手袋を買いに行ったら家族が増えました

 鬼舞辻討伐の記念式典は、炭治郎の回復を待って行われました。炭治郎こそが一番の功労者だし、長年現れなかった新しい神でもあるからお披露目もかねてと言われて、炭治郎はとっても恐縮してしまいました。
 正式な式典ということで、炭治郎たちは見たこともない綺麗な服を、蟲柱様の眷属の子たちに着せられました。伊之助は最後まで絶対に嫌だと文句を言っていたのですが、蟲柱様が笑顔のまま静かに怒るのを見て震えあがり、渋々おめかしされられたものですから、朝から不機嫌そのものです。
「くそっ、こんなもん着てたら動きにくいったらねぇぜっ」
「式典なのに裸でいいわけないだろ。いい機会だから、伊之助もちゃんと服を着るようにしろよ」
「冗談じゃねぇや。こんなビラビラしたもん着るのなんか、まっぴらごめんだぜ!」
「毎日正装しろとは言ってないっての。炭治郎も言ってやれよ」
「うーん、たしかにこれはちょっと、歩きにくそうだけど……」
 伊之助ほどではありませんが、動きにくい正装は、炭治郎にとっても窮屈です。ちょっと伊之助が気の毒にも思いましたが、裸でいる伊之助が心配なのも確かです。マフラーのおかげで風邪を引くことはないでしょうが、無惨討伐のときだって、裸ん坊の伊之助は禰豆子たちよりもいっぱい怪我をしていたのですから。
 ワイワイと騒がしくしていると、蟲柱様の眷属の子が、ひょっこりと顔を出しました。
「禰豆子さんの支度が済みましたよ」
 女の子の後ろから、少し恥ずかしそうに部屋に入ってきた禰豆子に、炭治郎たちはワッと歓声を上げました。
「うわぁ! 禰豆子ちゃん、すっごくきれい!」
「おぉ、子分その三、すげぇな!」
 不機嫌だった伊之助までぱっと顔を輝かせています。だってきれいな衣を着た禰豆子は、女神様みたいに綺麗で可愛らしかったのですから。
「お花みたいで、すごくきれいだ! 禰豆子、よかったなぁ」
「あのね、カナヲちゃんたちとお揃いなの。こんなきれいな服、初めてだからドキドキしちゃう」
 禰豆子は眷属の子たちとお揃いの衣や領巾ひれに、頬を染めて喜んでいました。髪には洋服屋さんの赤い組紐が結ばれています。
 炭治郎もとってもかわいいと思いましたが、善逸はもう大興奮で、禰豆子ちゃんきれい、かわいいと、ずっと禰豆子を褒め続けて、とうとう眷属の女の子たちに呆れられてしまったほどでした。

 お館様のお社まで、炭治郎たちは、お館様が寄越してくれた雲に乗って行くことになりました。
 伊之助は雲に乗れるとわかった途端、不機嫌だったことも忘れて大はしゃぎです。善逸はおっかなびっくりでしたけれども、禰豆子と手を繋いでいたら怖いのも忘れてしまったようで、ずっとニコニコしていました。
 さて、そんな三人と一緒に雲に乗った炭治郎はといえば。
「あの、義勇さん。重くないですか? 俺、もう一人でも歩けますよ?」
「病み上がりだ、無理はよくない。……嫌なら降ろすが」
「嫌じゃないです! えっと、あの……抱っこ嬉しいです……」
 そうなのです。蟲柱様のお屋敷まで迎えに来た義勇は、なにも言わずに炭治郎をヒョイと抱き上げて、ずっと抱っこしてくれているのです。
 義勇はいつもの洋服屋さんの姿でも、柱様の戦装束である羽織姿でもなく、束帯という炭治郎も着せられた服を着ていました。日の神の色だという赤を基調にした炭治郎の服とは異なり、白の単に瑠璃色の袍、水色の袴と、まるで海を思わせる装束です。
 いつもの戦装束の凛々しさとはまた違った麗しさに、炭治郎はドキドキしすぎて、真っ赤になってしまったほどでした。そんな炭治郎を見て、義勇は熱があるのではないかと心配したらしく、炭治郎をずっと抱いてくれていたのでした。
「決めたのか?」
「え? あ、お館様からいただくご褒美ですね! はい!」
「そうか。禰豆子は?」
 義勇が振り向き聞くと、禰豆子は善逸たちと顔を見合わせました。
「秘密!」
 声を揃えて言って、三人ともにんまりと悪戯っ子のように笑っています。
 炭治郎は義勇と一緒に小首をかしげてしまいました。今まで禰豆子は内緒と笑って答えてくれなかったのですが、善逸と伊之助は、禰豆子にあげる花嫁衣装と、天ぷら百人前と言っていたはずです。
 なんで秘密なんて言うのかな? 炭治郎が首をひねっていると、雲がお社の前へと下りていきました。

 義勇に抱きかかえられたままお社の階段を上ると、扉がゆっくりと開いて、初めて訪れた日よりももっと大きな広間がそこには広がっていました。
「さぁ、これで全員揃ったね、私のかわいい子供たち」
 穏やかな声が響いてお館様がお姿を現しました。ずらりと並んで座る柱様と一緒に、炭治郎も義勇に抱っこされたまま頭を下げます。
 本当は炭治郎も、みんなと同じようにきちんと座るべきなのでしょう。でも、義勇は降ろしてくれそうにありません。柱様たちもお館様もなにも言わないので、ちょっと恥ずかしいなと思いながら、炭治郎はキュッと義勇にしがみついていました。
「みなの奮闘により、とうとう宿望の鬼舞辻討伐を果たせた。心から礼を言うよ。君たちは私の誇りだ、ありがとう」
「もったいなくもありがたきお言葉、かたじけなく存じまする。非才なる我らが功は、諸事万端お館様のご威光に肖りましてのもの。奉謝致すは我ら柱一同にございまする」
 お館様のお言葉に応えて岩柱様が述べると、一斉に柱様たちがまた頭を下げました。炭治郎たちも慌てて右にならえです。
 雲に乗っていたときのワクワクとした気持ちなんて吹き飛んでしまったのか、善逸や禰豆子はカチンコチンに固まってしまっていますし、伊之助でさえ我が物顔ではいられないようでした。炭治郎だって同じことです。義勇に抱っこされているからまだ安心できるものの、どうしたらいいのかわからなくて、今度は緊張でドキドキしてたまりません。
 すると、お館様がクスクスと笑いだしました。
「炭治郎。禰豆子たちも、そんなにしゃちほこ張らなくてもいいんだよ? 今日は幼い者たちもいることだし、堅苦しくするのはやめておこう。討伐戦の功労者を困らせてはかわいそうだからね」
 やさしいお声で言われて炭治郎が思わず義勇を見上げると、義勇も小さくうなずいてくれました。それで炭治郎は心底ホッとできました。
「さて、もうみんな知っているだろうけれど、私たちキメツの森を護る神に、新たな仲間が増えることになった。義勇、炭治郎をここへ」
 お館様に促されて、義勇は炭治郎を抱っこしたままお館様の前に進み出ました。
 くるりと振り向き柱様たちに対面した義勇の腕のなかで、柱様たちの視線を一身に集めた炭治郎は、思わずまた義勇にすがるようにギュッと抱きついてしまいました。
 誰の前でも物怖じなんてしたことのない炭治郎ですが、今日ばかりは、お行儀よく礼儀正しくしなければならないのです。いくら義勇がついていてくれても、やっぱり緊張してしまいます。
 というよりも、義勇が一緒だからこそ、炭治郎はちゃんとしなきゃと思っていました。
 だって、今日から炭治郎は正式に神様の仲間入りをするのですし、大人になって柱修業を終えたなら、日柱を襲名して義勇のご伴侶様になるのですから。未来の伴侶である義勇に、恥をかかせるわけにはいきません。

 式典の日が決まる少し前、炭治郎は義勇から宝物のような約束をもらったのです。
 炭治郎が大きくなって神として独り立ちしたら、伴侶になってほしいと、義勇は言ってくれました。
 もちろん、炭治郎が断るわけがありません。

「炭治郎は日の神の血を受け継ぐ天狐の末裔だ。いずれかの柱の眷属となり修業を経たのちに、正式に日柱を襲名することになる。炭治郎を眷属に迎えたがる柱は多そうだけれど……炭治郎、どの柱のもとで修業したいかな?」
 お館様のお言葉が終わるや否や、大きな声を張り上げたのは炎柱様でした。
「お館様! 僭越ながら俺が炭治郎を眷属に迎えたいと思いますが、いかがでしょうか!」
「僕も炭治郎に眷属になってほしいな。ねぇ、炭治郎、僕のところにおいでよ」
 霞柱様にもお誘いされて、炭治郎は目を白黒させてしまいました。お二人ともとても炭治郎によくしてくださいますし、お話しするのも楽しい方です。けれどもまさか、眷属に迎えたいなんて仰ってくださるとは、思ってもみなかったのです。
 どうしようと困っていると、義勇の腕にぐっと力がこもりました。抱っこというよりも、抱きしめられていると言ってもいいぐらいに、義勇は炭治郎をしっかりと腕に抱え込んでいます。
 義勇の表情は変わらず無表情なのですが、その腕の強さが嬉しくて、炭治郎は思わずおでこをすりすりと義勇の胸にこすりつけました。
「おやおや、炭治郎はずいぶんと気に入られているようだね。炭治郎、どうする? 炎柱と霞柱の二人から選ぶかい?」
「いいえ、お館様。俺が眷属になりたい人は決まってますから。炎柱様と霞柱様、ありがとうございます! でも、ごめんなさい。俺は義勇さんの眷属になって、日柱になったら義勇さんのご伴侶様になります!」
 にっこり笑って元気に言った炭治郎に、義勇は少し驚いた顔をしましたが、炭治郎と目が合うと小さく微笑んでくれました。
 それを見ていたお館様は楽しげに笑って、炎柱様と霞柱様に向かって言いました。
「いずれ水柱に輿入れするなら、炭治郎は水柱のもとにいたほうがよさそうだ。残念だろうが、眷属ではなく友人として、炭治郎と仲良くしてあげてくれるかな?」
 お二人も炭治郎の答えはわかっていたのでしょう。笑ってうなずいてくださいました。
「うむ、残念だがしかたがない! だが、冨岡のもとでなにか困ることがあれば、いつでも頼ってくれ!」
「お館様が仰るならしょうがないね。炭治郎、冨岡さんと一緒でつまらなかったら、いっぱい遊びに来なよ。いつでも歓迎するから」
「はいっ! ありがとうございます!」
 元気よく答えた炭治郎に、義勇はちょっぴり眉を下げてなんとも言えない顔をしましたが、炭治郎がいずれ義勇の伴侶になることは、柱様たちにも受け入れられたようです。蟲柱様や恋柱様はニコニコとしていますし、音柱様も楽しげです。岩柱様は泣きながら何度もうなずいていました。
 風柱様と蛇柱様は、いかにもどうでもいいというお顔でそっぽを向いていましたが、文句を言うつもりはないようでした。
「さて、それではお披露目も済んだことだし、褒賞を与えなければね。まずは炭治郎、欲しいものはなにかな?」
「はい、お館様! 俺は、洋服屋さんのお店にある椅子とお揃いの椅子が欲しいです。お店のテーブルには椅子が四つしかないんです。俺と禰豆子と善逸たちが座ったら、義勇さんの分の椅子がなくって、一緒にご飯が食べられません。だから、みんなで一緒にご飯を食べられるように、お揃いの椅子を下さい!」
 炭治郎の明るい声が響いた途端に、柱様たちは揃って驚いた顔をなさいました。義勇もビックリしたのか目を丸くしています。
「炭治郎、お館様への願いがそんなものでいいのか?」
「もちろんです! だって、義勇さんも禰豆子たちも無事で、お館様や柱様たちだってご無事なんですよ? それに義勇さんとずっと一緒にいられるし。あとは一緒に座れる椅子があれば完璧です」
 これ以上にうれしいことはないし、一番欲しいものはもうもらえたと笑った炭治郎に、義勇はわずかに眉を寄せて泣きそうな顔をしました。けれども、涙を零すことはなく、代わりに炭治郎のおでこにやさしく接吻してくれました。
 顔を真っ赤に染めた炭治郎に笑ったお館様は、「それじゃあ炭治郎には椅子を贈ろうね」と仰って、続いて禰豆子たちを呼びました。
 ずっと緊張したままだったのか、義勇の隣に座るまで善逸と伊之助はなんだかぎくしゃくとしていましたし、禰豆子も少し硬い顔をしています。けれど、お館様に欲しいものは? と聞かれ、揃って答えた三人の声は、はっきりとしていました。

「柱様の眷属になって、ずっとみんな一緒にいられるようになりたいです!」

 今度は炭治郎がビックリする番でした。だって禰豆子たちがそんなことを考えていたなんて、思ってもみなかったのです。
 でも、もしもそれが本当に叶ったのなら、どんなにうれしいことでしょう。
 つらい想いをすることなく神様の力を手に入れてしまうのは、先代水柱様たちに申し訳ないとは思います。それでもやっぱり、禰豆子や善逸と伊之助がずっと一緒にいてくれるのは、炭治郎にとっては義勇と一緒にいられるのと同じくらい、幸せだったのです。
「はいっ! お館様、禰豆子ちゃんを私の眷属に迎えます、よろしいでしょうか」
 とても明るい声で恋柱様が真っ先に仰って下さったのを皮切りに、続いて音柱様が、それならそこのねずみは俺様が引き受けようと笑います。岩柱様と炎柱様が同時にイノシシの少年は自分がと声を上げ、伊之助はにんまり笑うと炎柱様のところへ行くと宣言しました。
「岩山じゃどんぐりも拾えねぇからなっ」
「伊之助……お前、そういう理由で自分の行く末決めるのやめろよなぁ! ごめんなさいっ、岩柱様! こいつ馬鹿なんですぅぅっ! 悪い奴じゃないんですけど馬鹿で馬鹿でどうしようもないんですっ!!」
「なんだとぉっ!? てめぇだって馬鹿じゃねぇか、紋逸!」
「こらっ! お館様の前で喧嘩はやめないか!」
「そうよ、お行儀よくしないと眷属にしてもらえなくなっちゃうわよ?」
 いつもどおりワイワイと騒いでしまった炭治郎たちに、お館様も柱様たちも大きな声で笑いだして、大広間はすっかり笑い声で包まれました。
 ちょっぴり恥ずかしくなった炭治郎ですが、義勇も小さく笑ってくれたので、やっぱりうれしい気持ちが溢れて笑みが零れます。

 炭治郎の耳飾りがカランと鳴って、やさしい手が、代るがわる頬を撫でてくれたような気がしました。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 大きなキメツの森の外れにある小さなお店に、キャッキャと楽しげな笑い声が響いています。小さな子供の声です。そっと覗いてみましょうか。
「こらっ、義勇さんのお仕事の邪魔しちゃ駄目だろ?」
「邪魔してないもん。ねぇ、お父さん?」
「見てるだけだもん。ねぇ、お父さん?」
「ああ。炭治郎、あまり叱るな」
 大きなお仕事机に向かい、冬に備えて手袋を作っている洋服屋さんの手元を、背伸びした小さな男の子と女の子が覗きこんでいます。子供たちの頭には大きな狐の耳。ふりふりと楽しげに揺れる尻尾は真っ白な狐の尻尾です。
「義勇さんは錆兎と真菰に甘すぎです。あと、俺のこともかまってください!」
 プンッと腰に手を当てて言う店員さんの頭にも、大きな狐の耳がぴくぴくとしていて、お日様模様の耳飾りがきらきらと光っていました。怒ってみせていた顔は、すぐに悪戯っ子のような笑顔になって、子供たちより立派なふさふさの尻尾も、ふりふりと揺れています。
「ならお茶にしよう。そろそろ禰豆子たちも来るだろう」
 手を止めて立ち上がった洋服屋さんには狐の耳や尻尾はありませんが、小さく笑った顔は、男の子とよく似ています。女の子の顔は店員さんそっくりでした。
「やったぁ! お母さん、伊之助さんが来たら遊びに行ってもいい?」
「いいでしょ? お母さん。一緒にドングリを拾うの! 今日は私が一番つやつやのドングリを拾うんだぁ」
 いいよと笑った店員さんの大きな耳がピクンと揺れました。カランと耳飾りを鳴らして、店員さんが振り返りました。
 どうやら覗いていたのを気づかれてしまったようです。でも心配はいりません。店員さんはお日様みたいな笑顔で、あなたに言ってくれるでしょう。

「いらっしゃいませ! どうぞお入りください。注文の品が出来上がるまで、お客さんも一緒にお茶をどうですか?」