800字分の愛を込めて CP無し他

布切れ一枚に泣ける夜
お題なし。柱男性陣の下着の話。2/17

 隊士になって真っ先に戸惑ったことはとの問いに、隊士の答えはだいたい決まっている。隊士たちをおおいに戸惑わせたものはといえば、それはもちろん。
 
「そりゃ……ふんどしだよなぁ」
 
 男性隊士の多くが、隊服とともに渡されたふんどしを手に、呆然とする。新米隊士恒例の光景である。それは柱であっても例外ではない。
「そうか? 俺は子どものころからあれだったからな! 気にしたことなどなかった!」
「そりゃ煉獄はそうだろうな」
 
 柱たちへの慰労として柱合会議の後に催された宴席で、なんの流れか話題になったのは、隊士になってなにが一番戸惑ったかだ。
 しのぶや蜜璃がいればまだマシだったのだろうけれども、女性を酒の席に留め置くべきではないと強硬に言いつのった伊黒によって、ふたりは先に帰ってしまった。となれば、話題が多少下卑た方向に向かうのも致し方ない。
 
 そして話は冒頭に戻る。それまで鬼狩りなぞまったく考えたこともない者にしてみれば、渡されたその布に思わず呆然とするのもむべなるかな。
 たかが下着。布切れ一枚だ。だが、長くふんどしを愛用してきた男たちにとっても、いや、だからこそそれは少々異質であった。
 六尺や越中ならば、わざわざ配給されるわけもない。渡された布は越中よりも短く、布地の両端に紐が通してある。これどうやって締めるの? と首をひねったり、なんで女形のような下着をとわめいたりするのは、もはや鬼殺隊新米あるあるだ。
 
 名称、もっこふんどし。土木工事で土を運ぶもっこに似ていることから名づけられたというそのふんどしは、歌舞伎の女形が着用していることで知られている。そう、一般的ではないのだ。着用していた者などいるわけもない。
 
 とはいえ、下っ端隊士の着用は強制ではないからまだいい。柱ともなるとそうもいかない。柱となった男子は、例外なくもっこふんどし着用だ。
「慣れりゃ越中よりさらに楽だけどな」
「うむ! 足を通して腰で結ぶだけで終わるのだから、隊士にとっては最適な下着だと思う!」
「鬼の奴らは風呂に入ってようが、用足ししている最中だろうが、待ったなしだからなァ」
「派手に最悪なのはアレだよ、目合ってる最中に入る任務。泡食ってふんどし締めんのは地味に間抜けだぞ」
「おい、時透もいるんだぞ」
 ニヤニヤと笑って言う宇髄とは裏腹に、伊黒の顔は盛大にしかめられている。甘露寺を帰しておいてよかったと、内心では胸を撫でおろしていることだろう。
「僕のことはお構いなく。どうせすぐ忘れるし」
 当の時透はといえば、我関せずでもぐもぐと肴を食べてばかりいる。それは宴席の隅っこにいる冨岡も同様に見えるが、わずかに視線が泳いでいた。
「そりゃともかく、最初は正直面食らったわな」
「ふむ。確かに初めのころは私も落ち着かなかったな。南無」
「グッと締まる感じがねぇのがな。慣れるまでは、うまいこと場所が定まんねぇことが多かったなァ」
「そういうものか。俺はずっともっこふんどしだからな。それが当たり前だと思っていたぞ」
 柱を輩出する家系である煉獄家ならばさもあらん。だが普通の男子ならば、もっこふんどしなどそうそう目にする機会はない。
「下着ひとつとっても迅速を旨とするのは、鬼狩りならば当然ということなのだろう。代々のお館様のお考えはこのようなことにまで及ぶのだ」
 泣きながらしみじみと言う悲鳴嶼に、うなずく一同はみな神妙な顔だ。それぞれ胸に去来するものはお館様への敬愛の念であろう。
 が、端から見ると少々異様な光景だ。なにしろ話題はふんどしである。
「で? 時透はともかく、おまえらは童貞なの?」
 
 ごふっ。
 
「おいおい、もったいねぇなぁ。お館様が用意して下さった高い酒だぞ。吹きだすんじゃねぇよ」
「いきなり変なことを言い出すからだろうが! 貴様は馬鹿か、馬鹿なのか!」
「……んなこと関係ねぇだろうがァ」
「うぅむ、宇髄は奥方がいるだけあって発言が大人だな!」
 誰も否定しないが態度で語るに落ちている。泰然としているのは悲鳴嶼と、やっぱり我関せずな時透ぐらいなものだ。
「ていうか、冨岡ァ! テメェ勝手に帰ろうとしてんじゃねぇ!」
「吹き出した時点でおまえも同類だろうっ」
「冨岡も経験がないのか! 俺と同じだな!」
「私は僧籍にあった身ゆえ、女犯はご法度。奥方のいる宇髄ならばともかく、ほかの者はみな同類のようだ。恥じることはない」
「……その、遊郭で」
 観念したのか冨岡がぼそりと呟いた瞬間、不死川と伊黒の目が見開いた。
「テメェ、遊郭なんぞで女抱いたのかァ!」
「柱の身でありながら遊女と遊ぶとは見下げた男だな」
「ち、違う。柱になる前に先輩に無理やり……」
「ふぅむ、だが経験はしたのだろう?」
 煉獄が言ったとたんに、冨岡の肩がズンッと落ちた。どんよりと落ち込んですら見える。
「……った」
「あぁ? もっとはっきり喋れや」
 苛々と舌打ちする不死川に、冨岡は死んだ魚のような目を虚空に向けた。
「ふんどしを見た瞬間に笑われて……勃たなかった」
 
 沈黙が落ちた。
 
「……お、おぅ」
「それは……むごいな」
「むぅ、そういうものなのか」
 歌舞伎役者でもない男がもっこふんどしなどつけていれば、遊女の反応もしかたのないことなのかもしれない。だが、笑われた側の衝撃は、並々ならぬものがある。
「……洗濯したふんどし干すのもためらうからなァ」
「冨岡、まぁ飲めや。今日はとにかく飲め」
「ほら、これも食え」
「そんな女ばかりじゃねぇから! オラ、もう気にすんな!」
 
 冨岡を囲んで酌をする柱たちなど、隊士たちが見たら天地がひっくり返った如くに驚いたことだろう。だが今この場にいるのは、明日は我が身と震えあがる男たちがほとんどだ。
 たかがふんどし、布切れ一枚。それがこんな悲劇を生むものとなるなど、思ってもみなかった男たちの夜は、長くなりそうだ。
 
「僕、もう帰ってもいいかなぁ」

※もっこふんどしの見た目は紐パンです。