手袋を買いに行ったら大好きな人ができました1

 火の花を持って、炭治郎たちはとことこと森の道を急ぎます。もう夕暮れが近づいていました。お弁当を炎柱様に差し上げてしまったので、炭治郎と禰豆子はお腹がペコペコです。善逸や伊之助もお弁当なんて持ってきてませんから、当然二人もお腹を空かせていました。
「なぁ炭治郎、花を届けるのは明日にして、なにか食べようよぉ。禰豆子ちゃんだってお腹空いてるよねぇ?」
「駄目だ! 洋服屋さんが待ってるんだぞ? ちゃんとお手伝いを済ませたら、うちでご飯を食べさせてやるから」
「善逸さんの好きなマツタケが少し残ってるから、お家に帰ったら善逸さんにあげるね」
 だから頑張ってと禰豆子が言うと、途端に善逸はご機嫌になりました。
「じゃあ急ごう! 早くお手伝い終わらせて禰豆子ちゃんとご飯~!」
「あ、紋逸! てめぇ親分の俺様を差し置いて先に行くんじゃねぇ!」
 駆けだす二人にちょっぴり呆れながら、炭治郎と禰豆子も置いていかれないよう駆けだしました。森の外れはもうすぐです。

「洋服屋さん、炎柱様の火の花を貰ってきました!」
 ちょっと緊張している禰豆子と一緒にお店のドアを開けると、洋服屋さんはゆっくりと二人に近づいて、よくできましたとでもいうように二人の頭を撫でてくれました。昨日と同じように、座って待っていろと言うと、洋服屋さんはまた奥のお部屋に入っていきます。
 善逸と伊之助は、お店の窓からこっそり炭治郎たちを見ていました。二人にも一緒にお店に入ろうよと言ったのですが、善逸たちはまだ、洋服屋さんをあやしんでいるようでした。
 禰豆子と一緒に椅子に座って待っていると、洋服屋さんがトレイを持って戻ってきました。目の前にコトリと置かれたのは、昨日と同じホットミルク。カップは四つ。とても甘い匂いのするクッキーが山盛りに乗ったお皿も、テーブルの真ん中に置かれました。
「外にいる奴らと食べるといい」
「洋服屋さんは食べないんですか?」
 こくりとうなずいて、洋服屋さんは、火の花を持ちお仕事机に近づいていきました。
 テーブルにある椅子は四つ。善逸と伊之助が椅子に座ったら、洋服屋さんの椅子はありません。だからなのでしょうか。でもそれはとても寂しいなと炭治郎は思いました。
「洋服屋さんも一緒に食べませんか? 俺、立ってても平気ですよ!」
「……俺は仕事がある」
 そう言われてしまっては、炭治郎も無理は言えません。ちょっと残念に思いながら、炭治郎は、窓から覗いている善逸と伊之助を手招きしました。様子を見ていた二人も、自分達の分も置かれたカップに気づいたのでしょう。恐る恐るお店に入ってきました。
 お仕事机の前に立つ洋服屋さんの背中をビクビクと見ながらも、善逸と伊之助は、温かくて甘いミルクに少し落ち着いたようです。二人の分もご馳走してくれる洋服屋さんに、ようやく洋服屋さんがやさしい人だとわかったのでしょう。禰豆子と一緒に、甘い、美味しいと、にこにこしています。
 炭治郎も、そんな三人にとてもうれしくなりました。でも、気になるのは洋服屋さんのことです。一人だけテーブルにつかないのも心配ですが、洋服屋さんのお仕事が気になってしかたありません。
 急いでミルクを飲み終えた炭治郎は、とことこと洋服屋さんの隣に歩いていきました。
「お仕事を見ていてもいいですか?」
 洋服屋さんは、ちらりと炭治郎を見下ろし、小さくうなずいてくれました。
 じっと炭治郎が見ていると、洋服屋さんは藍鼠色のマフラーを取り出して、火の花を近づけました。
「燃やしちゃうんですか!?」
 驚く炭治郎の目の前で、洋服屋さんはわずかに首を振り、そっと火の花に息を吹きかけました。たちまち火の花からきらきらと火の粉が飛んで、マフラーに降りかかります。
 うわぁ、大変! 炭治郎は慌ててしまったのですが、不思議なことに、マフラーは燃えることなく火の粉を吸い込んでいくではありませんか。
「これをあいつに巻いてやれ」
 火の花を吸い込んだマフラーを炭治郎に手渡して、洋服屋さんが視線をやった先には、口いっぱいにクッキーを頬張っている伊之助がいます。
 受け取ったマフラーはとっても暖かくて、炭治郎はすごくうれしくなりました。
「はい! ありがとうございます!」
 元気に返事して、炭治郎はマフラーを伊之助にわたしに行きました。
「ほら、伊之助! 洋服屋さんがマフラーを作ってくれたぞ!」
「あぁん? そんなものつけたら苦しくなるじゃねぇか。いらねぇ!」
「そんなこと言うなよ。ほぅら、あったかいだろう?」
 炭治郎が首にかけてやると、なんだこりゃスゲェあったけぇ! と伊之助も大喜びで、炭治郎は一安心です。
 伊之助はとっても元気で丈夫なのですが、いつでもほとんど裸ん坊なので、風邪を引かないか心配していたのです。これで今年の冬は、伊之助もあったかく過ごせることでしょう。
 炭治郎は洋服屋さんのやさしさに、とってもうれしくなりました。でも困ったこともあります。火の花は手袋のお代としてお遣いに行ったのです。なのに、伊之助のマフラーにしてしまったのですから、マフラーのお金を払わなければいけません。
「洋服屋さん、マフラーのお金を払います」
「金はいらない。代わりに手伝ってくれ」
 洋服屋さんは今度もそう言いました。
「蟲柱の住まいにある、花畑の蜜を貰ってきてくれ」
「わかりました! 蟲柱様のお住まいにある、花畑の蜜ですね」
 話を聞いていた禰豆子が、私もお手伝いすると言うと、善逸や伊之助も炭治郎と一緒にお手伝いをすると言い出しました。
「ホワホワさせられっぱなしでいられるかっ」
「怖いけど禰豆子ちゃんが行くなら俺も行くよぅ」
 明日も四人で一緒にお手伝いすることが決まりました。すると洋服屋さんは、また青いハンカチを取り出して、禰豆子たちにもくれました。
 はしゃぐみんなを、洋服屋さんは無表情のまま静かに見ています。なにを考えているのかはさっぱりわからないけれど、凪いだ泉のような青い瞳は、ほんの少し笑っているようにも見えました。
 そんな洋服屋さんに炭治郎はなんとなくうれしくなって、明日も頑張ろうと、固く心に誓ったのでした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 今日もキメツの森はいい天気です。昨日よりも、空気は少し冷たさを増しました。本格的な冬が近づいているのでしょう。それでも炭治郎と禰豆子の手には手袋がはまっていて、寒さもへっちゃらでした。
 今日は五人分のお弁当を持ってお出かけです。蟲柱様に差し上げる分のお弁当には、とっておきのクルミやきのこも入れました。これなら蜜の対価になるでしょう。
 仲良し四人でのお出かけは、お手伝いであっても楽しい道行でした。伊之助の首には藍鼠色のマフラーが巻かれています。いつでも伊之助は元気いっぱいですが、今日はマフラーのおかげで特別元気に見えました。
 伊之助はすっかり洋服屋さんが気に入ったようです。善逸はまだちょっと怖がっていますが、洋服屋さんが炭治郎たちを毛皮にしないことは、信じてくれたようでした。

 蟲柱様のお住まいのお花畑に行くのには、狭いトンネルになった茨のなかを、くぐっていかなければいけません。
 怪我をしないように気をつけながら進んでいくと、女の子が一人、茨のなかでぽつんと座り込んでいました。とても綺麗な女の子です。長い髪は結ばれて、蝶々の髪飾りをしています。人ではないのはわかるのですが、森の動物の匂いがしない子でした。
「どうしたんだ? どこか痛いの?」
 炭治郎がたずねても、女の子はなにも言いません。禰豆子が聞いても善逸が聞いても、やっぱり女の子は黙ったままです。
「面倒くせぇなぁ。もうほっといて行こうぜぇ」
 短気な伊之助が言っても、女の子は怒るでもなく座ったままでした。
「そういうわけにはいかないだろ。女の子がこんなところで一人で座ってるんだ。茨で怪我したのかもしれないじゃないか」
「そうだそうだ! こんなにきれいな女の子が困ってたら、助けてあげるのが当然だろっ!」
「んなこと言ったって、これから蟲柱ってやつのとこ行くんだぞ! 遅くなったら夜までに帰れねぇじゃねぇか!」
 伊之助が怒鳴ると、女の子はやっと顔を上げ、炭治郎たちを見まわしました。
「あ、お兄ちゃん、見て! 服の裾に茨が絡んでる。だから動けなかったのよ」
 禰豆子が言うと、女の子は少しだけ困り顔になり、コクンとうなずきました。
「本当だ。よし! それじゃ俺がとってあげるよ!」
 さっそく炭治郎は手袋を外すと、女の子の服の裾に手を伸ばしました。手袋をしたままでは絡んだ茨は取れなさそうでしたし、大事な手袋もほつれてしまいそうだったのです。
 とてもきれいで柔らかな布でできた服は、少しでも乱暴に引っ張ればすぐに破れてしまいそうでした。
 服を破かないようにそっと外しても、茨の棘は、炭治郎の指を何度も刺します。禰豆子と善逸も手伝ったのですが、二人の指にも棘は刺さって、そのたび善逸は大袈裟に痛がりました。細かいことが苦手な伊之助は、せっかく外した棘が服に絡まないように茨を払っていたので、やっぱり棘に刺されて傷まみれです。
 どうにか服を破ることなく全部の棘を外し終えたときには、みんなの手は小さな傷がいっぱいできていました。時間もかなり経っていて、朝早くに出たのに、お日様はもうお空のてっぺんに昇っています。
「やったぁ! 大丈夫、これでもう動けるよ!」
「よかったね。お洋服も破けてないから、安心してね」
「これぐらいで動けねぇなんて弱みそだな、お前」
「女の子にそういうこと言うんじゃないよっ! ね、お腹空いてない? 俺たちと一緒にお弁当食べようよぉ」
 善逸の言葉に女の子はふるふると首を振ると、みんなの顔をゆっくりと見回して、静かに立ち上がりました。
「……ありがとう」
 小さい声で言うと、跳ねるように二歩三歩と歩いた女の子は、ふわりと手を広げました。とたんにきれいな蝶へと女の子の姿は変化して、茨のトンネルをひらひらと飛んでいきます。
「蝶々さんだったんだね……」
 あっという間に見えなくなった蝶々を見送った四人は、伊之助のお腹がぐぅっと鳴るまで、その場でぽかんと立っていました。

 茨を抜けたところでお弁当を食べて、四人はまた、どんどんと進んでいきました。
 高い木立に囲まれた道を進んでいくと、ようやく開けた場所に出ました。目の前にはきれいなお花畑が広がっています。
 赤や黄色、白に桃色、薄紫。お花畑には、いろんな色のお花が、数えきれないほど咲いていました。
 でも不思議です。だって今は冬の初め、こんなにたくさんのお花なんて、咲いているわけがありません。

「あらあら、かわいいお客様ですこと」

 どこからか鈴を転がすような声がして、ビックリする四人の前に、きれいな女の人がふわりと舞い降りました。
「この人、さっきの女の子とおんなじ髪飾りをしてるよ、お兄ちゃん」
 禰豆子に言われて見れば、たしかに女の人の髪には、蝶々の髪飾りがきらきらと光っていました。
「あ、あの、もしかして蟲柱様ですか?」
「はい。私になにかご用ですか? かわいい子狐さん」
 にこにこと女の人は笑っています。とてもやさしそうな人です。
「初めまして、蟲柱様。俺は狐の炭治郎、こっちは妹の禰豆子で、友達の善逸と伊之助です! 今日は洋服屋さんのお手伝いで、蟲柱様の花畑の蜜をいただきに来ました!」
 元気に言った炭治郎は、残しておいたお弁当を蟲柱様に差し出しました。
「蜜の対価にお弁当も持ってきました。蜜を分けてもらえませんか?」
「小さいのにお手伝いなんて感心ですねぇ。でも、残念ですがお弁当はいりません」
 蟲柱様はうふふと笑って首を振ります。炭治郎たちはすっかり困ってしまいました。
「どうしようお兄ちゃん、ほかになにも持ってないよ?」
「お、俺のマフラーは駄目だからなっ!」
「えー、そしたら炭治郎と禰豆子ちゃんの手袋しかないんだぜ? 俺はなんにも持ってないんだぞ? どうすりゃいいんだよぉ」
 困り切って言いあう禰豆子たちの声を聞きながら、炭治郎はじっと自分の手を見ました。手には洋服屋さんが売ってくれた市松模様の手袋。とてもぬくぬくとして、炭治郎の手を温めてくれる手袋です。
 とっても大事な炭治郎の宝物。だけど、蜜がもらえなければ、洋服屋さんが困るかもしれません。
 うんっ、と一つうなずいて、炭治郎は手袋を外すと、蟲柱様に差し出しました。
「蟲柱様、これじゃ駄目ですか?」
「うーん、それをいただいてしまっては、ちょっと困ることになりそうなんですよねぇ。あの人が文句を言うことはないと思いますが、じとぉっと物言いたげに見られるのって、鬱陶しいと言いますか、正直迷惑と言いますか……」
 苦笑する蟲柱様に、炭治郎も、きょとんとしつつも困ってしまいます。蟲柱様が言うことはよくわかりませんが、手袋が駄目なら、もう差し上げられるものはなにもないのですから。
「でも、ほかにはなんにもないんです」
「いえいえ、なにもいりませんよ。だって私はもう、あなたたちから対価を受け取ってますから。というよりも、先にいただいたのは私のほうなので、蜜はその対価ってところでしょうか」
 笑って言った蟲柱様の後ろから、ひょこりと女の子が顔を出しました。蟲柱様の背に隠れるようにして、少し頬を赤くしているのは、さっきの蝶々の女の子です。
「先ほどは私の眷属が世話になったようで。この子を助けてくれてありがとうございます」
 微笑み言った蟲柱様の後ろで、女の子もぺこりと頭を下げました。
 ひらりと蟲柱様が袖を振ると、花畑の花たちが一斉にさわさわと揺れて、きらきらとした光の粒が舞い上がりました。その粒を、いつの間にやら現れた女の子たちが一つひとつ掴まえては、小さな瓶に集めていきます。
 ぽかんと炭治郎たちが眺めているうちに、光の粒を集め終えた女の子たちは、瓶を蟲柱様に差し出すと、蟲柱様の後ろにずらりと並び一斉に頭を下げました。
「仲間を助けていただきありがとうございました」
 キリっとした顔の女の子が言うと、その子や最初の女の子よりも小さな三人の女の子も、ありがとうございますと口々に言います。この子たちも蟲柱様の眷属なのでしょう。みんな蟲柱様と同じ蝶々の髪飾りをしていました。
「さぁ、これをどうぞ、心やさしい子狐さんたち。自分の身を顧みず、見返りを求めることなく、人のために動く者にこそ、神は救いの手を差し伸べるものです」
 やさしい声で言われ、炭治郎は目を輝かせて小瓶を受け取りました。小瓶のなかでは、きらきらと金色の光の蜜が揺れています。

「思いやりにあふれた子狐さん、私の名前は胡蝶といいます。もしも私を呼ぶときは、そう呼びかけてくださいね」