学び舎アルバム 800字まとめ

あの子の安眠効果はみんなの安眠妨害

※モブ視点 修学旅行のお話

 修学旅行の夜といえば枕投げに恋バナ。だが前者を楽しむには、引率の先生が問題だ。旅行にも竹刀持参の鬼教師が、怒鳴り込んでくること請け合いである。
 とはいえ大切な思い出になる行事だ。楽しまないでどうする。奇妙な闘志を燃やした結果、声出し禁止の珍妙なルールの下で、無言の熱戦を繰り広げた部屋は多かったという。バレて廊下に正座させられるまでがセットだけれど。
 
 この部屋でも、修学旅行の夜を堪能したい思いは同様だ。けれどそうは問屋が卸さない事情がある。
 
「……なぁ、竈門が着てるあのジャージって」
「それ以上言うなよ? 振りじゃないからな。絶対に言うなよっ!」
 同室の生徒たちの視線が、ご機嫌にスマホを見ている炭治郎にそそがれた。
 羽織っている白いジャージは、どう見てもオーバーサイズ。ていうかそのジャージ、今日着てたよね、引率の体育教師が。旅行にジャージかいっ! って、みんな内心ツッコんだから覚えてる。
 おまけに、襟や袖の匂いを嗅いではほにゃりと笑ってたりしたら、疑う余地はない。
 枕投げ? 冗談。ここに来たら絶対に駄目な先生が飛んでくるだろうが。恋バナ? 勘弁して。いつもの無自覚な惚気だけでお腹いっぱいです。
 炭治郎はいい奴だ。でも、バカップルにあてられるのは、ホント無理。
「……寝るか」
「消灯には早いぞ?」
 いや、おまえが原因だから。隙を見せたら、その通知音の元が説教のていで飛んでくるだろうが!
 みんな疲れてるんだな、じゃあ寝ようかと笑う炭治郎は、本当にいい奴だ。
 でも、ジャージを抱きしめて布団に入るのはどうなの? ときどき漏れ聞こえる幸せそうな忍び笑い。鼻が利くもんな、おまえ。でも、いいから寝ろ? 寝てください。
「なぁ……竈門の制服だけ掛かってなくね?」
「だからどうして言っちゃうわけっ!?」
 教師たちの部屋でもツッコミが炸裂していたという修学旅行の夜。いい思い出だよと笑えるのは、まだ先の話。

熱を上げるのは恋だけにしときなさい

※先生たち視点 冨岡先生の元気の素のお話

 冨岡がおかしい。靴を反対に履いてこけたり、ホイッスルと間違えてボールペンくわえたり。ドジっ子か。
 顔はいつものむっつりと無愛想な無表情。脇目もふらずに歩くのも変わらない。でも、ふと立ち止まっては、スンッと虚無感をたたえてため息なんかついてる。
 一言で言うなら、生気がない。魂が抜けかけてるんじゃないかって有り様だ。
 
「で? 派手にウザいアレの原因はなんだ?」
「俺が知るかァ」
 職員室の話題を独占中の冨岡はといえば、虚空を見つめたまま微動だにしない。昼休みは非常階段でボッチ飯が定番なのに、珍しく職員室に居座っているかと思えば、置物のように身動きひとつしないんだから、周りのほうが気になってしまう。というよりも、ウザい。
「おい、誰かアイツの頭にゼンマイさして巻いてこいっ」
「アナログすぎないかしら。せめて電池にしてあげません?」
 心配よりも面倒くささや苛立ちが先に立つのは、どうせあの生徒がらみと思っているからだろう。
「冨岡、竈門少年が風邪を引いたそうだな! 我が家では風邪のときにミカンの黒焼きを食べることにしているのだ。よければ貰ってくれ!」
 快活な声が聞こえたとたん、突然スイッチが入ったようにバッと振り返る同僚。予想通り過ぎてツッコむ気にもなれない。
「竈門は休みか」
「冨岡がいつもと違う日は、竈門がいない日に決まってたな」
 生徒がひとり休んだだけで抜け殻同然になる冨岡にもあきれるが、段ボールで差し入れする煉獄もどうなんだろう。いい奴なのに違いはないけれど、大量すぎて逆に迷惑じゃないのか?
「煉獄、感謝する」
「気にするな! 元気な竈門少年が寝込んでいるとなれば、俺も心配だからな!」
 生徒想いのいい先生、そんな言葉で片付けていいのか? アレ。
「早く治んねぇかな、竈門」
 大量のミカンの黒焼きに埋まる前にと、誰もが祈った昼休み。煉獄の笑い声だけが明るかった。

逢えても逢えなくても愛は育っていくのです

※モブ視点 約束を守れない炭治郎のお話

 キメツ学園高等部一年、竈門炭治郎は、馬鹿がつくほど真面目で真っ正直だ。約束は絶対に守る。
 だが『俺もすぐ行くから待ってて』という言葉に限って言えば、守られる確率は概ね半々だ。
 
「炭治郎、休み時間サッカーやんない? メンバー足りないんだ」
「いいよ。すぐ行くからグラウンドで待ってて」
「え? なんか用あんの?」
「生徒指導室にプリント取りに行ってくる!」
 満面の笑みで言って教室から消えた炭治郎に、級友たちは顔を見あわせた。
「……炭治郎は不参加だな」
「生徒指導室じゃ、すぐには戻んないよなぁ」
 炭治郎が約束を守らなかった場合、それはいつだって、先に生徒指導室に用があるときだ。
 キメ学生のほとんどが近づきたがらない生徒指導室。ルンルンとスキップしそうに向かうのは、炭治郎しかいない。
「炭治郎、今日は十分前には戻るかなぁ」
「いいとこ三分前だろ」
「トミセン、昨日は出張だったもんな」
 生徒が恐れるスパルタ教師がいなかった昨日、炭治郎だけは目に見えて消沈していた。
 本人たちは隠しているつもりらしいが、いつでもイチャついているとしか言えない学園名物な恋人たち。無自覚な惚気も勘弁願いたいが、いつも元気な炭治郎がしょんぼりとしているのは、どうにも落ち着かない。もはや刷り込みだ。あきらめと言ってもいい。
 
 炭治郎と冨岡先生は、息を吸うようにイチャついてないと死んじゃう生き物なんだよ。
 
 それが生徒たちの共通認識である。
 だからまぁ、今日は炭治郎が約束を守れなくても勘弁してやろう。たった一日、されど一日。恋する秘密のバカップルにとっては、一日千秋な思いだったに違いないのだ。
「炭治郎、今ごろトミセンの土産でも食ってんのかな」
「……食われてるのは炭治郎だったりして」
「思いついたことをすぐ口にすんのやめろって言ってんだろぉ!」
 昼休みの生徒指導室は立ち入り禁止。馬に蹴られたがる物好きはいない。
 だから炭治郎の約束は今日もめでたく破られるのだ。