午後7時のルイスリンプ 6

 パーキングに車を止めて外に出れば、潮風が吹きつけてくる。目の前に広がる海に炭治郎のテンションが一気に上がったのがわかった。
「海だぁ! 気持ちいいですねっ!」
 水族館でも思ったが、やはり炭治郎はどちらかというとアウトドア派なのだろう。生き物と接したり自然に触れるのが好きらしい。明るい笑顔を見せる炭治郎に微笑ましさを覚えながら、義勇は、次のデートにはアウトドア系のアドバイスを貰うべきかなと考える。
 秋になれば義勇も卒論準備に入る。炭治郎だって文化祭委員の仕事が佳境だろうし、互いにデートどころではなくなるかもしれない。それまでにもっと恋人らしくなりたいものだ。

 ファーストフード店で昼を食べたら、少し公園を散歩するのもいいかもしれない。海浜公園から目的のパレットタウンまでは十分ほどで着く。夕飯前に送り届けようと思っていたけれど、買い物はきっと土産探しぐらいだろうから、散歩に時間を取って食事をしてから帰るのでもいいか。

 これからの予定を考えるのに気を取られていたら、つん、と袖を引かれた。
「義勇さん? どうしました?」
「あ、あぁ、いや、散歩するのに気持ちいい陽気だなと……」
 少々バツ悪く答えたら、炭治郎は安心したように笑った。義勇のジャケットの袖を掴んだ手はまだそのままだ。大きめのパーカーの袖から覗く指先が、チョコンと自分のジャケットの袖を掴んでいる光景は、なんだかもう胸が詰まる。

 なんなんだ、このかわいい生き物。愛らしすぎてどうしたらいいのかわからなくなるだろうが。
 
 思わず唸りそうになって、つい空咳すれば、炭治郎の手は離れていってしまった。
 咎めたように感じられたのだろうか。失敗したと内心焦った義勇だったが、そういうわけではなかったらしい。炭治郎はまたモジモジと指をすり合わせ、チラチラと周囲に目をやっている。
 つられて義勇も辺りをさりげなく見まわせば、観光客だろうか、女性のグループがこちらを見てひそひそと話しているのが見えた。
 よくよく注意してみると、そういうグループや二人連れはそこここにいて、自分たちが注目を浴びているのに気がついた。
 舌打ちしなかっただけでも自分を褒めたい。炭治郎に下世話な目など向けさせたくなかったのに、なにが悪かったのだろうか。炭治郎が袖を引いたのは、特別なことではないはずだ。義勇の目にはとんでもなくかわいらしく映りはしたが、仕草自体はどうということもない普通の接触だろう。
 ならば、原因は自分か。思いついた瞬間に、義勇の喉がグッと詰まった。
 見るからにゲイテイストなファッションなどしたことがないし、する気もない。これまでだって、同じ性的指向のいわゆるお仲間ならばともかく、見ただけでゲイだと思われたことなどなかったのに。
 炭治郎といると、やはり自分は『普通』でいられないのだろう。怪しまれて炭治郎まで奇異の目を向けられるぐらいに、炭治郎への愛おしさが駄々洩れになっているに違いない。自身の迂闊さに義勇は内心で臍を噛んだ。
 水族館では気がつかなかったが、考えてみれば家族連れやカップルのほうが多かった。連れのことで手一杯で、他人になど目を向けることがない人らだ。だがお台場は観光に来ているグループもかなりいる。

 もっと注意しなければ。炭治郎には楽しい思い出だけを作ってやらないと。

 適正な距離をとって、友人の、いや、年齢を考えれば親戚辺りが妥当か。くしくも自分が言ったとおりだ。炭治郎と自分は親戚の子とおじさん。いや、お兄さん。自嘲の笑みを抑えこみ、義勇はわずかに目を伏せた。
 わかっていたはずだ。人目のある場所で、恋人らしくあることなどできやしないことぐらい。
 それでも笑っていてくれるなら。恋人らしい振る舞いはなにひとつできなくても、炭治郎が楽しい、幸せだと、笑ってくれるならそれでいい。思いながら義勇は、さりげなく炭治郎から離れた。
「行こう。腹が減っただろう」
「あ、はい」
 歩き出した義勇の少し後ろを炭治郎がついてくる。先ほどよりも少し距離が近い気がした。
 隣を歩きたいのだろうということはすぐにわかった。だが、それではまた炭治郎が変な目で見られる。
 わずかに顔を向ければ、物言いたげな赫い瞳と目があった。けれど義勇はそ知らぬふりで視線をそらせた。親戚の適正な距離なんてわからない。どうすれば炭治郎を傷つけることなく、笑顔のままでいさせてやれるのか。わからないまま義勇は足を速める。
 心地好いと思った風は、べたりと肌に貼りつくようで不快感ばかり伝えてきていた。

 ファーストフードのチェーン店で食事する間も、炭治郎の表情は浮き沈みを繰り返していた。原因ははっきりしている。やたらとこちらを注視し、ひそひそと内緒話してはキャアキャアと甲高い声で笑う女子高生らしいグループのせいに違いなかった。
 どこにでもある手頃な価格のファーストフード店は、週末ともあって若年層の客が多い。炭治郎が気負いなく食事できる場所としては最適だろうと思ったのだが、客の目までは考えていなかった。不躾すぎるあからさまな視線に、義勇も思わず眉をひそめてしまったくらいだ。そんな目で見られることなど、まるで想定してしていなかっただろう炭治郎なら、なおさら針の筵のように感じられたことだろう。
 それが証拠に、騒がしい店内から外に出たとたんに、炭治郎も、ホゥッと安堵のため息をついてた。土曜のファーストフード店なんて、穏やかな空気からかけ離れている。竈門ベーカリーのような居心地の良さなど望むべくもない。無遠慮な視線もいたたまれなかっただろうが、人の多さもきっと落ち着かなかったのだろう。
 すぐに人の多い場所に行く気にはなれず、少し散歩するかと誘えば、炭治郎は、苦痛から解放されたかのような笑みを浮かべてうなずいた。

 それでも潮風に吹かれながら海を眺めて散歩するあいだに、炭治郎の気分も持ち直したように見えた。なんで日本に自由の女神? と、水族館と同じようなことを言いあい笑ったときには、スッキリと気持ちを切り替えたのだろうと思えたのだけれど。
 人のまばらな公園はともかく、観光客であふれる複合施設では、やっぱり炭治郎の表情は曇りがちになった。義勇も神経が過敏になっているのか、人の視線がやたらと気になる。
 自意識過剰なだけならいいが、視線を感じ振り返って目があったとたんにキャアと叫ばれれば、嫌でも注目されていることを悟らずにはいられない。とくに若い女性のグループからは至るところでジロジロと見られ、昼食のときと同じくヒソヒソ話までされる始末だ。ときにはデート中のカップルの男からにらまれたりもした。ノンケの男からすれば、男同士なぞ見るのも不快だということか。
 炭治郎もやたらと見られるのは苦痛でしかたないのだろう。ときおり周囲を見回しては、ピタリと義勇にくっつこうとする。不安なのだろうが逆効果だ。余計に見られるからと教えてやるのは、なぜだかためらわれて、義勇はそのたび炭治郎から少し距離を取った。炭治郎の目が泣きそうに揺れるのも、そっと唇を噛みしめるのも気づいていたが、頭を撫でてなぐさめてやることすらできなかった。
 土産を探してキャラクターグッズなどを見て回るあいだは、家族のことで思考のほとんどが占められていたんだろう。散歩していたときと同じく穏やかに笑っていたけれど、店を出てしまえばまた落ち着かなげな顔になる。夕食なんて食べるどころじゃない。
「観覧車、乗るか?」
 このままデートを終わらせるのは忍びなく、心苦しさを隠して誘いをかけてみると、意外なほど食いつきよく炭治郎は了承した。ようやく見られた翳りのない笑顔に、義勇も胸のつかえが下りる。
 夕暮れの観覧車はそろそろイルミネーションが灯る。乗客も家族連れからデート中のカップルに切り替わりだす時間だ。
 すっかり日が暮れてしまう前でよかった。カップルばかりでは、また炭治郎を委縮させてしまうかもしれない。
 乗り込んだゴンドラは、十六分かけて一周するらしい。雄大な海を見るには薄暗く、夜景にはまだ少し早い時間。展望を楽しむには中途半端ではあるが、炭治郎はうれしそうだった。
 向かい合って座ったゴンドラで、外を眺めるよりも義勇を見つめる時間のほうが長かった気がするほど、炭治郎はしゃべりつづけた。もしかしたらそれは、不安を掻き消すためだったのかもしれないと、義勇が思いついたのは家に帰り着いてからのことだ。
 頂上が近づくにつれ、なんとなし、炭治郎が緊張を漂わせてきたのに気づいてしまったから。

『五作目の本で、観覧車のてっぺんでキスするとこがあったじゃないですか。あれ、すっごくドキドキしました。本当にきれいで切なくて、俺、ちょっと泣いちゃいましたもん』

 朝、炭治郎は確かにそう言っていた。知り合う前に貰ったファンレターでも、そんなことを書いていたのを覚えている。

 すっかり頭から消えていたかねてからの悩みが、現実感をともなって義勇に迫っていた。
 デートなのだ、キスぐらいするのは当然なのかもしれない。ほかのゴンドラに乗っている客のなかにも、同じ緊張に包まれているカップルだっているだろう。けれど、そんな人たちや小説の登場人物とは、自分たちは違う。微笑ましさもなければ、きれいで切ないと思われることもない、男同士だ。
 てっぺんならほかのゴンドラからも見られない。告白したときのように、そっと唇をあわせるだけでいい。思いはする。だが、止められるのか? 炭治郎に触れて、自分はそれだけで我慢できるんだろうか。
 今日一日、ずっと触れるのを自分に制してきた。炭治郎を慰め、安心させてやりたかった。抱きしめたいという衝動にすり替わるのは、きっとたやすい。
 てっぺんが近づいてくる。一瞬だけ。自制すれば。頭のなかで誘惑する声が聞こえる。止められるのか? しかも失敗なんかしてみろ、目も当てられないぞ? 幻滅されてフラれること請け合いだ。せせら笑う声が頭を冷やす。そのせめぎ合い。
「あの……義勇さん、そっち行っても、いいですか?」
 炭治郎の声は少し上ずり、掠れている。膝の上でキュッと握られた手も、小刻みに震えていた。
 おいで、と。呼んでしまいたい。ひどく喉が渇いていた。ドクドクと鼓動が早い。
 触れたい。キスしたい。抱きしめて、頭を撫でて、それから……それから?

 その先が、俺たちにあるのか?

 スッと、義勇の頭は冷えた。
 炭治郎を抱きたい。欲はある。けれど、その先を自分は本当に考えていたか?
 身じろいだ拍子に、義勇の膝が傍らに置いていた紙袋に当たった。炭治郎が家族へ土産をえらんでいたときに、炭治郎に内緒で買った禰豆子たちへの土産だ。炭治郎がむくれたら、これはデートさせてもらった礼の分とうそぶいて、止められる前に葵枝に渡してしまおうと思っていた。
 あぁ、そうだ。胸の奥底に刺さった小さな棘の正体を、やっと義勇は理解した。気づかぬふりをしてきたことを自覚したとも言える。

 あの温かい家族を壊してしまうことが、いや、壊せないと炭治郎に泣かれることが、怖かった。

 無関係の第三者たちがぶつけてくる、遠慮のない注視。ひそひそと声を潜めて、自分たちをチラチラと見ながら、話す少女たち。耳障りな笑い声。にらみつける目と舌打ち。炭治郎の笑顔を陰らせたそれらから逃げたいと告げられても、義勇には引き留める術なんてない。
「……動くと、危ないから」
 空々しい言い訳に、炭治郎はヒュッと小さく息を飲んだ。
 なんで、どうしてと、問い詰めてはこない。炭治郎は、わがままを言わない。義勇に対しても。衒いなく甘えてわがままを言ってほしいと、言われたいと思っていたのに、自分自身でそれを拒んでいる。
 胸がズキズキと痛んで、苦しくて、義勇は泣きだしそうになるのを懸命にこらえた。きっと今泣きたいのは炭治郎のほうだ。自分に泣く資格なんてないと義勇は、うつむき顔を隠すと唇を噛んだ。血がにじみそうなほどに噛みしめても、胸のほうがより痛い。
「そう、ですね……」
 ささやくような炭治郎の声は震えていた。ゴンドラの窓の外はどんどん暗くなっていく。灯り始めた明かりは美しい夜景のパノラマを描き出しているのに、うつむいた二人の瞳に映ることはなかった。
 てっぺんは、無言のまま過ぎていった。

 帰り道、車に乗ってからこっち、助手席の炭治郎は痛々しいぐらいに平静を装い、しゃべりつづけている。このまま終わりたくないのは義勇だって同様だ。どうにかこの空気を壊したい、幸せに笑って「それじゃあまた」と言い合いたい。口にはしないそんな言葉が、炭治郎の上滑りな言葉の影から聞こえてくるようだ。
「――疲れただろう、寝てていい」
 別れる気なんてない。離れたくない。だけど気づいてしまった未来への不安に、義勇は逆らえなかった。会話するのすら怖い。炭治郎の口から、もしも義勇との関係に怖気づく言葉を聞かされたらと思うと、それだけで恐慌状態に陥りそうになる。
 怯えは義勇の声をいつも以上に平坦なものにさせて、自身の耳にすらどこか冷たくひびいた。
「…………はい。すみませんけど、そうします」
 わがままを言ってくれ。素直に引き下がらず、甘えてほしい。身勝手な言葉があふれそうになって、義勇はきつく奥歯を噛みしめた。口を開けば専横な言葉で責めてしまいそうで、息をするのすら怖い。
 シートをかたむけて窓のほうへと顔を向けた炭治郎から、寝息は聞えてこない。

 嘘だけでなく、狸寝入りすら下手なんだな。

 苦笑よりも、涙がこぼれそうだった。
 恋しさは、愛おしさは、こんなにも胸にあふれてひと欠けらも減りそうにないのに、手を伸ばすことができない。
 結局自分は、まだ覚悟なんてできちゃいないのだ。臆病で、卑屈な、卑怯者。炭治郎を守り抜く自信なんて、欠けらも持っちゃいない。義勇は指先が白くなるほどハンドルをつかむ手に力を込めた。
 夜の高速を、車は静かに走る。ヘッドライトの先にあるのは、一体なんだろう。今となっては今朝までの悩みなど、能天気すぎてあきれるよりほかない。
 恋の楽しさや喜びだけ、ふたり抱きしめていられたらいいのに。願ってももう、義勇の胸には痛みばかりがある。

 ごめん、禰豆子。炭治郎のためだろうと、せっかくデートの機会をくれたのに。ごめん、真菰。デートが成功するようにって、あんなにいっぱい考えてくれたのに。
 ごめん。
 ごめん、炭治郎。
 こんなにも不甲斐なくて、情けない男で。それでも、まだ放してやれそうになくて……手を取ってしまって、ごめん。好きになって、本当に、ごめん。

 車は走る。夜の街を、重苦しい空気を乗せて。朝とは逆の道を、沈黙のままに。

 竈門ベーカリーの明かりはまだ灯っていた。だがそろそろイートインもラストオーダーだ。
 駐車場に車を止めたのにあわせて、炭治郎がゆっくりと起き上がった。目が覚めたというにはタイミングが早い。眠ったふりをつづけるのも苦しかっただろうに、炭治郎はシートベルトを外すと義勇に小さく笑いかけてきた。
「今日はありがとうございました。禰豆子たちへのお土産まで貰っちゃってすみません」
「いや……」
 なにを言えばいい。それじゃあまた? 楽しかった、おやすみ? 当たり前の言葉が空々しいひびきで義勇の頭に反響する。
 どんな言葉でなら、胸をざわつかせる不安や苦しさを悟らせることなく、愛しいこの子を安心させてやれる? 百万語費やしてもまだ足りそうにない愛おしい気持ちを、どうすれば過たずこの子に伝えてやれるんだろう。
 作家だなんて肩書も、自身の恋の前ではあまりにも無力だ。義勇はハンドルを握ったままの手に力を込めた。なにかにすがっていないと、炭治郎を抱きしめてしまいそうだった。
 言葉をつづけられない義勇になにを思うのか、車を降りた炭治郎は、それでもドアを閉めず佇んでいる。少し腰をかがめて、義勇の目を見つめたまま黙りんでいる炭治郎に、義勇の喉が緊張にゴクリと鳴った。
 そこはかとなく思い詰めた風情で、クッと唇を噛んだ炭治郎の赫い瞳に、決意の火が見えた気がした。
 手にした紙袋がぶつかり合って、ガサリと音を立てた。炭治郎の上半身がまた車内に戻ってくる。運転席の義勇に向かって身をのりだす炭治郎から、目が逸らせない。薄く開かれた炭治郎の唇は、怯えているかのように震えていた。
 店内からは、義勇の車が止められたのは見えていないだろう。それが証拠に出迎えに出てきそうな禰豆子たちが、ドアを開くことはない。
 もしも。もしもこのまま唇を重ねて、こらえきれず抱きしめ奪うように連れ去っても、きっとまだ時間の余裕はある。炭治郎も望んでいる。せめてキスしてやれば、きっとこの子は不安を一先ず先送りにするのだろう。

 そして、ふたりそろって不安に蓋をして、綱渡りのように上滑りな笑みを浮かべ合うのか。いつか落ちると怯えながら? この子に、そんな思いをさせるのか、俺が。

 炭治郎の動きが止まった。義勇の手が、頭に触れた瞬間に。
「また、連絡する」
 赤みがかったやわらかな髪に触れた義勇の手は、これ以上進むなとの意思めいて炭治郎には感じられただろう。わかるから、とっさに伸ばしたその手は、情けないぐらい震えていた。固くこわばる体は自分の手ひとつうまく動かせず、撫でてやることすらできずにいる。
 ポンと頭に乗せただけの緊張で冷えた手に、今、炭治郎はなにを思っているんだろう。
 思い詰めた瞳から、スッと火が消えたのを義勇は見た。
 形ばかり唇や目元が、笑みを作る。作り笑いなんて、炭治郎には似合わない。なのに、馴染まぬ上っ面だけの笑みを浮かばせたのは、ほかでもない自分なのだ。
 ギリッと心臓が引き絞られて、千切りとられるようだと、義勇は苦しい息のなかで思う。それぐらい、炭治郎の上辺だけの笑みは胸に痛い。
「はい……あ、あのっ、夏休みに入るまで忙しいのつづくらしくて……返信も遅くなっちゃうかもしれないんですけど」
「あぁ……気にするな」
 ゆっくりと炭治郎の体が引いていく。頭に乗っていた義勇の手を残して。
「……おやすみなさい」
「おやすみ」
 バタンと音を立ててドアが閉まった。拒絶された、なんて。そんなふうに考えること自体が思いあがりだ。そもそも近づいた炭治郎を止めたのは自分ではないか。愛想をつかされたなんて、傷つくことさえ失礼な話だ。炭治郎はそんな子じゃないと知っているのに。
 自分の苦しさにや痛みに酔って、悲劇のヒロインでも気取ってるつもりかと、義勇は自分自身を心のうちで嘲笑う。

 嘆く資格すら、今日の俺にはまるでない。全部自業自得だ。

 静かに発車させた車のバックミラーに、炭治郎が映っている。時を置かずくるりと背が向けられた。店のドアに向かう炭治郎の背中も、すぐに小さく遠ざかり見えなくなる。
 ガサッと後部座席で音がした。
「……禰豆子たちへの礼を、渡しそびれたな」
 ポツリと呟いた声を、倒れた紙袋だけが聞いていた。