手袋を買いに行ったら大好きな人ができました1

「よし、行こうか禰豆子!」
「うん! 炎柱様のお住まいはちょっと遠いから、お弁当も用意したよ」
「もらったお守りも持ったし、準備万端だなっ」
 今日もキメツの森はいい天気。炭治郎は洋服屋さんのお手伝いに張り切っています。

 洋服屋さんのお店でミルクをご馳走になりながら、炭治郎は、禰豆子や善逸たちのことをいっぱい洋服屋さんに教えてあげました。洋服屋さんはとても無口で、自分からはお話してくれませんでしたが、静かに炭治郎のお話を聞いてくれました。
 炭治郎はわりとお喋りなのですが、洋服屋さんからは怒ってる匂いも困ってる匂いもしなかったので、とってもうれしくて時間が経つのも忘れて話し続けてしまったものです。
 お日様が沈みかけて炭治郎が帰るとき、洋服屋さんは青いきれいなハンカチをくれました。
「柱のところへ行くときには、必ずこれを持っていけ。お守りだ」
「お守りですか? 洋服屋さんの目と同じ色ですね。すごくきれいな青!」
 ハンカチからは洋服屋さんと同じ匂いがしていました。洋服屋さんの瞳によく似た色のハンカチです。水柱様の泉と同じ色でもありました。
「ありがとうございます! 大事にしますね」
 にっこり笑ってハンカチを懐にしまい込んだ炭治郎に、洋服屋さんはこっくりとうなずきました。
「この耳飾りほどの力はないかもしれないが……お前を守ってくれる」
 洋服屋さんの小さなつぶやきに、炭治郎はきょとんとまばたきしました。
「父さんの耳飾りですか?」
 病気で亡くなったお父さんが、大事にするようにと炭治郎にくれた、形見の耳飾りです。お日様のような模様の耳飾りを、それからずっと炭治郎はつけています。
「洋服屋さんは父さんを知ってるんですか? この耳飾りは俺を守ってくれてるんですか?」
 炭治郎の問いかけに、洋服屋さんはなにも答えてはくれませんでした。だけど、とてもやさしく炭治郎の頭を撫でてくれたので、炭治郎も聞くのはやめました。
 洋服屋さんの手は不思議です。炭治郎の手よりもずっと大きい手でやさしく頭を撫でられると、胸の奥がホワホワとします。もっともっと仲良しになれたらいいなと、ドキドキと心臓がうるさくなったりもするのです。
 炭治郎を撫でてくれるその手は、いつもひやりと冷たく感じられました。それだけはちょっと心配です。でも、炭治郎の手だって冷たくてたまらないときはありますが、禰豆子や善逸たちと握りあえばぽかぽかと温かくなるのです。今は洋服屋さんの手袋だってあります。洋服屋さんの手も、いつか炭治郎が温めてあげられるかもしれません。
 お手伝いがちゃんとできたら、洋服屋さんのお名前だって教えてもらえるかもしれないぞ。洋服屋さんをお名前で呼んで、洋服屋さんと手を繋いで温めあう。それはとても素敵なことだと、炭治郎は思いました。

 炭治郎は禰豆子と手を繋ぎ、張り切って歩きました。炭治郎の手も、禰豆子の手も、真新しい手袋のおかげでぬくぬくとして、冷たい空気もへっちゃらです。
 炎柱様は、水柱様の泉よりもさらに奥のほうにお住まいです。聞いた話では、昼でも篝火が焚かれた祠なのだそうです。炭治郎はまだ、水柱様以外の柱様にお逢いしたことがありません。炎柱様はどんな方なのでしょう。

 神様なんだし、きっとやさしい方なんだろうな。水柱様みたいに強くてやさしい神様に違いないぞ。楽しみだなぁ!

 ワクワクと胸を弾ませ歩いていると、道の向こうで善逸と伊之助が手を振っているのが見えました。
「禰豆子ちゃ~ん、おはよう! 今日もかわいいね! 桃色の手袋よく似合うよぉ。炭治郎とどっか行くの? 昨日もお家に遊びに行ったんだけど、禰豆子ちゃんも炭治郎もいなかったから、すっごく寂しかったよ~。今日は俺も一緒に行ってもいい?」
「おい、権八郎。昨日は遊びに行ったのにいねぇから、紋逸が持ってったキノコは俺様が食ったからな! 今日は親分の俺様が一緒に行ってやる!」
 炭治郎と禰豆子はうなずいて、善逸たちと一緒に行くことにしました。
 ワイワイお喋りしながら、炭治郎たちは森の奥へと進みます。炭治郎が洋服屋さんにお手伝いを頼まれたことを話すと、善逸は飛び上がって驚きました。
「なんでなんでなんでぇぇっ!? 人間が柱様を知ってるわけないじゃん! その人間あやしいよ、もしかしたら『災い』が化けてるんじゃないの!? いや、きっとそうだってぇぇっ!!」
「うるさいぞ善逸! 炎柱様の祠も近いんだ、静かにしないか!」
「そりゃごめんなさいねっ! でもさでもさ、本当にあやしいよ、そいつ。お館様は人間もお参りにくるぐらい知られた神様だけど、柱様は森の動物たちしか知らないんだぜ? お館様が森の動物たちを守るようにって、神様にした方たちばっかりなんだろ?」
 善逸は怯えて震え上がりました。伊之助も、それならやっぱり俺様が退治してやるとわめきだして、大騒ぎです。そんな二人に、禰豆子もちょっと不安そうな顔になっていました。
「大丈夫だよ。洋服屋さんはいい人だし、柱様のことを知っているのには、きっと理由があるんだよ」
 洋服屋さんはまだお名前さえ教えてくれないので、理由を聞くことはできないけれど、炭治郎はまったく不安にはなりませんでした。
「洋服屋さんからはとってもやさしい匂いがするんだ。それに俺が狐だってわかっても、禰豆子と俺の手袋だって売ってくれた。昨日だって、お仕事の邪魔をしちゃったかもしれないのに、ミルクをくれてずっと俺の話を聞いてくれて、お守りのハンカチまでくれたんだ。洋服屋さんはやさしいいい人だよ」
 水柱様の泉と同じ色の瞳をした洋服屋さん。水柱様と同じ、やさしくて悲しくて、寂しい匂いのする人。ひんやり冷たい手だけれど、あんなにやさしく撫でてくれる洋服屋さんが、悪い人なわけがありません。
「禰豆子、それに善逸と伊之助も。炎柱様の火の花をいただいたら、一緒に洋服屋さんのところに行こう! みんなも絶対に洋服屋さんが好きになるよ!」
 禰豆子はうれしそうにうなずいてくれました。伊之助も「ミルクを飲みに行ってやってもいいぞ」と言ってくれたし、怯えながら善逸も「うぅ、俺も行くよぉ。怖いけど禰豆子ちゃんは俺が守る!」と言ってくれたので、炭治郎もうれしくなりました。
 友達がいるのはいいものです。炭治郎は当然、洋服屋さんと仲良くなるつもりですが、禰豆子たちも友達になったら、洋服屋さんの寂しいのもすぐに消えるかもしれません。

 どんどん進むと、篝火に囲まれた祠が見えてきました。炎のおかげでしょうか、辺りはぽかぽかとしています。
 炭治郎と禰豆子は手袋を外すと、しっかりと懐にしまい込みました。
「炎柱様は祠のなかにいらっしゃるのかな?」
「でもお兄ちゃん、祠はそんなに大きくないよ?」
「禰豆子ちゃんでも入るのは大変そうだよなぁ。でも、神様だから小さくなれるんじゃないかな。よくわかんないけど、神様ならそれぐらいできそう」
「めんどくせぇな! こうすりゃ出てくんだろ!」
 言うなり伊之助は、拳を振り上げ、祠を叩こうとしました。
「うわぁぁっ! 伊之助なにするんだ!」
「お前馬鹿なの? 馬鹿なんだろ! 神様になにしようとしてんだよ、馬鹿ぁぁっ!!」
 炭治郎と善逸は大慌てです。二人がかりで伊之助を止めていると、大きな笑い声がどこからか聞こえてきました。

「ずいぶんと面白い少年たちだな! 神の祠に殴りかかろうとするとは、よもやよもやだ!」

 篝火が突然ボッと音立てて高く燃え上がり、祠の上で空気がゆらゆらと、陽炎のように揺らめきだしました。
 ぽかんと見つめる炭治郎たちの目の前で、祠の屋根にふわりと降り立ったのは、金と赤のきらめく髪をした男の人です。きっと炎柱様でしょう。
「お参りに来たにしては乱暴なことだ。さて、少年たち。君たちはいったいなにをしにここへ来たのかな?」
 ずいぶんと気さくな神様のようです。大きくて朗らかな声に、炭治郎はホッとしました。
「初めまして、炎柱様。俺は狐の炭治郎です、こっちは妹の禰豆子に友達の善逸と伊之助です! 今日は洋服屋さんのお手伝いで、炎柱様の火の花をいただきに来ました!」
 大きな声で元気よく言った炭治郎を見て、炎柱様はおや? と首をかしげました。
 じっと炭治郎を見つめる大きな目は、すべてを見透かすようです。善逸はそれだけですっかり怯えてしまったのか、ブルブルと震えながら、俺が禰豆子ちゃんを守らなきゃと小さく呟いています。伊之助は伊之助で、こいつは強ぇぜ……だが絶対に俺様が勝つ! と鼻息を荒くしていました。
 失礼なことをしないでほしいなぁと、炭治郎はハラハラです。でも、炎柱様は気を悪くした様子もなく、ふむ、とうなずき、にっこりと笑ってくれました。
「なるほど! 手伝いとは感心な少年だな! じつに面白い!」
 どうやら炎柱様は、炭治郎を気に入ってくれたようでした。とても楽しそうに笑っています。
 炎柱様はおもむろに篝火に向かい、ふっと息を吹きかけました。とたんにふわりと炎がひとひら、炎柱様の手へと飛んできて、ゆらゆらと燃える一輪のお花へと変わります。
 それを炭治郎に差し出して、炎柱様はにっこり笑いました。
 熱そうだなと思いながらお花を受け取った炭治郎は、燃えているのにまったく熱くないお花にビックリして、パチパチと大きな目をしばたかせました。
「さぁ、これを持っていくがいい! だが狐の少年よ、花の対価に君はなにをくれるのかな?」
「このお花にはお代がいるんですか?」
「神へ願うなら、当然対価は必要だ! なにもせず、なにも手放さず、ただ願いを叶えてほしいと言う者の願いなど、神は決して聞き届けはしないぞ?」
 さて、困りました。洋服屋さんはなにも言っていませんでしたから、炭治郎は今日はお財布を持ってきていません。
 善逸は「ほらぁ、うまい話なんてないんだってぇ! きっと食べられちゃうんだ!」と大騒ぎですし、伊之助は「よしそれじゃ俺と手合わせしろ! 俺様が勝ってその花を貰っていくぜ!」と指を鳴らしだしています。
 そんな二人の様子にも、炎柱様は面白そうに笑うだけです。たいへんおおらかな方なのでしょう。けれども、炭治郎を見据える大きく力強い目は、決してズルは許さないぞと言っているようでした。
「そうだっ。お兄ちゃん、これがあるよ」
「あ、そっか! 炎柱様、俺と禰豆子のお弁当なんですけど、お代はこれじゃ駄目ですか?」
 禰豆子が取り出した果実や木の実の入ったお弁当を、炭治郎は炎柱様に差し出しました。
「これは君たちの弁当だろう? 俺にわたしたらきっと帰り道で腹が減るぞ? それでもいいのか?」
「かまいません。洋服屋さんに頼まれたお手伝いのほうが大事ですから!」
 炭治郎の言葉に禰豆子もこっくりうなずいてくれました。それを見て、炎柱様はたいへん満足そうに笑いました。

「では、受け取ろう。さぁ、その花はもう君のものだ、狐の少年よ! 俺の名は煉獄という。もしも俺を呼ぶことがあるなら、そう呼びかけるといい」