800字分の愛を込めて 義勇受

実義

育て甲斐があるってもんです
お題:義勇さんの採寸をする実弥……の、はずでした。盛大に外した💦 ※キメ学軸、恋人同士。(か櫃修正予定なのでそれまではこちらに)

 いかに日頃は好き勝手な服装をしていようとも、教師ならば卒業式などにはスーツを着ないわけにはいかない。実弥もきちんとネクタイを締めるし、同僚で恋人である体育教師の義勇もスーツ姿だ。
 見慣れぬ義勇のスーツ姿に、生徒が一斉にざわつくのも毎度のことで、保護者だって大概が二度見する。さもありなん。スーツ姿の義勇というのは、目の保養というか目の毒というか、非常に危うい色香を醸すのだ。緩いジャージ姿と違って、ストイックな印象が際立つ。禁欲的とでもいうのだろうか。普段どおりの無表情でさえ、憂い顔に見えるのだから不思議なものだ。
 未亡人っぽいなんて感想が浮かぶのは、ブラックスーツのせいだろう。冠婚葬祭にも着られるなんて理由で黒を選ぶとは、横着者めと思わないでもない。
 冠婚葬祭を含めてもせいぜい年に三、四回しか着ないからと、成人式に買ったというスーツをいまだ着ているというのにも、呆れてしまう。だが確かに体育教師じゃスーツを着る機会なんて少ない。礼服さえ持っていれば十分というのは合理的と言えなくもないだろう。
 それでも、もったいねぇなぁと実弥は思うのだ。
 だって義勇は美しい。着飾れとは言わないが、もう少し身なりを整えたっていいんじゃないかと思う。つきあいだしてからは、特にそう感じることが多くなった。
 デートなんて大層なものは滅多にしない。せいぜいが一緒にホームセンターに行ったり、近所のラーメン屋に行ったりするぐらいのものだ。
 そもそもお互い時間がない。教師なんてブラック企業勤めと変わらないのだ。丸一日休める日なんて年に十日もあれば御の字。ましてや義勇は剣道部の副顧問もしている。休日なんてほぼない。
 ふたりで過ごすのはもっぱら互いの家で、着飾って出かけるチャンスなんてありはしない。服を買ってやるなんて機会もなければ、口実だって今まで一度もなかった。
 だから、大学時代の友人の結婚式に出席したという翌日に、スーツを買うといきなり言い出した義勇に、実弥は驚くのと同時にチャンスだと勇みだった。
 とはいえ、洒落っ気とは無縁の義勇がなぜ突然そんなことを言い出したのかは、どうにも気になる。
 見た目を気にしたことがない男が、服装を気にしだす理由なんて、異性の目ぐらいしか思い当たる要因はない。結婚式でなにか出逢いでもあったんだろうかと、冷や汗だって流れる。
「身形に気を使いたくなることでもあったかァ?」
 探りを入れるなど自分でも男らしくないと思いはする。だが、素直に不安を口にするのも、義勇を疑っているようで嫌だ。そもそも不安に思うこと自体が、自分の不甲斐なさの裏返しだ。
 つきあいだしても恋人らしいことはほぼしていない。デートもそうだし、誕生日だのクリスマスだのだって、ふたりきりで祝うことは滅多になかった。そういうめでたい日は家族と過ごすのが常だ。実弥の家族思いを理解しているのか、義勇も逢いたいなんて言ったことはなかった。
 三十路も近い男同士。こんなもんかとガッカリするような、ホッとするような、なぁなぁなおつきあいだ。やることはやっているけれども。
「おまえのせいだ」
 内心ドキドキしながら待った義勇の返答は、そんな少し拗ねた声の一言。ちょっぴり唇を尖らせたどこか子どもっぽい顔は、実弥のお気に入りだ。言ったことはないけれど。
「あぁん? なんで俺のせいなんだよ」
「……尻があわなくなった」
「は?」
 意味がわからん。義勇の言葉足らずはいつものことだが、今回はいつも以上に脈絡が読めない。
「久しぶりにスーツを着たら、その、尻の辺りが……後ろ姿が変らしい」
「尻……」
 心当たりはないこともない。実弥よりほっそりとしているけれど、義勇だって男だ。しかもちゃんと鍛えている。だからつきあいだした当初に触れた尻は、キュッと小ぶりで、女と違い筋肉を感じさせる固さだった。
 それもまたなんだか征服欲を刺激され、行為のときに実弥はついつい揉みしだいてしまうのだが、そのせいか以前に比べてプリっと丸みを帯びてきている。
「……おい、ちょっと着てみせろや」
「い、嫌だ」
「見ねぇとわかんねぇだろうがァ」
 本当は十分想像がつくけれども、フルフルと小さく首を振る義勇がかわいくて、なんとなくいじめたくなってしまう。傷つけるのはごめんだし、やさしくしたいのは確かだけれども、あんまりかわいすぎると嗜虐心をそそられるのは、なんでだろう。
 そして、なんだかんだ言って義勇が実弥に甘いのも、実弥はちゃんと知っているのだ。
 
「みっともないから嫌なのに」
 文句を言いながらも着替えた義勇は、いかにも嫌々そうに後ろを向いた。
「あー、確かに裾が持ちあがっちまってんなァ」
 礼服だからだろう。ノーベントのスーツは、尻を覆う裾が少し盛り上がって見える。一般的なビジネススーツによくあるセンターベントなら、そこまで目立たなかったかもしれないが、切れ込みがない分、より尻の丸みが強調されて見えるようだ。
「……おまえがいつも尻を揉みまくるからだ」
「んだよ、揉まれんの好きだろォ」
「人を尻を揉まれて喜ぶような変態扱いするな! ひぁっ!」
 下から持ち上げるようにギュッと尻を握ってやれば、かわいくないことを言う口からかわいい悲鳴が飛び出した。
 ベッドのなかで声をあげるのを嫌う義勇だが、いきなりだとこんなふうに素直な声をあげる。だからついつい実弥は、ムードと関係なしにセクハラめいたことをしかける癖がついてしまった。
 振り向き睨む目尻が赤い。部屋着もほぼジャージの義勇の、滅多に見ない姿も相まって、ちょっとしたいたずらのつもりが、一気に実弥の欲に火がついた。思わずゴクリとつばを飲み込む。
 たぶん、新しいスーツを買ってやるなんて言っても、義勇はかたくなに断るだろう。理由がないとかわいくないことを言うに違いない。
 
 それなら理由を作ってやりゃあいいんだよな。
 
 ニヤリと笑って、実弥は、不埒な手つきで義勇の丸い尻を揉みしだいた。
「明日、一緒に買いに行こうぜ」
 どうせ、この服はもう着られなくなる。これから汚しまくる予定だから。責任取って新しいのは買わせていただくつもり。
「デートだな」
 小さく呟く義勇の声はどこかうれしげだ。いつもは飄々とかわいげがないくせに、いきなりこんなかわいいことを言い出すから、どうしようもない。
 俺のせいだとお前は言うが、結局は俺をつけあがらせるおまえの自業自得だろう。
 笑いたくなるのを抑えて、今夜も実弥は義勇の尻を育てるのに精を出すのだ。