寿ぎ(お題:37探しもの)

 その日、炭治郎はとにかく走り回っていた。
「すみませんっ! 義勇さんはいらっしゃいますか!?」
「へ? ついさっき帰ったとこだよ」
 何度こんなやり取りを繰り返したろう。また後れを取ったと、炭治郎はがっくり肩を落とした。
「ていうか、炭治郎、久しぶりだな。冨岡になにか用があるのか? 言伝あるなら言っとくぞ」
「いえ、直接言わなきゃいけないんで。あ、村田さんもよければ来てください!」
 言って炭治郎は、懐から紙片を取り出した。いたって簡素な招待状である。簡便な文言を目にしたとたんに、村田は目をむきわめいた。
「冨岡の野郎、言えよっ、そういうことはぁ!」
「俺も昨日届いた義勇さんの手紙で知ったんですよ。だから連絡もできなくて」
「わかった。俺も心当たりを探してみるわ」
「お願いします! じゃあ俺行きますね!」
 次はどこに行くとも告げずに義勇は去ったと言うから、また走り回るよりない。よしっ、行くぞ! と走りだそうとした炭治郎の背に、村田の声がかけられた。
「絶対に冨岡見つけろよ!」
「はいっ!」
 振り返り笑った炭治郎の顔は、青空のように明るかった。
 
 筆まめな炭治郎は、知己それぞれに宛てて頻繁に手紙を出す。返事を読むのも楽しい。
 昨日届いたのは、義勇からの返信だ。
 最初に届いた返事の文字は、ぎこちなく震えていた。左手ではまだうまく書けないのだろう。
 隻腕の身は炭治郎も同様だが、義勇の場合は利き腕だ。慣れぬ暮らしは困ることも多々あるだろう。けれども義勇の手紙には、一度も自身の苦境を嘆く文言は書かれていなかった。それでも、自責の念や深い悔恨が伝わってくる手紙ではあった。
 けれど段々と、義勇の手紙は変わっていった。文字の上達もさることながら、日々の何気ない喜びや感謝が増えて、自身を恥じる文言が減っていく。今では近況と炭治郎たちへの気遣いなど、穏やかな慈しみばかりを伝えてくれる手紙となっている。
 それがどうにもうれしくて、炭治郎は誰の手紙よりも、義勇の返事を読み返すことが多い。
 昨日届いた義勇の手紙も、近況や炭治郎たちへの気遣いが書き連ねられていた。そして、見過ごせない文言も。
 読んだ炭治郎たちが、夜まだ明けやらぬうちに山を下りたのは言うまでもない。
 
 そして今、炭治郎は必死に義勇を探して走り回っている。あまり外歩きするわけではないらしい義勇だが、今日は特別なのだろう。朝からずっと知己の家を回っているようだ。
 輝利哉たちの元へも、真っ先に顔を出したらしい。他愛ない会話をしただけで、すぐに辞去したと輝利哉たちは言っていた。
 息せき切ってやってきた炭治郎たちに驚いた輝利哉は、炭治郎の申し出に、満面の笑みで了承してくれた。
 そのまま留まり準備をする禰豆子を残し、炭治郎はすぐに宇髄の家に向かった。善逸と伊之助も隊士たちの家を回ってくれている。義勇の家で待つことも考えたが、義勇がいつ帰ってくるかわからない。帰ってくるかどうかすら怪しいものだ。なにしろ、隊士や隠は東京府中に散らばっている。
 全員の元を訪れるのは無理にしても、この分では義勇は、行けるところはすべて回るつもりなのかもしれなかった。
 炭治郎が顔を出すたび、みな一様に「来たけれどすぐ帰ったよ」と答える。突然の来訪に驚いて理由を聞いても、義勇は「顔を見たかっただけだ」と微笑んで、ほんの一言二言言葉を交わしただけで帰って行ったと言うのだ。
 炭治郎の招待状に、みなうれしげにうなずき、絶対に見つけろよと炭治郎を励ましてくれた。
 煉獄家や不死川の家にも、義勇は来ていた。今ごろは、宇髄や不死川も心当たりを走り回ってくれているはずだ。千寿郎は禰豆子を手伝うと言ってくれた。鱗滝や刀鍛冶の里にも、輝利哉が連絡をしてくれることになっている。
 
 走れ。走れ。絶対に義勇さんを見つけなきゃ!
 
 自分を励ましながら炭治郎は駆けまわる。そして。
 輝利哉の鴉が告げた場所で、炭治郎は、やっと義勇の姿を見つけた。
「義勇さん!」
「炭治郎? どうしてこんなところへ?」
 それは冨岡家と刻まれた墓石の前だった。
「義勇さん、今日、誕生日だって書いてたから」
 息を切らせて言えば、義勇はキョトリとした後で、わずかに苦笑した。
「そういえばそんなことを書いたな」
 正月にはみなが生きて新たな年を迎えることへの喜びばかりだったけれど、自分がまたひとつ年をとるのだと思ったら、生かされた実感がわいてきたと、義勇は手紙に書いていた。だから自分が生まれた日には、自分を生かしてくれた人へ感謝をしたい。そう、義勇は書き記していた。
「お誕生日、おめでとうございます」
「……ありがとう。それを言うために探してくれたのか」
 義勇の微笑みにはまだ苦笑の色が濃い。だが面映ゆそうな空気をまとっていた。
「お姉さんたちのお墓ですか」
「うん。盆にも墓参りはしたが、今日は礼を言わなければと思った」
 義勇は今日、満年齢で二三を迎えた。
「十年かかったが、ようやく感謝の気持ちだけを伝えられた」
 父や母へ、この世に生み出してくれてありがとう。最愛の姉へ、守ってくれてありがとう。自分ばかりが生き残った詫びではなく、ただ深い感謝を告げに。
 ともに戦った者たちへも同様だったのだろう。だから義勇は東京府中を歩き回っていたのだ。生きていることへの感謝と、生きていてくれてる感謝を胸にして。
「みんなも、義勇さんに感謝とお祝いしたいと思ってますよ。輝利哉くんが場所を貸してくれることになりました。みんなでお祝いしようって!」
 鱗滝もきっと来てくれるだろう。鋼塚や小鉄くんたちも来てくれるかも。
 だって夜通し祝うのだ。場所を提供してくれた輝利哉も、ご馳走を作るとはりきっていた禰豆子も、せっせと準備してくれている。カナヲやアオイたちも手伝うと行ってくれた。善逸や伊之助、宇随たちも走り回ってくれているし、村田や後藤たち隠もみな、義勇の誕生日を祝いに集まってくる。
「行きましょう。みんな、義勇さんを待ってます」
 笑って炭治郎は義勇の手を取った。驚く義勇に、炭治郎の胸には幸せが満ちあふれる。
 走り回って逢った人々は、義勇の今を作ってくれた人達だ。義勇が今をともに生きる人たちなのだ。
 人との関りを避けていた義勇が、これほどまで多くの人たちに、生まれ生きていてくれることを寿がれている。それがどうしようもなくうれしかった。
「誕生日、おめでとうございます」
 もう一度告げた炭治郎に、ありがとうと笑った義勇の笑みは、お日様のように温かくきらめいていた。