真白の雲と君との奇跡5

 土曜も朝から晴れていた。陽射しはまだ午前中だというのにすでに強く、今日も暑くなるのは間違いない。陽射しだけ見れば絶好の海水浴日和といったところだろう。だが、流れる雲が早い。
 出がけに見た天気予報では、早くも台風発生を告げていた。とはいえ、杏寿郎たちの今日の目的は海は海でも海岸での石拾いだ。台風もまだ天気が崩れるほどの距離にはなく、お出かけにはさほど問題はなさそうだ。
「風が強いな。強風波浪注意報は出ていなかったが……。だが万が一があるからな、海辺に行くなら十分気をつけるんだぞ、杏寿郎、千寿郎」
 駅まで送ってくれた父の言葉に、千寿郎が「はい!」と手を挙げいい子のお返事をするのを微笑ましく思いながら、杏寿郎もしっかりとうなずいた。
「はい! 十分気をつけます!」
 しかつめらしい顔でうなずき返したものの、父は満足げだ。威厳ある態度を取ろうと努めているふしのある父だが、その実かなりの子煩悩なことは誰もが知っている。杏寿郎たちの返事にきっとまた内心で、うちの息子たちいい子! などと考えているのだろう。
 だが上機嫌な様子は長くはつづかず、待ち合わせ場所にまだ義勇が到着していないのを知ると、父は途端にしょんぼりと眉を下げた。
「なんだ、やっと義勇くんに逢えると思ったのに」
「父上、約束の時間までまだニ十分もあるのです。俺たちが早すぎたのだから、義勇は悪くありません!」
 わずかでも義勇を責められるのは勘弁願いたいと、杏寿郎が声を張り上げれば、父は顔をしかめて耳をふさいだ。
「別に責めてないだろうが……そんなににらむな」
 どうも声が大きすぎたらしい。千寿郎もちょっぴり目を白黒とさせている。
「時間まで間があるなら、そこのコンビニでおやつでも買っておくか?」
「ちゃんと持ってきました。母上がお弁当も持たせてくれました」
 ニコニコとリュックを見せる千寿郎に他意はない。けれども父の眉はますます下がり、いかにもガッカリとした風情だ。
「父上、俺たちは大丈夫ですから。送ってくださりありがとうございました! 母上が待っています、家にお帰り下さい!」
「ありがとうございました!」
 杏寿郎に倣って千寿郎にまで言われてしまえば、大人げなくごねて義勇がくるまで居残ると言い張るわけにもいかなかったのだろう。後ろ髪を引かれる様子で帰っていった父に、杏寿郎はわずかに苦笑した。
 父に義勇を紹介したい気持ちは杏寿郎とてあるが、出がけに母に「父上はなんだかんだと言い訳して一緒に行きたがりそうですから、早く帰らせるように」と言い含められているのだ。申しわけないがしかたがない。

 車が見えなくなって五分もしないうちに、道の向こうに義勇の姿が見えた。今日も制服姿だ。
 杏寿郎も今日は義勇に倣って制服着用である。制服とはいえ、おそろいには違いない。高揚する気持ちのままに杏寿郎は声を弾ませた。
「おはよう、義勇!」
「おはようございます!」
 千寿郎と一緒に手を振ると、気づいた義勇が小走りにやってくる。
「おはよう。すまない、遅くなった」
 まだ午前中だが気温はすでに高い。休日の駅は、夏休みということもありそれなりに人出が多かった。人の流れを妨げる場所ではないし、日陰になっているから待つのも苦ではない。だが義勇は、表情にはあまり出ていないものの、いかにも申しわけなさげだ。
「時間までまだ十五分もあるぞ! 俺たちが早すぎたのだ!」
「楽しみで早く来ちゃいました」
「でも、暑かっただろう。ごめん」
「お帽子もかぶってるから大丈夫です」
 麦わら帽子のつばを握ってはにかみ笑う千寿郎に、額にうっすらと汗を浮かばせながら義勇が小さくうなずいた。千寿郎を見つめる瞳は気遣わしげだ。
 無表情と無口のせいで、クラスメイトのなかには義勇を冷たいと敬遠する者もいるが――理由はそれだけではないのは知っているけれど――千寿郎を案じる様子ひとつとっても、義勇のやさしさは伝わってくる。過たずそれを感じ取れる自分が、なんとはなし誇らしかった。
「早くに行けば、それだけたくさん石が集められるかもしれないからな! それに、俺たちが早すぎたのだと言っただろう? 義勇が謝ることはない!」
「……そうか」
 闊達な杏寿郎の笑みに、ようやく義勇も笑った――ような気配がした。
 少しずつ表情は豊かになっているものの、基本的には義勇の顔は無表情がデフォルトだ。それでも幼い千寿郎に素っ気ない態度をとるのはためらわれるのだろう。ぎこちなくではあるが千寿郎を気遣いながら接する義勇に、杏寿郎の秘めた憂いが晴れていく。

 電話の一件から、杏寿郎の心のなかにはずっと不可解な疑問と鬱屈が居座っていて、寝不足がつづいている。夏休み前日も、義勇が家にやってくると思うと興奮して眠れなかったものだが、この二晩ばかりの寝不足は鬱々とした悩みが原因だ。そのせいか杏寿郎はいつもよりも少々元気がなかった。
 家族を心配させるわけにもいかず、空元気を奮い立たせていたものの、少しだけ不安が胸にあったのは事実だ。
 義勇に逢うのが怖いだなんて、ほんの少しでも思ってしまった自分が信じられない。けれども義勇に逢えば、真菰という女のことはどれくらい仲がいいのかだとか、ふたりだけで遊びに行ったりもするのかとか、いらぬ詮索をしてしまいそうだったのだ。
 そんなことを責めるように問い質されても、義勇だって困るに違いない。下世話な詮索好きだなどと思われるのも、杏寿郎としては不本意だ。

 だが、そんな懸念は杞憂だったようだ。実際に義勇に逢えば、鬱屈はたちまち小さくなっていく。

 思っても見なかったことだが、もしかしたら自分はかなり嫉妬深いのかもしれない。錆兎に対しても、真菰という女の子に対しても、義勇を取られてしまうかもと不安に駆られてしまうのだろう。
 けれど、今、義勇は杏寿郎と一緒にいる。いつも一緒の錆兎でも、幼いころから遊んでいるという真菰でもなく、杏寿郎とだ。千寿郎のことだって厭うそぶりなどまるでなく、まとう空気はやわらかい。
「さぁ、行こうか! 結構長く電車に乗らねばならんからな! 母がおやつも持たせてくれた!」
「お弁当と水筒もです」
 ホラ、と後ろを向き背負ったリュックを見せる千寿郎に、義勇の口元に小さな笑みが浮かんだ。

 千寿郎だけは幼稚園の制服ではなく、Tシャツに短パンだ。白地にデフォルメされたライオンのプリントがされたTシャツは千寿郎のお気に入りである。麦わら帽子は杏寿郎が去年あげた誕生日プレゼントだ。サイズが少し小さくなったようだが、千寿郎はまだかぶれますと今日もかぶってくれている。
 うれしいけれど、杏寿郎は千寿郎のうれしげな顔にちょっぴり申し訳ない気分にもなる。身につけるものを子どもに贈るときは、成長を見越すというのは大事なのかもしれない。自分の制服にはまだ余裕があるのは、ちょっと悔しくなるけれども。

「俺も、おばさんが用意してくれた」
 先日とは違って今日は義勇も少し荷物が多い。肩にかけた大きめのトートバッグの中身は、杏寿郎たちと同じようなものであるらしい。弁当に水筒、石を入れるビニール袋とそれとは別にゴミ袋も。おやつも少し。
「それと昨日、買った」
 義勇がバッグから取り出して見せたのはA5サイズの図鑑だ。
「わぁ、石の図鑑ですねっ」
「俺が買ったのとは別だな。ホラ」
 杏寿郎もスポーツバッグから新書版の図鑑を出して見せれば、義勇の青い目がわずかに細められた。ほんのちょっぴり眉尻が下がっている。
「相談してからにすればよかったな」
「そうだな、それなら一緒に買いに行けたのに残念だ」
 無念そうに杏寿郎が言うと、義勇はキョトンとまばたいて、おかしそうに小さく笑った。
「……うん、残念だ」
 一緒に本屋に行けなかったのは寂しいが、義勇も今日のことを楽しみにしてくれていたのだろうと思うと、杏寿郎の胸は高鳴って、笑みも深く明るくなるというものだ。電話して以来胸に鬱積していた解きがたい疑問も小さく身をひそめていく。

 せっかく義勇と一緒に出掛けられるのだ。鬱々と思い悩んでいるなどもったいない。今日は千寿郎だっている。千寿郎であれば、いくら義勇と一緒にいたって自分も嫉妬することはあるまい。

 少しの不安を押し殺し、浮き立つ心のままに、行こう! と笑って杏寿郎はふたりを促し改札に向かった。
 今日行く場所は、以前家族で行ったことがある。そのときは父の車でだったが、電車でのルートも調べは万全だ。迷って義勇や千寿郎に不甲斐ないところなど見せられない。
 張り切る杏寿郎に、義勇もどこか楽しげだった。
 

 さほど待つことなくやって来た電車に乗ると、幸運なことに座席も三人分空いていた。
「風は強いが、あまり波打ち際によらなければ大丈夫だろう!」
「どういうところなんだ?」
 昔はテレビ番組などでもお馴染みだったという海水浴場の近くだと、義勇には教えてあるが、詳しい場所は話していない。小さく小首をかしげてたずねてきた義勇に杏寿郎が答えるより早く、千寿郎がパッと顔を輝かせて答えた。
「いっぱい石があるんです! 灰色の石が多いんですけど、よく見るときれいな石もいっぱいで、鳥さんが海でお水を飲んでるのも見ました!」
「鳥?」
「アオバトが群れで海水を飲みにくるんだ。だからバードウォッチングのスポットとしても知られているらしい」
「潮水を飲むのか?」
「うむ。かえって喉が渇きそうなものだがな。餌が影響しているようだ」
「きれいなハトさんなんです。羽は赤くって、体は緑で、とってもかわいいんですよ。今日もいるでしょうか、兄上」
「うぅむ、どうだろう。見られるといいな、千寿郎!」
「はい! 義勇さんにも見てもらいたいです!」
 いつもは引っ込み思案で恥ずかしがり屋な千寿郎だが、今日はやけに声も大きく、ずっとニコニコと満面の笑みだ。義勇に向けられた顔も見るからにうれしそうだった。ずいぶんと義勇のことを気に入っていると知ってはいたが、慣れぬ相手にここまで千寿郎が懐くのも珍しい。微笑ましさに杏寿郎の頬は緩みっぱなしだ。
「……そうか。俺も見てみたい」
「きっと見られます! あ、鳥さんを見るんじゃなくて、今日は石を拾うんでした」
 はわわとあわてる千寿郎に、杏寿郎は義勇と顔を見あわせる。笑ったのは同時。
 恥ずかしそうにうつむく千寿郎の頭を杏寿郎が撫でると、そろりと上がった顔に義勇が微笑みかけた。ぎこちなさの取れたやわらかでやさしい笑みだ。
「石を拾って、鳥も見よう。楽しみだな」
「……はいっ!」
 千寿郎を真ん中に、三人並んでの道行は、周囲の人たちの微笑みも誘うもののようだ。向かいの座席のおばあさんが、ニコニコと話しかけてきた。
「ボク、お兄ちゃんたちとお出かけいいねぇ」
 知らない人に話しかけられて、ちょっと身をすくませた千寿郎が杏寿郎を見上げてくる。笑い返してやれば、はにかみ笑いながら千寿郎はおばあさんにうなずいた。
「はいっ。兄上の宿題で、石を拾って、あと鳥さんも見るんです」
「宿題で石拾い?」
 キョトンとされるのも無理はない。苦笑して杏寿郎が自由研究ですと答えると、あぁ、とおばあさんもうなずいた。
「もしかしてこゆるぎの浜かしら?」
「おぉ、ご存じですか!」
「さざれ石で有名よねぇ」
「さざれ石……国歌の?」
 パチリと目をしばたたかせて義勇が小首をかしげた。杏寿郎も浮かぶのは『君が代』だ。
「そう。あそこはねぇ、玉砂利の産地なの。『君が代』は、川や海で削られた小さなさざれ石が、また集まって大きな巌になるまでって歌っているの。気が遠くなるぐらい長い年月のことだわね」
「小石が岩になるんですか?」
 驚いて目を見張った杏寿郎が義勇へ顔を向けると、義勇も、目をぱちくりとさせて杏寿郎と顔をあわせたきた。そんなふたりにおばあさんは、少女のようにウフフと笑っている。
「鎌倉の八幡様にもさざれ石の巌があるのよ」
「へぇ! それはすごい! 義勇、今度見に行ってみないか?」

 杏寿郎の嬉々とした声に、義勇もどこか楽しげにうなずいた。白い頬が少し紅潮して見えるのは気のせいだろうか。また一緒に遠出することを、義勇も楽しみにしてくれているのならうれしいのだけれど。

「お勉強の役に立てたかしら?」
「はい! 良いことを教えていただきありがとうございます!」
「ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げた杏寿郎と義勇を交互に見やって、千寿郎もぴょこんと頭を下げた。
「ありがとうございますっ」
「お行儀のいいこと。お勉強頑張ってね」
 電車が止まり、おばあさんが降りていく。バイバイと手を振る千寿郎に、おばあさんもうれしそうに手を振ってくれた。旅というにはささやかな道行きだけれど、幸先の良い一期一会に杏寿郎の胸が弾む。

 そうだ。悩んだり苛立ったりしていては、もったいない。義勇と一緒にいられる時間を楽しまなくては!

 興奮した様子で話しかける千寿郎に、義勇も穏やかに相槌を打っている。幼子の話だ。要領を得ぬものも多いだろう。けれど義勇は眉をひそめたりはせず、真摯な瞳で千寿郎の相手をしてくれている。生真面目で誠実な義勇の為人が、こんな些細なことからも伝わってくる。
 今はまだ、クラスメイトたちは義勇のやさしさに触れる機会はないようだが、いずれはみなも知るのだろう。そうなれば、錆兎や真菰だけでなく、杏寿郎の嫉妬の対象は増えていくに違いない。
 そのたび苛々したり悲しんだりしていては、いずれは杏寿郎自身が義勇を傷つけてしまうことだってあるかもしれない。そんなのはごめんだ。母の忠告はきっと正しい。狭量な嫉妬で義勇から幻滅されたり、ましてや嫌われるなんてとんでもない話だ。

 動じぬ大きな男になるのだ。義勇を守れるぐらいに。うじうじ気に病むぐらいなら、度量が広い男となるべく己を磨くことに邁進するほうが、よっぽどいい。千寿郎にとっても恥じることない兄でいるためにも。

「兄上は誰が一番好きですか?」
「義勇」
「……え?」

 胸中で決意を固めるのに気を取られていて、ふたりの会話をまったく聞いていなかった杏寿郎が、千寿郎の問いかけに即答すると、ふたりはポカンと目を見開いた。 
「ん? あぁ、千寿郎や父上と母上も一番だぞ!」
「……登場人物の話だ」
 ふいっと視線を外し早口で言った義勇の目元が赤い。耳も淡いバラ色に染まっている。
「義勇さんのご本の話です、兄上」
「お、おぉ、そうだったか。すまん、聞いてなかったっ」
 どうやら義勇と千寿郎の会話は、いつのまにか借りている本の話になっていたようだ。 
 照れ笑いする杏寿郎を、ちろりと横目で見やる義勇の瞳が、少し咎める色を帯びている。けれどもそれは、義勇も照れていることを知らせてもいた。
「そうだなぁ……千寿郎は誰が一番好きなんだ?」
 問いかけながらも、杏寿郎の心中はわずかに焦りを覚えていた。義勇は杏寿郎が本の感想を告げたときにも静かに聞いていてくれたけれど、話を聞くだけでもつらいのではないだろうか。
 だが、義勇の様子には動揺や耐える気配は感じられない。
「千はネメチェックが一番好きです! 小さくて一番弱いのに、赤シャツ団にいじめられても負けませんでした!」
 興奮した声音が、千寿郎があの本を本当に気に入ってくれたことを伝えて、杏寿郎としては微笑ましさを感じるけれど、義勇は大丈夫なんだろうか。
「そうか、ネメチェックはとても勇敢で献身的だったものな」
 言いながら義勇の様子をうかがえば、義勇と目があった。
 杏寿郎の危惧を悟ったのだろう。義勇の青い瞳がかすかに揺れて、苦笑とも落胆ともつかぬ色を浮かべて伏せられた。
 とっさに、杏寿郎の視線が膝に置かれた義勇の手に向かう。義勇の白い手は、梅雨のあの日のように震えてはいないようだ。安堵したけれども心配なのに変わりはなく、物言いたげに見つめる杏寿郎に、義勇は今度ははっきりと苦笑を浮かべた。
「杏寿郎は?」
 問う声も震えてはいない。息苦しさも感じられず、義勇はどこまでも穏やかだ。
 白く整った顔には、淡い笑みがある。その笑みは、初めて家に来た日に母の言葉に浮かべたものとよく似ていた。
 そわりと胸の奥でなにかがうごめいて、見逃すなと警告を発した気がする。
 なにか大事なことがこの笑みには隠されていると感じるのに、杏寿郎がとらえる前にそれは、義勇のちょっとからかうような一言に霧散して消えた。
「登場人物で」
「むぅ……あれも本心だったのだが。いや、すまん。俺はネメチェックの勇気や献身的な行動も素晴らしいと思うが、赤シャツ団のリーダーのアーツが一番好きかもしれん。敵味方関係なく、人として尊敬に値する者を認める気概と正義感には、心打たれた。人の上に立つ者のあるべき姿がアーツにはあると思う!」
 義勇は? と、聞くことはできなかった。心配よりも、もっと即物的な理由で。
「あっ、兄上! 着きました! ここですよね?」
「おぉ、そうだ。千寿郎、よく覚えていたな」
 車内アナウンスにも気づかぬほどに話し込んでいたようだ。スピードを落とした電車の窓に流れた駅名標は、本日の目的地が書かれている。
 あわてて荷物を手に立ちあがり、電車を降りる。海水浴に行くのだろう、下車する乗客はそれなりに多かった。
 千寿郎と同じ年ごろくらいの子らが、改札を出たとたんにキャッキャとはしゃいだ声を立てて走っていくのを、親御さんが注意している。大学生らしきグループも弾んだ声で海水浴の話題に興じていた。

「石を拾いに行く人は少ないかもしれないな」
「俺たちだけかもしれない」
 クスリと苦笑しあって、杏寿郎は千寿郎の手を取った。
「はぐれないように手を繋いでいこう!」
「はい。義勇さんも」
 笑って差し伸べた千寿郎の手を、義勇の手がそっと握る。千寿郎を真ん中に三人並んで地図を確かめながら海岸へと向かう。義勇と手を繋げないのはちょっぴり残念な気がしないでもないけれど、こういうのも悪くない。いや、むしろ幸せだ。
 夏の空は限りなく青く澄んで、遠く真白い入道雲が見える。
 いつまで経っても、思い出しては楽しかったと笑いあえるような日にするのだ。快晴の空のような晴れがましさを胸に笑いあう三人を、眩い日差しが照らしていた。