手袋を買いに行ったら番外編~大好きが生まれた日~3

「義勇さん、いってきます!」
「まだ暗いから気をつけろよ」
 お日様が昇るより早く起きた炭治郎は、今日も元気いっぱいです。今朝もまだまだ寒くて、吐く息だって真っ白に染まっています。でも義勇がくれた手袋をはめれば体も心もポカポカで、冷たい風だって炭治郎はへっちゃらです。
 今日も一日お出かけする炭治郎に、義勇は詳しくは聞かずにいてくれました。
 義勇は炭治郎のことになると、ちょっと心配性がすぎるところがあるのです。いつもなら一人で大丈夫か、一緒に行こうかと聞かれるのですが、今朝はそんなこともなく送り出してくれました。
 お祝いをするのは内緒ですが、炭治郎が禰豆子たちとなにか大事なことをするのだろうと、ちゃんとわかっているんでしょう。
 暗くてももう『災い』は出ないので怖くなんてありませんが、転んで怪我をしないようにと炭治郎の額におまじないのキスをしてくれた義勇は、いってらっしゃいと手を振り返してくれました。

 今日も昨日と同じく大忙しです。なにせ柱さまやお館さまをお祝いするごちそうを作らなければいけませんし、天幕を飾って贈り物だって準備するのです。みんなで協力しても遅くまでかかるかもしれません。
 ごちそう組と天幕組に分かれて準備したら、みんなでそろって贈り物を作ることになっています。炭治郎と禰豆子はごちそう組です。善逸は禰豆子ちゃんと一緒がいいとわめきましたが、料理の役には立てませんからしょうがありません。善逸さんは花かんむり作るの上手だから、私も楽しみと禰豆子が笑って、ようやくうなずいてくれました。
「天幕の準備は順調かなぁ。善逸と伊之助、喧嘩してないといいけど」
「小鉄くんや玄弥くんもいるから、きっと大丈夫だよ。お兄ちゃん、心配しすぎ」
 恋柱さまのお社で台所を借りてごちそう作るのは、炭治郎と禰豆子のほかには、アオイと千寿郎に、音柱さまの神嫁さまたち。天幕は小鉄の指揮で玄弥にカナヲ、蟲柱さまのところの小さな女の子たちに、善逸と伊之助で準備することになりました。
 ごちそう組は和気あいあいと、忙しいけれども楽しい時間を過ごしていますけれども、天幕組は喧嘩っ早い伊之助と玄弥がいます。炭治郎の心配は尽きません。
「小鉄さんと善逸さんは、一言多いところがありますからね。でも、すみちゃんたちはしっかりしてるし、きっと大丈夫ですよ」
「お昼になったらご飯を持っていって差し上げましょう。私も天幕を見るのが楽しみです」
「お兄ちゃん、水柱さまの心配性が移っちゃったみたいだね」
 アオイや千寿郎に苦笑されるだけでなく、禰豆子にまで笑われては、炭治郎も照れるよりありません。
 義勇と似てきたと言われるのは、恥ずかしいけれどもうれしいことでもありました。
「音柱さまは派手なのがお好きだから、きれいに飾り付けしてくれるといいですねぇ」
「まぁね。それより、あんたは口よりも手を動かしなよ。さっきから味見ばっかりしてんじゃないの!」
「いひゃいっ! まきをひゃん、いひゃいれふぅ!」
「ああもう、二人とも喧嘩しないのっ。ホコリが立つでしょ! 忙しいんだからふざけてないでっ」
 まきをにほっぺたをつねられて須磨が大騒ぎするのを、雛鶴が慌てて止めるのを見て、炭治郎と禰豆子は思わず顔を見合わせました。アオイたちもポカンとしてしまっています。
 こっちはこっちで心配が尽きない人がいるようです。

 さて、にぎやかに喧嘩したり大笑いしたりしながらも、せっせと頑張ったおかげで、クッキーやプリンなど、おいしそうなお菓子で恋柱さまの台所はいっぱいになりました。
 ふかふかのパンもどっさりと焼いて、これなら柱さまたちも喜んでくださいそうです。
「兄上のお好きなさつまいもでもお菓子が作れましたし、風柱さまの好物のおはぎも、おいしくできましたね」
「蟲柱さまがお好きな生姜の佃煮も上手にできたし、ふろふき大根も完璧。甘いものばかりじゃ体に悪いですからね」
「炊き込みご飯の下ごしらえもできたし、明日おむすびにすればごちそうは終わりだね」
 残るは、一番大事なケーキ作りです。こればかりは誰も作ったことがありません。
「ケーキを作る前に、天幕の様子を見に行こうか。みんなでお昼ごはんにしよう」
 天幕の様子が気になるのはみんな同じだったのでしょう。炭治郎の提案にみんな賛成してくれました。味見がてらにパンやお菓子を取り分けて、みんなでワイワイと天幕を作っている広場に向かいます。

「うわぁ! すごいなぁ!」
 昨日、小鉄たちがせっせと霞を紡いで作っていた天幕は、もうすっかりできあがって広場にどんと立っていました。大きな大きな天幕です。真っ白でまるでかまくらのようにも見えます。
 天幕の周りには、雪像がいくつも並んでいました。それぞれ誰かさんの顔に似ています。
「あっ! これ音柱様ですよぉ!」
「ホントだ。へぇ、似てるねぇ」
「こっちは蟲柱さまですよ。みなさまの特徴をよく捉えてますね」
「これ、岩柱さまだ。おっきいなぁ!」
 真っ白い雪で作られた雪像は、柱さまたちによく似ていました。にぎやかな炭治郎たちの声が聞こえたのでしょう、天幕からひょっこりと伊之助と善逸は顔を出しました。
「すげぇだろ! 俺さまの手にかかればこんなもんよ」
「おまえは雪を集めただけだろぉ。あ! 禰豆子ちゃ~ん、こっちこっち! 寒かったでしょ。早く入って!」
 善逸に急かされて天幕に入った炭治郎たちは、また、わぁ! っと感嘆の声をあげました。
「すごぉい! きれいですねぇ!」
「よくここまで飾ったねぇ」
「天幕を作るだけでも大変だったでしょうに……。みんな頑張ったのね」
 神嫁さまたちがはしゃぐのも当然でした。霞で作られた天幕は、寒い風は通さずにけれども日差しはやわらかく透かして明るく、飾られた色とりどりの花の影がステンドグラスのように見えました。すごいのは天幕だけではありません。どんと置かれた大きな丸いテーブルと、それをぐるりと取り囲んだたくさんの椅子。これも霞で作ったのでしょうか、ふんわりとしたクッションまで椅子の上に置いてあります。
「本当にすごいなぁ。こんなに大きなテーブル、お館さまのところでも見たことないよ」
「お兄ちゃん、このクッションふわふわだよっ! うわぁ、肌触りもすべすべで気持ちいい」
 炭治郎と禰豆子がウキウキと言うと、蟲柱さまのところの三人娘が少し自慢げに胸を張りました。
「霞柱さまの霞と、風柱さまの谷に落ちている鳥の羽で作ったんです」
「玄弥さんがいっぱい羽を集めてくれたんですよ。カナヲさまもたくさん霞を紡いでくれました」
「伊之助さんがたくさん木を切ってくれたんです。おかげで、こんなに大きなテーブルができました」
 すみたちが誇らしげな声で言うのに、ちょっと恥ずかしそうに笑ってカナヲもうなずいています。伊之助たちは喧嘩しなかったみたいだなと、炭治郎はホッと胸をなでおろしたのですが、まだまだ甘かったようです。
「ちゃんと寸法を測ってって言ってるのに、デタラメに切ろうとするのは困りましたけどね。俺が手直ししなきゃ、テーブルも椅子もガッタガタですよ。やれやれ、これだから素人は」
「なんだとぉ!」
 小鉄が呆れた風情で首を振るなり、伊之助が拳を振り上げたものですから、炭治郎と禰豆子は大慌てです。
「やめないか! こんなに大きな木を切り出すだけでも、とっても大変なことだよ。偉かったな、伊之助」
「椅子もこんなにいっぱい作るの大変だったでしょう? すごいね、伊之助さん」
「俺も俺も! 俺も手伝ったんだよ、禰豆子ちゃん。外の雪像も俺が作ったんだぁ」
「善逸はとっても上手だったよ。伊之助も雪をたくさん集めてたし。すみちゃんたちも、すごく頑張ってクッション作ってくれたの」
 善逸が自分の手柄を自慢するのはいつもどおりですが、無口で恥ずかしがり屋のカナヲがこんなにうれしそうに話すのは、めずらしいことでした。みんなで柱さまのお誕生日を祝うのは、カナヲにとっても特別素敵なことなのかもしれません。
「べつに、俺はたいしたことしてねぇよ。すみたちやアンタのほうが偉いだろ。小鉄も、こんなにちっこいのにでっかい天幕作り上げてよ。すげぇよな、みんな」
 少し赤い顔をしてそっぽを向きながら言う玄弥に、禰豆子がニコニコと笑いかけます。
「そんなことないよ。玄弥くんも頑張ってくれたから、こんなにいっぱいクッションも作れたんでしょう?」
「禰豆子ちゃんが言うとおりだよ。重いものはみんな玄弥が運んでくれたの」
 カナヲが言うと、すみ、きよ、なほも、そうですよと笑ってうなずきます。女の子たちにありがとうとお礼を言われ、玄弥はますます照れてしまったみたいでした。
「小さいのは関係ないでしょ! なんなんですか、自分は背が高いからって!」
「そうだそうだぁ! ちょっと背が高いからって、女の子にチヤホヤされてご満悦ですかぁ? 俺だって頑張ってたってぇのっ」
 ところが、玄弥は褒めたというのに小鉄はちっこいの一言が気に入らなかったらしく、食ってかかりました。尻馬に乗って善逸までやっかむものですから、玄弥は目を白黒させています。女の子たちもオロオロとしてしまっています。
「あぁん? 鈍カツは手が冷てぇ寒いって、泣きべそかいてばっかりだったじゃねぇか」
「だから誰だそれ! 俺の名前は善逸だって言ってんだろうがぁ!」
「へんっ、おまえなんざ鈍カツでじゅうぶんだろ。とさか頭の背が高かろうが、俺さまが一番強ぇんだよ! 背なんて関係ねぇ!」
 伊之助まで善逸と言い合うものだから、もうめちゃくちゃです。伊之助の言動にはすっかり慣れているはずの千寿郎まで困り果てて、ますます眉を下げていました。
「やめろってばっ。ホラ、お昼ごはんを持ってきたから食べよう。お腹がへると伊之助は怒りっぽくなるからな」
「そうですよっ。早くみなさん手を洗ってきてください。喧嘩ばかりしてる人は、ごはん抜きですからねっ!」
 アオイの一喝に、伊之助がピョンと飛び上がりました。よっぽどお腹が減っていたんでしょう。洗ってくると叫ぶなり、天幕を飛び出していきます。
 その大慌てっぷりに毒気を抜かれたのか、善逸や玄弥たちもポカンとしつつ手を洗いに出ていきました。ふんっ、と胸を張るアオイは惚れ惚れするほどです。炭治郎や禰豆子も感心しましたが、千寿郎にいたってはすっかり尊敬の目で見ていました。
「すごいですね、アオイさん。私にはとてもそんなふうにはできません。炎柱さまの眷属としては不甲斐ないことですが……私はどうにも弱くて。もっと兄上の手助けができるようになりたいのですが、情けないかぎりです」
「なに言ってんだぁ、へニョへニョ眉毛。おめぇ、毎日ギョロギョロ目ン玉にうまい飯作ってんじゃねぇか。弱みそなのは確かだが、代わりに俺さまが強くなってやるから気にすんな!」
 戻ってくるなりフフンと胸を張る伊之助に、善逸は「そういうことじゃないだろぉ」と呆れ顔ですが、炭治郎はなんだか少しうれしく感じられました。だって乱暴者の伊之助は、炭治郎たちのほかには、ずっと友達がいなかったのです。こんなふうに誰かを慰めたりするなんて、以前の伊之助からすれば考えられません。

「千寿郎さま、伊之助さまのおっしゃるとおりです。適材適所、あなたさまはきちんとご眷属としてのお役目を果たしておいでです」

「あれ、輝利哉くんどうしたの? お祝いは明日だよ?」
 外の雪で汚れを落とした一同と一緒に天幕に入ってきた女の子たちに、炭治郎はパチパチと目をまばたかせました。お館さまのお子さまたちです。いつもお社にいて、外に出ることはめったにありませんし、そういうときはいつだって柱さまの誰かが護衛をされるはずでした。けれども今日はお子さまたちだけのようです。
 みんな同じ着物を着て、同じ髪型をしていますが、輝利哉だけは本当は男の子です。いずれお館さまが天にお戻りになられたら、跡をついで森の守り神になる方でした。
 森の穢れを一身に背負って清めるお館さまは、誰よりも『災い』から狙われる存在でもありました。お世継ぎである輝利哉も同様です。そのため、お生まれになったときから輝利哉はずっと、女の子の格好をして過ごしているのだそうです。
「父上や柱さまたちのお祝いですから、私たちもなにかお手伝いがしたかったのです。仲間に入れてくださいますか?」
「もちろんです! いいよね、お兄ちゃん」
 ニッコリと笑う輝利哉に、神嫁さまたちやアオイは、なんとなし戸惑った顔をしましたが、禰豆子は大喜びです。炭治郎ももちろんとてもうれしくなりました。
「まだまだやることはいっぱいあるし、お手伝いしてもらえたら助かるよ。ありがとう、輝利哉くん、くいなさん、かなたさん」
 お祝いの花かんむりだって作らなければいけませんし、ケーキだって作るのです。贈り物だって作らなければいけません。人手はいくらあっても足りないぐらいです。
「でも、お館さまのお世継ぎに、下働きをさせるなんて……」
「そうですよぉ。怪我でもしたら大変!」
「いくら『災い』はいなくなったっていっても、魔族が現れないって確証もないしねぇ」
 お館さまのお子さまとなれば、眷属とはいえ玄弥やカナヲたちとは立場も違います。めったに表に出られないこともあり、神嫁さまたちは、失礼があっては一大事と緊張してしまっているようでした。
 いずれ日柱を襲名して柱の一員になることが決まっている炭治郎はともかく、ほかのみんなは神様の仲間ではあっても、あくまでも眷属。柱さまの弟君である千寿郎や玄弥も、いつかは柱を継ぐことになりますけれども、神嫁にはそもそも柱になる資格がありません。
 それに玄弥たちだって、柱さまがご結婚されてお子さまがお生まれになれば、お世継ぎではなくなります。禰豆子たちも同じこと。眷属に召し上げられた動物や精霊が柱になることはありますが、お世継ぎさまより序列は下なのです。柱を継ぐのはご直系のお子さまになるのが慣例でした。
「へんっ! 魔族がなんだってんだ。そんな奴が襲ってきたら、俺さまがやっつけてやんぜ!」
「おまえのその根拠のない闇雲な自信って、どっからくんの? っていうか、魔族って本当にいるんだっ!?」
 たちまち真っ青になった善逸は、すっかり怯えてガタガタ震えだしました。
「大丈夫です。無惨が消滅したことで、森をつけ狙う魔の者が逆に増えたとも言えますが、柱さまたちが見張ってくださっていますから」
「そうだな。兄貴も今だって哨戒態勢を解いてねぇんだ。兄貴がいれば魔族なんて絶対に入り込ませたりしねぇよ」
「兄上もです。兄上はけっして魔族たちを許しません。必ず森の動物たちを守り抜いてくださいますから、安心していいですよ、善逸さん」
 玄弥と千寿郎が誇らしげに言えば、カナヲやアオイたちだって黙っていません。
「蟲柱さまだって、森の動物が健やかに暮らせるよう、いつだって気配りしてくださってますからね。怯える必要なんてありません」
「そうですよっ。蟲柱さまはあんなにおやさしいのに、とっても強いんですから、魔族なんてへっちゃらですっ」
「病気や怪我をした動物たちの治療もしてくださって、蟲柱さまはとても立派な柱さまなんですよ。魔族になんか負けません!」
「蟲柱さまのお薬があれば、怪我なんてすぐに治っちゃうんですから」
「しのぶ姉さんがいれば、大丈夫」
「音柱さまだってとぉっても強いんですからね! 魔族なんかちょちょいのちょいでやっつけちゃいます!」
「今日だってお館さまのお社の警護をしてらっしゃるんだ。魔族なんか一匹たりと近づかせたりしないよ」
「音柱さまの耳の良さは、善逸くんだって知ってるでしょう? 誰よりも早く危険に気づかれるから大丈夫よ」
 ワッと言い募られてタジタジになっている善逸に、さらに神嫁さまたちまで加わったものだから、すっかり天幕のなかは大騒ぎになってしまいました。みんな自分が仕える柱さまが大好きなのです。口の悪い小鉄さえもが、「ぼんやりしてるけど霞柱さまは天才ですからね。気遣いをもうちょっと覚えてほしいですけど」なんて言い出して、善逸はもう怯えるどころではないようでした。女の子たちに囲まれて、「うんうん、そうだねぇ」とすっかりやに下がっています。
 と、フフフと楽しげな笑い声がしました。見れば輝利哉たちがクスクスと笑っています。
「はい。柱さまたちがいれば大丈夫。だからこそ、私たちもお祝いをさせてほしいのです。いつでも私たちの社を守ってもらっているんですから」
「俺も、義勇さんがいつも動物たちのために頑張ってるのを知ってる。ほかの柱さまたちだってそうだ。今日もみんな森を守ってくださってるんだ。俺たちも頑張ってお礼とお祝いをしなくっちゃ!」
 大好きな義勇が生まれた日は、明日。ほかの柱さまたちのお祝いも一緒にではありますが、それでも炭治郎にとっては、なによりも大切な日です。炭治郎はもう、誕生日をお祝いする意味をちゃんと知っているのです。
「おぅっ! そのためにはまず飯を食わねぇとな! 腹が減っては戦ができぬだ!」
「おまえ、この流れでそこっ? まず飯なのかよ、この食いしん坊がっ」
「うっせぇ! 腹ペコじゃなんにもできねぇだろうが!」
 善逸と伊之助のいつもながらの言い合いに、みんなも顔を見合わせ笑顔になりました。明るい笑い声は天幕のなかいっぱいにひびいて、誰もかれも幸せそうです。明日になったら、きっと今よりもずっと、大きな天幕は幸せな笑い声で満ちることでしょう。
「よぉし、それじゃご飯を食べたら準備再開だ。みんな、頑張ろう!」
 おぉー! と声を揃えて笑うみんなに、炭治郎の小さな胸も、幸せと義勇への大好きな気持ちではち切れそうになっていました。

 天幕組はテーブルクロスや食器づくり、炭治郎たち料理組はケーキ作りに取り掛かります。輝利哉とかなたは炭治郎たちと一緒に恋柱さまのお社に、くいなだけは天幕に残りました。
「くいなは虫もへっちゃらですから。それにがんばり屋さんなのです。お裁縫が苦手だからこそテーブルクロスに挑戦すると張り切っていました」
「姉さまたちは、母上のお手伝いで天界にお出でになってるから、僕たちが姉さまたちのぶんも頑張らなくっちゃいけないんです」
 かなたが卵を割りながらなんだかうれしそうに言うのに、輝利哉もいちごのヘタを取りつつうなずきます。みんなでワイワイと楽しく料理するうちに、輝利哉の言葉遣いも自然と本来の男の子に戻っていました。
「そっかぁ。あまねさまは穢れを背負ったお館さまの代わりに、天界に行くご用が多いもんな。輝利哉くんたちも寂しいね」
 お館さまのお世継ぎである輝利哉には、みんなついつい畏まってしまうのですが、炭治郎と伊之助だけは、最初からほかのみんなに対するのと変わりません。炭治郎は、輝利哉が特別な方だというのはちゃんと理解していますが、みんなに平伏されるたび、輝利哉たちからちょっぴり寂しい匂いがするのに気がついたので。同じ子供なのに、特別扱いではそりゃ寂しかろうと、普通に接しておくれと言われるのに素直に従って、善逸たちに対するのと変わりなく話しかけるのです。
 伊之助の場合は、善逸いわくなんにも考えていないだけ、らしいですが。
 そう言う善逸は、まだまだ及び腰になっていますが、禰豆子はすっかり打ち解けて、くいなたちとも大の仲良しです。誰とでも仲良くなれる禰豆子は、炭治郎にとってはやっぱり自慢の妹でした。
「母上も、柱さまたちや父上のお祝いをすると聞いて、とても喜んでくださってました。お戻りになれないのが残念ですけど、お祝いが成功するようお祈りしてくださるとおっしゃってました」
「姉さまたちもです。誰も怪我をしたりせずにつつがなくお祝いできるよう、母上のご加護が強まるよう祈ってくださるそうです」
 さつまいもを切っていた千寿郎も、桜餅を作っていたアオイも、その言葉に顔を輝かせました。
「あまねさまのご加護をいただけるなら、大成功間違いなしですね」
「なんだか恐れ多いぐらい。絶対に柱さまたちに喜んでもらわなくっちゃ」
「喜んでくれるよっ。アオイちゃんや千寿郎くんたちの大好きって気持ちが、こんなにこもってるんだもん。恋柱さまや蛇柱さまも喜んでくださるといいなぁ」
 禰豆子もうどん粉をこねながら、ニコニコと笑っています。
 柱さま全員のお祝いですから、みなさまの好物もテーブルには並べるつもりです。さつまいもがお好きな炎柱さまには、さつまいものモンブラン。恋柱さまのお好きな桜餅に風柱さまの好物のおはぎ。とろろ昆布好きな蛇柱さまにはとろろ昆布いりのうどんと、料理はどんどん増えていきました。
「むぅぅ、音柱さまの好物を手作りできないのが残念です。フグぐらいちゃちゃっとさばいちゃえばいいのにぃ」
「おバカッ。フグには毒があるでしょ!」
「えぇー、音柱さまならフグ毒くらいなんてことないですよぅ」
「……ほかの柱さまたちだって召し上がるでしょ。炭治郎くんたちが買ってきてくれたんだから、いいじゃない。毒ぐらいほかの方だって大丈夫かもしれないけど、伊之助くんたちだって絶対に食べるわよ? 危ないものを出すわけにはいかないんだから、諦めなさい」
 神嫁さまたちの旦那さまである音柱さまは、フグという毒のある魚のお刺身が大好きだそうで、なにその高級志向っぷり! 色男金と力はなかりけりじゃないのかよっ、と善逸がぷりぷりとしていたのは、ともかく。そんな善逸だって、お刺身を吟味する目は真剣でしたから、音柱さまをお祝いする気持ちはみんなと変わらないのでしょう。
 炭治郎はもちろん、義勇のために鮭大根を作りました。ご飯はいつも義勇が用意してくれますが、炭治郎が鮭大根を作るととても喜んでくれるのです。
「水柱さまの鮭大根もおいしくできたね、お兄ちゃん」
「うん。でも、ちょっと心配だなぁ」
 我知らずつぶやいた炭治郎は、禰豆子たちがキョトンと首をかしげているのに気づいて、思わず顔を真っ赤に染めました。
「あ、あのっ、鮭大根を食べるときの義勇さんって、とってもきれいに笑ってくれるんだ。……みんなもきっと、好きになっちゃうぐらい」
 恥ずかしくて、生クリームを泡立てる手がなんだかちょっと乱暴になってしまいます。
 炭治郎が大人になったら義勇のご伴侶さまになることを知っているみんなが、どことなく微笑ましげに見つめてくるのが、なんともいたたまれなくてたまりません。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。誰に好かれても、洋服屋さんが一番大好きなのはお兄ちゃんだけだから」
「水柱さまが、炭治郎さんのことを本当に心から慈しんでらっしゃるのは、私たちも知ってますから大丈夫ですよ」
「そうですよぉ。それに、どんなに水柱さまがおきれいでも、音柱さまにはおよばないですしねっ」
「義勇さんだってすっごくきれいなんです! みんなの前ではあんまり笑わないけど、泉みたいな青い目がキラキラ光って、とぉってもきれいなんですよ?」
 須磨に思わず食ってかかってしまったのに気づいて、炭治郎はちょっと慌ててしまいました。なんだかとっても恥ずかしいことをしてしまった気がします。
 義勇がきれいなのは本当ですが、音柱さまだってたいへん整った顔立ちの、格好いい柱さまです。張り合うような真似をするなんて、失礼ではないでしょうか。
 だって炭治郎は、いつか義勇のご伴侶さまになるのです。だからこそ、義勇の眷属として神様修業をしているというのに、ちっとも身についてないじゃないかと炭治郎は思わず首をすくめました。
 炭治郎がみっともないことをすれば、義勇だって恥をかいてしまいます。ちゃんとしなくちゃいけないのに、失敗しちゃったとしょんぼりした炭治郎でしたが、須磨はちっとも気にしてないようでした。
「炭治郎くんも水柱さまのことが大好きなんですねぇ。私も音柱さまが大好きだから一緒ですねっ!」
「みんなそうだよ。自分が仕える柱さまが誰だって一番さ。ま、水柱さまが笑う顔なんて、想像もできないけど」
「冷静な方ですもんね。きっと炭治郎くんにだけお見せするお顔があるのね」
「僕たちだって水柱さまの笑顔は見たことがないよ。炭治郎がご伴侶になるって聞いて、父上も母上も、やっと幸せになる勇気が持てたんだねと喜ばれていたぐらいだから、ほかの柱さまたちだって水柱さまに笑ってもらった人はいないんじゃないかな」
 みんなに言われて、炭治郎はますます恥ずかしくもなりましたが、それ以上に、ふつふつとうれしさも湧いてきました。義勇の寂しくて悲しい気持ちが、炭治郎と一緒にいることで消えていって、やさしくて温かな笑顔を見せてくれるなら、炭治郎にとってはこれ以上にうれしいことはないのです。
 炭治郎はほっぺを指でかき、エヘヘと照れ笑いしてしまいました。
「うん、義勇さんに一番大好きでいてもらえるように、神様修業も頑張るよ! 義勇さんにはいつだって幸せでいてほしいから」
「はい。私も兄上には幸せでいてほしいです。兄上に恥をかかせぬよう、私も頑張ります。一緒に頑張りましょう、炭治郎さん」
 大好きの気持ちが溢れた台所には、甘い匂いとやさしい笑顔だけがありました。