手袋を買いに行ったら素敵な贈り物が届きました 2

 さて、走り出したのはいいけれど、山ブドウはどこにあるのでしょう。
「急な斜面や深い谷間って、鱗滝さんは言ってたな。谷はどこにあるんだろう」
 ふんふんと鼻をうごめかせて、炭治郎は辺りを嗅いでみました。谷間にはきっと川が流れているはずです。
 水の匂いはどこだろう。クンクンと嗅いでいると、耳を澄ませていた善逸が、あっちで川の音がすると言いだしました。
「それじゃきっとあっちだ。行ってみよう!」
「よっしゃー! 俺様が一番乗りだぜ!」
 善逸が指差した方向に向かって走り出した伊之助に、炭治郎たちも続きます。
 険しい山道もなんのその。どんどんと走っていくと、やがて木々の合間に崖が現れました。
 覗いてみると、斜面に生えている木のなかに、赤い葉っぱが絡みついている木が見えました。
「きっとあれだ! でも、この崖はずいぶん急だなぁ。どうやって降りよう」
 伊之助のマフラーやリストバンドは、炎柱様と岩柱様のお力を貰っているので、あまり役には立ちそうにありません。禰豆子が着ているマントや髪に結んだ組み紐も、霞柱様と恋柱様のお力ですから、崖を降りる道具にはならないでしょう。
 善逸のブーツなら、風柱様のお力で少しは浮くこともできるのですが、山ブドウのところまではちょっと難しいかもしれません。
「やっぱり自分たちの力でやらなくちゃ駄目だ。よしっ、つるを集めてこよう。それにつかまって下りればいい」
 炭治郎が言うと、それしかないかぁと、善逸が肩を落としました。それでも、禰豆子と一緒ですから、いいところを見せたいのでしょう。しかたない、やるか! と、さっそくつるの巻いている木を探し始めました。
 伊之助は、早くも木に巻きついているアケビのつるを引きはがしています。つるを取りながらアケビをつまみ食いしているのはご愛敬。炭治郎たちも、ときどきアケビやムベを食べて一休みしながら、がんばってつるを集めていきました。
 みんなでせっせと集めたので、気がつけば、つるはこんもりと山積みになっていました。
「これだけあったら、全員で下りられるぞ」

 とはいえ、炭治郎たちもすっかり大きくなりましたから、このままでは重くて危ないかもしれません。
 そこでみんなは、つるをせっせとより合わせて、もっと丈夫な綱にすることにしました。
 より合わせてはギュッと縛ってを繰り返して、長くて丈夫な綱を四本作り上げると、早速炭治郎たちは、崖の際に生えている頑丈そうな木にそれを結びつけました。
 反対端をお腹に結んで、これで準備は完了です。みんなはゆっくりと崖をおりていきました。
 木が生えているのは崖の中ほどです。足をすべらせないよう、ゆっくりゆっくりおりていくと、やがて赤く色づいた大きな葉っぱが絡みついた木にたどり着きました。この葉っぱが山ブドウの木の葉っぱでしょう。さっそく実を探しましたが、まったく実は見つかりません。
「えぇ~? なんでなんにもないんだよぉ」
「あの鼻じじい嘘ついたのかっ!?」
「こらっ、伊之助! 鱗滝さんをそんなふうに言ったら駄目だ。このお山の大天狗様なんだぞ? 山の主様を悪く言うなんて、罰が当たっちゃうぞ?」
 やさしい鱗滝は、伊之助の言葉を聞いてもきっと怒らないでしょうが、礼儀は大事です。ましてや炭治郎たちは神様の仲間入りをしているのですから、動物たちの模範になるようにしなければなりません。
 といっても、神様である柱様もいろいろで、わりと皆様好き勝手にくらしていらっしゃるのですけれども。
 それでも、真面目な炭治郎に言われては、しょうがありません。伊之助は不満そうに鼻を鳴らしましたが、喧嘩はしませんでした。崖で暴れるわけにはいかなかったのもあるかもしれませんが。
 そうこうしていると、ふと、禰豆子が目を閉じて耳を澄ませました。
「わかったよ、お兄ちゃん。このブドウの木は男の子なのよ。あっち! あの木からは、キュンキュンときめいてる音がしてるよ。きっとあの木が女の子だわ」
 恋柱様の眷属である禰豆子は、恋柱様と一緒に縁結びのお手伝いをしています。そんな禰豆子の言うことですから、きっと確かでしょう。

 少し離れたその木まで、よいしょよいしょと近づいていくと、ふわりとブドウの匂いが炭治郎の鼻に届きました。
「すごいぞ、禰豆子! 大当たりだ!」
「さすがは禰豆子ちゃん! でもあの木の近くはあんまり足場がないから、禰豆子ちゃんはここで待っててよ。俺がいっぱい採ってくるからね!」
「へっ、弱みそな豚逸なんかの手を借りなくても、俺様が山ほど採ってやるよっ」
「おいぃぃっ! おまえ、今とんでもない名前で呼ばなかったかっ!?」
「こんなところで喧嘩するなよ、危ないだろ」
 ワイワイと騒ぎながらも、禰豆子を残して炭治郎たちはゆっくりと木に近づきました。赤い大きな葉っぱの影からのぞく山ブドウは、たわわに実っています。
 さっそく一房つかみ取った伊之助は、炭治郎たちが止める間もなく口に入れた途端、すっぺぇ!! と大騒ぎです。ジタバタと暴れるものだから、結んだつるがギシギシと揺れて、炭治郎たちはヒヤヒヤとしてしまいました。
「まだ熟してないのかなぁ。でも、ほかにはブドウの木は見当たらないし……」
「しかたないだろぉ、とにかくこれを採っていこうぜ」
 善逸の言うことももっともです。けれども、まだ熟していない実では、お酒になんてなるのでしょうか。

 しかたなし、炭治郎たちがブドウを採ろうとしたそのとき、善逸の耳あてについた鈴がリーンと大きく鳴り響きました。音柱様のお力を持った、不思議な鈴の音です。途端にサッと青ざめた善逸が、禰豆子を振り返り見て叫びました。
「どっかの地面が揺れてる音がする! 禰豆子ちゃん、上に登って! 崖が崩れるかもしれない!」
 今日はいい天気ですが、少し前まで秋の長雨がつづいていましたから、地面がやわらかくなっていたのでしょう。崖が崩れたら、逃げ場がありません。
 善逸の声にうなずいて崖を登りだした禰豆子につづいて、炭治郎たちもあわててつるを伝いました。

 ところが。

 きゃああっ! と、大きな悲鳴をあげて、禰豆子の体がぐらりとかしぎました。炭治郎たちがつかんでいたつるも急にたわんで、上から土やら石がどさどさと降りそそいできたではありませんか。
 地面がゆるんでいたところに、全員同じ木につるを結んでいたものだから、きっと重みに耐えられなかったのでしょう。どんなに頑丈そうな木でも、地面が崩れてしまってはどうにもなりません。
 崖から投げ出されるように落ちていく四人の上から、大きな木が迫ってきます。
 どうしよう! 焦る炭治郎の横で、伊之助が巻いていたマフラーを手に取り思い切り振りかぶりました。
「一二三四五六七八九十の十種の御寶!」
 呪文とともにすぐさまほとばしり出た炎が、ごぅっと木を燃やして、すんでのところで木にぶつかって大怪我をすることは免れることができました。けれども、谷間は深く、このまま落ちればやっぱり大怪我をしてしまいます。
 神様の仲間入りをしたとはいえ、怪我をすることには変わりがありません。下は急な流れの川。地面にたたきつけられるよりはいいかもしれませんが、流されてはやっぱり一大事です。

 どうにかみんなを助けなきゃ!

 強く炭治郎が思った瞬間、炭治郎の懐から、ふわりと青く澄んだ光があふれだしました。
 そうだ! お守り!
 炭治郎は懐から一枚のハンカチを取り出すと、強く強く祈りました。

 みんなを助けて!

 それは、義勇から貰った炭治郎の大切な宝物でした。水柱の力を宿したハンカチは、炭治郎の強い願いに応えるように光を増して、大きく広がるとみんなの体をふわりと包み込みました。
 ゆらゆらと揺りかごのようにやさしく揺れながら、布は崖下へと降りていきます。そうして狭い川岸まで静かにたどり着くと、またスルスルと小さくなって炭治郎の手に収まりました。
 誰も怪我をすることなくすんで、みんなは、はぁっと大きく息を吐くと思わず地面に座り込んでしまいました。
「あっぶなかったなぁ。まさか崖崩れが起きるなんてさぁ」
「おい、権八郎、これからどうすんだ? ブドウは全部どっかいっちまったぞ」
「この崖も、どうやって登ればいいのかな。どうする? お兄ちゃん」
 口々に言う三人に、炭治郎は、うーんと首をひねりながら辺りを見回します。崖崩れはすっかり治まったようですが、つるもなしに登るのは骨が折れそうです。それに、登っている最中にまた崩れてきたら、今度こそ大怪我をするかもしれません。
 川はゴウゴウと音を立てて流れています。かなり流れは速く、泳ぐわけにもいきません。
 義勇を呼べば、もしかしたら来てくれるかもしれない。炭治郎は思いましたが、なんだかそれもためらわれます。
 だって、鱗滝が言っていたことが本当なら、今頃義勇はきっとお館様のところにいるはずです。なんでお叱りを受けているのかはさっぱりわからないけれど、いきなり呼び出してしまっては迷惑をかけてしまうかもしれません。ほかの柱様だって、みんなお館様のお社にいるかもしれないのですから同様です。
 それに、炭治郎だってもう柱の一員なのです。まだまだほかの柱様にはおよびませんが、これぐらい切り抜けられなくては、義勇の伴侶として失格だとも思いました。

 よしっ、とうなずくと、炭治郎はギュッと目を閉じて強く念じました。

 おいで、おいで。

 心のなかで呼びかけつづけていると、遠くから羽音が聞こえてきます。
 お日様から飛んできたのは、何羽もの鴉でした。普通の鴉ではありません。鴉たちには足が三本あり、お館様のお遣い鴉たちよりも体だって大柄です。
 驚く禰豆子たちの前で、鴉はきちんと整列するとそろって炭治郎に頭を下げました。
「日柱様、御用がおありでしょうか」
「来てくれてありがとう! 俺たちを崖の上まで運べるかなぁ」
 お安い御用ですとまた頭を下げる鴉たちに、炭治郎はホッと胸をなでおろしました。
「おい、炭治郎! この鴉たちなに?」
「普通の鴉さんたちと違うね」
 しげしげと興味深く鴉を眺めまわす禰豆子たちに、鴉たちはツンとすまし顔です。
「日柱を襲名すると、この八咫烏たちが眷属になってくれるんだ。ただ、この子たちは普段は天界にいるから、まだ力が弱い俺じゃ呼び出すのに時間がかかるんだよ」
 頭をかいて、もっと修行するよと照れ笑いした炭治郎に、禰豆子と善逸は感心していましたが、伊之助は、子分のおまえのそのまた子分ってことは、こいつらも俺様の子分だな! と、ふんぞり返っています。
 あきれ顔をしたのは善逸だけではありません。鴉たちもちらりと伊之助を見やると、ツンとそっぽを向いてしまいました。
「とにかく、この子たちに助けてもらって崖の上に戻ろう」
「あんまり遅くなると鱗滝さんを心配させちゃうもの。ブドウは、ホラ、少しだけなら落ちてきたのがあるよ」
 善逸と伊之助だけでなく、鴉たちとまで喧嘩が始まっては大変です。あわてて言った炭治郎に禰豆子も一緒になって善逸たちをうながしたので、それもそうだとふたりもうなずいてくれました。

 鴉たちも手伝って、落ちてきたブドウのなかからつぶれていないものをせっせと拾っても、ブドウは炭治郎の片手に乗るほどしかありません。けれどもこれ以上ここにいるわけにもいかず、仕方なく炭治郎たちは、ともかく帰ろうとうなずきあいました。
 一緒に落ちたつるをかき集めて長い綱を全員分作ると、みんなはそれぞれ綱に腰かけました。綱の両端をつかんだ鴉たちが飛び立ちます。ブランコのようにゆらゆらと揺らされながら、炭治郎たちは崖の上へと向かいました。善逸は怖い落ちると大騒ぎです。
「うおぉぉっ、すっげぇ! おい、揺らしっこしようぜ!」
「駄目だ。鴉たちが困っちゃうだろ。伊之助、今度またつきあってやるから、今はおとなしくしてくれ」
「そうだそうだぁ! 鴉さんたちの迷惑も考えろっ、怒って振り落とされたらどうしてくれんだぁ!!」
 ワイワイとさわがしい炭治郎たちに、鴉たちは素知らぬ顔。けれどもやっぱりちょっとあきれていたのでしょう。崖の上に降りたったとき、一羽がそっと炭治郎に耳打ちしたものです。
「日柱様、ご友人はえらばれたほうがよろしいかと」
「善逸も伊之助もいい奴なんだよ。ちょっとうるさいけど。おまえたちもそのうちわかるよ!」
 ちょっと苦笑いしながら炭治郎が言えば、鴉はいかにも本当かなぁと言わんばかりにちらりと伊之助たちを見ましたが、それ以上はなにも言いませんでした。鴉たちに二人の良さを知ってもらうには、まずは炭治郎が力をつけなければなりません。なにしろ鴉たちは遠い天界にいるのです。炭治郎がもっと神様らしくなって、楽に呼び出せるようにならないと、鴉たちだって伊之助たちのことを知る機会はないのですから。