世界で一番じゃない大好きだからうれしいの(お題:4世界一)

※『800字分の愛を込めて』で書いたものを加筆修正。

 俺にとって世界一格好よくてかわいくてきれいな人は義勇さんだけど、義勇さんにとって世界一格好いいと思うのは錆兎らしい。
 世界一かわいいのは、順位がつけられないと言う。禰豆子も真菰も、花子たちも、義勇さんの世界一なんだそうな。
 世界一きれいな人はお姉さん。義勇さんにしてみれば、まぁ当然だろう。ちなみに同率一位にはうちの母さんが入っている。お愛想でもなさげなのが、なんか複雑。

「じゃ、じゃあ世界一好きなのは?」

 まったり過ごすお家デート。別になにか意図があっての話題じゃなかった。見るともなしに見ていたテレビで、世界で一番カッコイイ、世界一かわいいと笑いあう主役カップル。触発されたというわけでもなく、ふと浮かんだから口にしただけのこと。俺の世界一は格好いいのもかわいいのも、きれいなのも、義勇さんだなぁって。
 そしたら、この展開。全然出てこない俺の名前に、なんだか焦る。
 格好良くもかわいくも、きれいでもないけど、義勇さんの恋人は俺だ。さすがにこれは即答で俺の名前が出ると思ったのに、義勇さんは眉を寄せて考え込んでしまった。
「……選べん」
「はぁ?」
「姉さんも錆兎も真菰も、禰豆子たちや鱗滝先生だって同じぐらい好きだ。同率一位が多すぎる」
 義勇さんはいたって真面目に言う。
 なんだかとんでもなくショックだ。

 恋人、なんだよな? 俺。

 そりゃ、告白したのは俺のほうだ。ずっと店の常連だった義勇さんが好きで、十六になった誕生日に思い切って告白した。十歳も年下の、しかも男。実るなんて思ってなかった片想い。なのに、義勇さんは俺も好きだって言ってくれた。
 口下手で無口な義勇さんは、滅多に好きとは言ってくれない。普段なら。義勇さんが俺に好きだって言ってくれるときは、ほとんどがベッドのなか。好きって言われるしかわいいとも言ってくれる。俺が照れてもういいですって止めようとしちゃうぐらいに。
 そう、義勇さんと俺は、キスだってするしその先だってする。ちゃんと恋人だからだ。普段は言ってくれなくても、義勇さんから俺に向かって香る匂いだって、甘酸っぱい恋の匂いだ。
 好きって匂いで俺を包んでくれるから、疑ったりしてない。ちゃんと想われてるのは知ってる。でも。
「……俺は、一番じゃないんですか?」
 好きだけど、一番じゃない。かわいいけど、一番じゃない。きれいや格好いいは……うん、まぁ、それはないなと分かっちゃいたけれども、何度も言われた言葉ですら、義勇さんにとっては一番じゃなかったのはショックだ。
「炭治郎は炭治郎だろう?」
 キョトンとする義勇さんに、浮かびかけた涙も引っこんだ。
「えっと、それはどういう?」
「炭治郎に順番なんてつけられるわけがない」
 言いたいことがわからなくて聞けば、やっぱり義勇さんはどこまでも真面目に言う。
「はぁ、でも禰豆子たちは同率一位なんですよね?」
「世界で一番ならそうだ。でも、炭治郎はそもそも世界に含まれないだろう? 俺にしてみればおまえは世界そのものなんだから。炭治郎が特別で大切で愛おしいのは当たり前のことだ。順番もなにもない」
 
 たとえば世界一と思うものだけ残してすべてが消えると言われて選んでも、空気がなくなれば生きてはいけない。だけど空気を選べばほかにはなにもない。世界には自分ひとり、生きている甲斐もない。
 炭治郎はそんな空気と同じく、選ぶも選ばないもない。なければ生きていけないものじゃないか。俺にとって炭治郎は世界と同義だ。おまえがいるから、錆兎を格好いいと思う気持ちや禰豆子たちをかわいいと思う気持ちも、抱いていられる。おまえがいなければ、そんなことを思う心さえ俺はきっと失うだろう。
「おまえがいないなんて、考えたくもないがな」
 義勇さんは照れる様子もなく、そんなことを言う。瞳も口調もいたって真面目に。からかいや熱を煽る睦言でもなく、おはようやおやすみみたいな当たり前のあいさつでも口にするように。

 あまりにも当たり前すぎることだから、照れる余地などどこにもない。そんな顔で義勇さんは言った。

「そうだな、あえて選ぶなら、おまえが生きてるこの世界が、世界一好きなものかもしれない」
 そう言って笑った義勇さんに、叫びだしたいような転げ回りたいような衝動がわき上がった。
 抑えられなかったから、俺もと叫んで、俺の世界を思いきり抱き締めた。