学び舎アルバム 800字まとめ

※800字チャレンジで書いてきた学び舎アルバムシリーズのまとめです。なので短文ばっかり。時系列はバラバラです。1Pにつき5作づつ掲載。新作を書いたら随時更新していきます。

昼休みの追いかけっこ

※宇髄先生視点 昼休みのお話

「逃げるな!」
「無理です!」
 グラウンドにひびく大声。毎度よくやるよ。
「お、捕まった」
 炭治郎の手が、冨岡の手につかまれたのが見える。そのまま連行かと思いきや、ふたりはなぜだか手のひらを合わせて話してるようだ。
「あれはなにしてるんだ?」
 隣に並んだ煉獄に目を向けることなく、宇髄は笑いながら口を開いた。
「わぁ冨岡先生の手おっきい〜男らしくて素敵ぃ〜とか言ってんじゃね?」
「……竈門少年はそんな話し方はしないんじゃないか?」
「気色ワリィなァ」
「フン。くだらないうえ、学校でなにをしてるんだか」
「あら、微笑ましいじゃないですか」
「うむ、仲良きことは美しきかな。南無」
 いつのまにやら集まってきた同僚に、パチリと目をまばたかせる。宇髄の勝手なアフレコを、疑う者は誰もいやしない。
 なんだかなぁと思わず苦笑してしまう。
 ズラリと窓辺に並んで見つめる先では、まだふたりは話し中。合わせた手はそのままに。
 うれしそうに笑う炭治郎の頬は、きっとほのかな桜色に染まっているんだろう。それを見つめる冨岡の顔は、無表情だけれど、瞳はたとえようもなくやさしい光を帯びているに違いない。
 苦笑したり微笑んだり。鼻を鳴らしてあきれたりしても、誰も別れろとは言い出さないのが、ちょっと笑える。
「アレ、まだバレてねぇつもりかァ?」
「追いかけっこがデート代わりとは、安上がりだな」
「きっと大事なコミュニケーションなのよ」
 いっそ堂々つきあえと言いたくなるほどに、生真面目な秘密の恋人たちは、先生と生徒の顔をしつづける。あふれんばかりの恋心は、まったく隠せちゃいないけれども。
「平和だねぇ」
 派手じゃないが、悪くない。笑って言った宇髄に、反論の声はひとつもない昼休み。

「先公どもなにやってんだ?」
「暇なんじゃね?」
 なんて、生徒たちに言われていることなど、気づかない。
 平和で穏やかな、いつもの風景。

お家デートの放課後前哨戦

※炭治郎視点 お家デートする日の放課後のお話

 炭治郎はドキドキソワソワとしていた。一ヵ月ぶりに恋人の家に行けるのだ。楽しみ過ぎてしかたがない。
 義勇と炭治郎がおつきあいをしていることは、学校のみんなには内緒だ。だから外で逢うのはもちろん、お家デートも滅多にできない。
 おつきあい当初に、結婚の報告よろしく、お互い家族や学園長には挨拶している。
 教師と生徒というお互いの立場や年齢は、恋の障害にしかならないが、婚約者ならば法的にも問題はない。本気で真面目なつきあいなのだという家族へのアピールにもなる。理解のある家族で幸いだ。
 ともあれ、互いの家族と学園のトップだけが知る秘密の恋は、順調に継続中である。
 
 六時限目終了のチャイムが鳴るなり、挨拶もそこそこに炭治郎は廊下に走り出た。義勇の帰りは遅いが、一緒にいられる時間を無駄にしたくない。一秒だって早く行って色々準備しなければ。
 職員室の入り口に義勇がいた。すぐに炭治郎に気づき、目顔で微笑んでくれる。うれしくなって、思わず炭治郎は両掌でキスを送った。言葉にすればなにを言い出してしまうかわからなかったので。
 義勇が驚いた顔をしたのは一瞬。無表情はそのままに目元をさらに和らげ、指先で小さく投げキスのお返しが来た。キュンッと炭治郎の胸が甘く高鳴る。お返しのお返しとばかりに、またキスを投げれば、義勇も負けじと返してくる。
 負けず嫌いは似た者同士だ。先にやめたら負けな気がして、お返しをつづけるうちにとめられなくなった。
 投げキス合戦は、次第に意地の張り合いを忘れて楽しくなる。大好き、大好きと、笑みもこぼれる。
 
「なんだありゃァ」
「派手にキスして終われっての」
「仲がいいな! しかし職員室に入れん!」
 
「団五郎はなにしてやがんだ?」
「バカップルのやることなんて知るかっ! 俺も禰豆子ちゃんとイチャイチャしたいぃ!」
 
 内緒だけどバレバレの恋は、あきれと微笑ましさで学校中から見守られている。

早朝デートは控えめに

※炭治郎視点 朝練の日のお話

 靴を履いた炭治郎の口元が緩んだ。どうしても顔が笑ってしまう。
 なんの変哲もないスニーカー。けれど炭治郎にとっては特別な一足である。正しくは、靴よりもある一点のみが大事なのだけれども。
「お兄ちゃん、朝練遅刻するよ?」
「しまった! いってきます!」
 あきれ顔の禰豆子に見送られ、あわてて玄関を飛び出す。
 今日はペダルをこぐ足も軽い。靴一足で現金なものだ。自分でも少しあきれる。
 
 急いで道場に向かえば、前を歩く青いジャージの背中が見えた。
「冨岡先生! おはようございます!」
 浮き立つ心のままに弾んだ声で言えば、振り向いた顔が微笑んだ。
「おはよう。今日の当番は竈門か」
「はい!」
 駆け寄りながら、炭治郎の視線は足元へと向く。先生もスニーカーだ。ただし炭治郎のと違って少々くたびれている。炭治郎の顔が笑み崩れた。
「朝からご機嫌だな」
「だって、うれしくて!」
 ホラ、と足を差し出して見せる。どこにでもある赤いスニーカーに結ばれた靴紐は、白地に青と赤の細いストライプ。
 先生の紺のスニーカーも、同じ靴紐が結ばれている。真新しい靴紐は、そこだけ白く映えていた。
「ただの靴紐だぞ」
「でもおそろいです!」
 はにかみ見上げれば、わずかに苦笑した先生に、くしゃりと頭を撫でられた。
「いずれ、ちゃんとしたおそろいを贈る」
「これで十分ですよ?」
 だって秘密なのだ。学校ではペアのものなんてつけられない。
 ふたりで分けあうそろいの靴紐。ささやかなペアルック。十分幸せだ。
「卒業したら指輪がいるだろう?」
 ここにつけるための。そっと持ち上げられた左手。唇が薬指に触れた。
「っ!? 義勇さん、ここ、学校」
「まだ誰も来てない」
 
 
「おい、誰か声かけろよ」
「やだよっ、トミセンに恨まれる!」
「でも遅刻しても怒られるぜ?」
「理不尽!」
 遠巻きにふたりの世界を見守る剣道部員の、深いため息が落ちた早朝の光景。

退屈知らずのスペシャルエブリデー

※モブ視点 文化祭前のお話

 文化祭が迫る放課後、学校は慌ただしさで満ちている。教師も通常業務に加え、見回りやらで忙しさ倍増。師走じゃなくとも走る季節だ。
 
 なのになんでこの人、教室で飾りづくり手伝ってんの?
 
 疑問は頭から消えないが、誰も追及はしない。知らないほうが平和なこともある。
「そこ、もうちょっと捻ったほうがいいですよ」
「割れそうで怖いな」
 机を挟んで向かいあい、バルーンアートのウサギさんなんぞを作っている教師と生徒。なんだかあそこだけ世界が違う気がするけれど、気にしたら負けだ。たぶん。
「絵は苦手なのに、こういうのはうまいな」
「えーっ、俺の絵下手ですか?」
「シャレか? 味があると思う」
「え? あ、ホントだ。シャレみたいになってました」
 
 くだらねぇ。あと炭治郎の絵は下手どころか壊滅的ですから。
 
「風船新しいの膨らませないと」
「竈門。ふー」
「ぷくぅ」
 
 なにあれ、炭治郎を膨らませてんの? ガキ? ガキなの? 炭治郎もつきあってほっぺた膨らませてんな。ぷしゅーじゃねぇよ。あぁ、くだらん。
 
「ただ作ってるのつまんないですよね、クイズでもします?」
「どうぞ。絶対に当てる」
「じゃあ外れたら罰ゲーム。いきますよ、えー、世界から俺が消えました」
「嫌だ」
「え、あの」
「絶対に嫌だ。泣くぞ」
「……俺も、冨岡先生が消えたら嫌です。へへっ、同じですね!」
 
「あぁぁっ!! もうヤダこのクラス!」
「ふたりの世界キッツイ! 彼女欲しい!」
「リア充爆発! なのにホッコリしかける自分が嫌だぁぁ!」
「イチャついてるくせに頑なに呼び方はあれなのがイライラするのよっ!」
「泣くの!? え? あの人泣くの? 竈門くんいなくなったら泣いちゃうの?」
「推しカプが今日も尊い……昇天しそう」
 
 文化祭目前、準備も佳境な教室に、突如巻き起こる雄叫びやら黄色い悲鳴、むせび泣き。キョトンとするのは公然の秘密なバカップルばかりなり。

平穏も体が資本と知った一週間

※モブ視点 怪我のお話

 月曜の朝、生徒はみな校門の光景を二度見し、内心で叫んだ。
 
「なんで竈門が竹刀片手にホイッスルくわえてんの!?」
 
 違反者にピピーと注意している、校則違反常習者。後ろに鬼の生徒指導が控えていて、誰も突撃できない。
 というか。先生のほうがツッコミどころ満載だ。
「トミセンが怪我!?」
 松葉杖装備の鬼教師。鬼の霍乱、天変地異の前触れ。そんな言葉が誰しもよぎる。なんかしっかり仁王立ちしてるけど。杖の意味ないみたいだけども。
 やたら張り切り服装チェックしている炭治郎と、生徒を見てるようで視線は炭治郎に固定されてる先生に、誰も聞くことはできず。無言で通り過ぎた生徒たちは、下駄箱でようやく「なにあれ!?」と声を上げた。
 そして校舎はその朝、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
 
「階段を踏み外しかけた竈門をかばって、逆にトミセンが足を挫いた、と」
「……どこで?」
 聞くなよ。集まる冷めた視線でのツッコミに、聞いた男子はごめんと視線をそらせた。
 トミセンのアパートは、濡れると階段が滑る。って言ってた。竈門が。みんな知ってる。週末は雨だったし。聞かぬが仏。
「責任感じて竈門がくっついて回ってんのか」
「トミセン、普通に歩いてたけどな」
 松葉杖をつく先生の動きは通常通り。というか、ご機嫌そうだった。無表情だけど。
「ねぇ、怪我したの足なのに、なんで竈門くんは『はい、アーン』でトミセンにご飯食べさせてんの!?」
「肩貸すなら杖いらなくね? てかピッタリくっついてるほうが歩きにくいわっ!」
「トミセンが治ったって言うまで、毎日あれがつづくの!?」
「天使が見える……あれ? 私、萌えの供給過多で死ぬの?」
 窓から見える非常階段は、そこだけ世界が違う。なんていうか、ピンク。
 大義名分のもと公然とイチャつく秘密の恋人たちに、悲喜交々なツッコミが飛び交う校舎。生徒たちの心はひとつ。
 くれぐれも体はお大事に。