いたかったんだけど」
『蛇柱さまはご存知だ。礼にはおよばない』
 人の姿をとらない鏑丸の声は、いつでも直接頭のなかに響いてきます。
「それなら、いいんじゃないの? なぁ、早く岩柱さまのところに行こうぜ」
 蛇が苦手な善逸は、へっぴり腰で今にも逃げ出したいようでした。鏑丸は蛇柱さまの眷属ですし、善逸ももうただのネズミではありませんが、やっぱり蛇は怖いのです。
『まぁ待て。貴様らは人の町で商売をするつもりなんだろう?』
「え? なんで知ってるの?」
『ふん、それぐらい察することができずして、蛇柱さまの眷属など務まるものか。貴様らと一緒にするんじゃない』
 鏑丸は胸を張ったようでした。蛇なので、どこが胸なのかよくわかりませんでしたが。
「なんだよ、偉そうな奴だな!」
「おまえ、人のこと言えんのかよ」
「ポン壱までなんだよ! こいつ、俺らのこと馬鹿にしやがったんだぞ!」
「だから誰だよ、それは! 馬鹿にされるのはしょうがないじゃん、おまえ本当に馬鹿だもん」
「はぁぁっ!? なんだとぉ!」
「おまえたちっ、喧嘩をするんじゃない! お祝いをするのに、喧嘩なんかしたら駄目だろ?」
 相変わらず伊之助と善逸はすぐに喧嘩をします。でも、ちゃんと仲良しなことも炭治郎は知っているのです。
 二人はむぅっと唇をとがらせましたが、もう文句を言い合うのはおしまいです。二人も柱さまたちのお祝いがしたい気持ちは一緒なのでしょう。そんな二人に禰豆子もニッコリと笑いました。喧嘩するほど仲がいいとは言いますが、やっぱり笑顔のほうが見ているほうもうれしいものです。
『おい、茶番はおしまいか? なら、少し待っていろ。商売の手助けをしてやろう』
「え? 本当に?」
『私を誰だと思っている。蛇柱さまのお祝いならば、私もなにか手伝わねばな』
 言うなり鏑丸は、シュルシュルと木を登っていってしまいました。

 五分と待たずに、鏑丸はキラキラとした小さな破片を咥えて戻ってきました。ポトリと炭治郎の手のひらに落としたのは、金色に光る蛇の鱗です。以前、洋服屋さんのお使いでいただいたものによく似ています。
『金運のお守りだ。商売繁盛を願う人間にお館さまがお授けになるのと、同じものだぞ。貴様らなどにはもったいないぐらいの値打ちものだが、蛇柱さまのお祝いを成功させるためだ。くれてやるから持っていくがいい』
「うわぁ、ありがとう! これで材料集めも安心だ」
「ありがとう、鏑丸くん。お祝いには鏑丸くんもきてねっ」
『ふん。さっさと行け、ゴミカスども。蛇柱さまと恋柱さまを充分おもてなしできなければ、一飲みにしてやるからな』
 シャーッと恐ろしい威嚇の声を上げて大きく口を開けた鏑丸に、善逸はひえっ! と飛び上がりましたが、伊之助はまたカチンときてしまったようでした。なんだとぉ! と殴りかかろうとするのをどうにか止めて、炭治郎と禰豆子はありがとうと鏑丸に手を振ります。鏑丸はツンと澄ました様子でそっぽを向いていましたけれども、きっと照れ隠しなのでしょう。もたげた鎌首をゆらゆらと揺らすさまは、ちょっぴりうれしそうに見えました。

 どんなに早く走っても、時間はどんどんと過ぎていきます。急いで水晶を採ってこなければ、町に行く前に夜になってしまうかもしれません。
 大急ぎで岩山に戻ると、炭治郎たちはピュイッと口笛を吹きました。ふわりと飛んできたのは、お館さまが貸してくださっている小さな雲です。自分たちの足で登りたいところですが、それでは間に合わないかもしれません。ちょっとだけ、お館さまのお力を借りることにしたのです。
 みんなで乗り込んだ雲はぐんぐんと突き進み、たちまち岩山のてっぺんに到着しました。
「全部雲に乗っていけば早かったし、疲れなかったのに……」
「駄目だよ。ちゃんと自分で努力しなくちゃ、お祝いの気持ちが伝わらないだろ?」
「そうよ、善逸さん。洋服屋さんのお手伝いだってそうだったでしょ?」
 炭治郎と禰豆子にたしなめられて、善逸は、だってぇと不満げです。いつもなら、善逸が叱られると伊之助がふんぞり返ってからかうので、喧嘩になります。けれども今日の伊之助は、善逸をからかうどころかなんだかソワソワとして見えました。
「あ! 数珠のおっさんいたぞ!」
 伊之助が指差したほうを見ると、岩柱さまの大きな背中がありました。岩柱さまはこの岩山でいつでも森の平和を祈っていらっしゃるのです。
「おいっ、おっさん! 今日こそ勝負しろ! おまえ、柱最強なんだろ!」
 大きな声で言うなり、伊之助はまっしぐらに岩柱さまのところへと走っていきます。炭治郎たちが止める暇なんてまるでありません。
「こ、こらっ、伊之助! 失礼なことをしたら駄目だ!」
「親分、待って!」
「おまっ、ここまで来た趣旨が全然違っちゃってんじゃないかよっ! 水晶! 今日は水晶を採らせてもらいにきたんだろうがぁ!」
 大慌てて炭治郎たちも伊之助のあとを追いかけました。
「私と勝負か。なんと愚かな子供……かわいそうに」
「なんだとぉ!?」
 ハラハラと泣きながら言う岩柱さまに、伊之助はすっかり腹を立ててしまいました。こうなっては炭治郎たちがなにを言っても聞きやしません。
 ですが、岩柱さまは伊之助がどんなに怒ろうと、まるで動じませんでした。
「勝負と言うが、さて、猪の子よ、私に勝ってなんとする?」
「はぁ? 俺さまが勝てば俺が最強じゃねぇか!」
「最強……ふむ。だが、なにをもって強さとする? 強さとは腕力だけを指すものではない。柱とは、この森を、動物たちを守るためにある。『災い』の首魁である無惨なき今、力はときに動物たちを怯えさせるものにもなるのだ。おまえは強くなってなにを成すのか」
 岩柱さまのお言葉に、伊之助は、すっかり腰が引けてしまったようでした。むずかしいことを考えるのが苦手な伊之助には、岩柱さまのお言葉はよくわからなかったのでしょう。
「えっと、強くなるために修業をするんじゃないんですか? 義勇さんは、まだ眷属のころに、狭霧山の大天狗様のところで鍛錬したって言ってましたけど」
 炭治郎にも、岩柱さまのお話はちょっとむずかしくて、なんだか頭がグルグルします。神様なのですから、森や動物たちを守るのは当然です。強くなければ『災い』にも勝てません。けれどももう、『災い』が動物たちを食べることはなくなりました。
 では、強くなることに意味はないのでしょうか。だけど、風柱さまや炎柱さまだって、今も森の見回りを欠かさないし、義勇もお店をやりながらも鍛錬は欠かしません。
「なぁ、そんな話してる場合じゃなくない? ああああのぉ、い、岩柱さま。おおお俺たち、その、水晶を採らせてもらいに来ただけなんですけど……」
 炭治郎の背中に隠れて善逸がビクビクと言うと、岩柱さまは、ふっとやわらかくお笑いになりました。
「お館さまから話は聞いている。誕生日を祝うか、面白いことを考える子供たちだ」
「面白い、ですか?」
 首をかしげた炭治郎は、やっぱり同じように首をひねっている禰豆子と、顔を見合わせました。
 たしかに、お誕生日なんていう日があることも知らなかった炭治郎たちが、柱さまたちやお館さまをお祝いするのは、不思議なことかもしれません。
 ちょっとだけ不安な気持ちになりかけた炭治郎に、岩柱さまがまた聞きました。
「誕生日を祝うのはいいが、さて、なにがめでたくて祝うのか。おまえたちが理解していなければ、おめでとうという言葉も伝わらないのではないかな?」
 なるほど。言われてみればそうかもしれません。お誕生日はこの世に生まれた日というのは知りましたが、それがどう素敵で幸せなのかは、炭治郎にはよくわからないのですから。
 禰豆子も、もちろん伊之助も、炭治郎と同じなのでしょう。お祝いするために張り切っていましたが、どうしておめでとうなのかわからないのでは、もしかしたら喜んでもらえないかもしれないのです。
 困ってしまって視線を見交わせあう炭治郎の後ろで、善逸が恐る恐る顔をのぞかせました。
「あのさ……お、俺、町にいたころ、変わり者のじいちゃんと暮らしてたんだ。ネズミなんて人は嫌ってばっかりなのにさ、じいちゃんは、まだ親離れしたばかりだった俺にご飯くれて、冬にはあったかい寝床まで作ってくれてさ。じいちゃんも俺も一人ぼっちだったから、一緒にいると楽しかったよ。ずっと一緒にいたかった。でも、じいちゃん、病気になって……」
 しょんぼりとうなだれた善逸は、長い尻尾をシュルンと足に巻きつけて、なんだかとっても悲しそうです。町にいたころの話をするときの善逸は、いつだってちょっと自慢げなのに。
「善逸さん、そのおじいさんが大好きだったのね」
「うん。あのっ、死んじゃったらもう、誕生日にもお祝いできないだろ? 俺さ、じいちゃんが生きててくれたら、誕生日おめでとうって言いたかったよ。一緒にいてくれてありがとうって、言いたかったなって……そう思う」
 善逸の言葉に、炭治郎の頭に亡くなったお父さんやお母さん、小さかった弟妹の笑顔が浮かんできました。
 もしも、お父さんたちの誕生日を知っていたら、炭治郎も毎年、おめでとうとありがとうと言いたくなったことでしょう。だけどもう、おめでとうとお祝いすることはできないのです。
 次に浮かんできたのは義勇の顔でした。二回眠ったら義勇のお誕生日。お祝いできるのは、無惨との戦いに勝って、義勇が生きていてくれたから。もしも、あの激しい戦いで、義勇が先代さまのように亡くなっていたら。考えただけで、炭治郎は悲しくて悲しくて、泣きたくなってしまいました。二度と義勇には逢えないし、やさしく微笑んでもらうこともできないのですから。
 それは、炭治郎が死んでしまっていたとしても、同じことです。
 義勇だけでなく、柱さまたちだって、どなたが亡くなってもおかしくない戦いでした。禰豆子たちも、もしもあの日なにか失敗していたら、生きていなかったかもしれません。

「そうか……誕生日は、一緒にいられてよかったって日なのかも。生きててくれてありがとうの日なんだ。生まれてきてくれて、出逢ってくれてありがとうの日で、今も一緒にいられることをお祝いする日!」

 一年というのは、炭治郎たちにとってはもう、ほんの短い時間です。それでも、神様だって不死ではありません。義勇の姉上や兄姉同然だった眷属の子たちだって、『災い』との戦いでお隠れになってしまわれたことを、炭治郎は知っています。
 我知らず、炭治郎はお父さんの形見の耳飾りに、そっと触れました。
 先代水柱さまたちの魂は、炭治郎の天狐の力を目覚めさせるためにこの耳飾りに吸い込まれ、今は永の眠りについておられるはずです。もうお逢いすることもかないません。
 生きていてくださったら、きっと義勇もみんなにありがとうと言いたかったことでしょう。誕生日をお祝いしたかったに違いありません。
「あの、岩柱さま。俺たち頑張ってお祝いします。だから岩柱さまも来てくださいますか?」
 炭治郎が言うと、岩柱さまはにっこりと微笑み、大きな手で炭治郎たちの頭を順繰りになでてくれました。
「もちろんだ。お館さまも楽しみにしておられる。私もだ。おまえたちやほかの柱と出逢えたことを、ともに祝わせてくれ」

 岩柱さまからお借りしたツルハシで、炭治郎たちはせっせと岩を砕いて水晶を探しました。教えてもらった場所は、お使いで水晶を掘り出した岩よりもずっと掘りやすく、しかも水晶だけでなく色とりどりの石がたくさん出てきます。
「これだけあったら、材料全部買ってもお金が余るかも」
「お金があっても森じゃ使わないし、いくつかは柱さまへの贈り物にしない? だって、こんなにきれいなんだもん。ブレスレットとかネックレスとかなら、つけてもらえるかも」
「そうだな。小鉄くんたちも一緒に、みんなおそろいで作ろうか」
 禰豆子の提案に善逸も伊之助も賛成してくれたので、炭治郎たちは、さっそく柱さまたちの贈り物にするぶんの石を選び始めました。
 赤や黄色、緑色と、さまざまな色をした石はどれもとてもきれいです。透き通った紫色の石は蟲柱さまに、恋柱さまには桃色のと、ワイワイとみんなでにぎやかに選んでいた炭治郎は、ふと目に止まった青い石を思わず手に取りました。
「これ、義勇さんの目みたいだ」
 それは深い深い青色をした小さな石でした。金色の粒が散る青い石は、まるで星がまたたく夜空のようにも見えます。それは、義勇のやさしい瞳によく似ていました。
「半半羽織の目は、そんなにキラキラしてねぇだろ」
「やさしい音がする人だけど、キラキラはないよな。どっちかっていうと、死んだ魚みたいな目してることが多くない?」
「そんなことないぞっ。義勇さんの目にそっくりだよ」
 伊之助も善逸も納得してくれませんが、炭治郎を見つめてくれるときの義勇の目は、いつだってこの石のようにキラキラと光り輝いて見えるのです。もしかしたらそれは、炭治郎にだけわかる輝きなのかもしれません。
「それじゃ、その石は水柱さまへの贈り物ね。お兄ちゃんが選んだって聞いたら、水柱さまもきっと喜んでくれるよ」
「そうしろよ。あの人の目は、そんなにキラキラしてないと思うけど」
「おい、それよりも早くしねぇと間に合わなくなるぞ!」
 伊之助の言葉にハッとして、辺りを見るとお日様がかたむきかけています。夜になってしまったら、町に行っても買い物ができません。あんまり遅くなっては、義勇や恋柱さまたちに心配をかけてしまいます。

 大急ぎで岩柱さまにお礼を言って、炭治郎たちはまた雲に乗り込みました。
 天幕の準備をしている小鉄たちのところにまず向かい、贈り物にする石を預けると、今度は恋柱さまのところです。玄弥が集めてくれた材料で、アオイと千寿郎はだいぶごちそうの下ごしらえをしてくれていました。三人も、贈り物の話に喜んで賛成してくれたので、これで贈り物は大丈夫。
 いよいよ四人は町へと向います。森の外れで雲を降りると、炭治郎たちは、エイッと宙返りして人の姿になりました。昔はどうしても尻尾や耳を隠せなかった炭治郎も、すっかり变化がうまくなりましたが、さて、無事に売れるでしょうか。
 町のことを知っている善逸に従って、みんなでゾロゾロと向かったのは、大きなお店でした。炭治郎たちが持ってきたのと同じような石が、指輪やネックレスになって飾られています。
「あの、すみません。きれいな石を持ってきたんです。買ってくれませんか?」
「坊や、ここは遊びにくる場所じゃないよ。お店屋さんごっこなら、公園でしなさい」
 お店の人に声をかけたのですが、まともに取り合ってもらえそうにありません。石を見てさえくれないのです。
 それもそのはずです。だって炭治郎たちは、人の姿になってもやっぱり子供のままなのですから。大人に变化するのは誰もできなかったのでしかたないとはいえ、これは困ったことになりました。
「どうしよう。これじゃ売れそうにないぞ」
 お店を出て額を突き合わせて相談しあっていると、禰豆子がパッと笑顔になって言いました。
「ちょっとだけ組紐の力を借りてみようか、お兄ちゃん」
「そうしようぜ、炭治郎。騙すわけじゃないんだしさぁ」
「売れなきゃケーキってやつも作れねぇぞ」
 禰豆子の髪に結ばれている組紐は、恋柱さまのご加護つきなのです。呪文を唱えれば『災い』だって命じたとおりに動くすごい紐でした。
 背に腹は代えられない。買える石があったら買ってと命じるなら、騙すことにもならないでしょう。
 炭治郎たちがうなずきあうと、禰豆子は小さな声で呪文を唱えました。
「一二三四五六七八九十の十種の御寶」
 禰豆子が唱えたとたん、組紐がキラキラと光りだしました。
 お店に戻り、禰豆子がお店の人に「私たちを大人のお客さんと同じように扱って」と言うと、お店の人はたちまちぼんやりとした目をして、すぐにいらっしゃいませと頭を下げました。大成功です。

 持ってきた石と交換したのは、何枚かの紙切れです。丸いお金しか見たことがなかった炭治郎はキョトンとしてしまいましたが、善逸が大興奮でこんなにっ? と大喜びだったので、きっと高く買ってもらえたのでしょう。
 善逸が教えてくれたいろんな食べ物が売っているお店で、たくさん買い物をして、みんなの両手は荷物でいっぱいになりました。大急ぎで買い物をしましたが、お店を出たときにはすでに、濃紺の天幕のような夜空には、お月さまが輝いています。
 人のいない場所まで走って雲を呼ぶと、炭治郎たちは一目散に森へと帰りました。禰豆子がお世話になっている恋柱さまはともかく、炭治郎は義勇に遅くなることを言っていないのです。きっと心配しているに違いありません。
 恋柱さまのお社で禰豆子と荷物をおろして、炎柱さまのお社まで。伊之助と別れたら音柱さまの洞窟へ。善逸とも手を振り別れたら、もうすっかり夕ご飯の時間も過ぎてしまっていました。
 森の外れにぽつんとたっている洋服屋にも、もう明かりがついています。
「ただいま、義勇さん! 遅くなってごめんなさい!」
 お店に駆け込んで炭治郎が言うと、すぐに義勇はお仕事の手を止め、炭治郎を抱き上げてくれました。
 義勇は心配そうではありましたが、ちっとも怒っていません。こつんと炭治郎の額に自分の額をあてて、義勇はやさしくおかえりと言ってくれます。炭治郎を見つめる目は、やっぱりキラキラと光って見えました。炭治郎が選んだ青い石よりも、もっとずっときれいな瞳です。
「なんにも言わないでこんなに遅くなっちゃって、本当にごめんなさい」
「お館さまから、炭治郎たちは大切な用事ができたと聞いている。気にすることはない」
「でも、一人で寂しかったでしょう? それに、明日も遅くなっちゃうかもしれないんです」
 出逢ったころの義勇は、寂しくて悲しくて、でもとてもやさしい匂いがしていました。今の義勇からは、寂しい匂いも悲しい匂いもほとんどしません。炭治郎はそれがとてもうれしいのです。
 だというのに、自分が寂しい思いをさせてしまうなんて。だけどもお祝いは絶対にしたいし、義勇には内緒で驚かせたくもあります。
 どうしようと悩んでしまった炭治郎に、義勇は少し目を細め、炭治郎をギュッと抱きしめてくれました。
「かまわない。おまえも大人になっていく。俺に言いづらいことだって増えるだろう。子供が大きくなるというのは、うれしいけれど少し寂しいことでもあるものだ」
「えっ!? じゃ、じゃあこれからずっと、義勇さんを寂しくさせちゃう!」
 なんてことでしょう。一大事です。だって炭治郎はまだまだ子供ですが、ちょっぴりずつとはいえ、毎日大きく、大人になっていくのですから。
 炭治郎は早く大きくなって、立派な神様になりたいと思っていました。大人になって日柱を襲名したら、義勇のご伴侶様になると、義勇と約束したのです。それなのに大きくなればなるほど、義勇が寂しくなるのなら、どうしたらいいのでしょうか。
 困ってしまった炭治郎に、義勇はクスクスと笑いました。
「うれしいけれどと言っただろう? そうだな、たとえば禰豆子がおまえに、もうなんでも自分でできる大人だから、お兄ちゃんは手伝わないでと言ったら?」
 言われ、炭治郎は大人になった禰豆子を想像してみました。きっととてもきれいで、今と同じしっかり者で、もしかしたらお婿さんだっているかもしれません。もう炭治郎が手をつないであげなくても、禰豆子は転んだりしないし、白くやわらかい手は炭治郎とではなく、隣を歩くお婿さんとだけつなぐのです。
「……とってもうれしいけど、ちょっと寂しいです。もっとずっと、いつまでも俺を頼ってほしいのに……」
「子供が大きくなるというのは、そういうことだ。見守るものにとっては誇らしく幸せで、けれど少しだけ寂しい。そして大人になったのなら、自分もまた誰かが大きくなるのを喜ばしく感じるし、寂しいとも思う。タスキをつなぐように、守り育てる役目を大切な愛し子に託すんだ」
 義勇の声も目も、抱っこしてくれる腕もとってもやさしくて、炭治郎の胸はドキドキと甘く高鳴ります。
「俺が大人になるの、義勇さんもうれしいですか? 寂しくっても幸せだと思ってくれますか?」
 もちろんとうなずいてくれる義勇に、炭治郎もギュッと抱きつきました。
「先代水柱さまも、義勇さんが大人になるのがうれしくって、ちょっぴり寂しかったと思います。義勇さんはそのタスキを受け取って、今度は俺を見守ってくれているんですね」
 そうして今度は炭治郎が、そのタスキを受け取るのです。いいえ、もしかしたら、義勇と一緒に守るのかもしれません。だって大人になったら炭治郎は義勇のご伴侶様になるのですし、そうしたらきっと、かわいらしい赤ちゃんだって生まれてくれるでしょうから。
「あ、そっか」
 わかったぞと顔を輝かせた炭治郎に、義勇が小さく首をかしげました。
 明後日まで内緒と笑って、義勇の頬に頬ずりした炭治郎に、義勇はただやさしく笑っていました。
 炭治郎が、もうすっかりわかった答えを、義勇に教えてあげるのは、二回眠ったそのあとです。
 義勇さんのお誕生日、絶対に成功させなくっちゃ。
「義勇さん、俺、がんばりますね!」
 力いっぱい宣言した炭治郎に、なにがなにやらわからないって顔をしつつも、義勇はやっぱりうなずいて、炭治郎の頬に小さくキスしてくれたのでした。