全部夏のせいってことにして
●お題:真夏の太陽の下で あなたが好きですと笑う キメ学義←炭
屋上のコンクリートは、夏の陽射しで焼けるように熱い。
夏合宿のあいだに十分間だけ俺に時間をください。先生じゃなく幼馴染みのお兄ちゃんとして。
とくに用はないんです。あなたを久しぶりに独り占めしたくなって。十分間、しりとりでもしましょうか。
あきれた顔で苦笑しても、つきあってくれるから困ってしまう。
「こ……ココア。『あ』だぞ」
たぶん、この一言でタイムリミット。だから、とびきりの笑顔でラストの言葉。
「あなたが好きです」
しりとりですよと笑ったら「好きだ」の一言。
「しりとり、だろ」
「はい」
夏の空は、どこまでも青い。陽射しが目に痛くて、涙がにじんだ。
それは潮風の味がした
●お題:真夜中の海辺で 愛してたと呟く 身体だけの関係の義炭 (原作軸・最終決戦後)
波音だけが響く海岸を、砂に足を取られながら歩く。二人分の足跡は、月明かりの下、少し離れて続いていた。
「終わりにしましょうか」
もう鬼はいない。穏やかな夜だ。
海を知らないと言ったのは、いつだったろう。突然現れた兄弟子が、海へ行こうと誘ってきたのは、些細な一言を覚えていてくれたから。そして、きっと俺と同じことを言うためなんだろう。
聞きたくないから、先に口にした。
ずっと言葉になんかしなかった。生きていることを確かめるように、体だけ重ねあわせて。だから終りも言葉にしないまま、それと気づかぬうちに終わっているのだと、思っていたのに。
「愛してた」
呟きは波音にさらわれて、振り向けない。違うと、更に小さな呟きに、耳を澄ます。
「愛してる」
静かだけれど強い声が、途切れたと同時に、振り向いた。
近づいた足跡を波がさらう。唇と一緒に、心を重ねあわせた。
実を結ばない花だけど、枯れない花ならそれでいい
●お題:大輪の花火の下で 一人俯き涙を零す キメ学義炭
地獄の夏合宿、唯一のお楽しみである花火大会。先生と生徒としてでも、一緒に出掛けられることに違いはない。だけどやっぱり、ほかの部員がいるなかで、恋人の顔なんてできるはずもなくて「行こうぜ」とはしゃぐ友達に手をひかれた俺に、先生は目顔でうなずいた。
ドオンと腹に響く音とともに、夜空に大輪の花が咲く。綺麗なのに、隣にあなたがいないことが悲しくて、周囲の歓声のなかうつむいた。みんなは空を見上げているから、ポトリと目から落ちた雫はきっと誰にも見られない。
ツンっとシャツの裾が引かれて、振り向けば先生が立っていた。
しぃっと人差し指を唇に当ててあなたは小さく笑う。先生じゃなく、恋人の顔で。
友達はみんな、気づいてない。手を取られ、二人、束の間のエスケープ。雑踏をかき分けて、大輪の花火に照らされながら、互いを縛る立場から逃げ出した。
人気のない路地裏で瞳を閉じる。一瞬で消える華やかな花よりも、胸に咲く小さな恋の花を二人で愛でた。
約束の火を、胸に灯して今は、さようなら
●お題:美しい朝焼けの中で さよならを言う 両片想い義炭 (原作軸・最終決戦後)
明日には雲取山へと帰る夜。眠れないままもう夜明けが近い。今夜しかない。思ったら寝台を抜け出して、外に出ていた。逢えるなんて思ってない。けれど足は水屋敷へと向かう。竹林の葉擦れを聞きながら、あの人の眠る屋敷をながめた。
カタリと戸口が開いて、あの人が現れた。驚く顔はお互い様だ。口を開いたのは、俺から。聞きたくない言葉を先に言う。
「さよなら」
朝焼けに赤く染まった彼が、小さくうなずいた。泣き笑いながら背を向ける。歩き出す足を止めたのは、突然の抱擁。
「……次に逢うときは、兄弟子ではなく」
燃えるような想いが胸に灯って、言葉にならずにうなずいた。
肩書がとれるまで待ってて
●お題:水族館の大水槽の前で 頬に口づける キメ学義→←炭
両想いなんだと思う。だってときどき匂いが甘い。ピアスを外せと追いかけられているときですら。そのたび俺も好きですと叫びたくなるのを必死に堪えた三年間。先生と生徒のままじゃ、きっとフラれるのわかってたし。
卒業祝いに昔みたいにお出かけしてください。おねだりして、二人できたのは水族館。イルカショーのアナウンスに、大水槽の前から人が消えた。動かないのは俺たちだけ。告白するなら今、だけど言葉が出てこない。
目の前で魚がキスした。魚を見習って勇気出せと武者震いしたら、甘い匂いが傍らから。
「……四月一日になったら」
小さな呟きのあとで落ちてきた唇は、ほっぺに着地した。
肩寄せあえるなら雨でもいいよ
●お題:突然の雨の日に 愛していましたと言う 仲直りの下手な義炭 (現パロ・同棲義炭)
互いに無視して過ごした一週間。二人で行く買い出しも、今日は一人。重いものを自然に持ってくれるあなたが隣にいない。にわか雨にまで降られるなんて、最悪だ。
公園の木の下で雨宿り。喧嘩した日も雨だった。人の気も知らないで。どうせ俺のことなんて大して好きじゃないんでしょ。自分の言葉に自分で傷つくなんて馬鹿だ。
バシャバシャと水を蹴る音がする。傘をさしたあなたが見えた。
開口一番「ごめん」と言うから、俺も素直にごめんなさい。でも愛してたんです、あのマスコット。あなたが小学生のときにくれた、初めての手作りプレゼント。捨てちゃうなんてひどい。
今度はマシなのを作るから待て。疲れた声に笑う。手からうばわれたエコバック。傘は一本。二人で暮らす家に、さぁ、帰ろう。
温かいなと最後にあなたは笑った
●お題:どこか懐かしい雪原で 最後の口づけを交わす 明日別れる義炭 (原作軸・最終決戦後)
兄弟子が突然やってきたのは、雪の降る夜だった。
雲取山の雪は深い。なにもこんな日にと驚く俺に、出られないかと彼は言う。雪降る夜にいったいなにをと、問いかけることも拒むこともできなかった。
心配するなと禰豆子たちに言い置いて、二人で雪を踏みしめ歩いた。
彼はなにも言わない。俺も口を開かなかった。
逢うのはいつも、慣れ親しんだ水屋敷。俺が出向くのが当たり前で、彼の来訪は初めてだ。
逢えばいつも、慌ただしく目合った。離れて暮らす寂しさと、逢えた喜びにあふれだす恋しさが、互いを急かしていたように思う。
恋仲と、呼んでいい関係。けれども誰にも言えない立場。俺には家長という責任があり、彼にもそれを望む声は大きい。男妾なんて蔑む言葉で称されることを、彼も俺も望まず、秘密の逢瀬を繰り返してきた。
この冬、彼は二十五になる。その日までともに暮らす提案は退けられ、けれど今日、彼はやってきた。
出逢いと同じ雪のなか、そっと抱きあう。雪が止んだ。たぶん明日だと、ぽつり言う言葉に、震えながら頷いた。
覚悟を裏切り涙が落ちる。凍るぞなんて笑って、目尻を拭う手も冷たい。
触れてきた唇も凍えていた。どうかあなたが温まりますようにと、舌を絡めた。
口止め料はカフェオレでした
●お題:イチョウ並木の黄色に染まって 黙ったまま頭を撫でる キメ学義←炭
珍しく落ち込んでる。ベンチに腰かけて疲れたため息をつくなんて、普段のこの人ならありえない。
珍しいなぁ。また思って、苦笑をこらえた。笑ったりしたらかわいそうだ。
みんなが怖がる鬼教師。いつも堂々マイペース。怒っているとき以外はピクリともうごかない仏頂面。だけど今日は踏んだり蹴ったりな一日だったらしい。歩道のベンチに腰かけて、ぐったりとため息をつくぐらいにはお疲れモードだ。
うーん、どうしよう。見かけてしまったからには、見てみぬふりなんてできない。義侠心には下心がちょっぴり。長年の片想いは押し隠して、そっと隣に腰かけた。
ちらりと視線だけがこちらを向くから、頭に乗ったイチョウの葉を払うふりでよしよしと黙って頭をなでた。
怒られるかな。ドキドキしながら、手を動かす。ぼさぼさのくせっ毛は存外やわらかくって、猫みたい。
黙って撫でられていた先生が、クスリと苦笑した。怒られるよりもずっとドキドキしたのは、もう少し内緒で。
今はただ熱いキスをちょうだい
●お題:二人きりの室内で 背中を見つめることしか出来なかった 義炭(26歳×20歳) (現パロ)
家具のない部屋を眺めまわしたら胸が痛くなった。別れ話をしたわけじゃないのに、これでおしまいなんて言葉が浮かんできて、なんだか泣きそうになる。
俺が女の子だったら結婚って形で繋がって、離れても安心できたかな。考えたってしかたないことを思って、ため息を飲みこんだ。
忘れ物はないかと問う彼の声は静かだ。はいと答えた俺の声は、震えていなかっただろうか。
二人で暮らすためにえらんだ部屋だから、俺が出ていけば彼一人では広すぎる。あちらこちらに想い出の欠けらが残っているのに、それも鍵を閉めたら消えてなくなるんだろう。
元気でとか、長い休みには帰ってきますとか。離れても愛してます、とか。言いたいことは山ほどあるのに、なにも言えなくて広い背中をただ見つめた。
早く大人になりたい、早く彼に追いつきたいと思っていたのに、変だな。二十歳になって世間から大人と呼ばれるようになったはずなのに、それが悲しい。海外修行を決めたのは俺。将来のためにと背中を押してくれたのは彼。二人で決めたのに、どうしてとなじりたくなる自分が嫌い。
「フランスは、同性婚ができるらしい」
「は?」
唐突な言葉に、すっとんきょうな声が出た。振り向いた彼の手に乗せられた小箱に、息が止まりそうになる。
「国籍を取るわけにもいかないから、正式なもんじゃないが……結婚式ぐらいはできるだろう」
俺の答えを聞かずに手を取って、銀色に煌めく細いリングを薬指にはめるのを、言葉もなくただ見ていた。
真っ赤に泣きはらした目で飛行機に乗れなんて、とんでもない人だと抱きしめた。
フライトまで、あと3時間半。
家を出るまで15分。二人で鍵を閉めるまではと瞳でねだる。元気でとか愛してるとか、言葉よりも今は……。
嘘をついていい日なんて嫌い
●お題:泣きたくなるような昼下がりに 嫌いですと嘘をつく キメ学義→炭
春休みだからといって、教師には暇なんてありゃしない。午後からの出勤は、朝から出るよりなんだか面倒だ。
久しぶりの惰眠を貪ってたせいで飯を食い損ね、あわただしく馴染みのベーカリーへ。明るく笑いかけてくるあの子に心が浮き立つ。顔には出さない。
なんだかソワソワしてると思ったら、レジを終えたとたんに「嫌いです」と宣った子どもに、心臓が止まりそうになった。
「エイプリルフールでーす!」
「……嘘をついていいのは午前中だけだ」
嘘! 今の嘘です! とあわてる子どもに、あきれた顔してみせながら、勘弁してくれと心のなかで泣きたくなった。
すぐ泣きやむから待ってて
●お題:プラットホームで 一人俯き涙を零す 同棲ぎゆたん (現パロ)
終電間際のホームは閑散としてる。忙しいあの人がせっかく約束してくれたのに、なんで今日にかぎってこんなに遅くなるんだろう。最近すれ違いが多いから、お互いすごく楽しみにしてたのに。ろくに話もできない毎日は、あの人が足りなすぎて寂しい。
だけど、つらい顔なんて見せたくないから、誰も見ていないホームでうつむいて、ちょっとだけ泣いた。家に帰るころにはいつもの顔になれるように。
反対のホームに止まった電車が動きだす。同時に鳴った通知音。あわてて見れば、泣くなの文字。
顔をあげたら反対のホームであなたが笑ってた。呆然としてたら、また鳴るスマホ。一緒に帰ろう。涙をこらえて何度もうなずいた。あなたがここにくるまであと2分。
それは奇跡なんかじゃなく
●お題:桜吹雪の舞う中で 指を絡めて手を繋ぐ 昔付き合っていた義炭 (現パロ・転生)
初めて逢ったのは雪の日。目があった途端、泣きたくなった。切なくて、苦しくて。でも、叫びだしたいほど幸せで、わけのわからない涙がポロポロこぼれた。
初めて見る人なのに、心のなかには「逢えた」って言葉ばかりが浮かぶ。横断歩道の向こう側。信号待ちのあの人の目も、見開かれて潤んでいた。おののく唇は互いに呼びかける名前を持たない。俺は十三歳。彼はそのとき、十九歳だった。
「不思議ですよねぇ」
桜の舞うなか、手を繋いで歩きながら、何度も口にした言葉が、また口をつく。大学生と中学生だった俺たちに、接点なんて一つもなかった。正真正銘、赤の他人。それなのに、一目見ただけでなぜだか「この人だ」と思った。
いくつもの季節を過ごして、今、雪の代わりに桜が降る。十五歳の俺は、二一歳になった彼と手を繋いでいる。指を絡めあう恋人同士の繋ぎかたで。
「出逢いこそ不思議な気がしたが、今の状況は不思議でもなんでもないだろ」
素っ気ない声だけど、彼の声はやさしい。だから笑ってうなずいた。
出逢いは運命的でも、こうしているのは互いの意思だ。恋をしたから、二人、歩いている。生まれる前から知っていたような、やさしい温もりを握りしめて。
だから観念してこの手のなかにいなさい
●お題:大輪の花火の下で 思わず袖を掴んで引きとめた 同棲ぎゆたん (現パロ・クソデカ感情シリーズ)
テレビ放映もされる花火大会は人混みがすごくて、ちょっとでも目を離したらはぐれそうだ。珍しく約束通りに実行できたデートだというのに、別行動じゃ目も当てられない。
男ふたりの暮らしは、周囲の好意と理解の上にある。誰も俺たちを知らない場所では、好奇や差別の目に晒される可能性は高い。
そんなもの俺はまったく気にしないのに、こいつはいつも困った顔をする。デートを台無しにするわけにもいかず、半歩離れた距離で、人の波に流され歩いた。
誰の前でも恋人として笑いたいと、願っているのはおまえだって同じだろうに、馬鹿な奴だ。俺の社会的信用とか世間体だとか。そんなことばかり気にしている。人生は有限だというのに、そんなものばかり気にして過ごしてどうすると、毎度のことながら少しばかり腹が立つ。
空に大輪の花が咲いた。歓声が沸く。人に押されてアイツの体が離れた。思わず手を伸ばし、袖を掴んで引きとめる。とまどう顔は無視して、そのまま指を絡めた。
手を繋ぐ理由なんて、はぐれないようにでいいだろう? そもそも離れて歩いたところで、恋しい恋しいと伝える瞳は、どうせ隠せやしないんだから。
手を拭くふりでしがみついた
●お題:縁日の人混みに紛れて 嫌いですと嘘をつく 三年ぶりに再会した義炭 (現パロ・キメ学未来捏造)
「好きだっただろう?」
縁日の人混みのなか、差しだされたラムネを受け取ることなく見つめた。うん、好きでしたよ。あなたと一緒なら、なんだって。
「嫌いです」
こんな小さな嘘ぐらい、言えるようにもなったんです。だってもう、三年も経ってる。あなたと別れてから。
店の常連さんで、俺の先生だった義勇さんと、お付き合いしていたのは高校の三年間だけ。そうお願いしたから。
三年だけでいいんです、恋人になってください。そんな馬鹿げたお願いを、叶えてくれるとは思わなかった。だけど、彼はうなずいて抱きしめてくれた。
卒業式の日に、これで終わりですねと笑ったのは俺のほう。進学先は遠くて、あなたにはお見合いの話が来てた。学校っていう箱庭のなかでだけ、そばにいることを許されるのなら、ここを出る俺にあなたをつなぎとめる術はない。
それから三年間。連絡すらしなかった。なのに、なんで逢っちゃうのかな。しかもこんな祭りの人混みのなかで。
ちょっと嘘。だってあなたはいると思ってた。先生ですもんね。見回りに毎年行ってるのぐらい、知ってる。見かけられたらそれでよかったのに、俺を見つけたのはあなたのほう。
「おまえは嘘が下手だ」
苦笑交じりの声とともに、握らされたラムネの瓶は濡れている。
「もうおまえも成人してる。ここから先は自己責任だ」
どうする? と見つめる瞳に泣きそうになった。箱庭を出たからこそ、始まる関係もあるのかな。うまく笑えたかわからないけど、あなたはうれしそうにうなずいた。
あふれてこぼれた
●お題:月の綺麗な夜に 会いたかったと微笑む 素直になれない義炭 (原作軸)
恋をしたら人は話せなくなるんだろうか。以前はなんでも話せたのに、あの人を前にすると、恥ずかしくてなにも言えなくなった。口下手なあの人は言わずもがな。
想いを素直に言葉にできない同士。ときどきそっと手をつなぎあうだけの、ささやかな逢瀬を繰り返してる。
恋に器があるのなら、きっと今、想いは器の縁まで満ちて、盛りあがった水面はふるふると揺れている。あふれそうなのに、きっかけがたりない。
恋しさが募って眠れぬ夜。寝台を抜け出し夜道を駆けた。月明かりの下、あの人の姿が見えて足を止める。
驚きに見開かれた目を、やさしくたわめて「逢いたかった」と微笑む彼に歩み寄った。
月明かりに重なる影。
唇は、想いを言葉にするためだけにあるんじゃないと、今宵知った。
そして最後のさようなら
●お題:クリスマスツリーの前で さよならを言う 恋人同士のぎゆたん (現パロ)
イルミネーションがきらめく通りを、浮かれて歩く。クリスマスにデートするのは初めてだ。この時期はいつもデスマーチ状態な彼に、逢いたいなんて言えるはずもない。
外で逢っても彼の家でも、時間がくれば、はいおしまい。次の約束がかなえられる確証はなくて、いつでも別れの挨拶は胸が痛い。そんな日々を繰り返して、もう何年経っただろう。
最近あまり逢えなかった。約束もドタキャンが増えてる。逢うのは彼の家ばかり、あわただしく抱きあって、それじゃまた、さようなら。
浮かれ気分の底には、不安が隠れてる。最後だから。これでおしまいだからなんですか? 聞いたら駄目だと、はしゃぎつづけた。
「……そろそろ」
聞こえた彼の声に、思わずきつく目を閉じた。終わりにしようか。そんな言葉がつづけられそうで。
「一緒に、暮らそうか」
二人で暮らす部屋を探したから。そう言って手渡されたプレゼントは、銀色に輝く鍵。泣き笑いながらうなずいた。
久しぶりのデート。締めくくりは、これが最後の「さようなら」
あなたにさよならを言う日は、もうこない。
そのときはお願い、やさしく触れて
●お題:お互いの髪をいじって遊んでいる義炭 (原作軸・最終決戦後)
落ち葉が一枚、庭に落ちた。縁側に並んで腰かけて、傍らの義勇さんに笑いかける。
「髪、伸びてきましたね」
触れてみた髪は、長いころと変わらず、あちらこちらに跳ねている。
「みっともないか?」
「そんなことはないですけど」
手を離すのはなんだか惜しくて、指ですいていたら、くくっと小さな笑い声がした。
「くすぐったい」
「あ、ごめんなさい」
離そうとした手をつかんで振り向いた義勇さんの顔は、笑っている。やわらかい笑顔だ。義勇さんは、こんなふうに笑うことが多くなった。
「かまわない」
「でも……」
「じゃあ、これでおあいこだ」
そう言って俺の手を離した義勇さんは、そっと俺の髪に触れた。
義勇さんの左手が俺の髪をなでる。義勇さんの手付きはとてもやさしくて、しなやかに動く指が、ときどき悪戯するようにうなじや耳をくすぐってくる。
「くすぐったいですよ」
「おまえも触ればいい」
おあいこだと言っただろうと笑うから、それじゃあお言葉に甘えてと、俺もまた跳ねた髪に触れた。
家に帰ったあとも俺は、ときどき水屋敷をおとずれる。そのたびこうして、他愛ない時間をふたりで過ごした。
柱稽古で毎日通っていたときより、今のほうが、ずっと距離が近い気がする。
クスクスと笑いながら、互いに髪をなでる。お互いまだ、言葉にはしていない。でもきっと、もっとずっと近づく日がくる。
もしかしたらそれは今日かもしれないと、跳ねた髪を指に絡めながら笑った。
ダーリン長い目で見てあげる
●お題:流れ星を見つけた日 守れない約束を交わす 恋人同士のぎゆたん(現パロ・キメ学未来捏造)
靴下を裏返しで出さないで。ポケットのなかのものをいれっぱなしにするの、やめてください。とくにティッシュ。風呂から出たら換気扇回してくださいよ。なんでまもってくれないかなぁ。簡単なことばかりなのに。
俺が通いだしたころは、マシだった。四割程度はあの人もまもろうとしてくれてたし。店の常連のお兄ちゃんから、学校の先生へ。そして秘密の恋人へと関係が変わって。ほぼ同棲と変わらなくなった今では、義勇さんはかなりだらしなくなった。小言を言うたび、わかったと応えるけど、ちっともまもってくれやしない。慣れって怖い。
ちっちゃな優越感がないとは言わないけど。スパルタ鬼教師が家ではぽやぽやと、靴下を丸めて脱ぎっぱなしとか、俺しか知らないんだろうなぁって、ニンマリしちゃうぐらいには。
お泊まりの夜、ベランダに並んで星を眺めた。今日も今日とていくつかのお小言の後だから、ちょっとだけ気まずく、仲直りのきっかけを星のなかに探す。
星が流れた。義勇さんがもうちょっと生活力身につけますようにと願う前に、聞こえたのは、春になったら一緒に暮らすって言葉。
「返事は?」
少しすました声で聞くから、思いきりうなずいて抱きついた。
「春からはちゃんと靴下、表に返してくださいね」
「……善処する」
憮然とした顔に、声を出して笑った。
大きなハートは来年までおあずけです
●お題:桜吹雪の舞う中で 気付かないふりをする 両想い義炭 (キメ学軸)
先生のアパートの窓からは、桜の木が見える。先生の部屋は角部屋で、桜の木に一番近い。先生は春は窓を開けられないと、いつも渋い顔をする。
「だからって、換気ぐらいしなきゃ駄目ですよ」
大きく窓を開けた俺に、先生はちょっと眉を寄せたけど文句は言わなかった。
店の常連のお兄ちゃんだった義勇さんが、俺の学校の先生になったのは三年前。お嫁に行っちゃった蔦子姉さんに、義勇をよろしくねって頼まれたのも、三年前。大義名分を掲げてアパートに上がりこむのは、高三になった今も続いている。
先生に彼女ができたら終わるのに、その気配はいまだにない。モテないなんて言い訳が通用すると思ってる辺りが、鬼教師のちょっと抜けてる点だと思う。
風が強く吹いて、桜の花びらが舞い込んだ。先生はげんなりした顔。
「今日の夕飯は鮭大根にしますよ」
言えば、すぐに機嫌が直る。かわいい人だなぁ。
不意に先生がクスリと笑った。なんですか? と聞いてもべつにとはぐらかす。
「あ」
先生の前髪に、桜の花びらがついてた。
「……なんだ?」
「なんでもないです」
俺も思わずはぐらかして笑った。
細長い、淡いピンクの小さなハート。まだ伝えあったら駄目な恋心が、うっかりこぼれたみたいに見えて、本当は知ってるんですよって面映ゆく笑う。
互いの髪についた小さなハートを、そっと取り合ったのは掃除のあと。きっと来年も桜は綺麗に咲くだろう。その時は、きっと。
繋げたのは、光の糸
●お題:流れ星を見つけた日 幸せでしたと笑う 恋人未満の義炭 (原作軸)
鬼出現の噂ありとの報に、二人で向かった森は、けれども空振りだったらしい。鬼の気配はどこにもない。やはり今はどこにも鬼は出ないのだろう。それは決戦の近さを感じさせた。
鴉を飛ばせば、すべきことはなにもない。ゆっくり帰ろうと木立を並んで歩いた。ほうほうと鳥の声が聞こえる。なんとなく二人、無言になった。夜に二人きりでいるのは、初めてだった。
恋しいと想う心は互いに感じあっている。それでもまだ言葉にはできない。だから手も繋げなかった。だけど今は誰もいない。鴉もいない今、ここで起きた出来事は、誰にも知られない。
「幸せでしたよ」
苦しいこと、つらいこと、たくさんあったけれど、あなたに逢ってから今日までの時間、思い返せば幸せであったと炭治郎は笑った。兄弟子の心のなかに一欠けら、修羅の道へと導いたことへの後悔があるのに気づいていたから。
「……そうか」
返された声は少しだけ切なく響いた。また沈黙が落ちる。見つめあったふたりのあいだを、星が流れた。
星の描いた軌跡を追って、言葉より早く、唇が近づいた。
ホントのホントはまだナイショ
●お題:星降る夜に 愛していますと告げる キメ学義←炭
「まだ帰ってなかったのか」
施錠確認にきたんだろう、道場を出たら先生に声をかけられた。整った眉がギュッと寄せられてる。竹刀の手入れに夢中になって、気がつけば時刻は八時。とっくに完全下校の時間は過ぎてる。
あきれた顔をしながらも、送っていくから待ってろと、甘やかすからどうしようもない。ジャージを脱いだ先生は、教師の顔したまま姿は幼馴染のお兄ちゃんだから、困ってしまう。
星がきれいだからゆっくり帰ろうか。自転車を押してふたりで歩いた。ピアス外せよのお小言には無理ですと笑ってみせる。
「あれだけ追いかけられてるのに」
怖くないのかと渋い顔するから
「怖いですけど、愛してますから」
笑えば、キョトンと見開かれた目。なんだかかわいい。すぐにとってかわった大人な苦笑に、年の差を思い知らされる。
「家族思いだな」
やさしい声に、それだけじゃないですけどねって言葉を、そっと飲み込んだ。
百円玉一個分の幸せ不幸せ
●お題:コンビニからの帰り道 もう会えないと告げる キメ学義→←炭
何度目かのため息に、先生の眉が寄せられた。あきれられてるけど、止められない。
「しょうがないだろ」
「わかってます。わかってるんですけどぉ」
カサリと音をたてたコンビニ袋に、またため息。先生の口からも、とうとうため息が落ちた。
好きだと告白して、俺も好きだと返されて。でも、教師と生徒のあいだはこのままと、現状維持がつづいてる。そんななか、壊滅的な先生の食生活を救うべく、お嫁に行った蔦子姉さんからくだされた俺へのミッションは、おさんどん。正直舞い上がりましたとも。でも今日はため息。残念過ぎて。
「悔しいだろうが、アレにはもう会えない。我慢しろ」
「うぅっ、なんで五時までになっちゃったんですかねぇ」
行きつけのスーパーのタイムセール。以前は七時までやってて、学校帰りでも買えたのに。お一人様一パックまで九八円なりの玉子は、コンビニだと百九八円。
部活帰りにふたりで買い物するささやかな幸せと、百円の差額を比べれば、どっちをとるかなんて言うまでもなく。
さよなら、もう会えそうにないタイムセールの玉子。最後のため息をついて、夕飯はいつもより百円豪華なオムライスですと、笑ってみせた。
攻防戦の勝者はきっと・・・
●お題:泣きたくなるような昼下がりに 守れない約束を交わす キメ学義炭
昼休みのグラウンドはにぎやかだ。外階段にも楽しげな声がひびいてくる。でもお昼休みにここに近づく生徒は、滅多にいない。毎日ここにいる人のせいで。
相変わらずボッチでご飯中の先生は、はたから見れば侘しいかぎりの風情。かわいそうでちょっと泣きそう。やさしい気持ちで近づいたとたんに、先生の眉がギュッと寄る。ひどい。
「そろそろ観念しませんか?」
「……してたまるか」
食べるスピードをあげるから、逃げられないように隣を陣取って腕を組む。
「おい」
「誰も見てないんだから、これぐらいいいじゃないですか」
恋人にくっつかれてため息をつくなんて、ほんとにひどい人だ。
「……卒業するまでなにもしなくていいと言ったよな、おまえ」
「言いました! でもキスぐらいはエッチなことに入らないと思います!」
唇をとがらせて上目遣い。「チュウして」って唇で訴えてみるけど、そっぽを向くから、ムキになる。
「じゃあ、ほっぺ。ほっぺになら?」
「……まだしないっ」
そう言いながらも立ちあがらないでくれる。前言撤回、やっぱりやさしい。
先生がちらりと横目で見たのは、きっと俺の頬。それから唇。
『まだ』が終わるのは、ねぇ、何分後?
愛しこの夜、星は手のなか
●お題:クリスマスツリーの前で 会いたかったと微笑む キメ学義→←炭
駅前広場のトネリコは、毎年この時期オーナメントや電飾で飾られる。塾帰りの炭治郎は、光るツリーをパチリと撮った。ここにいない義勇に送るために。
三年前まではふたりで見上げたツリー。今はひとりきり。この時期、先生になった義勇に暇などまるでない。
お星さまほしいと爪先立つ炭治郎を、義勇が抱き上げてくれたのは、もうずいぶんと遠い記憶だ。
あのときの星は、どんなに手を伸ばしてもつかめなかった。今は、星のように届かない人に恋してる。
時刻はもうすぐ十一時。電飾もじき消える。帰らなきゃと思ったのと同時に肩をたたかれた。振り向いたら、星のような人が立っていた。
寄り道するな。先生の顔で叱ると思ったのに、
「逢いたかった」
やさしく微笑むから、俺もと笑えた。
電飾が消え、人が去ってく。
「春になったら、おまえに伝えたいことがある」
灯りのないツリーを見上げてつぶやく義勇の上で、星が光っていた。
今はまだ、そっと指先を触れあわせるだけだけど。
春にはきっと爪先立ちして、星のまたたきみたいにやさしい、キスをする。
唇で伝えたらお前はどんな顔するだろう
●お題:二人きりの室内で あなたが好きですと笑う 両想い義炭 (原作軸)
弟弟子はおしゃべりだ。稽古後に一緒に食事をとるようになって久しいが、話題はつきることがない。今日も今日とて、妹の話に同期の友達の話、知り合いから見かけた犬まで、息をつかせず話しまくる。
みんなのことが好きでしかたないのだろう。微笑ましく思って、ずいぶん好きなんだなとなにげなく言ったら。
「はいっ! 義勇さんが好きです!」
と、予想外の答えが満面の笑みで返ってきた。
「……そうか」
「はい!」
みんなが好きだからというのも確かだろうが、俺に話しをするのが好きらしい。胸の奥がこそばゆくなって、急いで箸を進めた。
口下手な自分が同じ想いを返すには、言葉よりも触れあうほうが伝えやすいので。
忘れられるわけないでしょう?
●お題:縁日の人混みに紛れて 忘れてくれと呟く 恋人同士のぎゆたん (現パロ)
屋台のくじ引きで当てたのはオモチャの指輪。祭りの雑踏のなかで、こんなもんですよねと苦笑い。花子にでもやろうかなとつぶやいたら、指輪を取り上げられた。
なんでと聞くより早く、返ってきた指輪は左手の薬指に。そっぽを向いて養子縁組の相談はまた後日と、口早に言うから絶句した。
だんまりに音を上げたのは彼のほう。
「悪かった。忘れろ」
「ダメッ」
手を取られた途端、彼がピタリと硬直した。慌ててポケットを探り、銀の輪っかを取り出した彼の顔に、やらかしたって書いてある。
呆然とする彼の指先から指輪を奪い取った。
重ねてつけたふたつの指輪。
「……忘れてくれ」
情けない声に無理と笑えば、ますます困り顔。
宝物にしますと、屋台の灯りに手をかざした。
不器用者の恋の歌
●お題:春の陽射しの中で 黙ったまま頭を撫でる 恋人同士のぎゆたん (原作軸)
さてこの手をどうしたら。
頑張ってる弟弟子に、労りのひとつもかけてやったらいかがです。そんな言葉にうかうか乗って、偉いと頭に手を置いた。恋仲としても睦言なぞ口にできない自分には、無理難題だったと後悔する。
なのにおまえは、なでてもらったとうれしそうにはにかむから。そうかと呟き、やわらかな髪に乗った桜の花びらを、そっと払いつづけた。
きっと何色にも染まる
●お題:静かな雪の朝に 愛していましたと言う 素直になれない義炭 (現パロ)
「結婚しないんですか」
温かいカフェオレの湯気。無言でカップをかたむけあう静かな朝。いつもと同じ。窓の外は白い世界。白紙に戻すならこんな日がいい。
一度も言葉にしてくれなかった。五年前、初めてふたりで朝を迎えたときにも。いつしか俺も意地を張って、言葉にしなくなってからどれぐらい経つだろう。好きの一言もない関係は、愛おしいのに寂しくて、恨みたくなりそうで怖い。周囲の人たちがそろそろ身を固めろと、あなたに言ってることも知ってる。
「……してほしいのか?」
残酷なことを聞かないで。答えず少し笑ってみせた。取り乱すかと思ったのに、驚いてもくれないんだ。いつもどおりの顔で、彼は静かにカップを置いた。
「海外移住は無理だな。パートナーシップ制度のある地区への引っ越しも現実的には難しいだろう。養子縁組で俺の籍に入ることになるが、それでいいか?」
……なに言ってんだこの人。あれ? 今、別れ話してたよな?
なにも言わない俺に、ちょっと眉を寄せて首をかしげる。どこか幼い仕草のまま、サッと彼の顔が青ざめた。愛しあってると思ってた。呆然と呟く声が震えてる。テーブルに置かれた手も。
「愛してましたよ」
言葉にしてくれないあなたのことだって。ギュッとさらに寄せられた眉。泣きだしそうな顔なんて初めて見た。そっと席を立った。
「今は、もっと、ずっと、愛してます」
「……そういう冗談、やめろ」
怒るけど、瞳はまだ泣きだしそうに揺れている。ピンクの雪が降ればいいのに。それぐらいの天変地異が起きたって不思議じゃない。
窓の外は白い世界。ピンクの雪は降ってこない。俺の心を愛で染めてくれるあなたがいるなら、それでいい。
雨粒よりも先に、落ちたのは唇
●お題:星降る夜に 手首を掴んで引き寄せた キメ学義→←炭
文化祭の準備で窓の上に星飾りをつけてたら、気がつけば教室に残ってるのは俺ひとり。
空はどんより曇り空。今にも降り出しそう。窓ガラスに先生が映った。近づいてきてくれるのがうれしくて、気づかないふり。
つんと背中をつつかれた。椅子の上に立つ俺のほうが高いから、見下ろすのがなんだか新鮮だ。
「降りそうだぞ、早く帰り支度しろ」
「送ってくれるんですか?」
声が弾んだのはしかたない。突然空が光った。
「炭治郎っ!」
いきなりの雷にビックリしてよろけたら、握りしめられた手首。勢いがつきすぎてふたりで床に転がった。
ぶつかった拍子に星の飾りが落ちてくる。金色に光る星を頭に乗せたまま、見つめあった互いの瞳にまたたいたのは、恋の星。
ポンと弾けてふくらんだのは、甘い甘い恋でした
●お題:コンビニからの帰り道 頬に口付ける 兄弟弟子以上恋人未満の義炭 (原作軸)
任務の帰りによろず屋に寄った。なんでも売ってるなんて珍しい店だなぁと興味津々の俺に、義勇さんは少し笑っていた……ように思う。
夕飯の材料やら雑貨やらを買ったら、お店の人がおまけだよと小さな紙包みに入ったポン菓子をくれた。
祭りのときに実演を見たことがある。懐かしいと笑ったら、俺もだと笑い返してくれた。
義勇さんは前よりよく笑う。そのたびドキドキした。なにかひとつきっかけがあれば、半歩離れたこの距離はもっと近づく気がする。でもそのきっかけが見つからない。
ほんのり甘い菓子を行儀悪くつまみながら歩いた。
おまえのほうが甘そうだ。不意に言ってかすめるように頬に触れた唇。やっぱり甘いとつぶやいて、義勇さんはくすりと笑う。
ほのかに甘い菓子が空になったら、きっと手を繋いで歩く。肩寄せあって。
あなただけを見つめてる
●お題:ひまわり畑で 繋いでいた手を離す 明日別れる義炭 (原作軸・最終決戦後)
義勇さんと明日別れる。義勇さんが二十四、俺が十八になったらお別れしよう。ふたりでそう決めたから。
終わるところを俺に見せたくないあの人と、看取りたい俺はずいぶんともめたけど、けっきょくは俺が折れた。
後は追うなと強く言い聞かせるあの人の、最期の姿を見てしまったら、言いつけを破ってしまうのだろうから。それに。
俺が生まれた日の前日に、ふたりでひまわり畑を見た。
「この花は、日に向かって咲く」
おまえも最期までそうやって生きろと、義勇さんは微笑む。
「幸せになれ」
繋いだ手を離されたから、抱きついた。
「幸せですよ。いつまでだって」
だってどこかで義勇さんが元気に笑っていると、最期を見なければ信じられるもの。
笑って言った俺に、馬鹿だなと泣きだしそうな顔であなたは笑った。
有明の月が消えるまで
●お題:「朝」「月」「幸せ」をテーマにした義炭 (原作軸)
動けないわけでもないのに床で朝を迎える。鬼が出ない今だけの贅沢だ。
俺を抱きしめ眠っていた兄弟子も、目を覚ました。眠っていても気配に敏感なのはさすがとしか言いようがない。
「朝か」
「はい。今日もいいお天気になりそうですよ」
障子から差し込む陽射しが赤い。温もりに甘えて朝寝するのはうれしいけれど、こればかりは性分だ。するりと腕から抜け出して、こもった空気を入れ替えようと障子を開けた。
「あ、月」
有明の月が、赤く染まる空に残っていた。
「暁月夜だな」
「ふひゃっ! 義勇さん!?」
引き戻されて背中に口づけられたら、変な声が出た。
「月が残っているうちは夜だ」
「なにそれ……んっ」
屁理屈との反論は、寝起きの温い唇でふさがれた。
夜明けの鴉はまだ鳴かない。温もりに酔って、幸せで満たされる、夜明け方。
口づけはいつにしましょうか
●お題:「木曜日」「温もり」「未練」をテーマにした義炭 (原作軸)
「暦がないんですね」
キョロキョロしながら言う炭治郎に、それがなにか? と義勇は小さく首をかしげた。
「不便じゃないですか? うちは晦日を忘れると掛け売りの集金ができなくなっちゃうから、暦だけはしっかり買ってました」
「何日後と言われればいいだけだから」
勤め人でもないので曜日は関係ないし、盆や正月もなにもせず過ごす。言えば炭治郎はあきれた顔をした。
「せめて曜日くらいはわかるようにしましょうよ」
そうだ! と顔をかがやかせ、いきなり抱きついてきた炭治郎に、義勇はカチンと硬直した。
「今日は木曜日です。木曜に会ったら、こうやって抱擁しますね!」
金曜は髪に触って、土曜は手を繋いで……と、あれこれ言いながらも、抱きついたまま離れないから、義勇は身動きがとれない。
柱なのだから、こんな束縛からはたやすく抜け出せる。でも、動けない。うっかり動けば、逃げるどころか抱き返してしまいそうで。
「ねっ、名案でしょ!」
笑って離れていく温もりに、落胆しているのか安堵しているのか。自分でもよくわからないまま、なにも言えずに義勇は、夕餉の支度に向かう炭治郎の背を見つめた。
木曜以外に抱きつかれることがないのなら、いっそ抱きしめてしまえばよかった。薄れていく温もりに、そんな言葉がちらりと浮かんで立ちすくむ。
ちぇっ、これでも駄目かと呟く声は、聞こえないままに。
ご褒美はきっと甘いキス
●お題:義炭で「みんなには優しいのに」 (現パロ)
竈門家のリビングはいつでもにぎやかだ。が、今日はいつも以上にさわがしい。
「義勇さん、ここわかんない」
「俺が教わってるんだから後にしろよ、花子っ」
「竹雄兄ちゃんうっさい」
「竹雄、花子、順番にみるから喧嘩するな」
「ねーねーっ、義勇兄ちゃん! 教わった通りにやったらフライ捕れた!」
「茂がたくさん練習したからだ。えらいな」
「ぎゆにいちゃ、あのね、おれね、チョキできるようになったの。みてっ」
「……三本になってるぞ、六太」
「相変わらずモッテモテだねぇ」
リビングで繰り広げられる光景に苦笑する禰豆子とは裏腹に、炭治郎はちょっぴり複雑だ。
義勇がみんなに慕われるのはうれしい。でも俺は恋人なのにほったらかし? と、少しやきもちなんて妬いてしまう。長男だから我慢と思うけれど、こればかりはしかたがない。
「みんなには優しいのに」
うっかり本音がぽろりとこぼれたら、義勇が不意に振り向いた。
『ふたりきりのときに』
唇だけでつづられた言葉と小さな笑みに、ズルいとクッションに顔を埋めた昼下がり。アハハと笑う禰豆子の声が明るく響いた。
みんなの地獄は、あの子の楽園
●お題:義炭で「忘れたふりしてるんだろ」 (キメ学軸・玄弥視点)
炭治郎は真面目だ。でもピアスは外さない。ついでに忘れ物も多い。といっても提出必須のプリントや、持ってこないとみんなが迷惑するようなものは、絶対に忘れない。
授業が始まると挙手して、忘れ物しましたと自己申告するものだから、先生たちもすっかり慣れっこだ。おかげで毎日、生徒指導の鬼教師に追いかけられてるし、生徒指導室の常連でもある。
「授業が始まる前に借りればいいのにな」
今日も今日とて、ピアスを外せ外せませんと怒鳴り声が聞こえる。もはや学園の名物となってる光景に、玄弥は呆れて言った。この分だと炭治郎は、昼休み中には戻ってこないかもしれない。
ピアスは形見だからというのなら、せめて忘れ物をなくせば呼び出しは減るだろうに。
「忘れたふりしてるんだろ」
大きなおむすびにかじりつきながら言う伊之助に、は? と目をしばたたかせる。
「正しくはわざと忘れてくる、な」
冨オエェェェッッ!! 見たせいで食欲なくなったと、弁当を食べる手は止めずに善逸がぼやく。
「甚三郎は嘘がつけねぇからな」
「誰だよそれ。めっちゃ考えたんだろぉ、いちばん忘れてくるの体育の鉢巻きだしな」
なるほど、確かに試合形式の授業で持ってくる鉢巻きを、炭治郎が忘れる確率はかなり高い。小さくうなずいて、玄弥は、今日の玉子焼きちょっと甘すぎるなと苦笑する。
忘れ物大王の行き着く先は生徒指導室。部屋の主は考えるまでもない。生徒が行きたくない場所ナンバー1のそこが、炭治郎が行きたいところなのだろう。
今日も追いかけっこのゴールはきっとそこ。ご馳走様と玄弥は笑って箸を置いた。
マジで切れそな5秒前
●お題:義炭で「見てて疲れる両片思い」(キメ学軸)
「おまえら、いい加減ウザい」
「うむっ、正直見ているほうが疲れるな!」
突然なんなんだ。引きずられてきた飲み会で、なぜいきなりこんなことを言われねばならないのか。解せぬ。
だが宇髄も煉獄も、義勇の困惑や不満などまったく意に介さない。
「キョロキョロチラチラ、ふたりしてお互いをずっと探してるかと思やぁ、目があった途端に逸らすとか、見てるこっちがむず痒くなんだよ」
「手が触れただけで慌てふためいて、謝りまくってモジモジしあうのもなっ」
「あいつが誰かと楽しそうにしてるときの、自分の目つき自覚してっか?」
「君の肩に手を置いただけで悲愴な視線を向けられるのは、そろそろ勘弁願いたい!」
「バレなきゃどうとでもなんだから、両片想いとかまだるっこしいことしてねぇでとっととくっつけ!」
なんてことだ。自分の片恋が同僚たちに筒抜けだったとは。だが、わかったとうなずくわけにもいかない。
「……アイツにも選ぶ権利がある」
年上で先生でしかも男。自分の恋心が炭治郎に受け入れられる確率は、きっと太陽が西から昇るよりも確率は低い。
我ながら哀感のこもった呟きだったと思うのに、同僚たちは笑ったままこめかみをひきつらせた。
「冨岡、俺たちの話を聞いていたか?」
「その鈍感さが一番ウゼェ」
小一時間つづいた「炭治郎が冨岡義勇に惚れている証明」に、撃沈した義勇には、おまえらウザいから始まったラインに炭治郎もまた撃沈していたことなんて、知る由もない。
ミッション成功と思いきや、翌日からぎこちないモジモジ具合が悪化するなんて、祭りの神にも予測不能。