学び舎アルバム エンドレスハッピーエンドの始まりは(お題1:はじまり)

 炭治郎が生まれて初めて恋をしたのは、中学の入学式でだった。いや、それではちょっと語弊がある。
 
 その日、そのときになって、初めて自分の恋心に気づいた。それが正しい。

 その心は、炭治郎が物心ついたころからずっと胸にあった。見ているだけでドキドキときめくのも、ずっと一緒にいたいのも、あまりにも当たり前すぎることだったので、恋だなんてちっとも気づいちゃいなかっただけのこと。それが恋ですなんて、教えてくれる人もいなかったし。
 炭治郎が恋をしたのは、もとい、恋をしてたんだと気づいた人は、それぐらい一緒にいるのが当たり前の人だったのだ。

 炭治郎が入学した中高一貫のキメツ学園は、その人の母校だった。
 その人が通っていた学校に自分も通いたい。炭治郎が言いだすのは至極当然のことだったろう。さらに言うなら、炭治郎が小学校を卒業したのと同じく大学を卒業したその人は、春から母校の教師となることが決まっていた。
 そりゃ、通わないなんて選択、あるわけがない。
 中高一貫だから六年間、彼は――炭治郎が恋したのは紛うことなき男性だ――キメツ学園に通っていたわけだが、十も年が離れているものだから、炭治郎は一度も一緒に通学できなかった。なにしろ炭治郎がやっと小学校に入ったときには、彼はすでに高校二年生だ。中等部の学ランを見慣れた炭治郎の目には、高等部のブレザーはとても大人びて見えたものだ。彼が成人した日のスーツ姿に至っては、目が潰れるかと思うくらい眩しく見えた。
 同じ制服が着たい。できれば一緒に机を並べて勉強したい。そんな淡い願いをかなえるには、年齢差が邪魔をした。けれども彼が教師となった学校に入れば、たとえ教師と生徒だろうと、同じ学校に毎日通うことぐらいはできる。
 おまけに、キメツ学園は私立だけれども学費は格安。面接で合格すれば、返済いらずの独自の奨学金まで出る。子だくさんで母子家庭となった竈門家にとっても、全員キメ学に進学したほうがむしろ学費は安上がりときたもんだ。
 そんな世知辛い事情がなくとも、母は、当然の如くにキメツ学園を受験しなさいと炭治郎が言いだす前に言ってくれた。奨学金がもらえなかったとしても、お金の心配はいらないからと笑った母に、炭治郎は生まれて初めて平伏して礼を述べた。母には炭治郎の願いなどお見通しだったらしい。生まれたときから炭治郎を最も知る人なのだから、当たり前かもしれないが。

 さてそれはともかく、十歳も年が違う炭治郎と彼がなぜ知り合うこととなったのかと言えば、彼が炭治郎の家――竈門ベーカリーのお得意様だったからだ。
 開店したばかりのベーカリーを初めて訪れたとき、彼は小学五年生だったと聞く。姉と一緒に来た彼は、母の背中におんぶされていた炭治郎を見て、たいそう顔を蕩けさせ、しきりにかわいいねと言ってくれたという。炭治郎も彼の指をしっかりと握ってキャッキャとご機嫌だった上、彼が帰ろうとしたら大泣きしたそうだから、家族ぐるみのお付き合いが始まったのは必然だったのかもしれない。
 残念ながら幼過ぎて、炭治郎はまるで覚えていない。しかもその日の写真もない。まったくもって残念至極である。

 初めての出逢いを覚えていない炭治郎の、一番古い記憶はといえば、制服姿の中学生だった彼の膝でおもらしして、泣きべそをかいたというものだ。
 ごめんなしゃいとワンワン泣く炭治郎を抱いたまま、彼は大丈夫だよ、洗濯すればいいんだから気にすることないんだよと、必死な様子で言ってくれたものだった。
 たんじろね、ひとりでおトイレできるようになったのと、自信満々に言ったその日にである。あんまり悲しくて、悔しくて、二歳のときの出来事だと言うのに、今でも炭治郎はしっかり覚えている。きっと一生忘れられないだろう。炭治郎にとって最大の黒歴史だ。思い出すだけで泣きたくなるし、床をのたうち回りたくもなる。
 まだ二歳だものしょうがないよと、彼は笑ってくれたけれど、失敗の原因はわかり切っていた。炭治郎はそれも含めてしっかり覚えている。

 単純にしてやむにやまれぬその理由――それは、彼の膝の上からなにがなんでもどきたくなかったから。そう、トイレに行って用を足す、ほんのわずかな時間でさえ。

 絵本を読んでもらいながら、段々とモジモジしだした炭治郎に、彼は何度もトイレじゃないの? と聞いてくれた。違うと言い張って膝からおろされまいとしたのは、炭治郎なのだから、どう考えても炭治郎の自業自得である。彼には申しわけないことこの上ない。
 二歳児の記憶がどこまで正しいか怪しいものだが、証拠だって残っている。泣きべその炭治郎を膝に抱っこして、困り切った顔をしている彼の写真が、竈門家のアルバムには貼ってあるのだから、疑う余地はない。
 それ以外にも、もはや家族同然なぐらいに、彼の写真は何枚もアルバムに貼られている。大概は炭治郎を膝に抱っこした写真だ。
 母に言わせると、オムツも替えてもらったのよとのことだから、炭治郎のおもらしなんて彼にしてみれば今さら動じる必要もなかったのだろう。制服を汚されたことよりも、炭治郎が泣くことにこそ彼は慌てふためいていた。
 なにしろ乳児のころの炭治郎は、オムツを外したとたんに噴水のようにおしっこをしては、ニコニコご機嫌になることが多かったと母は笑うから――彼と母が炭治郎の小さいころの話をすると必ず出る鉄板ネタである。本当に勘弁願いたい――彼も何度かその洗礼を受けたものとみえる。いや、事実もろに食らってしまったときの写真も、残っている。
 アルバムを見返す機会があるたびに、炭治郎は土下座して詫びたくなるのだが、彼はケロリとした顔をしているのが常だ。

 赤ん坊のしたことだ、気にするな。

 そう言われたって、気にしないわけにはいかない。顔と言わず体中から火を噴くように恥ずかしくもなる。おかげでトイレトレーニングがすごく楽だったなんて母に言われても、彼におしっこを浴びせかけたり、膝の上でおもらしをした上では、炭治郎にとってはなんの意味もないのだ。
 いや、確かにおもらしの一件で、絶対にもう失敗しないと小さな胸に大いなる決意を抱き、実際にそれきりピタリとおもらしなんかしなくなったのだから、母にしてみれば彼に感謝しているかもしれないが。それにしたって、炭治郎当人の恥ずかしさは消えない。
 消したい。それらの事実も彼の記憶も消してくれと、声のかぎりに叫びたい。しっかりと残された数々の証拠写真だって、できることならアルバムから引っ剥がして燃やしたい。できないけども。
 困り果てた下がり眉で、呆然とカメラのほうを向いている小学生の彼を、燃やすなんて滅相もなくてできるものか。下半身丸出しで満面の笑みをした赤ん坊の自分はともかくとして。
 たとえ写真だろうと彼を破いたり燃やしたりなんて、炭治郎にはできるわけないのだ。

 ともあれ、そんな昔から知る人で、オムツまで替えてもらっていた仲であるから、大好きなのは当たり前のことで、好きの意味の違いなんて炭治郎はちっとも気づいちゃいなかった。
 中等部の入学式で大きな講堂の壇上に立ち、高等部の新任教師として同じ新任の先生たちに交じって挨拶した、彼の姿を見るまでは。

「冨岡義勇です。高等部の体育を受け持ちます。若輩者ですがよろしくお願いします」

 簡潔な、悪く言えば素っ気ないぐらいの挨拶は、それでも涼やかで堂々としていた。成人式でしか見たことのないスーツ姿の彼に、ポッと頬が熱くなったのは束の間。とたんにざわめいた周囲に、気づけば炭治郎は、涙をこらえる羽目になっていた。

 カッコイイ。めっちゃイケメン。恋人いるのかな。高等部の先輩いいなぁ。絶対外部受験とかしない、高等部で先生の授業受ける! 体育なら手取り足取り教えてもらえたりするじゃん。高等部にあがったら絶対に先生にアタックするから! エトセトラエトセトラ。

 弾む声を抑えた女生徒たちの小声の会話は、あちらこちらから聞こえてきた。彼――義勇の次に挨拶した教師はずいぶんと割を食ったことだろう。なにせ誰も聞いちゃいない。みんな義勇を見つめてた。義勇のことばかり話していた。
 義勇がモテることなんて、長い付き合いの炭治郎は当然知っている。だって義勇はバレンタインのたびに大量のチョコをおすそ分けしてくれたから。
 バレンタインじゃなくたって、きっとラブレターや告白なんて日常茶飯事だっただろう。けれども義勇は、そんなことおくびにも出さなかったから、炭治郎が義勇はモテているのだと知ったのは、バレンタインチョコの本来の意味を知ったのと同時だ。
 それまでは、義勇がみんなで食べてと分けてくれるチョコに炭治郎も大喜びしていたが、義勇のことを好きな人から貰ったものだと知ってからは、あまり喜べなくなった。
 だがそれでも、今日ほどショックだったことはない。今までずっと、義勇は炭治郎の大好きな、炭治郎のお兄ちゃんのままだったから。どんなにたくさんの人に好意を寄せられようと、炭治郎にとってたったひとりのお兄ちゃんだったから。

 でも。もう違うのだ。

 義勇は今日からみんなの先生で、炭治郎だけのお兄ちゃんじゃない。大好きな義勇さんじゃなくて、みんなの冨岡先生だ。
 もちろん、義勇は炭治郎以外の竈門家の子どもたちにとっても大好きな近所のお兄ちゃんではあったけれども、禰豆子たちには、義勇をひとり占めする優先順位は炭治郎という認識がある。入学式でざわめく女生徒たちとは違う。炭治郎にとってその差は大きい。

 義勇が格好いいことも、すごくきれいでときどきかわいいことも、恋人はいないことだって、炭治郎は知っているのに。みんなが騒ぐよりずっとずっと前から全部知っているのに。今初めて騒ぐ人たちと、炭治郎の立場は一緒になったのだ。
 どうしてそれがこんなにも悲しいのか。理由なんて簡単なことだった。

 誰よりも好きだからだ。誰よりも傍にいたいからだ。恋、してるからだ。

 なんてこった。しょんぼりと炭治郎が思ったのは、そんな言葉だ。
 男の人を好きになったのは、まぁいい。だって義勇なんだもの。好きにならないほうがおかしい。ずっと昔から義勇のやさしさも強さも知っている炭治郎が、義勇を好きになるのは当然のことだ。
 だけど、義勇が炭治郎に恋してくれるかというと、俄然確率は低いだろう。それぐらいはいかに恋愛ごとにうとい炭治郎にだってわかる。
 だって十も年下で、同じ男で、おしっこまでかけちゃったしおもらしもしたし……うん、無理だろ。自分の手でおむつを替えた赤ちゃんに恋なんて、無理無理。炭治郎が六太に恋するようなものだ。いや、六太は血がつながった弟だけども。無理どころか駄目だけども。

 なんてこった。気づいた瞬間に失恋だ。絶対に恋が実るわけない人に恋してしまってた。なんてこった。これから六年間、同じ学校に通えると弾んでいた胸は、キュウッとしぼんでズキズキ痛む。
 とにもかくにも、諦めなければと思ったのだ。恋に気づいたところで報われることはない。実りのない恋だ。恋心は消せなくても、この恋が実ることは考えまい。恋人になりたいとは思っちゃいけない。諦めろ。
 炭治郎は自分にそう言い聞かせた。泣きだしそうになりながら。

 義勇さん……好き。大好き。周りでひそひそ話してる女の子たちみたいに、義勇さんの恋人になりたいなんて思わないようにするから、好きなままでいていいですか?

 思いながら涙で潤んだ目で壇上の義勇を見つめていたら、義勇と目があった。
 それまで凛と佇んでいた義勇の体が身じろいで、足が一歩前へ踏み出しかけたように見えたのは気のせいじゃないはずだ。
 義勇の視線はじっと炭治郎に向けられている。周りの女の子たちが、私を見てるのかもと一気に色めき立っていたけれども、炭治郎にはちゃんとわかった。
 今、義勇は炭治郎を見た。泣きだしそうな、炭治郎の顔を。義勇は、炭治郎が悲しくなればいつだってすぐに駆け寄ってどうしたと抱きあげてくれたときの、心配そうな顔をしていた。間違いない。見間違えるはずもない。
 だから炭治郎は一所懸命笑ってみせた。大丈夫ですよと。なんでもないですよと。

 それならいいかと、義勇が安心するわけないことぐらい、わかっちゃいたけれども。

 義勇が竈門ベーカリーを、正しくは竈門家を訪れたのは、その夜のことだ。
 炭治郎の中学入学と六太の小学校入学をささやかに祝う竈門家で、玄関のチャイムが鳴らされたとき、誰もが思い浮かべたのは義勇の顔だ。炭治郎だって例外じゃない。
 義理堅いところのある義勇は、炭治郎の保育園の入園式からずっと、竈門家の子どもたちの祝い事をマメに祝ってくれている。だから今日も、炭治郎と六太への祝いの品を持ってきたに違いなかった。
 うれしそうに禰豆子が手を引いてきたのは、やっぱり義勇で、炭治郎は固まりそうになる顔をどうにか笑顔にしてみせた。炭治郎と目があった瞬間、これまたやっぱり義勇は心配そうな顔をしたけれど、なにも言わない。
 長男だからとみんなの前では張り切る炭治郎を、義勇は尊重してくれているらしいから、いつものことだ。炭治郎が思い切り義勇に甘えられるのは、みんなが見ていないとき。長男の炭治郎じゃなく、義勇の弟の炭治郎になれるとき。泣いたり甘えたり、わがまま言ってみせたり、そんなすべては、ふたりの秘密だった。なぜだか母にも禰豆子たちにもバレてるみたいだったけれども。
 でも、秘密は秘密だ。だから義勇はなにも言わないのだろう。炭治郎も一所懸命泣かないよう我慢した。
 六太にはクレヨンのセットを、炭治郎には英語の辞書をくれた義勇は、かまってもらいたがる花子たちの相手をひとしきりしたところで、炭治郎と話をしてきていいかと切り出した。
 みんなに否やなんてあるわけがない。どうぞどうぞと送りだされて、炭治郎たち男の子の部屋にふたりきりになってしまえば、いよいよ炭治郎の笑みが消えそうになった。
「なにがあった?」
 やさしい瞳と頭を撫でる手で促されてしまえば、入学式での決意もゆらぎかける。恋人になりたいなんて気持ちは諦めるのだと思っても、義勇をひとり占めできなくなるのは、やっぱり心が切り刻まれるみたいに痛い。
「……義勇さんは、俺のお兄ちゃんで、みんなの先生だから、言えません」
 そうだ。たとえ義勇がみんなの先生じゃなくたって『お兄ちゃん』であることに違いはない。炭治郎は義勇にとっては弟だ。端から見れば他人だろうと、義勇からすれば弟以上のなにものでもない。そんな炭治郎が恋してますなんて言ったって、義勇を困らせるだけだ。
「俺がお兄ちゃんじゃないなんて言ったら……困るのはおまえだぞ」
 悲しいのは自分のはずなのに、義勇こそ痛いのをこらえているみたいに見えて、炭治郎は泣きだしそうな目をしばたたかせた。声もちょっとだけ苦しげに聞こえる。
 だけど炭治郎だって悲しい。苦しい。お兄ちゃんじゃないと義勇が思っていたのなら、それじゃ炭治郎のことをどう思っているのだろう。もしかしたら、ずっと迷惑だったのだろうか。
 ますます泣きたくなる炭治郎の頬を、義勇の手がそっと包んだ。
「お兄ちゃんじゃなくなったら、こんなふうに触られるの、嫌だろう?」
「嫌じゃないです! お兄ちゃんだけのほうが、嫌……」
 思わず言い返してしまったら、パチリと義勇の目もまばたいた。こくりと喉を鳴らしたのは気のせいだろうか。緊張してる匂いがする。それと、いつもの義勇の匂い。水のように澄んで、それでいて甘い、炭治郎といるときだけの匂い。
 じっと見つめあった瞳は曇りがなくて、見つめられていると吸い込まれてしまいそうだ。深くて澄んだ、瑠璃の瞳。金色の星がきらめいているようにも見える、義勇の瞳。最も美しい青と世界中で言われるラピスラズリのような瞳だ。炭治郎が一番好きな青のなかに、炭治郎の顔が映っている。炭治郎だけを、見つめている。

「好き……」
「……好きだ」

 言葉に出したつもりはなかった。義勇もきっと同じだろう。見つめる視線がそのまま声になったみたいだった。きっと、声に出さなくても、伝わってしまっていただろうと思えるほどに、互いの瞳も雄弁に語っていた。
 体も素直に動いて、炭治郎がそっと手を伸ばしたのと、抱きしめられたのは同時だった。だからそのまま義勇の広い背中を抱き締め返す。トクトクと早い鼓動はどちらのものだろう。溶けあうみたいに鳴りひびいてわからない。
 鼻をくすぐる甘い匂いが強くなっていく。ずっと前から知ってる義勇の匂い。自分からも同じ匂いがしている気がする。ならばこれはきっと、恋の匂いだ。気づかなかっただけで、義勇もずっと、恋してくれていたのだろう。
 同じ想いを抱えて、同じ時間を過ごしてきた。大好きなお兄ちゃんとかわいい弟として。でも、もう無理だ。それだけじゃ、足りない。

 お兄ちゃんだけなのは、嫌です……俺、義勇さんの恋人になりたい。してくれますか?

 そう言おうと思ったのだ。ちゃんと言葉でも伝えたいと思ったから。なのに伝えられなかったのは、先に義勇が口を開いたから。

「結婚しよう」

 はい? 思わず聞き返したくなった。
 はい! と答えたいところではあったけれども、ちょっと頭が追いつかない。
 恋人どころじゃなかった。義勇の望みは炭治郎のずっと先を行っている。先生と中学生。男同士。なんか、色々と駄目な気がする。うん。いくら長年の初恋に今さら気づいたばかりという鈍感さであっても、それぐらいのことは炭治郎にだって理解できる。
 法律とか、世間の目とか、色々あるもんだろう。普通は。世間の目はまぁどうでもいいが、法律は無視できない。義勇が犯罪者扱いされたら困る。場合によっては実際に警察のご厄介になる可能性だってあるではないか。
 炭治郎の混乱は、義勇には筒抜けだったようだ。苦笑の気配がして、法的にはまだ同性婚は認められてないけどと、少しだけ悔しそうな声で言う。
「それでも、気持ちの上ではおまえを生涯ただひとりの伴侶だと思っている」

 生涯ただひとりの伴侶。一生、炭治郎は義勇のもので、義勇は炭治郎のもの。

 頭のなかにリンゴーンと教会の鐘が鳴る。なんなら花も舞っている。天使がフワフワと飛びまわっている気すらする。
「おまえが高校を卒業するまで待つことになるが……俺と、結婚してくれるか?」
「はいっ!」
 もういいや。真摯に見つめてくる義勇の曇りなき目に、炭治郎も真剣な瞳で答えた。
 勝手に顔が笑ってくる。ギュッと強く抱きしめられたから、同じぐらい強く強く抱き締め返した。
 いろいろ問題はありそうだけれど、我慢も苦労もへっちゃらだろう。だって義勇と一生一緒にいられるんだから。
 今はここまでと、唇以外の場所にたくさん口づけられて、ますます頭がフワフワしてくる。唇へは? と視線で訴えてみたら――口に出すのは恥ずかしかったので――、義勇に立ちあがらされた。
「葵枝さんに報告して、許可を貰えたら……」

 キスより先は、もっとおまえが大きくなってからだが。

 ささやきは耳元で。内緒話みたいに。
 キスの先。その意味を理解して、炭治郎がボンッと火がついたように赤くなったのは、義勇に引きずられるように部屋を出てからだった。

 さてそれから後のことはと言えば、一言で言うなら大団円。それに尽きる。端折りすぎな感はあるが、そうとしか言いようがない。
 真っ赤な顔をした炭治郎と、真剣な顔の義勇に突撃された葵枝はと言えば、あらあらと笑って、炭治郎をよろしくお願いしますと事も無げに義勇に頭を下げたし、禰豆子たちは良かったねお兄ちゃんと大はしゃぎだった。
 炭治郎自身も気づかなかった初恋は、竈門家全員の共通認識で、義勇が炭治郎を世界中の誰よりも大切にしてくれていることだって、誰ひとり疑っちゃいなかった。
 翌日には学園の理事長と学園長にそろって交際許可を得に行って、親御さんの同意のもとで婚約しましたときっぱり言い切った義勇に、理事長はなら問題はないねと笑ってうなずいたし、学園長にはご婚約おめでとうございますと微笑まれた。
 いや、いいのか? これ? 節度は守ってねとは言われたけれども。それにしたって呆気なさすぎる気がする。こんな簡単なことでいいんだろうかと、首をひねりたくもなる。

 とはいえ。ちょっぴり困惑したけれども、炭治郎はまだ中学生だ。子どもである。大人の世界はよくわからない。そんな自分があれこれ悩むよりも、義勇やもっと大人の人たちが問題なしと言うなら、素直に喜んだほうがいいに決まっている。
 ただし、卒業までは一応秘密にしておくようにねと、少しいたずらっぽく笑った理事長に、神妙にふたりでうなずいてしまえば、これを大団円と言わずしてなんと言おう。
 物語ならばここでハッピーエンドと記されるのだろうけれど、もちろん、これでふたりの人生も恋も終わるわけではなく。初めての唇へのキスや、初めて二人で過ごす夜。一緒に暮らし始めた日。その折々に、それぞれハッピーエンドと記されながら、ハッピーエンドのその先をふたりでともに歩んでいく。人生が終わるそのときまで。

 けれどもそれは、まだまだ先の話。隠しきれない恋心を振りまいて、キメ学名物と言われるまでのバカップルっぷりに周囲を辟易させる、炭治郎の学園生活と恋は、始まったばかり。