手袋を買いに行ったら大好きな人ができました2

 お遣いを済ませた炭治郎たちは、とっとことっとこと走ります。今日はあまり遅くならずにお店に戻れそうです。
「なぁ、恋柱様のところに行ってお参りしていかない? 少し休んでも今日は夜にはならないんじゃないかなぁ」
「駄目だよ、お遣いの途中なんだから」
「そうよ、善逸さん。それに蛇柱様、帰り際そわそわしてたもの。きっと恋柱様のとこに行くんだわ。お邪魔したら駄目よ」
 炭治郎と禰豆子が言うと、ブツブツと言いながらも善逸も諦めたようです。
「やっぱり恋柱様と蛇柱様は恋仲なのかなぁ。最近『災い』があんまり出ないから、今のうちに結婚するのかもしれないよな。『災い』の首魁って奴が襲ってくる前にさ」
「……ほかの柱様も、結婚するなら今のうちだって考えるかな」
 ぽつりと言った炭治郎の言葉に、善逸だけでなく禰豆子も、それはありえるねとどこかウキウキしたように言いました。
 おめでたいことなのですから、禰豆子たちのように喜ぶのが当然です。だけど炭治郎は、やっぱり水柱様のことを思い出してしまって、ちょっと胸が痛くなりました。
 水柱様のことを考えると胸が痛くなって、早く洋服屋さんに逢いたいと思ってしまいます。
 急いで帰って洋服屋さんにやさしく頭を撫でてもらい、洋服屋さんのお仕事を近くで見て、洋服屋さんに抱っこされて眠りたい。炭治郎は走る足を速めました。
 そんなに急ぐなよと善逸に言われても、俺様のほうが早ぇ! と伊之助に競争をされても、炭治郎は禰豆子が「お兄ちゃん待って、早すぎるよ」と言い出すまで、ひたすらに洋服屋さんのことだけ考えながら走り続けたのでした。

 トントントン。早く早くと走ったので、炭治郎が戸を叩いたのは、夕暮れにはまだまだ早い時間でした。
 炭治郎が金の蛇の鱗を手わたすと、洋服屋さんはいつものようにやさしく頭を撫でてくれました。それでやっとホッとして、炭治郎はニコニコと笑いました。
 まだ晩ご飯には早いので、今日はみんなで洋服屋さんのお仕事を見学です。
 洋服屋さんはみんなに見られて、ちょっと戸惑っているようでした。それでも大きな手は淀みなく動いて、綺麗な金の鱗の端っこに、コンコンと錐を打ち付けて小さな穴を作っています。
 穴にピンセットで金具をつけると、そこに細い鎖を通してきらきらとしたペンダントを作り、洋服屋さんはフッと息を吹きかけました。
「マフラーを外せ」
 唐突に言うと、洋服屋さんは伊之助からマフラーを取り上げようとしました。伊之助は大慌てで嫌がりましたし、炭治郎たちも驚いて、なんで? どうして? と大騒ぎです。
 洋服屋さんはそんなみんなに困った顔をして、マフラーをしてたらペンダントがつけられないと言いました。ペンダントをした上からマフラーは巻けばいいと言われ、炭治郎たちは思わず顔を見合わせてしまいました。
 洋服屋さんは無口なだけでなく、ちょっと言葉が足りない人でもあるようです。
 マフラーを取られないとわかった伊之助が、女みたいだと文句を言いながらもペンダントをつけたので、洋服屋さんはどこか満足そうにうなずきました。
 ペンダントの上からマフラーを巻いてしまったらペンダントは見えません。お洒落のためじゃないことは、伊之助にもわかったのでしょう。だからあまり嫌がらなかったのです。
 このペンダントにも柱の加護があるのだろうと、炭治郎たちは思いました。いったいどんなご加護があるのかはわかりませんが、洋服屋さんがすることにはきっと意味があるはずです。
 だから炭治郎たちはまた、声を揃えて言いました。

「洋服屋さん、次のお手伝いはなんですか?」
「岩柱の住まいにある大岩から水晶の欠片をもらってきてくれ……これが最後のお遣いだ」

 えっ? と驚く炭治郎たちに、洋服屋さんは少し微笑んで、岩柱で柱は最後だと教えてくれました。
 なんだぁと笑う善逸や伊之助と違い、炭治郎と禰豆子は思わず顔を見合わせてしまいました。だって炭治郎たちは、もうお一人、柱様を知っていたのですから。
 けれど、炭治郎も禰豆子も、洋服屋さんにそれを聞くのはやめました。洋服屋さんの静かな青い瞳は、たずねることを拒んでいるように見えたのです。
 やさしくて悲しくて、寂しい匂いのする洋服屋さん。その悲しさや寂しさは、まだまだ消えていないように見えました。悲しくて寂しい匂いが消えるまでは、洋服屋さんはなにも教えてくれないのかもしれません。
 それなら、洋服屋さんの悲しさや寂しさが消えるよう、炭治郎は頑張るしかありません。いつか一緒のテーブルに着いて、みんなで一緒にご飯を食べながら、洋服屋さんと笑ってお話できるように頑張ろうと、炭治郎は思ったのです。

 昨日お店に着いたのは早い時間でしたが、炭治郎たちがすっかりお泊りする気でいたように、洋服屋さんも炭治郎たちをお泊りさせてくれるつもりでいたようでした。
 洋服屋さんは、相変わらず晩ご飯を一緒に食べてはくれません。お仕事机に寄りかかり、炭治郎たちがワイワイとご飯を食べるのを静かに見ていただけでした。それでも洋服屋さんは、炭治郎たちが眠たくなる前にベッドを整え、昨夜も炭治郎を抱っこして眠ってくれました。
 おかげで今日も炭治郎たちは、朝早くから出発することができました。
 岩柱様のお住まいは、音柱様の洞窟がある岩山のてっぺんにあります。岩山は高くそびえて、てっぺんまで登るにはかなり時間がかかるという話でした。なにしろ険しい岩場をよじ登らなくてはならなくて、走っててっぺんに行くことはできないのです。
 音柱様のお住まいに行ったときには、一所懸命走っても着いたのはお昼ごろでした。今度はそこからさらに険しい岩山を登るのですから、てっぺんに着くのは夜になるかもしれません。
 そこで洋服屋さんは、炭治郎たちにまた繰り返し言い聞かせました。
 決して無茶はしないこと。夜になったら帰らずに岩柱様のお住まいに泊まらせてもらうこと。そして、もしも『災い』が出たら、誰でもいいからすぐに柱を呼ぶこと。
 炭治郎たちもちゃんと守りますと約束して、元気に出発しました。

 しっぽをふりふり、炭治郎たちは今日も一所懸命に走ります。いつものようにお弁当を持って、洋服屋さんが作ってくれた柱の加護のあるマントや耳当てをして、どんどんと走っていきました。
「最後の一人なら、洋服屋さん、今度は炭治郎のものを作ってくれるのかなぁ」
「権八郎だけ、柱の力があるもんをもらってねぇからな。きっとそうだぜ」
 善逸と伊之助が言うと、禰豆子も絶対そうだよと炭治郎に笑いかけます。でも炭治郎はなんとなく、そんなことはないだろうと思いました。
 初めて洋服屋さんにお手伝いを頼まれたときに、洋服屋さんが言った言葉を、炭治郎は覚えています。

──この耳飾りほどの力はないかもしれないが……お前を守ってくれる──

 その言葉の意味を洋服屋さんは教えてはくれませんでしたが、きっと柱様のご加護と同じように、炭治郎の耳飾りと洋服屋さんがくれたお守りのハンカチには、力があるのでしょう。風柱様の眷属の少年が言っていた「あの人の加護」というのに、思い当たるのはそれぐらいです。そして炭治郎にとって、それ以上に心強いものなどありません。
 それなら身を守ってくれる柱の加護は、禰豆子や善逸や伊之助にあげてほしいと、炭治郎は思いました。
 炭治郎の望みを、洋服屋さんもきっとわかっているでしょう。だから炭治郎だけは、きっと今度も自分のものではないだろうと考えたのです。

 ずんずんと張り切って走った炭治郎たちは、お日様が空のてっぺんにかかったころ、岩山に辿り着きました。疲れた体を休めつつお弁当を食べた炭治郎たちは、岩山に向かってぺこりと頭を下げました。
「岩柱様、音柱様、こんにちは! これから岩山に登ります。騒がしくしたらごめんなさい。どうかてっぺんまで無事に辿り着けるよう見守ってください!」
 みんなで言って、炭治郎たちはこれでよしとうなずき合いました。
 蛇柱に礼儀知らずと言われたことが、炭治郎はちょっと気にかかっていたのです。そこで洋服屋さんに蛇柱様との会話を教えたところ、洋服屋さんは思慮深くうなずいて「神というのは礼儀を重んじるものも多い」と教えてくれました。
 岩柱様はたいへん温厚な方だそうですが、一番強い柱様で、お館様のご側近でもあるそうです。音柱様は礼儀を重んじる方には見えませんでしたが、それでも岩山にお住まいですし、お世話になったこともあります。だからみんなで相談して、礼儀正しくしようと決めたのでした。

 さぁ、いよいよ岩山に登ります。岩山は、小さな炭治郎たちからすればとっても高く険しくて、炭治郎たちは足を滑らせないよう気をつけながら、少しずつ岩場を登っていきました。一番体力がない禰豆子も頑張って、励まし合いながらようやくてっぺんまで登りきると、お日様はもう山の陰に沈み切る寸前でした。
「あぁ~夜になっちゃった……」
 しょんぼりと善逸が言うと、伊之助も辺りを見回して不機嫌そうに眉を寄せます。
「おい、岩柱に逢えなかったら眠れるとこなんてあんのか?」
 暗くてよく見えませんが、たしかに辺りはごつごつとした岩ばかりで、横になれそうな場所など見当たりません。
 柱様のお住まいですから、『災い』に襲われることはないでしょう。けれども眠れなければ、体力がもたずに、帰り道で怪我をするかもしれません。洋服屋さんに貰った布があるとはいえ、怪我をすれば痛いのに変わりはないのです。
 さて、どうしようとみんなで頭を悩ませていると、どこからか南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と念仏を唱える声が聞こえてきました。
「もしかして岩柱様かな」
「きっとそうだよ! 行ってみようぜ!」
 炭治郎たちは声のするほうへ歩き出しました。少し行くと、大きな男の人が座禅を組んで一心に念仏を唱えているのが見えました。音柱様も大きい方でしたが、その人は音柱様よりも大きそうです。
「あのっ、岩柱様ですか?」
 思い切って炭治郎が声をかけると、その人がゆっくりと振り返りました。

「おぉ、小さき獣がこのような岩山までやってくるとは……」

 そう言ってハラハラと涙を流す岩柱様に、炭治郎はちょっと戸惑いましたが、大きな声でいつものようにご挨拶をしました。
「初めまして、岩柱様。俺は狐の炭治郎です! 今日は洋服屋さんのお手伝いで、岩柱様のお住まいにある大岩から水晶の欠片をいただきに来ました!」
「妹の禰豆子です。岩柱様、こんばんは」
「ね、ねずみの善逸です……」
「イノシシの伊之助だ! こいつらの親分だっ!」
 禰豆子たちが順番に挨拶すると、岩柱様はこっくりとうなずいて、また南無阿弥陀仏と念仏を唱えます。そして、岩柱様は炭治郎たちに向かって言いました。
「水晶の欠片はあの大岩のなかにある。けれど、岩は固く、お前たちのように小さな子供では、きっと取り出すことは叶わないだろう。……あぁ、なんて哀れな。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
 そう言って涙を流す岩柱様を見て、炭治郎たちは困って顔を見合わせてしまいました。
「岩柱様が採ってくれるんじゃないのぉ? 岩柱様ってケチなのかな」
「そんなこと言っちゃ駄目よ、善逸さん。今までだって自分達でなんとかしなくちゃ駄目だったじゃない」
「へんっ、あんな岩ぐらい俺様なら楽勝だぜ!」
「うーん、とりあえずやってみようか」
 ひそひそと話し合って、炭治郎たちは大岩に向かいました。岩は本当に大きくて、とっても固そうでした。
「手でやってもきっと無理だぞ。怪我するのがオチだって」
「でも道具もないよね。どうする? お兄ちゃん」
「手が駄目ならこれでどうだっ!」
 言うなり岩に頭突きした伊之助は、ゴンッと岩にぶつかるなり、くらくらと目を回してしまいました。
 洋服屋さんの不思議な布でたんこぶは治りましたが、伊之助の頭突きではまったく歯が立たないようです。
「よしっ、それじゃ俺がやってみるよ!」
 今度は炭治郎がゴンッと頭突きします。炭治郎はとっても石頭なので怪我はしませんでしたが、やっぱり大岩はびくともしません。
「炭治郎でも駄目かぁ」
「いや、ずっと続ければどうにかなるかもしれない。みんなはそこの平たいところで眠るといい。朝早くには出発しないと、明日の夜までにお店に帰れないからね!」
 炭治郎は笑って言いましたが、みんなはとんでもないと首を振りました。
「炭治郎にだけやらせるわけにいかないだろぉ。でも、俺や禰豆子ちゃんは道具がないとどうにもなんないしなぁ」
「布で治るなら怪我なんて関係ねぇっ! 俺様も頭突きしてやるっ」
「駄目よ、伊之助さん。怪我は治っても痛いのは同じでしょ?」
「そうだぞ、伊之助。伊之助だけ痛い思いをするなんて絶対に駄目だ!」
「んなこと言ったって、それじゃどうすんだよっ!!」
 みんなに止められて、伊之助が不貞腐れ顔でわめきました。
 うーんとみんなで悩んでいると、禰豆子が突然「私、岩柱様にお願いしてくる」と岩柱様のところへ走って行きました。
「えっ!? おい、禰豆子! 自分達でやらないと駄目なんだぞ!?」
「そうだよ、禰豆子ちゃん! 柱に怒られたらどうすんの!? 危ないよっ!」
「子分その三っ、柱とやんのか!? 親分の俺様を差し置いて生意気なっ、やるなら俺が先だぜ!!」
 慌てて禰豆子を追いかけた炭治郎たちが止めるのも聞かず、禰豆子は岩柱様の前に進み出ると、ぺこりと頭を下げて言いました。

「岩柱様、お願いします。どうか私たちに岩を砕く道具を貸してください」

 禰豆子の言葉に、炭治郎たちは目をぱちくりとさせて顔を見合わせました。そしてうなずき合うと、揃って岩柱様の前に進み出て、禰豆子と同じように頭を下げてお願いしました。
「岩柱様、どうか道具を貸してください!」
 すると岩柱様は、泣きながらうなずいてくださいました。
「いいだろう。これを持っていくといい」
 岩柱様がゴツンッと地面を叩くと、割れた岩盤のあいだから、炭治郎たちの手にぴったりな大きさのツルハシが現れたではありませんか。岩柱様はそれを取り出して、炭治郎たちにそれぞれ渡してくれました。
「ありがとうございます!」
 お礼を言った炭治郎たちは、大岩へと急いで戻りました。朝までには水晶の欠片を手に入れなければなりません。大急ぎでツルハシを振るいます。
 ガツン、ガツンッと大きな音を響かせて、炭治郎たちは一所懸命ツルハシで固い岩を叩きました。
 岩はとても固いので、どんなに炭治郎たちが頑張っても、ちょっぴりずつしか欠けてはくれません。腕はどんどん重く疲れてくるし、手にはいっぱいマメができてとても痛くなりました。善逸は痛いよう疲れたようと泣きましたが、それでもツルハシを振るう手は止めませんでした。
 マメが潰れて血が出ると、洋服屋さんの不思議な布で傷を治して、みんなはまたツルハシを振るいます。眠くてお腹も空いてきましたが、誰も手は止めません。
 ガツン、ガツン、ガツン。岩を叩く音はずっと響き続けて、やがて空が白々と明けてきました。
「あぁぁっ! 朝が来ちゃうよっ!!」
「お日様が顔を出し切る前に水晶を見つけなきゃ、夜までに帰れなくなっちゃう!」
「くっそぉぉっ!! なんだってこんなに固ぇんだよっ!」
「みんな頑張れ! ほら、穴は大きくなってきてるぞ! きっと水晶は見つかるよ!」
 そう言って炭治郎がまたツルハシを岩に叩きつけると、キィンと澄んだ音が聞こえました。
「あっ!! 音が変わった! 炭治郎、きっとそこだよ!」
 耳のいい善逸が言うので、みんなは炭治郎がツルハシで叩いたところを覗き込みました。
 そこには固い岩に囲まれて、きらきらと光る透明な水晶が顔を出していました。
「やった! これの欠片を採れたら帰れるぞ!」
 みんなで力いっぱい水晶を叩きましたが、水晶は綺麗な音を響かせるばかりで、まったく欠けてはくれません。
 お日様はどんどんと昇ってきます。時間がありません。
「どうしよう、お兄ちゃんっ」
「うーん、よし! みんなちょっとどいてて!」
 言うなり炭治郎は、おでこを思い切り水晶に打ち付けました。
「うわぁっ、炭治郎お前なにやってんのぉ!?」
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「おい、権八郎! 頭突きじゃ駄目だっただろうが!」
「大丈夫。ほら!」
 心配するみんなに笑いかけ、炭治郎は、おでこを離すと水晶の下に手を差し出しました。手のひらにコロリと落ちてきたのは、きらきら光る水晶の欠片。
「やったぁぁぁっ!!」
 みんな飛び上がって大喜びです。けれどよく見ると、朝の陽射しを弾いて光る水晶は、たくさんヒビが入っていました。
「どうしよう……こんなにヒビが入ってる」
 困ってしまった炭治郎の頭に、ポンッと大きな手が不意に乗せられました。
 ビックリして炭治郎たちが振り向くと、岩柱様が立っていました。岩柱様はぽろぽろと大粒の涙を零しています。
「よくやった、小さき獣たちよ。この水晶はこれでいい。これは爆裂水晶というのだ。さぁ、これを持って帰るがいい」
 岩柱様がおっしゃるのなら、きっとこれでいいのでしょう。炭治郎たちはホッとして、岩柱様にお借りしたツルハシを返してお礼を言いました。
「岩柱様、道具を貸してくれてありがとうございました!」

「己で努力することなく神に願うばかりの者に、神は力を貸しはしない……。努力を知る小さき獣たちよ、私の名は悲鳴嶼という……もしも私を呼ぶときは、そう呼びかけるがよい」