満天の星と恋の光 8

 出前のうな重に恐縮しつつも、そこは育ち盛り。どうせそれだけじゃ足りんだろうと用意されていた、肉じゃがやら豆腐ステーキやらのおかずまですっかり平らげて。シイタケととろろ昆布のみそ汁もきれいに空にした中学生組に、錆兎の父はちょっぴりポカンとし、鱗滝範士は呵々大笑した。
「残れば晩のおかずにと思ったが、いい食べっぷりだ。煉獄くんの口にも合ったようでなによりだな」
 鱗滝はたいそう満足げで、翁の面のように垂れた目元が、いっそう緩んでいる。こうしているとどこにでもいるやさしいお爺ちゃんといった風情だ。
 孫たちに囲まれいかにもうれしげにニコニコと笑っている様に、杏寿郎の緊張もすっかり消えたが、だからといって、気を抜きすぎるわけにもいかない。なにせこのご老人は、義勇の祖父であるだけでなく、剣道の達人にして父さえも教えを乞いたがる大先輩である。
 温和な笑みは試合中でも変わらず、与しやすしとなめてかかった相手は、突然に発せられる気迫と洗練された鋭い剣になにが起きたかわからぬうちに負けているほどだと、父は言っていた。ついた二つ名は笑顔魔人。この柔和な顔に騙されてはいけない。ビリっと背筋が震えるような気迫は、すでに洗礼を受けた。
 おかげで杏寿郎は、いつも以上に所作に気を使うこととなったが、それでも食が進んだのは確かだ。おかずはすべて鱗滝の手製だと聞き、感心し素直に称賛の声をあげもした。
「どれも素晴らしく美味でした! 範士殿は料理も達人なのですね!」
「おべんちゃらはいらんぞ」
「そんなつもりはありません、事実を述べたまでです!」
 笑顔のまま――どうやら鱗滝は元々の顔の造作が笑んでいるように見えるらしい――ちょっぴりからかいを含んだ声で言われ、杏寿郎がきっぱりと否定すると、うれしそうに真菰が身を乗り出してきた。
「お爺ちゃんねぇ、料理は武士の嗜みだったんだから、男だって料理のひとつも作れて当然って言うの。お弟子さんたちも全員ご飯作らされたりするんだぁ」
「俺もかなり仕込まれたなぁ。おかげで母さんが体調崩しても飯に困ることはないけど。なのに錆兎は料理だけはてんで駄目なんだよなぁ」
 錆兎の父がしみじみと言うのに、錆兎がちょっぴり身をすくめている。自分のことを言われたわけでもないのに、杏寿郎もなんだか肩身が狭い。
「男子厨房に入らずって言うだろ。人には向き不向きがあるんだって」
「馬鹿もん。その言葉はそもそも孟子による君主への教えだ。家畜を憐れんで屠殺をやめさせれば民が困る、君主たるもの情に流され責務を怠らぬよう、家畜の断末魔がひびく厨房には近づくことなかれと説いたものだぞ。戦国の世であれば、真菰の言う通り料理は武士の嗜みのひとつ。化粧だって嗜みとして『葉隠れ』に記されているほどだからな。男だから女だからと線引きをしては、本質を見誤る。ちゃんと勉強せんか」
「……すみませんでした」
 むぅっと顔をしかめて説教され――とはいえ、温和な笑みはそのままに見えるのだけれども――錆兎がますます亀の子のように首をすくませるのに、真菰だけでなく義勇もクスリと笑っていた。
「なるほど……貴重な教え、ありがとうございます! 父にも申し伝えておきます!」
 快活に言った杏寿郎は、だが、思わず腕組みするとすぐに小さくうなって顔をしかめた。
「ですが……俺が範士殿の教えを守るのは難しいかもしれません。母に台所仕事の手伝いは禁じられているのです。小学生のときに、父の日に初めてカレーを作ってみたのですが、食べた父が三日ほど寝込んでしまって……それ以来、母は台所に入れてくれんのです」
「……おぉお、錆兎よりも上手がいた。あのね、錆兎はレンジで玉子爆発させてから、料理は腰が引けちゃってるの。義勇はお菓子作りとか上手なのにね~」
 言って真菰は、不意に杏寿郎に顔を寄せてきた。
 こっそりと小声で言われたのは
「義勇のエプロン姿、かわいいよぉ。今度杏寿郎くんちでおばさんとお菓子作るんでしょ? お手伝いはともかく、台所には入れてもらいなね?」
「え? あ、そ、そうなのか」
 思わず杏寿郎の脳裏に、真っ白いレースのエプロンをつけた義勇が浮かんだ。

 クツクツとみそ汁の煮える音がする台所で、もう少しでできるからと振り返り笑う白いエプロンをつけた義勇……なんだそれ、そんなのかわいいに決まってるではないか。

 いや、さすがにそれはないと杏寿郎とて思いはするのだけれども、想像だけでも義勇のそんな姿はドキドキとしてしまって、頬が勝手に熱くなる。けれども、ホワホワと妄想にひたっている場合ではない。
「かわいくない」
 ムッとした義勇の声に、頭のなかを覗かれたような気がして、杏寿郎は思わず小さく肩を跳ね上げた。
 真菰の内緒話は、義勇にも聞こえてしまったようだ。唇をちょっと尖らせてむくれている。
「俺は男なんだから、かわいいとか言うな」
「かわいいに男も女もありませーん」
 真菰はぺろりと舌を出して笑うが、杏寿郎はそうもいかない。
 千寿郎ほどの年ごろならばともかく、かわいいと言われるのは、杏寿郎だって男としてそれはどうなんだろうと、ちょっぴり反発したくもなる。義勇だって同じことだろう。けれども、かわいくてかわいくてしかたがないのだ。義勇を見ているとどうしても、かわいくて胸がキュンと甘く高鳴ったりする。

 とはいえ、義勇が嫌がるのならばけっして口にしてはいけないだろう。うっかり言って嫌われたりしたら目も当てられない。それは悲しい。

 内心で冷や汗をかいている杏寿郎とは裏腹に、錆兎もクスっと笑って、義勇の少しふくれた頬をツンとつついた。
「義勇はかわいい。あきらめろ」
「……錆兎まで」
 ますます義勇は拗ねてしまったらしい。杏寿郎はそんなこと言わないよね? とばかりに視線を向けてくるから、困ってしまう。嘘をつくわけにもいかないが、かわいいと言ってしまったら義勇は本格的にへそを曲げるような気がする。
 それに。
 なんとなく、錆兎の声はいつもとちょっぴり違って聞えた。余裕綽々で快活な普段の物言いと比べ、義勇はかわいいと告げたその声はやけに静かで、からかうふうを装ってはいるが真摯なひびきをしていたような気がしたのだ。
 義勇の機嫌も気になるが、錆兎の様子も気にかかる。ついでに、かわいいと臆面もなく言って許される錆兎に、やっぱり嫉妬が少し。
 どうしたものかと少しあわてた杏寿郎への助け船は、カッカと笑う鱗滝からだった。
「義勇、あんまり拗ねるな。わしからすればおまえも錆兎も、真菰もみんな、かわいい孫だ」
 しわ深い手が伸びてきて、ポンポンと頭を撫でられた義勇は、ちょっと恥ずかしそうにこくんとうなずいた。杏寿郎に再び向けた顔は苦笑の気配がにじんでいる。
「さて、片付けることにするか。ホレ、錆兎。食器ぐらいは洗えるだろう。手伝え」
「俺もそれぐらいはできます! お手伝いします!」
 あわてて腰を浮かせた杏寿郎を止めたのも、鱗滝だ。客なのだからくつろいでなさいと、母が義勇に言ったのと同じく笑う。
 錆兎の父にものんびりしてなよと言われてしまえば、無理にも我を通すわけにもいかない。へいへいと錆兎が食器を集めだし、義勇も立ち上がろうとしたのを、真菰が引き留めた。
「義勇はやることあるでしょ。杏寿郎くんも」
 にっこりと笑う真菰に、杏寿郎と義勇は顔を見あわせた。フンフンと鼻歌まじりに弾んだ足取りで居間を出ていく真菰につづき、錆兎も台所に消え、錆兎の父までもが近所の親戚に手土産を渡してくると出ていってしまえば、手持ち無沙汰にふたりでぽつねんと座っているよりほかない。
「やることってなんだ?」
「さぁ……」
 首をかしげあったところで、真菰がなにやら大きめの箱を持ってきた。
 いそいそと卓袱台に並べられたのは、カッターシートやニッパーなどの工具類。なぜだかキッチンペーパーまである。歯間ブラシなんてなにに使うのだろう。水を入れたコップは、たぶん飲むためではないのだろうけれども、使い道はさっぱりだ。
 しかも、工事現場で見るようなマスクだの、なんだかよくわからない歯医者のドリルみたいな機械もあって、杏寿郎はすっかり呆気にとられてしまった。工作準備としか言いようのない道具とともに、一緒に用意されたチェーンやビーズの取り合わせは、杏寿郎からするとちょっと奇妙にも見える。

「さっ、チャーム作ろっか!」

 にこにこと宣言した真菰に、杏寿郎は再び義勇と顔を見あわせた。そう言えば、そのためにシーグラスを持って来いと言われていたのだった。すっかり忘れかけていたが、真菰はウキウキと楽しそうだ。
 言われた通りシーグラスはちゃんと持ってきたけれども、なんだか思ったよりも本格的で、杏寿郎は少し困惑してしまう。図画工作ならばそれなりにしてきているし、プラモデルだって作ったことはある。でも、チャームといえばアクセサリーだろう。想像するだけでも細かな作業になりそうだし、本格的な道具を見ているとちょっぴり不安にもなってきた。
「ずいぶんと道具がいるんだな。うまくできるだろうか」
「ルーター使わないと穴が開けられないから、初めて道具とか見ると難しそうに感じちゃうかもね。でもそんなに難しくないよぉ。気をつけないとガラスだから割れちゃうこともあるけど」
 こともなげな口調で言われ、杏寿郎はつい目をむいた。
「割れるのは困るのだがっ!?」
 義勇との絆の石なのだ。持ち歩けるチャームにするのはいいが、割れたりしたら取り返しがつかないではないか。
 泡を食う杏寿郎に、けれども真菰は楽しげに笑うばかりだ。
「注意してやれば大丈夫。ホラ、始めようよ」
 うながされて、恐る恐る杏寿郎は、ハンカチに包んだシーグラスをポケットから取り出した。義勇も少し眉を下げつつ、同じようにハンカチに包んだ石を卓袱台に置いた。
「大事にしてるんだね。じゃ、注意して作ろう!」
 笑いながら、お手本ねと真菰が取り出したのもシーグラスだ。
「これは拾ったんじゃなくて買ったやつだけど」
 言って真菰は、自分のシーグラスを、キッチンペーパーを敷いたカッターシートに乗せた。
「穴をあけるのにこのルーターで削るんだけど、ガラスが熱くなるし、粉が飛ぶんだよねぇ。水のなかでやれば粉や熱は防げるけど、水が揺れて見にくいから初めてだと難しいと思うんだぁ」
 話ながらも手はよどみなく動いて、マスクをつけた真菰はシーグラスにチョンと水を垂らし、細身のドリルのような機械に金具をセットしている。
「このビットで削ってくの。あんまり端っこだと割れやすくなるから、気をつけてね。で、こうやってぇ、水を何度もたらしながら八割ぐらいのとこまで削りまーす。あ、粉が飛ぶからふたりもマスクして」
 ウィーンと音を立てて振動するビットに、杏寿郎と義勇もあわてて防塵マスクをつけた。じゃあやるよ~との声と同時に、ルーターがシーグラスにあてられて、徐々にガラスのなかに沈んでいく。少し削っては水を垂らしを繰り返しながらしばらくすると、真菰はヒョイとシーグラスを持ち上げ
「最初はこれぐらいまで。片側から貫通させちゃうと、ほぼ割れるよ。絶対にこれぐらいまででいったん止めてね? あと水は絶対に切らさないでね。熱を持つと削れなくなってくるし、割れるから」
 と、ふたりに見せてくる。
「うぅむ、細かい作業だな。うっかり削りすぎてしまいそうだ」
「大丈夫だって。杏寿郎くんたちのシーグラス、わりと厚みがあるしね。力まかせに押しつけなければ平気だよぉ。それよりも、気にしすぎて顔をあんまり近づけないようにね。保護メガネは準備してないから」
 なるほど。粉を吸い込むのもマズかろうが、目に入れば痛そうだ。
 感心していると、真菰はくるりとシーグラスをひっくり返し、先ほどまでと同じように反対側からルーターをあてた。先に削っていた分があるので、今度はさして時間はかからない。

「はい、これで穴が開きました~。そしたら、これを今度は砥石つきのビットで滑らかにしてぇ、ちょっとお掃除しまーす」

 先端がざらついた、ちょっと土筆に似た形のビットに交換し、チョン、チョンと、真菰は開けたばかりの穴にルーターをあてる。穴をあけているときと違い、軽くあてるだけで終えたので、そんなんでいいのか? と杏寿郎はつい首をひねった。
「今度のは表面を均すだけだから、本当に軽くでいいんだぁ。で、穴のなかに溜まってる粉をブラシを使って取りのぞいて、下準備はおしまい」
「あぁ! 歯間ブラシはこのためか!」
 確かに小さな穴の掃除にはピッタリだ。よく考えつくものだと感心する杏寿郎に、真菰はなんだかくすぐったそうに笑った。
「さっ、今度は義勇と杏寿郎くんの番。どっちからやる?」
 細かい手作業はなんだか大変そうだけれど、ルーターとやらの工具にはちょっとワクワクしなくもない。自然と目を輝かせた杏寿郎に対して、義勇はといえば、同じように興奮しているように見えるものの、不安はぬぐえないようだった。ちょっと上目遣いに見てくる瞳に逡巡が見てとれて、杏寿郎は、よしっとうなずいた。
「俺からやろう! コツをつかめたら義勇にも教えるからなっ!」
 張り切って言うと、義勇の目がほのかにたわんで、うれしそうに微笑んだように見えた。アクセサリー作りなんていうガラでもない事柄ではあるけれども、頼られるのはうれしい。いいところを見せたいとも思ってしまう。
 だが、思いあがりは禁物だ。なにせ右も左もわからない初心者なのだ。しっかりと先達の教えには従わねばならないだろう。
「真菰、穴の位置はこれぐらいで大丈夫だろうか」
「ん~、うん。それぐらいで平気じゃないかな。水はこまめにね」
「わかった」
 真菰がやってみせたように、シーグラスに水を垂らす。慎重に振動するビットをあてると、シーグラスを支える左手にびりびりと振動が伝わってきた。歯医者を思い起こさせる機会音と切削音が入り混じる音。白くフワフワと舞い上がるガラスの粉。ガラスが熱を持つ前に、水を垂らしては削り、また濡らしをつづけてわかったのは、力を込めて押し当てるのではなく、そっと削っていくほうが穴がきれいに開いていくということだ。
 無意識に口に出して言うと、真菰がパッと顔を輝かせた。
「そう! 杏寿郎くんわかってるねぇ。押し当てちゃうとビットが滑ってうまく削れなくなるし、下手すると割れちゃったり怪我することもあるんだよ。ちゃんとマメに濡らしながら、そうやってそっと削ってくのが正解」
 すぐ横に顔を寄せてきて笑う真菰に、ちょっと心臓が跳ねた。なんだかいい匂いがする。女子とこんなに近づくことはないから、なんだか少し恥ずかしい。でも、義勇と抱きあって眠ったときのような、胸が締めつけられるときめきとは違った。
 義勇がこんなに近づいてきたら、心臓が跳ねまわったりなぜか涙が出たり。どうしようもなく幸せに満ちあふれたりするのに、真菰だとただ恥ずかしくてうろたえるばかりだ。
 真菰は杏寿郎の目から見ても、とてもかわいらしい女の子だと思う。明るいし親切だし、きっと人気者なのだろうなと、奥手だと言われる杏寿郎にもわかるぐらいだ。
 でも、違うのだ。真菰みたいにかわいらしい女の子でも、義勇に対する甘い痛みは杏寿郎の胸に生まれはしない。

 義勇だけ。義勇にだけなのだ。

 と、不意にTシャツの裾がつんと引かれた。作業の邪魔をするほどではない、ほんのささやかな力の込め方。義勇の手が、杏寿郎のTシャツの裾をそっとつまんでいた。
 控えめすぎる意思表示は、意図が読めない。義勇の視線は少しそらされていて、唇はキュッと閉じられていた。
 どうしたと、杏寿郎が問うよりも早く、真菰も義勇の様子に気づいたらしい。
 クフンとなぜか楽しげに笑い、真菰の顔が離れていく。真菰はなにも言わない。でも意味ありげな笑みは、どこか母の眼差しと似ている気がした。

 杏寿郎のシーグラスに穴が開いたら、今度は義勇の番だ。おっかなびっくりな手付きではあったけれども、こちらも割れることなく穴は貫通して、おぉーっ! と思わず拍手。
 なんだか一仕事終えた気分だったけれども、パンパンッと手を叩いた真菰が 
「はい、これで下準備は終り~。いよいよチャームを作りまーす」
「……これ、下準備か」
「なんというか、アクセサリーというのは手間がかかるものなのだな……うぅむ、奥が深い」
 思わず肩を落としてため息をつきあった杏寿郎と義勇に、真菰はコロコロと愛らしい声で笑った。
「まぁまぁ、壊れて落としちゃったりしないようなの、教えるから。ネックレスも素敵だけど、ふたりはそういうのつけないでしょ? バッグチャームにしようねっ。はい、てことでいろいろとチェーンも用意してみましたぁ」
 ズラリと並べられたチェーンは、すでに留め具がついているものが多い。金、銀、使い込まれたふうのアンティークっぽい色合いのものと、色や細さも様々だ。

「シーグラスみたいな素朴で繊細なチャームだと、あんまりごつい鎖は合わないと思うんだよねぇ。男の子だし星形やハートは嫌かもしれないけど、一応ね、用意してみたよ。どれがいい? あ、あんまり長いのだと揺れるときれいでも、ぶつけやすくなるから、そこら辺も考えて決めて?」

 笑いながら言われて杏寿郎と義勇は、どうする? と視線を見交わせた。
「とりあえず、ふたりとも自分が好きなのえらんでから相談すれば?」
「そうするか。義勇、せーので気に入ったものを指そう!」
 提案にコクンと義勇がうなずいたので、では、と、せーのと声をあわせて言って、杏寿郎はパッと一本のチェーンを指差した。ごついと言うほど太くもなく、けれども頼りないほど細くもない、飾り気のない銀のチェーンだ。長さ的にはブレスレット程度だろう。
「気が合うねぇ。同じやつかぁ」
 伸ばした指先が示したチェーンは、義勇も同じもので、思わずそろって顔を見あわせた。感心したように笑う真菰の声に、なんだか頬が熱くなる。
「その……おそろいだなっ!」
「うん……シーグラスも、色違いでおそろいだ」
 目を見交わして、照れくさくフフッと笑いあったふたりに、真菰もなんだかうれしそうだ。

 それからは、ルーターよりも細かい作業だ。チェーンに合わせてえらんだ銀色のワイヤーをシーグラスの穴に通したら、ニッパーで適当な位置で切り、平やっとこを使ってくるくるとねじる。片側の余分なワイヤーを切ったら、長く残したほうを適当な位置でチェーンに通した。チェーンと繋ぐように輪っかを作り、輪の下に余ったワイヤーをさらに巻きつけていく。しっかりと巻き終えたら、余ったワイヤーを切って出来上がりだ。真菰がやるといとも簡単な作業に見える。
 だが、シーグラスを落とさぬように細い鎖にワイヤーを通したり、チマチマと細いワイヤーを巻きつけていると、なんだか寄り目になって眉間にしわも寄る。なかなか真菰のように素早くはいかない。
 ふたりしてモタモタと手を動かしていると、錆兎がやってきた。

「おー、やってるな。おやつ持ってきたぞ。杏寿郎からの手土産だけどな」

 錆兎の様子はいつも通りだ。杏寿郎が一瞬感じた違和感などもうどこにもない。
「ほぎゃっ! それっ、オードリーの東京限定缶! あぁっ! そっちはシェ・リュイだぁ! うわーん、かわいいぃっ!! 空いた缶私にちょうだい!」
 麦茶の乗った盆を置き、杏寿郎が手渡した紙袋から菓子の缶を錆兎が取り出したとたんに、真菰は大騒ぎだ。錆兎の様子を探るどころじゃない。
「缶を見ただけでわかるのか、すごいなおまえ。ミーハー」
「うっさい。どっちも行列できるぐらいおいしいお店なんだよぉ。杏寿郎くんのおばさん、わかってるぅ! ちゃんと甘いのとしょっぱいのだしっ」
「へぇ。母がずいぶん張り切ってたが、そんなに有名な店のものなのか。真菰が喜んでいたと、母に伝えておこう!」
「そうしてそうしてっ! もう、すっごくうれしいですありがとうございましたって大喜びしてたって、言っておいてぇ」
 ウキウキと弾む声で言いながら、さっそく大きな桃色の花と女性の絵が描かれた缶を開けた真菰が、さらに歓声を上げた。
「うわぁん、もう見た目からしておいしそう~、見た目もかわいい~っ!」
 ホラホラと見せびらかすように取り出された菓子は、薄い生地を円錐形に巻いた形で、薄茶色のとこげ茶色のと二種類あった。どちらにも詰められたクリームの上に苺が乗っている。
「……花束みたい」
「だよねっ! 義勇、ファッションセンスは壊滅的だけど、お菓子についてはセンスいいよねぇ。ほんと、花束みたいでかわいいねっ!」
 一言余計だと言うように拗ねた顔をしてみせた義勇に、思わず杏寿郎は笑うと、ホラと二種類を手に取り
「どっちにする?」
 と義勇に向かって掲げてみせた。
「……チョコっぽいほう」
「じゃあ、俺はこっちにしよう! そっちがどんな味か教えてくれ!」
「仲良しさんだねぇ。えー、私はどっちにしようかなぁ。あ、でも先にシェ・リュイのにしよっかな。うぅっ、悩む」
「どっちでも菓子だろ? そこまで悩むなよ」
「言ったなぁ? 錆兎、絶対にシェ・リュイのパイ好きだよっ。食べてみなよ、そんなこと言えなくなっちゃうから。……まぁ、私もまだ食べたことないんだけど。でもすっごくおいしいって評判なんだからっ」
 たくさんの旗が描かれた方の缶を開けて、ホラと突きつける真菰と、ちょっとタジタジになっている錆兎も、たいそう仲良しだ。なんだか微笑ましいのと同時にホッと安堵して、杏寿郎は義勇と顔を見あわせクスリと笑いあった。
 そろって愛らしい菓子を口に入れて噛みしめれば、さくりと崩れた薄いクッキー生地はバターの香りが豊潤で、まろやかで控えめな甘さのクリームと、フリーズドライの苺の甘酸っぱさが絶妙に溶け合っている。どちらも主張しすぎず、かと言って互いに負けることもなく、なんともおいしい。
 自然と杏寿郎の眉が開き、同じようにちょっぴりびっくりまなこになっている義勇と目を見あわせて、うんうんとうなずきあった。
「これはうまいなっ! 苺の甘酸っぱさとクリームの取り合わせがいい!」
「俺のも、少しほろ苦い生地がアクセントになってて、すごくおいしかった」
「ホラァ、義勇と杏寿郎くんだって絶賛してるでしょ? 私もたーべよっと!」
「……こっちも、なんか思ってたのと違った。サクサクしててうまいな。ていうか、今の、ガーリックか? しょっぱいのにちゃんと菓子って感じがする」
「ねっ、絶対に錆兎は気に入ると思ったんだぁ。これねぇ、昆布とかゴマとかもあるんだよ? 小っちゃいけどちゃーんとパイなの。お砂糖を使ってないんだって。たぶん、お爺ちゃんやおじさんにも喜んでもらえるようえらんだんじゃないかなぁ。あ、シェ・リュイはねぇ、カレーパンも有名だよ」

「カレーパン!?」

 バッと三人から視線を向けられて、アーンと口を開いて今まさに菓子を噛もうとしていた真菰が、ピタリと動きを止めた。
「……男子のカレーパンへの食いつきが激しい」
「だって、うまいんだろ? 菓子もこれだけうまいんだから、そりゃ期待するよなぁ?」
「うむっ、一度食べてみたいな!」
「……今度、買いに行くか?」
「えっ、ズルい! どうして私が向こうにいるときじゃないのっ! 私が遊びに行ったときにしてよぉ! 代官山行ってみたーい!」

 ワイワイとにぎやかな座敷は、錆兎の父と鱗滝が苦笑いしながら現れるまで、楽しげな笑い声に包まれていた。
 大人たちにも杏寿郎の手土産が絶賛されたのは言うまでもなく。
 幸先の良い一日目。出来上がったふたつのチャームは、それぞれのバッグにつけられて、キラキラ、ゆらゆらと揺れていた。