手袋を買いに行ったら大好きな人ができました3

 武者震いした炭治郎が暗闇に足を踏み出そうとしたのを追い抜いて、伊之助が、一番乗りだと大声を上げながら暗闇に向かって飛び込んでいきました。
「子分どもついてこいっ!」
「ちょっ、伊之助この馬鹿っ! いきなり飛び込んだら危ないだろぉっ!!」
 叫ぶ善逸の声なんてまったく無視して走って行ってしまう伊之助に、炭治郎たちも大慌てで続きます。後ろでお館様が笑う声が聞こえましたが、それもすぐに聞こえなくなって、炭治郎たちが伊之助に追いついたときには、入ってきた襖は暗闇に紛れ、目を凝らしても見えませんでした。

「お前、どうしてそんなに考えなしなのっ!? ここは『災い』の首魁の城なんだぞ?!」
「伊之助、ここは迷路みたいだってお館様が言ってただろ? はぐれたら逢えなくなっちゃうかもしれない。単独行動は絶対に駄目だ!」
 善逸と炭治郎に叱られて、伊之助は不満そうに鼻を鳴らしました。
「へんっ、お前らみたいにのたのたしてたら、あっという間に新年が来ちまう。のんびりしてる時間なんてねぇんだぞ!」
「喧嘩する時間ももったいないってことよね。ね、言い合ってないで進みましょうよ」
 禰豆子の言葉はもっともです。炭治郎たちはすぐに暗闇のなかを歩きだしました。けれど、いくらも歩かないうちに一行は、立ち止まらないわけにはいかなくなってしまいました。
 なにしろ辺りは、伸ばした手の先さえ見えないほどの真っ暗闇なのです。夜目が利く炭治郎たちですら、こんな真っ暗闇では前も後もわかりません。手を繋ぎ合っているからいいようなものの、もしも手を放してしまったら、誰がどこにいるのかさえわからなくなってしまうでしょう。
「これじゃどっちに進めばいいのかわからないな。どうしようか」
「なぁ、さっきから炭治郎たちから聞こえる音以外、なんの音もしないんだよ。普通だったらなんかしら聞こえてくるのにさぁ」
 耳を澄ませた善逸が怯え声で言うので、炭治郎も鼻を引くつかせて匂いを嗅いでみました。けれども、音と同様に匂いもまったくわかりません。炭治郎たちはすっかり困り果ててしまいました。これでは動くに動けません。
「なにか灯りになる物はないかしら」
「灯りならなにか燃やせばいいんじゃねぇか? よし、あの札なら燃えやすそうだし、どうにかして火をつけようぜ!」
 伊之助の言葉にみんなビックリして、慌てて伊之助を止めました。
「なに考えてんだ、馬鹿馬鹿馬鹿っ!」
「あぁん? だってなんかの役に立つようにってくれたんだろうが」
「そうだけど、珠世さんがせっかくくれたお札を燃やしちゃうなんて駄目だ! 第一火をつける道具だってないだろ?」
「も~っ、怖いからお前の札よこせよ! 俺が預かっとくから!」
「はぁっ!? 冗談じゃねぇやっ! ん? なんだこりゃ、すげぇぞ!!」
 突然叫んだ伊之助のうれしげな声に、炭治郎たちが首をかしげると、伊之助はお札をおでこに当ててみろと言い出しました。
 手を放してしまうのが不安なのか、善逸は伊之助と禰豆子の手を放さないものだから、まず片手が空いている炭治郎がお札を取り出しました。伊之助が言うようにおでこに当ててみると、不思議なことに、辺りの様子が昼間のようによく見えます。炭治郎はうれしくなって、思わずぴょんぴょん飛び跳ねました。
「すごい! お日様の下にいるみたいによく見える! これで進んでいけるぞ!」
「本当にぃ?」
 疑い深く言った善逸ですが、恐る恐るおふだをおでこに当てた途端に、パッと顔を輝かせニコニコと禰豆子に笑いかけました。
「本当だ! これで禰豆子ちゃんのかわいい顔が見えるよぉ。よかったぁ!」
「でもこれじゃ手が使えないよ? どうしようか、お兄ちゃん」
 困り顔で禰豆子は言いましたが、お札はぴたりとおでこに張り付いて、手を放しても剥がれないようでした。これで大丈夫と胸を撫で下ろした炭治郎が辺りを見回すと、どうやら炭治郎たちがいるのは、障子や襖に囲まれた座敷のようでした。
 炭治郎たちは今までまっすぐ進んできたはずなので、こんなふうに四方を囲まれた部屋にいるわけがありません。いったいいつの間に入り込んだのでしょう。臆病な善逸はそれだけで怯え切ってしまって、喜んだのもつかの間、また泣き出しそうになっています。
 そこはお館様のお社に比べたら、窮屈なくらいに狭い部屋でした。なにもない部屋には調べるものもなく、早く移動したほうがよさそうです。けれどもどちらに進めばいいのでしょう。
「とりあえずそこの障子を開けてみようか」
「ききき気をつけろよ? 炭治郎ぉ。いきなり『災い』が飛び出してくるかもしれないしっ」
「善逸、そんなに怯えなくても『災い』は出てこないはずだってお館様が言ってただろ? 罠はあるだろうけど」
「どっちにしても危ないことに変わりないだろぉぉぉっ! 慎重にっ、慎重に開けろよっ!?」
「ごちゃくそやかましいんだよっ、とっとと開けやがれ! オラァッ!」
「ぅんぎゃあぁぁああぁぁぁあぁぁっ!!」
 短気な伊之助が言うなり障子を開けたので、善逸はまた悲鳴を上げました。いつもどおりな二人の遣り取りは放っておいて、炭治郎は次の部屋に足を進めると、きょろきょろ周りを見回しました。そこは隣の部屋と同じように障子や襖で囲まれていて、やっぱりなにもありません。
「うーん、ずっとこんなふうに部屋が続いてるのかなぁ」
「ねぇ、お兄ちゃん。同時に違うところを開けて、なにかありそうな部屋に進むのはどうかな?」
「さすがは禰豆子ちゃんっ! かわいいだけじゃなくて賢いねぇ。確かめてから行くとこ選ぶの賛成! 炭治郎、そうしようぜっ」
「そうだなぁ。たしかにそのほうがいいかもしれない。よしっ、やってみようか!」
 炭治郎の右側に禰豆子と善逸が、左側には伊之助が立って、炭治郎たちはせーのと声をかけあうと、一斉に障子や襖を開けました。
「なんだこりゃぁ! おいっ、この部屋入れねぇぞ!」
 同じような部屋に続いていた炭治郎や禰豆子たちと違い、伊之助が開けた襖の先はびっしりと茨が埋め尽くしていて、無理になかに入れば大怪我をしてしまいそうでした。
「入れないなら別の部屋に行こうぜ。わざわざ痛い思いする場所を選ぶことないじゃん」
 善逸はそう言いますが、炭治郎は首を振りました。
「いや、進めない場所だからこそ、その先に無惨はいるんじゃないかな。なにもない部屋を進んでいくよりも、こういう部屋を選んだほうがいいと思うんだ」
「そんなこと言ったって、こんなに茨が絡み合ってたんじゃ入れないだろ? 茨を切るか焼き払わなきゃ、この先には進めないんだから、しかたないじゃんか」
 たしかに善逸の言うとおり、茨は複雑に絡み合っていて手の打ちようがありません。万事無謀な伊之助も、さすがにこの茨のなかに突っ込んでいくことはできず、イライラと部屋のなかを睨みつけています。
 岩柱様のお住まいでのように道具を貸してもらえればいいのですが、敵の居城でそんなことができるわけもないし、さてどうしたものかと炭治郎たちは頭を悩ませました。
「こういうときこそ、柱様のご加護が必要なんじゃないのぉ? 進めなかったらどうにもなんないんだからさぁ」
 溜息交じりに善逸が言うと、禰豆子がうれしそうにポンと手を叩きました。
「そうだよ、お兄ちゃん! 洋服屋さんが言ってたじゃない!」
「あっ、そうか!」
 禰豆子に言われて炭治郎が顔を輝かせると、善逸と伊之助も顔を見合わせてうなずきました。
「よしいけっ、権八郎!」
「さては伊之助、お前まだ覚えてないんだろっ、覚えろって言ったのにぃっ!」
 ギャアギャアと言い合う善逸と伊之助をよそに、炭治郎と禰豆子はすぅっと息を吸い込むと、こくんとうなずき合いました。
「一二三四五六七八九十の十種の御寶!」
 声を揃えて言い終えた刹那、伊之助のマフラーの端がふわりと浮いて、きらきらと金色の光を放ちだしました。
「うおぉっ、なんだなんだっ!?」
「えっ、えっ、なにこれっ!? 伊之助、大丈夫なのかよ!」
 善逸と伊之助は慌てていますが、炭治郎と禰豆子は大興奮です。やったぁ! と手を叩き合うと、伊之助のマフラーをしげしげと眺めて、炭治郎は言いました。
「このマフラーに洋服屋さんは、炎柱様からいただいた火の花を使ってたんだ。もしかしたら、炎柱様のお力を使えるかもしれない」
 それを聞いた伊之助は、よしっ、とマフラーを外し茨に向かって思い切り振りました。するとどうでしょう、マフラーから炎が飛び出し、あっという間に茨を焼き尽くしてしまったではありませんか。
 炎は茨だけを焼いたのか、恐る恐る足を踏み入れた部屋の障子や襖には、焦げ跡一つありませんでした。
「すっげぇっ!」
「うわぁぁ! えっ、そしたらさぁ、ほかの物も呪文を言ったらなにか力が使えるのかな! なぁなぁ、試してみようぜっ!」
 大興奮で善逸が呪文を唱えてみましたが、もうマフラーも光りませんし、善逸の耳当てや禰豆子のマントもなにも変わりません。
「どうしても力が必要なときだけ、呪文が効くんじゃないかしら」
「そうだな、禰豆子の言うとおりだと思うよ。きっと、俺たちだけじゃどうにもならないことにだけ、手助けしてくれるんだ」
 洋服屋さんのお手伝いだって、自分たちで頑張らなければ、柱様たちからの試練には合格できなかったのです。柱様の力を貸していただくのも、きっと同じことなのでしょう。
 それでも心強いことに変わりはなく、炭治郎たちは意気揚々と先へ進むことにしました。

 前の部屋と同じように、せーので障子を開けると、次の部屋はそれぞれなにもありませんでした。さっきのようにほかと違う部屋があればそこを選ぶのですが、これではどちらに進めばいいのかわかりません。
「どっちに進む? それとも一度戻って別の部屋に入ってみようか」
 言いながら炭治郎が入ってきたほうを見ると、さっきまでいた部屋に続くはずの襖はいつの間にか消えていて、そこには白い壁しかありません。
「うっそぉぉっ!! えっ、なにこれ! もしかして後戻りはできないのっ!?」
 慌てて善逸が壁を叩きましたが、壁はびくともしません。伊之助や炭治郎が頭突きしてみても、壁が壊れることはなくて、どうやらほかの部屋に進むしかないようです。
「うーん、やっぱりどの部屋に入るか決めなくちゃ駄目かぁ」
「どれも同じ部屋に見えるよね、どの部屋に進めば首魁がいるところに行けるのかしら」
 困ってしまいましたが、いつまでもグズグズとはしていられません。
「とりあえずまっすぐ行ってみようか」
 炭治郎が次の部屋に足を踏み入れようとした、そのときです。
「ちょっと待った! なぁ、あっちの部屋からなんか変な音がするんだ。なんの音だろう?」
 そう言って善逸が別の部屋を指差すと、耳当てに縫い付けられた銀の鈴が、チリリンと澄んだ音を立てました。今までどんなに走ろうと、一度も鳴らなかった鈴が鳴ったのです。炭治郎たちは驚いて、まじまじと鈴を見つめました。
「ねぇ、善逸さん。もしかしたら正解の部屋だとその鈴が鳴るんじゃない?」
「試してみろよっ、紋逸!」
 試しに善逸が違う部屋を指差しても、鈴は鳴りません。最初に指差した部屋をもう一度指差すと、またチリリンと鳴ります。
「これも柱様のご加護じゃないかな。音柱様のお力なのかも」
「きっとそうだぜ! よしっ、こっちだな!」
「えぇ~っ、でも呪文を言ったわけじゃないんだぞ? なのに助けてくれるかなぁ。もしも罠があったらどうすんだよっ」
「罠があったら正解ってことだろ? ほかに手がかりはないんだ、進むしかないよ」
「進まないわけにはいかないもの。ねっ、とにかく行ってみましょうよ」
 禰豆子が促したので、ようやく善逸も渋々うなずきました。
 鈴が示した部屋に入ると、また全員で障子や襖を開きます。鈴の音を頼りに次々に部屋を進んでいくと、だんだん善逸の顔色が悪くなっていきました。いくつか部屋を進んだとき、とうとう善逸は叫びました。
「なぁっ、やっぱりやめようよ! そっちから変な音がする!! ビュンビュンなんかが飛び回ってる音がしてるってぇぇっ! 絶対に罠があるんだぁぁぁっ!」
「よし! じゃあ道は正解だな!」
「ちょっ、炭治郎ぉぉぉっ!? 人の話聞いてるっ!? 開けちゃ駄目だって言ってんだろぉがぁぁぁぁっ!!」
 善逸の制止を聞かず、炭治郎が襖を開け部屋を覗き込んだのと同時に、ビュンッと鋭い音を立ててギラギラと光る針が飛んできました。
「うわっ!」
「お兄ちゃんっ!!」
 とっさに避けた炭治郎の頬を掠めて飛んできた針は、炭治郎たちがいる部屋に入った途端に、パッと消えてしまいました。針は次の部屋のなかでしか実体化できないのでしょう。この部屋にいれば飛んでこないようでした。
「大丈夫かっ、権八郎!」
「だから言っただろっ! 炭治郎といい伊之助といい、どうしてお前らは人の話を聞かねぇんだよ、この馬鹿野郎どもがぁ!!」
「ご、ごめん、善逸。でも、罠があるってことは、正しい道はやっぱりこの先だよ。どうにかしてこの部屋に入らなきゃ!」
 炭治郎は素直に謝りましたが、それでもこの部屋に進まなければ、年の替わる夜までに無惨の元に辿り着けません。けれど、善逸はとんでもないと目をむいて、また怒鳴ります。
「どうやって!? 見ろよ、こんなに針がビュンビュン飛び交ってるんだぞ!! 入った途端にハリネズミになっちまうに決まってんだろっ!」
「はぁ? 馬鹿か、ハリネズミの針は尖ったほうが外を向いてんだぞ。刺さったってハリネズミになるわきゃねぇだろ」
「馬鹿はお前だァァァァッ!!」
「なんだとぉっ!!」
「喧嘩はよさないかっ! そんなことより、どうやってこの部屋に入るか考えなきゃ!」
 言いながら炭治郎は、敷居を超えないよう気をつけつつ隣の部屋を見回しました。今度の部屋は、今までの部屋よりずっと広い大広間です。
 茨と違って金属でできている針では、炎柱様の炎でも燃やすことはできないでしょう。打つ手なしとはこのことです。
 けれども、このままじっとしているわけにはいきません。なにか解決策はないかなとよくよく見ると、針は壁から飛び出すのではなく、次々に空中で現れては飛び交い、壁や床に刺さると消えています。
「善逸、伊之助、よく見たらあの針、現れてから飛ぶまでにほんのちょっとだけど間があるみたいだ。それにホラ、今度の部屋には襖が正面の一つしかない。針はまっすぐにしか飛べないみたいだし、いっぺんに何本もは現れてないよ。針が飛んでくる前に避けながら進めば、襖に辿り着けるんじゃないかな!」
「けど、針がどこに出てくるかわかんねぇぞ? 出たのを確かめてからじゃ間に合わねぇ」
 伊之助が唸りながら言うと、禰豆子がそうだ! と善逸を振り返り見て言いました。
「善逸さんなら音でわかるんじゃないかしら。だって善逸さんはすごく耳がいいもの。ねぇ、善逸さん、針が現れるときになにか音がしていない?」
 禰豆子に言われてしまえば、善逸が断れるわけがありません。ビクビクと入り口に近づいて耳を澄ませた善逸は、うーん、と頭をひねりました。
「たしかにちょっとだけ音がしてるっぽいけど……小さすぎて飛んでる針の音に紛れちゃうなぁ。これじゃ聞き分ける前に刺されるのがオチだよ。無理だってぇ」
 思い切り眉尻を下げて言う善逸に、けれど禰豆子はにっこりと笑います。
「こういうときこそ、洋服屋さんの呪文の出番じゃない!」
「うん、試してみる価値はあるよ! ホラ、善逸!」
「うぅぅ、あーもぅっ。一二三四五六七八九十の十種の御寶!」
 やけくそのように叫んだ善逸の声に応えて、善逸の耳当てで銀の鈴がきらきらと光り、リィィーンと澄んだ音を響かせました。
「うわっ、さっきより音がはっきりわかる!」
「針が現れる音は? わかるか? 善逸」
「んーと……あ、わかる! なにこれすごい!」
 聞き耳を立てながら言う善逸に、炭治郎はよしっとうなずくと、走り出せるようにかまえました。
「善逸、針が出た方向を教えてくれ。行くぞ!」
 言うなりパッと部屋に飛び込んだ炭治郎の背中に「右斜め上っ!」と善逸が声をかけます。サッと炭治郎が避けると、飛んできた針が床に突き刺さりました。
 今度は左、次は正面と、善逸が必死に声を張り上げ針の現れる場所を教えてくれるのに従って、炭治郎も右へ左へと飛び跳ねては、寸でのところで針を避けつつ走って行きます。
 あともう少しで襖を開けられるぞ。炭治郎が思った瞬間、善逸の悲鳴のような声が響きました。

「上と後ろぉぉっ!!」

 横に飛んで避けたら襖を開けられない。炭治郎がそう考えたのと、床を蹴って襖に向かって飛び込むように体当たりしたのは、ほとんど同時でした。襖が吹き飛んで、炭治郎は次の部屋に転がり入ります。
 針は炭治郎のしっぽを掠めて、炭治郎に刺さることなく消えたようでした。少ししっぽの毛は千切れてしまいましたが、針が体に刺さっていたら大怪我をしていたでしょう。しっぽの毛だけで済んでよかったと、炭治郎は大きく息を吐きだしました。
「やったぜ、権八郎!」
「お兄ちゃんっ、大丈夫!?」
 振り返って伊之助たちを見れば、飛び交っていた針が消えています。
「針が飛んでこなくなった……? もしかして次に部屋に進むと罠が消えるのかな」
 禰豆子たちも同じことを考えたのでしょう。恐る恐る部屋を覗き込んで、聞き耳を立てた善逸が大丈夫なんにも音はしないよと言った途端、一目散に炭治郎の元に駆けてきました。
「炭治郎ぉぉっ、良かったよぉぉぉぉ! 最後の針、絶対に刺さると思って怖かったぁぁぁっ!! 最後だけいきなり二本同時に出るとか反則だぁぁぁぁ!」
 泣きながら抱きつく善逸の背中をポンポンと叩いて宥めてやりながら、炭治郎は、部屋のなかを見回しました。今度はまた小さい部屋ですが、先ほどと同じく襖は一つだけです。
「善逸のおかげで助かったよ! さぁ、先に進もうか!」
「あ、待ってお兄ちゃん。怪我したところを先に治してもらったほうがいいんじゃない? もし毒でも塗ってあったら大変だもの」
 禰豆子が言うと、善逸が慌てて首にぶら下げていた小袋を開きました。
「嘘っ! ヤバいよ、炭治郎っ。洋服屋さんがくれた布、もうあんまり残ってないぜ!?」
「えっ!? 本当に!?」
 ビックリしてみんなで覗き込むと、たしかに最初はいっぱいあった布も、今はもう十枚もなさそうでした。恋柱様や岩柱様のところでかなり使ってしまっていたことを、炭治郎たちはすっかり忘れていたのです。
「しかたない、万が一に備えて、小さい怪我にはこの布は使わないでおこう」
「そうだね。でもお兄ちゃん、その怪我だけは治したほうがいいと思うの。それこそ万が一ってことがあるでしょう?」
「そうだよ、毒針だったら大変なことになっちゃうぜ?」
 禰豆子と善逸が言い募るので、炭治郎も素直に、禰豆子に頬の怪我を治してもらいました。残りの布を数えてみると、八枚しかありません。
 これからは十分怪我に気を付けようと気を引き締めあって、炭治郎たちは次の襖を開けました。

 次の部屋が待っていると思っていた炭治郎たちは、目の前に広がった景色に茫然としてしまいました。

「……なんだ、これ……本当に迷路だ」