手袋を買いに行ったら番外編 ~大好きが生まれた日~ 1

 キメツの森の木々は、まだ真白な雪帽子をかぶっています。人の暦で言うなら如月のはじめ。吐く息もまだまだ白い毎日でした。
 季節はともかく、暦というのは炭治郎にはピンときません。もちろん、新しい年がくる日などは、キメツの森の動物たちにとっても特別です。森を守ってくださるお館様へ、新年のご挨拶をしに行かなければいけませんから。
 けれどもほかの日は、いつもと同じ。春が来て夏になり、秋が訪れ冬になる。その繰り返しです。人間の世界では一年はそれぞれ日にちが決まっていて、七つの曜日ごとに人は働いたりするのだそうです。町での暮らしがそれなりに長い善逸が教えてくれました。

「あといくつ寝たらっていうのは数えたりしますけど、曜日っていうのはよくわからないですね」
「そうだね。森ではあまり関係ないかな。でも、神様の仲間入りをしたからには、人の営みについて知るのも大事なことだよ」

 やわらかくて気持ちのいいお声でおっしゃるお館さまに、炭治郎たちは神妙にうなずきました。伊之助だけは、いつもどおりふんぞり返っていましたけれど。
 キメツの森を滅ぼそうとしていた『災い』の首魁、鬼舞辻無惨を斃してから、もういくつの夜と朝が過ぎたでしょう。そのあいだに、天狐の血を引く炭治郎だけでなく、禰豆子たちもそれぞれ柱の眷属になり、神様の仲間入りをしました。とはいえ、まだまだ神様としてはひよっこです。だから、ときどきこうしてお館さまのお社に招かれて、神様として必要なことを教えていただいているのです。
「柱たちはキメツの森の動物たちを守るためにいるけれど、それでも人の願いというのは大事なものだ。人々の感謝と祈りがなければ、私が神としてあることもできなくなるのだからね」
「めんどくせぇなぁ。人なんてどうでもいいのによ。それよりもっとこう、バァッと岩を壊せたりする魔法とか教えろよ」
「おまえ、お館さまになに言っちゃってんのぉっ!? すすすすみませぇぇん! こいつ、本当に馬鹿なんですぅ! 俺はちゃんと聞いてますから!」
 伊之助や善逸も、柱さまの眷属になりましたが、以前とちっとも変わりません。伊之助は自由気ままですし、善逸は臆病でちゃっかり屋さんなままです。
「そうだぞ、伊之助。大切なお話をしてくださってるんだ。真面目に聞かないか」
「そうよ、ちゃんとしないと、炎柱さまにも恥をかかせちゃう」
 炭治郎と禰豆子にまで叱られ、伊之助はむぅっと頬をふくらませました。
 眷属になり神様として敬われるようになっても、四人は相変わらずです。お館さまはそんなみんなをニコニコと微笑み見ておりました。
 盲た目でもお館さまには、炭治郎たちの様子が、ちゃんと伝わっているようです。
「あぁ、ホラ。耳を澄ませてごらん。社に人が祈りを捧げにきたようだよ」
 お館さまに言われ口をつぐんだみんなの耳に、人が祈る声が聞こえてきました。

『お母さんのお誕生日に、お花が咲きますように』
『誕生日までに妻が退院して、この子と過ごせますように』

 小さな女の子の声でした。もうひとりはお父さんでしょうか。とっても一所懸命な声です。
「お誕生日?」
「聞こえたのはそれだけかな?」
 首をかしげた炭治郎に、お館さまがやさしく聞きました。
「えっと……あ! 聞こえたっていうか、匂いがしました。花の匂いと、大好きの匂い!」
「うん。お母さん大好きって、私にも聞こえました」
「お母さんが退院して、一緒に植えた花を誕生日に見られますようにってお願いだったよね、禰豆子ちゃんっ」
「そんなこと言ってたかぁ?」
「おまえなぁ、もうちょっと修行がんばれよ。炎柱さまに見放されたらどうすんだよっ」
 首をひねる伊之助に、善逸は呆れ顔ですし、炭治郎もちょっぴり苦笑してしまいましたが、お館さまはやっぱりニコニコとしていました。
「お母さん、病気なのかな。元気になって一緒にお花が見られるといいね。でも、お誕生日ってなんなのかな」
「俺もわかんないや。でも、あんなに一所懸命お祈りしてたし、早く元気になってほしいな」
 禰豆子と顔を見合わせた炭治郎を、善逸がびっくりした目を向けてきます。なにかおかしなことを言ったでしょうか。そろってキョトンと首をかしげた炭治郎と禰豆子に、答えてくれたのはお館さまでした。
「森では日付を気にすることがないし、誕生日を祝う子もいないからね。誕生日というのは、生まれた日のことだ。人は誕生日がくるごとに、生まれてきたことと一つ年をとったことをお祝いするんだよ」
「生まれた日を覚えているんですか? 俺は夏に生まれたことと、禰豆子が冬に生まれたことしか知らないです」
「そうだね。たいがいの動物たちはそうだと思うよ。人のように暦に縛られて生きているわけではないからね」
「俺見たよ! 誕生日には、人はケーキっていう甘いお菓子やごちそうを食べるんだぜ。誕生日の人に贈り物をしてさ、おめでとうってみんな笑ってるんだ」
 町で生まれたネズミの善逸は、なんだかとっても懐かしそうに笑って言いました。どうやらお誕生日というのは、人にとってはとっても素敵な日のようです。
「なんでおめでとうなんだ? いっこ年とるんだろ? ジジイやババアになってくのがそんなにうれしいかぁ?」
「そりゃ、おまえ……俺もよくわかんないけどさぁ。でもきっと、すごく幸せな日なんだって」
 ちょっぴり自信なさげな善逸に、お館さまはやさしくうなずきました。
「そうだね。私たち神にとっては、一年なんてまばたきするほどの短さだ。年をとることに意味を見出すのはむずかしいかもしれないね。けれど人はそうじゃない。一年ごとに誕生日を祝えるのは、とても素敵で幸せなことなのだと思うよ」
 生まれてきてくれたことを喜んで、一年ごとにまたその日が来たことを感謝する。そんな素敵な日なのだとお館さまはおっしゃいます。
「よくわかんねぇな。けど、ごちそうが食えるなら、俺も誕生日してぇ!」
「うーん、俺もみんなの生まれた日をお祝いしたいけど、生まれた日なんて誰も覚えてないからなぁ」
 暦なんて関係ない毎日を送っていますから、炭治郎はもちろん、禰豆子たちだって自分の誕生日なんて知りません。
「わかるよ。森で生まれた子たちの誕生日は、全部私が覚えているからね」
「えっ!? 森の動物たち全員ですか!?」
 キメツの森はとっても広いのです。動物たちだって数え切れないぐらいいます。驚く炭治郎たちに、お館さまはこともなげに笑ってうなずきました。さすがは森を統べる大神です。人までもがお祈りに来るだけはあると、炭治郎たちは感心しきりでした。
「俺さまの誕生日ってやつもわかんのかっ?」
「おまえ、言い方! あ、でも俺は町生まれだから……」
「大丈夫。善逸は、まだ少し暑さの残る秋に生まれたんだね。長月の三日。炭治郎は文月の十四日で、禰豆子は師走の二十八日。伊之助は春だね。卯月の二十二日だ。四人で季節を一巡りだね」
 わっと盛り上がった四人に、お館さまはどこかうれしそうにニコニコとしています。
「あの、お館さま。えっと、義勇さんのお誕生日はいつですか? 柱さまたちにもお誕生日があるなら、お祝いがしたいです!」
 もともとはただの動物だった炭治郎たちと違って、水柱である義勇は最初から神様の眷属です。先代水柱さまの弟君だったのですから、炭治郎とは違います。神様にもお誕生日というのはあるのでしょうか。
「もちろん、柱たちの誕生日も覚えているよ。神とはいえ、この世に生まれいでた日というのはあるからね。義勇は如月……あぁ、もうすぐだよ。八日だから、あと三日で義勇の誕生日だ」
「三日!? そんなすぐなんですか!?」
 お祝いをしたいと思ったのはいいけれども、大変です。あと三日では時間が全然足りません。
「恋柱さまや蛇柱さまのお祝いもしたいなぁ。だっていつもとってもお世話になっているんだもん」
「えぇ~、それじゃ俺も筋肉だるま……じゃなくて、音柱さまのお祝いしたほうがいいかな」
「俺さまはギョロギョロ目ン玉のか? あ、へニョへニョ眉毛のやつも祝ってやらなきゃ駄目だな。なにしろ俺さまは親分だからな!」
「炎柱さまと弟君のことをそんな呼び方するの、おまえだけだよ……。伊之助、おまえ本当にいつか炎柱さまに愛想つかされるぞ。知らないぞぉ、面倒みきれんって言われたらどうすんだよ」
「へんっ、あいつがそんなこと言うもんか。いつも元気でよろしい! って言われてっからな!」
 胸を張る伊之助を、善逸はとても疑り深い目で見ていましたけれども、それはともかく。
「よし! それじゃ義勇さんのお誕生日に柱さまを全員お招きして、一緒に今までのぶんのお祝いをさせてもらおう! お館さまも来てくださいますか? お館さまのお誕生日も一緒にお祝いします!」
 あと三日しかありませんが、炭治郎は精一杯お祝いしようと、張り切って聞きました。
「おやおや、私のことも祝ってくれるのかい? それは楽しみだね」
 お館さまが楽しそうに笑ってくださったので、炭治郎たちは顔を見合わせ、やっぱり笑顔でうなずきました。
 さぁ、大忙しです。なにせ、あと二回眠ったら水柱さまのお誕生日が来てしまうのですから。

 お館さまのお社を辞去したあとも、炭治郎たちの興奮はおさまりませんでした。だって誕生日を祝うなんて初めてなのです。おまけに柱さまたち全員だけでなく、お館さまだってお祝いするのですから、ごちそうも贈り物もいっぱい用意しなければいけません。
「お兄ちゃん、お誕生日のごちそうって、なにを準備すればいいのかな」
「ケーキっていうお菓子もわからないしなぁ。善逸、作り方わかるか?」
「わかるわけないじゃん。俺がお祝いしてもらったわけじゃないんだからさぁ。あ! ケーキだけじゃ駄目だぞ、ほかにもごちそう作んなくっちゃ。部屋にいっぱい飾り付けしたりもしてた!」
「誰もわかんねぇなら、誕生日できねぇじゃねぇか!」
 うーん、と、みんなで頭を悩ませましたが、お誕生日のお祝いなんて、誰もよく知りません。
「あっ、そうだ! 恋柱さまならいっぱいお菓子の作り方を知ってらっしゃるから、もしかしたら教えてもらえるかも!」
 恋柱さまの眷属になった禰豆子が言うのだから、間違いないでしょう。それがいいと、炭治郎たちも喜び勇んでうなずきました。
 さっそくゾロゾロと恋柱さまのお社へと向かいます。恋柱さまはご結婚されて蛇柱さまとお暮らしになっていますが、神様としてのお社は以前と変わらず森の奥の温泉にありました。まだまだ寒い日が続いていますから、今日もきっと温泉は森の動物たちで大賑わいなことでしょう。恋柱さまもいらっしゃるに違いありません。
 温泉に着くと、すぐに恋柱さまが出迎えてくださいました。
「おかえりなさい、禰豆子ちゃん! 炭治郎くんたちも一緒なんてうれしいわっ。今日もみんな仲良しね、キュンキュンしちゃう!」
 ウフフと笑う恋柱さまは、今日もとってもやさしい笑顔です。
「恋柱さま、ケーキっていうお菓子の作り方はわかりますか? 俺たちでも作れるでしょうか」
「ケーキ? もちろん! 食べたいなら私が作ってあげましょうか? 私も食べたくなっちゃったし」
「あの、俺たちで作りたいんです。義勇さんのお誕生日と一緒に、柱さまたち全員のお誕生日をお祝いしたいので。恋柱さまも来てくださいますか?」
 炭治郎が慌てて言うと、恋柱さまは頬を真っ赤に染めて、とってもうれしそうに大喜びしてくれました。
 柱さま全員やお館さまもお呼びするのですから、ケーキもたくさん作らなくてはいけません。ケーキだけでは足りないだろうからと、クッキーやドーナツ、風柱さまの好物のおはぎだって作ることになりました。
「俺たちだけじゃ間に合わないかも。部屋の飾りつけだってしなくちゃいけないんだろう?」
「そうだね。恋柱さまに作り方は教わったけど、一緒に作るんじゃお祝いにならないから断っちゃったし」
「楽しみにしてるって言われちゃったもんなぁ。頑張らないと。恋柱さま、今日もいい匂いしてたな~、蛇柱さまがうらやましいっ!」
「ヘニャヘニャ眉毛なら、料理得意だぞ。あいつにも声かけようぜ!」
 伊之助の言葉に、炭治郎たちは顔を輝かせました。
「それじゃ、玄弥も誘ってみようか!」
「カナヲちゃんたちも手伝ってくれるんじゃないかな」
「そしたら、筋肉だるまのおっさんのお嫁さんたちにも、お願いしてみる! みんなお祝いだって言ったら手伝ってくれそうだし」
 柱さまたちの眷属とも、炭治郎たちはすっかり仲良しです。きっとみんな手伝ってくれるでしょう。
 そうと決まればと、さっそく炭治郎たちは、大急ぎで柱さまたちのお社に向かうことにしました。ケーキやお菓子の材料だって集めなくてはいけません。とっても長い時間を生きる神様の一員になったとはいえ、今回ばかりは時間がまったく足りないかもしれないのです。だって、義勇のお誕生日はあと二回眠ったらきてしまいます。今日と明日で準備を全部しなくちゃいけないのですから。

 大慌てで一行がまず向かったのは、一番遠い風柱さまのお社です。風柱さまの眷属は、玄弥という大柄な男の子です。玄弥は大きな鳥になれるので、材料集めの力になってくれることでしょう。
 切り立った崖の上から、炭治郎たちは大きな声で玄弥を呼びました。すぐに強い風が吹いて、真っ黒で大きな鳥が炭治郎たちの頭上をくるりと飛ぶなり、静かに舞い降りてきます。
「玄弥、久しぶり! 元気だった?」
「よぉ、全員揃ってどうした?」
 鳥からツンと逆だった髪の少年の姿になった玄弥に、炭治郎たちがお誕生日のお祝いのことを話すと、玄弥はちょっとビックリした顔をしましたが、すぐに笑ってうなずいてくれました。
「兄貴の誕生日なんて俺も祝ったことがねぇや。兄貴が生まれたから俺もいるんだしな、手伝ってやるよ」
 快く笑ってくれた玄弥の手を、禰豆子がありがとう! と握ると、玄弥の顔がたちまち真っ赤になりました。玄弥は女の子に対してはとっても恥ずかしがり屋なのです。
「おいぃ! いつまで禰豆子ちゃんの手を握ってんだ!」
「手を握ったのは禰豆子のほうだぞ、善逸」
 ヤキモチ焼きな善逸はプンプンとむくれましたが、禰豆子はキョトンとしています。炭治郎と玄弥はちょっぴり苦笑してしまいました。
 善逸はすっかりおかんむりです。けれども喧嘩をしている時間なんてありません。ころは如月、まだまだ雪化粧されたキメツの森で、ごちそうの材料だって集めなくてはいけないのですから。
 ケーキやほかのお菓子を作るために、玄弥は牛さんたちのところへ行って、牛乳を分けてもらってくると約束してくれました。お菓子は恋柱さまのお社にある台所をお借りして作ることになっています。ほかの材料も見つければ持っていってやるよと玄弥が言ってくれたので、炭治郎たちも、それじゃあまた恋柱さまのところでと鳥になって飛び立った玄弥に手を振って、すぐに次の場所に向かいました。

 次に向かったのは、霞柱さまのお社です。霞柱さまのお社は、大きな川の向こう岸にあります。
 炭治郎たちが川に着くと、すぐに妙なお面をかぶった眷属の男の子が現れました。
「あれ? みなさん、お揃いでどうしたんですか? 霞柱さまのところへの舟がご入用で?」
「小鉄くん、久しぶり! いや、今日は小鉄くんにお願いがあってきたんだ」
 炭治郎がお誕生日のことを話すと、小鉄は玄弥よりもビックリしたようでした。とはいっても、お面のせいでどんな顔をしているのかはわかりませんでしたが。
「霞柱さまのお誕生日を祝うのはいいですけど、俺は料理なんてできませんよ?」
「でも小鉄くんは手先が器用で、いろんなものが作れるだろう? 柱さまやお館さまをお招きできる部屋がないから、おっきな天幕とか作れないかな」
 炭治郎が言うと、小鉄はなるほどとうなずいてくれました。
「わかりました。お安い御用です。霞柱さまの霞を使えば寒さも防げますからね。任せてください」
 どんと胸をたたいて言ってくれた小鉄にお礼を言って、炭治郎たちはすぐにまた、次の場所へと向かいました。今度は蟲柱さまのお社があるお花畑に行くのです。蟲柱さまの眷属の子たちは女の子ばかりで、とくにアオイという女の子はお料理上手ですから、きっとケーキを作るのだって手伝ってくれることでしょう。

 蟲柱さまのお社があるお花畑は、冬でも様々な花が咲き乱れています。炭治郎たちが花畑に着くと、すぐに眷属のカナヲがひらひらと飛んできました。カナヲは蝶々になれるのです。
「どうしたの、炭治郎。お館さまのところでお勉強じゃないの?」
「今日もいろいろ教わったよ! 今日は、お誕生日って日のことを教えてもらったんだ。それでね」
 カナヲにお祝いのことを話していると、ほかの眷属の子たちも何事かと集まってきました。
「なるほど。私たちも蟲柱さまのお祝いができるなら、お手伝いしましょう。手伝うのは料理だけ?」
 アオイが言うと、善逸が勢い込んで手を上げました。
「お花! お祝いする天幕に花を飾ろう! お誕生日には、人は部屋をきれいに飾り付けたりするんだ。折り紙とかいうきれいな紙を使ったりしてたけど、そんなのないだろ? だから代わりに花をいっぱい飾ればいいんじゃないかなっ。ね、禰豆子ちゃん、どうかなぁ?」
「うん、素敵! あ、柱さまたちとお館さまに花かんむりも作ったら、もっとお祝いの気持ちが伝わるかな。だって、贈り物を用意するのはちょっと無理でしょう?」
 禰豆子の言うことももっともです。天幕を用意してごちそうを作るだけでも、今日と明日しか時間はないのですから。
「それじゃあ、私たちがお花をいっぱい用意しますね!」
「私も花かんむり作るね」
 すみ、きよ、なほという小さな女の子たちも、カナヲも、にっこりと笑って賛成してくれました。
 アオイは先に恋柱さまのお社へ。カナヲたちはお花をつんで、天幕を張る広場へと向かうことになりました。炭治郎たちは次の場所に行かなければなりませんから、ひとまずお別れです。

 さて、神様になってずいぶん足が早くなった炭治郎たちですが、それでも広い広いキメツの森を駆け回るのは大変です。お館さまのお社を出てから、ずいぶんと時間が経ってしまいました。お腹だってペコペコです。
「おいっ、今日はもう終わろうぜ。腹減った!」
「時間がないんだ。もうちょっと我慢してくれよ、伊之助」
 お腹が空くと怒りっぽくなる伊之助をどうにかなだめて、みんなが向かったのは炎柱さまのお社です。伊之助は、炎柱さまの眷属になっていますから、小さな祠の付近は庭みたいなものです。
 炎柱さまの祠の周りは、今日も明々と篝火が焚かれていました。
「おかえりなさい、伊之助さん。炭治郎さんたちも、こんにちは。お久しぶりです」
 ひょこっとホウキを手に現れた炎柱さまの弟君である千寿郎に、伊之助は、ただいまよりも先に「腹減った!」と大きな声で言いました。千寿郎は、ちょっぴり困ったように眉を下げつつもニコリと笑って、ちょっと待っててくださいねと祠のなかに入っていこうとします。
「あぁっ、待って、千寿郎くん! 頼みがあるんだ!」
「え? 私にですか?」
 キョトンとする千寿郎に、炭治郎がお祝いのことを話すと、千寿郎はうれしそうに頬をほわりと染めて、喜んでとうなずいてくれました。
「それじゃさっそく、私も恋柱さまのところにお邪魔することにします。でも、その前におやつを召し上がっていきませんか? 伊之助さんが限界みたいですし」
 クスッと笑って千寿郎が言うと、たちまち伊之助は顔を輝かせました。千寿郎はとってもお料理上手なのです。炎柱さまには内緒でと炭治郎がコソコソと耳打ちするのにも、千寿郎はうれしげに笑ってくれました。
「はい。兄には内緒ですね。私も兄のお誕生日をお祝いできるなんて楽しみです」
 千寿郎にとって炎柱さまは、自慢の兄上なのでしょう。人見知りであまり動物たちの前には現れない千寿郎ですが、炭治郎たちと仲良くなってからというもの、ちょっとずつ悪戯っ子な面を覗かせるようになってきたようです。兄上を驚かせられるなんて楽しみですと、ニコニコ笑って出してくれたさつまいものお菓子は、とっても甘くてほこほことしていました。
 お腹いっぱいにおやつをごちそうになって、炭治郎たちはまた元気に出発しました。
 さて、最後に向かうのは音柱さまのお住まいである岩山の洞窟です。善逸が眷属になった音柱さまには、神嫁である女の人が三人もいらっしゃいます。だからいつも善逸は、三人も美人の嫁さんがいるなんてズルいと騒ぐのです。

 巨大な岩山にある洞窟は、最初にお使いできたときには入り口がわからなかったものですが、今では善逸の住処でもあるので、隠されることなくポッカリと口を開けていました。
 音柱さまは善逸よりもずっと耳がいいので、内緒にするのはちょっぴりむずかしいかもしれません。どうやって神嫁様たちにだけお話しようか、コソコソと相談していると、唐突に女の人の声がしました。
「なにをコソコソとしてんだい。善逸、帰ってきたならすぐに挨拶しなよ」
「そうですよぉ。ちゃんとご挨拶できない子のおやつは、お姉さんが食べちゃいますよっ」
「なに言ってるの。こんにちは、炭治郎くん。禰豆子ちゃんたちも久しぶりね。いらっしゃい、音柱さまになにかご用?」
 神嫁様たちが音もなく現れ、炭治郎たちのすぐ近くに立っていました。
 炭治郎たちは大慌てです。シーッ、シーッと、身振り手振りで静かにしてと伝えると、神嫁様たちは揃って顔を見合わせました。
 内緒なの? と、雛鶴が声には出さずに唇だけで言うのに、急いでブンブンと首を振った炭治郎たちは、こっちこっちと手招きしながらトトトッと走り出しました。
 神嫁様たちは不思議そうに首をかしげましたが、一番明るくてちょっぴりドジっ子な須磨が、すぐに追いかけてきてくれました。どうして炭治郎たちが音柱さまに内緒にしたがっているのかは、きっとわかってないでしょうが、須磨はいつでも、まだまだ子供な炭治郎たちと同じ目線で遊んでくれるのです。もしかしたら、鬼ごっことでも思っているのかもしれません。
 須磨に続いて、呆れた顔をしたまきをも、苦笑した雛鶴も、すぐに炭治郎たちを追いかけてきてくれました。どんどん走って、さてここまでくれば音柱さまのお耳にも入るまいと、ようやく炭治郎たちは足を止めました。
「禰豆子ちゃん、つかまえたぁ!」
「鬼ごっこしてんじゃないでしょ! あんたはもうっ」
「あーっ! 痛いですぅ、まきをさん、髪引っ張らないでぇ!」
「もう……二人とも静かにしてよ。炭治郎くんたちが話せないでしょう」
 雛鶴も須磨とまきをのやり取りに困り顔ですが、須磨に抱っこされた禰豆子も、どうしたものかと目を白黒させてしまっていました。
「ちょ、静かにしてくださいってばっ。そんなに大きな声出したら筋肉だるま、じゃなかった。音柱さまに聞こえちゃうかもしれないじゃないですかっ」
「聞かれたらまずい話なの?」
 慌てる善逸に、雛鶴がちょっと眉根を寄せて聞きます。神嫁様たちのなかでも雛鶴は、一番のしっかり者です。善逸とは三人ともすっかり仲良しで、本当の姉のように接してくれますし、炭治郎たちにもとってもやさしくしてくれますが、音柱さまに内緒というのが気になるようでした。
「内緒にして驚かせたいんです。あのですね」
 お誕生日のお祝いのことを炭治郎が話すと、まきをと雛鶴は驚いて顔を見合わせましたが、須磨はすぐさまパァッと顔を輝かせました。
「音柱さまのお誕生日のお祝い! いいですねぇ! やりましょ、やりましょ! なんでも手伝っちゃいますよぉ」
「あんたは、また……。でもまぁ、音柱さまが生まれてきてくださったことをお祝いするってのは、いいね」
「そうね。音柱さまやお館さまに感謝をお伝えする機会もなかなかないし、水柱さまのお誕生日なら、私たちもお祝いしなくちゃいけないでしょうしね」
 三人とも快くお手伝いをしてくれることになって、炭治郎たちもホッと一安心です。
「よぉし! みんなにもお手伝いしてもらえることになったし、いっぱいごちそうを作って、すごくきれいで楽しい天幕にもしよう! 義勇さんたちに喜んでもらえるよう頑張ろう!」
「おぉーっ!」
 炭治郎の掛け声に、みんな声を合わせて拳を突き上げます。お祝いされるのは義勇たちですが、なんだか炭治郎もとってもワクワクとしていました。
 お誕生日というのは、お祝いするほうもうれしくて幸せな日なのかもしれません。