原作軸のお話
林檎甘いか酸っぱいか
「大荷物になってしまったな!」 快活に笑う煉獄の両手は、山ほどの野菜が盛られた籠でふさがっている。空はぶ厚い雲で覆われているが、煉獄の笑みはどこまでも明るい。 傍らを歩く冨岡の両手にも、野菜の山があった。吐く息は二人とも白い。そろそろ雪が降...
竜胆
※『800字分の愛を込めて』で書いたものを加筆修正しました。 「冨岡の援護、ですか?」 お館様の呼び出しに煉獄が急ぎきてみれば、命じられたのは後方支援だった。それはいっこうにかまわないが、柱が二人であたらねばならぬ任務とは穏やかではない。よ...
いのちみじかし 前編 (100のお題:93『遊園地』)
無惨と遭遇した場所と聞けば、柱たちが浅草六区への危惧を深めるのは当然の成り行きだ。「あの狡猾な鬼が、いまだにこの界隈をうろついているとは思えんがな」 傍らを歩く煉獄は屈託のない太い声で言い、大きく口を開けて笑うが、目には消えぬ警戒が宿ってい...
青い炎
ハァッと長く吐き出された息が白い。剣を鞘に収めた煉獄の腕や肩、踏みしめた足からも、霞のような湯気が立ち上っていた。 横殴りの雨風が吹き荒れる早春の森は、空気もキンと凍りつくようだ。隊服や羽織をぐっしょりと濡らす雨は、戦闘であがった体温により...
流れ星 前編
任務を終えた煉獄が、ふと足を止めた理由は、見慣れた色が視界に入ったからだ。 彼かの人の瞳よりはいくぶん紫がかった青い花。アヤメだ。緑深い草原に凛と咲くアヤメを見つめる煉獄の目が、柔らかくたわみ、口元に薄い微笑みが浮かんだ。 今ごろ彼はどこで...
流れ星 後編
『冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します』 その言葉が耳に入った瞬間に、煉獄の脳裏に浮かんだ言葉は、彼はどんな顔をして聞いているのだろう、だった。 おそらくは、常とまったく変わらぬ無表情に違いない。彼はいつだってそうだ。 ほんの少し目線を動か...
さよなら、さびしんぼ
その日、鴉が運んできた文ふみに炭治郎は目を輝かせ、ついで、少しだけ泣いた。 文に書かれた文言は、一日きりの休暇を告げるものだった。それは、涙で文字がぼやけて見えるほどの感謝と歓喜を、そして、わずかばかりのやるせなさを炭治郎に与えた。 夕日...
子供の領分、大人の領域
義勇さんに稽古をつけてもらうようになってから、一緒に食事に行くことも必然的に増えた。 柱である義勇さんが選ぶお店は、きっとお高いに違いない。初めて食事に行くぞと言われたときには、そんな不安がちょっとあってドキドキしたりもしたけれど、義勇さん...
繰り返す初めましてのその先の
炭治郎は滅多に緊張することがない。緊張しないわけではないが、いつだってなるようにしかならないとすぐに腹を決めるのが常だ。 少なくとも、手料理をふるまうのに緊張したことなど、一度もなかった。 「えっと……どう、ですか?」 緊張に固くなる体を...
内緒の大好き
くちゅんっ。 「ん?」 なんだか懐かしいような音が聞こえて、つい辺りを見まわした。六太のくしゃみみたいな音。小さい子が迷い込んだんだったら大変だ。 なにしろ今は柱稽古の真っ最中。竹林は立ち入り禁止にされてるけど、小さい子が知らずに入ってきち...