正解率は百パーセント

※ブログに上げた即興二次小説のロングバージョンです。キメ学軸未来捏造。義勇さんと炭治郎は幼馴染設定。10歳差。

 このところ暖かい日がつづいていたのに、今夜はグッと冷え込んだ。こういう夜は人肌が恋しい。

 まぁ、エアコンはついてるし、コタツにも入ってるけどさ。

 十一月も終りが近い。年末のせわしなさを感じるにはまだ早く、けれども、今年もあとひと月と思うと少しばかり焦るような気持ちにもなる、そんな時期。夕飯あとのまったりタイムのBGMは、見る気もなかったテレビの音声だ。
 もともとテレビなんて、炭治郎はあまり見ない。部屋の主も同じこと。テレビのスイッチが入れられるのは、大概はニュースの時間。さもなければ、観に行きそこねた映画が放映されるときぐらいなものだ。
 なのになぜ炭治郎がテレビをつけたかと言えば、手持ち無沙汰だからの一言に尽きる。
 時刻は八時。お腹はいっぱいだし、風呂はもうとっくに入った。眠るには早すぎる。ついでに言えば、ここは自宅ではなく恋人の家だったりする。
 忙しいことこの上ない恋人と、久しぶりにできたお家デートのはずなのに。興味のないテレビをボーッと見てるしかないって、どういうこと? 炭治郎は憮然としそうになる顔をどうにか堪える。
 液晶画面のなかではタレントたちが、にぎやかな笑い声を立てている。雑学を競うクイズ番組ならそれなりに集中して見ていられるけれど、クイズはクイズでも、今やってるのは懐かしいCM特集だ。問題が古すぎて、高校を卒業したばかりの炭治郎では、盛り上がりようもない。
 CMソングを流して、なんのCMかを当てるという、ありがちと言えばありがちな番組だ。ちょっと珍しいのは、答えを絵で描かなければいけないという点だろうか。意外な人が玄人はだしにうまかったり、美少女アイドルが壊滅的な腕前だったり、クイズ自体よりもタレントの絵を楽しむ構成なのかもしない。

 それなりに面白いけど、熱中して見るようなものでもないよな。

 興味のないタレントの絵を見ているより、もうちょっと向かいに座る人との会話を楽しみたいものだ。ため息を押し殺して、炭治郎はちらりと目の前の恋人を見やった。
 コタツの向かい側で、さっきからずっと、義勇はパソコンとにらめっこしている。義勇が帰ってきてから今まで、交わした会話はたぶん五分にも満たないだろう。義勇は食事中に話ができないし、交代で入浴したあとは、ずっとパソコンにかかりっきりだ。せっかくのお泊りだというのに、会話がないまま時間ばかりが過ぎていく。

 仕事なんだからしかたないけどね。

 笑い声に紛れてひびくキーボードの打鍵音を聞きながら、声にはせず独り言ちて、炭治郎はまたぼんやりとテレビをながめた。まったくもって物分かりのいい恋人だと、内心ちょっぴり自画自賛したりもしてしまう。

 教職はほぼブラック企業とは、つきあいだした当初に聞かされていたけれど、実情は炭治郎が想像していたよりひどかった。休日出勤は当たり前だし、早出残業がない日のほうが少ないくらいだ。家にお邪魔した平日に、義勇が仕事を持ち帰らなかったことなど、炭治郎の記憶が正しければ一度もない。
 長年の片想いが終了したのは、炭治郎が大学の推薦入試に合格した日だ。勢いのままに告白し、おつきあいは卒業してからとの条件付きではあるけれども、俺も好きだと答えてくれた義勇が頬にキスしてくれて、片想いは両想いへと変化した。
 いよいよ卒業して、晴れて恋人同士。障害のひとつだった先生と生徒という立場は消えたのに、恋人になった途端かまってもらえる時間が減るとは思ってもみなかった。これでは生徒でいたときのほうが、よっぽどかまわれていた気がする。
 笑い声がひびくテレビのなかとは裏腹に、炭治郎の感情はだだ下がりである。めずらしく早く帰ってきた義勇と、一緒にご飯を食べられたのはいいけれども、それからずっと義勇は仕事しっぱなしだ。そりゃもちろん、炭治郎がくるから早く帰宅しようと頑張ってくれたのは、理解している。もちろん、うれしいと思ってもいる。早く帰った分、持ち帰らざるを得ない仕事が増えたことだって、ちゃんとわかってはいるのだ。
 だからといって、寂しい気持ちが目減りするかといえば、別問題だけれども。

 早く仕事終わんないかな。

 手持ち無沙汰にぼんやりテレビを見ていたら、不意に義勇が顔を上げた。それまではまったく無関心だったのに、じっと画面を見ている顔には、懐かしげな風情が浮かんでいる。この手の番組に興味を持つなんて珍しいこともあるものだ。
「懐かしいな」
「このCMソングですか?」
「おまえ、小さいときにこれの真似して、やたら俺に飛びついてきてただろ?」
 はぁ? と声をあげ、思わず炭治郎もテレビに視線を向けた。
 テレビのなかでは「わかったぁ!」「CMはわかるけど、まったく描けへん」などと、タレントたちが騒いでいる。なんだか耳に残るフレーズではあるし、確かに飛びつこうとかなんとか歌っているけれど、なんのCMだか炭治郎にはさっぱりだ。義勇の思い出話だって、まったく記憶にない。
「全然覚えてないんですけど」
「義勇さんに飛びつこうって歌って、がっしりしがみついて離れなかった」
 パンをえらんでるときにやられると、トレイを落としそうになって大変だった。足におまえをぶらさげて歩く羽目になったことも多かった。なんて。しみじみと言う義勇は、実に楽しげだ。
 とはいえ、無表情は変わらない。義勇の表情筋は、もっぱら生徒を怒鳴るときに活躍するのだ。呵々大笑する冨岡義勇など、炭治郎だってまだ見たことがない。
 もちろん、鉄仮面さながらの無表情に隠れたご機嫌さを察することができる程度には、つきあいは長いけれども。
 なにせ初めての出逢いは炭治郎が三歳である、らしい。はっきり言って炭治郎は覚えていない。記憶にあるのは五歳ごろからだ。
 お店の常連さんで、炭治郎のことをかわいがってくれる、きれいで格好いい中学生のお兄ちゃん。いつからなんて覚えていなくとも、炭治郎は義勇が大好きで、姿を見かければ走り寄っていったし、抱っこされれば離れるのは泣きたいぐらい悲しかった。
 そんな炭治郎と違って、中学生だった義勇はといえば、初めて逢ったときのことだってちゃんと覚えていると言う。
 近所に新装開店したパン屋にお遣いに行ったら、突然幼児だった炭治郎が足にしがみつき、キャッキャとうれしげに笑って見上げてきたと、何度聞かされたことか。
 葵枝や当時は存命だった店主の炭十郎が、あわてて炭治郎を引きはがそうとしても、嫌だと泣いて手がつけられなかった。しかたなしに義勇が抱きあげると、涙と鼻水でびしょびしょの顔のままニコニコ笑うから、義勇も葵枝たちも思わず顔を見あわせ苦笑したものだと、義勇や葵枝はことあるごとにしみじみと言う。
 炭治郎にとっては、ちょっと迷惑な話だ。どうして大人っていうのは、昔のことを何度も何度も口にせねば気が済まないのかと、むくれたくなったりもする。
 はっきり言って耳に胼胝ができるほど、出逢いの一幕は義勇と葵枝のあいだでは鉄板の話題だ。お遣いだった食パンのほかに、お詫びとこれから炭治郎をよろしくとの言葉とともに義勇が渡されたパンの種類だって、もはや暗記している。クロワッサンにロールパン。なんなら、冨岡家が二週間かけてそれらのパンを食べる羽目になったということまで、記憶するほど聞かされまくっているのだ。
 炭治郎の恥ずかしい思い出を共有するふたりは、それぐらい、なんだかんだと炭治郎の過去を話のタネにしがちである。本当に迷惑千万極まりない。せめて禰豆子たちがいるときには勘弁してほしいものだ。
 ともあれ、だからこれも、珍しいことではない。
 炭治郎がまるっきり忘れているささいなアレコレを、きっちり覚えている義勇は、そのたび懐かしがる。それはいいけれども、恥ずかしいことまで蒸し返さなくてもいいのにと、炭治郎がへそを曲げる確率はけっこう高かった。
「おまえが描いたコレを見て、竹雄が大泣きしたこともあったな」
 クイズの答え合わせで映った着ぐるみを指差して、義勇はケロリと言う。
「覚えてませんよ!」
 そりゃ会話はしたかった。目の前にいるのに義勇の声が聞けないよりは、話ができるのは当然うれしい。けれども、恥ずかしい思いをしたいわけじゃないのだ。
 この話はこれでおしまいと、炭治郎は唇をとがらせ、ツンとそっぽを向いた。ククッと笑いながら再び手を動かしだした義勇は、けれども会話を止める気はないようだ。
「おまえの前衛的すぎる絵を理解するのは苦労した」
「……もういいですってば」
 炭治郎自身は不満ではあるけれども、どうやら絵や歌についての炭治郎の素質は、ゼロを通り越してマイナスとみんなに評価されているらしい。義勇も同様なのかと、むくれるよりもへこみそうになってくる。
 せっかくのお泊りなのに、甘いムードのひとつも作ってくれない人よりマシですよぉだ。なんて。心のなかでだけ、アカンベェしてみたりして。
「俺の絵だけは、すぐにわかったがな」
「へ?」
 義勇の絵。描いただろうか。思い起こしてみたが、覚えていない。でもきっと描いたのだろう。
 だって大好きだったのだ。ずっとずっと前から。それこそ記憶になどまったくない幼児のころから、泣いていたって義勇が抱っこしてくれたらたちまち笑顔になるほどに、炭治郎は義勇が好きだった。
 お絵かきするのは好きなもの。それなら炭治郎が義勇を描かなかったわけがない。
「いつもハートが一緒に描かれてた。埋められそうなぐらいに」
「うそっ!」
 ホント。ちらりとあげられた目が笑いながら言っている。
 カチャカチャとキーボードをたたく音がスピードアップしたのは、気のせいだろうか。
「ほかの人には一度も描かないのに、俺を描くときだけハートがあった」
「うぅっ」
 もうやめてってばと、赤くなっていく顔を手で覆い、炭治郎はコタツに突っ伏した。タイピングの音が止む。
 くしゃりと頭をなでられて、そろそろと炭治郎が顔をあげると、義勇が笑っていた。
「……仕事、終わりですか?」
 こくりとうなずくから、恥ずかしさも不満も忘れて、炭治郎もへらりと笑う。
「絵じゃないが、俺をハートで埋めつくす気はあるか?」
「もちろん!」
 あわててコタツを抜け出して、義勇に飛びつけば、パタンとノートパソコンが閉じられた。

 小さいときも、恋人になった今も、飛びつきたいのは、あなただけ。ハートで埋めつくしたいのも、たったひとり。
 一緒に埋まる気満々な炭治郎が、義勇からのあふれかえるようなハートで埋めつくされたのは、言うまでもない。

 さてそんなありふれた、けれどもとびきり甘い一夜が明けて、のんびりまったり過ごす休日のお家デート。
「あったぞ」
 朝っぱらからゴソゴソと家中の押入れを探っていた義勇が、テーブルにドンと置いたのは、小さめの段ボール箱だ。
「なんですか?」
「証拠」
 
 古いビデオテープに残された「ぎゆしゃんにとびちゅこぉ! えいっ!」などと叫んで義勇の足にしがみつく幼児の映像やら、真っ赤なハートに埋めつくされた細長いまっくろくろすけもどきの絵に、炭治郎が床に転がり悶えまくった昼下がり。
 声をあげて笑う義勇の姿があったとかなかったとか。その答えばかりは、誰も知らないふたりの秘密。