800字分の愛を込めて 義勇受

※2/3以降は800字という文字数制限をやめましたので、800字以上のものはTEXTへの掲載としました。

煉義

雨上がりの空に似ている

お題:軒下で雨宿り ※原作軸。煉→義で恋が始まるきっかけ話。2021/1/2

 バシャバシャと水を跳ね上げながら、煉獄はぬかるむ道を駆けていた。
 いきなりの土砂降りで、髪も羽織もずぶ濡れだ。千寿郎がさぞ心配するだろうなと、わずかに気がはやる。
 一軒の民家が目に入った。今更雨宿りもないが迷わずそちらに向かったのは、軒下に立つ知己に気づいたからだ。
「冨岡!」
 うつむいていた顔が煉獄へと向けられる。
「すごい雨だな! すっかり濡れてしまった!」
 隣に立ち笑いかければ、ひとつ年上の同僚はかすかにうなずいた。いつもながら静かな男だ。
「義勇」
 小さな声に、冨岡がまたうつむいた。
「寛三郎、入ってろ」
 羽織からひょこりと顔を出したのは鎹鴉だ。濡れぬよう懐に抱いていたのだろう。
「君はずいぶん鴉をかわいがっているのだな」
「寛三郎は年寄りだ。冷えるのはよくない」
 答える声は存外柔らかく、硬質な印象の佇まいだけに、その穏やかさにドキリとした。
「大事にされて鴉も感謝しているだろう!」
 笑いかけてももう冨岡は言葉を返す気がないようだ。無言で羽織の上から鴉を撫でている。
 白い横顔はやはり硬質で、ともすれば冷たくも見える。
「お、やんだな」
 気がつけば雲の切れ間から光が差している。行くかと一歩踏み出し振り返ると、瑠璃の瞳と目があった。
「……俺のほうだ」
 唐突な言葉に首をかしげた煉獄の傍らを、すり抜けるように進み出た冨岡は、言葉を重ねることなくトンッと地を蹴った。
 一緒にと誘う間などなく、冨岡の背中が遠くなっていく。
「……感謝してるのは、俺のほう、か」
 思い至った結論に、冨岡は言葉が足りないなと苦笑する。
 硬質で冷たいかと思えば、柔らかくやさしい。不思議な男だ。
 ふと見上げた空は澄んだ青空が広がっている。冨岡の瞳のようだ。思ったのと同時に煉獄も駆けだした。
 追いつけたら飯に誘ってみようか。鴉も一緒にと。
 心が浮き立つのはなぜだろう。空の青に似た瑠璃の瞳をもう一度見つめてみたい。見つめられたい。願う理由を、煉獄はまだ知らない。

Speak Low

お題:夏の夜の夢 ※キメ学 両片想い 作中の曲についてはこちらからどうぞ 1/6

 煉獄と冨岡の関係は曖昧だ。簡潔で明確に言い表すなら、同僚の一語。気兼ねのないだとか、親しいという副詞も当てはまるかもしれない。
 煉獄としてはそんな誰にでも当てはまる言葉を、冨岡に使いたくはない。
 だが、ふとした拍子に重なった眼差しで交わす、沈黙のうちの言葉と熱量は決して自分の勘違いではないと、確信するだけのなにかを煉獄は持っていなかった。
 こんなにも弱気になるなんて煉獄自身信じられないが、恋とは人を臆病にさせるものらしい。
 告白のきっかけを得られずにいた煉獄にとって、突然降ってわいたその一言は、僥倖と言うしかなかった。
「うちに泊るか?」
 花火大会の見回りは夏の定番業務だ。補導した他校の生徒から悩みを聞くのにずいぶんと時間がかかってしまった。終電が終わっている。
 同じような理由でほかの教師に取り残された冨岡がそう言ったとき、煉獄の心臓は一瞬鼓動を放棄した。
 そうして上がりこんだ冨岡のアパートで、煉獄は落ち着かず正座している。
 無粋だ野暮だと揶揄される冨岡らしく素っ気ない、だが生活感のある部屋だ。シンプルで、でもどこか温かい。
 なにもないがと煉獄の前に置かれたのは、水の入ったグラス。コーヒーや茶葉を買い足し忘れていたと言う声は少し申し訳なさげだった。揺れる水面になんだか胸が詰まる。
 古いCDラジカセのスイッチを冨岡が入れた。
「ジャズか?」
 小さな音量で流れるジャズバラード。
「一緒に聴きたいと思っていた」
「なんて曲だ?」
 冨岡の言葉に心浮き立たせながらたずねた答えは
「……スピーク・ロウ」
 理由をたずねても答えない冨岡を先に風呂場へ押し込んだ煉獄は、検索した歌詞に真っ赤になった。
 無粋だなんてとんでもない。
 風呂場に駆け込みたい衝動を抑えるのに必死になる。冨岡の願いがこの曲ならば、愛の言葉は小さな声で、すべてが終わる前に今すぐに。
 うるさい鼓動を持て余しながら、煉獄はゆっくり風呂場へ向かった。
 夏の夜が更けていく。

愛の花咲く

お題:恋愛運気急上昇 ※原作軸 両片想い 1/20

 煉獄が任務帰りに辻占を買ったのは気紛れだ。割った菓子には絵が描かれた紙片が入っていた。
「ほう、これは縁起が良い!」
 紫陽花は良縁成就。想い人の瞳を思い出させる花でもある。
 菓子で想いが成就するわけもなかろうがと苦笑した煉獄は、人波に見知った顔を見つけ瞳を輝かせた。
「冨岡!」
 冨岡は足を止めたものの、駆け寄る煉獄に言葉を返すでもない。
「君も帰りか? 一緒に飯を食おう!」
 色よい答えが返ったことはないが、冨岡を誘うのはもはや癖である。
 水と炎は一対だ。どの時代でも必ずそろって存在している。水柱の冨岡とは縁がある筈だと、せっせと声をかけているが、成果は芳しくない。今日も「行かない」の一言だろう。
 せめて一緒に帰れるといいがと思っていれば、冨岡はこくりとうなずいた。とっさに出たのは「よもや!」の一言だ。
 気が変わる前にと、冨岡の手を引き入ったのはすぐそばにあったミルクホール。
 牛乳とシベリアでは物足りなかろうが、冨岡に不満はないようだった。ちんまりと三角形の菓子を食む唇の端に、食べかすがついている。
「君は口が小さいな」
 笑って手を伸ばした煉獄に、冨岡はわずかにまつ毛を伏せた。耳が少し赤い。
 常に凛と麗しい冨岡の初めて見る愛らしさに煉獄は息を飲む。
「そうだ。さっき辻占を買ったのだが」
 気恥しさを誤魔化すように、煉獄は先ほどの紙片を取り出した。
「よければ貰ってくれ!」
「おまえが得た運だろう」
「俺はもうご利益を得たからな!」
 きょとりと藍の目をまばたかせる稚い仕草に、煉獄の鼓動が速まった。
「なにかいいことがあったのか?」
 問う冨岡は、煉獄が今感じている幸せになど、気づいてはいまい。
「あぁ、だから君にもお裾分けしたい」
 冨岡の手に紙片を握らせ、煉獄は笑った。
 いつか冨岡も、自分と過ごす時を幸せだと思ってくれたらいい。
 藍の紫陽花は、愛に通ずるのだと聞く。
「もう分けてもらった」
 そっと呟いた冨岡の瞳の色は、愛の色をしていた。

実義

本当は誰にも知られたくない

お題:相手の褒め言葉で顔を真っ赤にしている実義 ※キメ学 自覚あり×無自覚な両片想い。1/3

 王様ゲームなんて考えた奴は、噛み捨てられたガムを毎日踏んづける呪いにかかれ。
 ていうか、教師が王様ゲームなんかすんじゃねぇ。てことで、言い出しっぺの宇髄も、毎日靴の裏のガムをこそげとる羽目になればいい。
 ついでに、三と六を引いたやつ誰だとの声に手を挙げた、いけ好かない同僚も。
 手にした割り箸に書かれた数字を睨みつけながら実弥は唸った。何度見ても三だ。自分の運の悪さも呪う。ガムは踏みたくないけど。
「お、不死川が三か」
「それはぜひ聞いてみたいな!」
 三が六を褒めまくる。そんな命令を下した煉獄も同罪。我関せずでスマホを弄ってる伊黒も。ニコニコ笑って止めない悲鳴嶼と胡蝶……は、明日一日だけで許してやるけど。みんな、ガムの呪いにかかれ。
 向かいに座る無表情な冨岡を見ていられず、そっぽを向き吐き捨てるように実弥は言った。
「足が速い」
「それだけか?」
「王様の命令は絶対だろ。派手に褒めまくれや」
 酔っぱらいどもめ。でも。そう、酔っている。自分も。だから少しぐらいなら。
 
「……真面目」
 馬鹿がつくくらいに。
「陰口たたかねェ」
 必要なことも言わないけど。
「人のことよく見てる」
 体調くずしてる生徒がいるとすぐ気づく。
「声がいい」
 耳馴染みいい静かな声は、小さくてもよく通る。
「まつ毛が長ェ」
 ときどき目元に落ちる陰にドキッとする。
「意外と、やさしい」
 さっきもお通しのたたきキュウリのとろろ昆布のせを、伊黒に差し出してた。気づかれてないけども。
「目がきれい」
 見てると吸い込まれそうになる不思議な瑠璃色。見惚れることもしばしば。
 
「……不死川、そこら辺にしといてやれや」
「おい、冨岡、大丈夫か?」
 煉獄のあわて声に顔を向ければ、冨岡が固まってた。白くて整った顔はいつもの無表情。だけど耳は真っ赤で、コントラストに眩暈がする。
「……ありがとう」
 ぎこちなくうつむき呟く声。
「……おぅ」
 最後の褒め言葉は、胸のうちだけで。
 
 ――誰よりも、かわいい。

消えない傘の下で

お題:旧校舎の相合傘の落書き ※キメ学軸 1/21

 取り壊される旧校舎で見つけたそれは、今も実弥の脳裏に焼きついている。もう十年も前の話だ。
 
 隣に座る同僚をちらりとうかがい見る。中等部の同級生は、今ではともに母校で教鞭をとる同僚だ。腐れ縁と言っていい。
「雨降りとはツイてねぇな」
「だがいい式だった」
 ジョッキを傾ける義勇は、常の無表情だ。式典でしか見ないスーツの裾は少し濡れていた。涙雨とは言わないでおく。
「二次会出ねぇでよかったのかァ?」
「式だけで十分だ。不死川のお陰だ」
 珍しく酔っているのか、義勇の顔はほんのりと赤い。
「構わねぇって言っただろうがァ」
 部活の顧問のピンチヒッター。公立校ならただ働きだが、私立なのだから休日出勤の手当てもちゃんと出る。礼は無用と言ったのに生真面目なことだ。
 式帰りに即誘いにくるとは思わなかったが。
 ひとりが嫌なら、素直に言え。そう言えぬのは棚に上げ、実弥は思う。
 思い出すのは旧校舎の壁の小さな落書き。誰にも気づかれぬまま消え去るはずだった、片恋の欠けら。
 小さな相合傘に並ぶ名前は義勇と、その親友の名前。今日の花婿だ。
 それ以来、いけ好かなかったはずの義勇から目を離せない。
 あれから十年。今はきっと、親友よりも実弥のほうが義勇との距離は近い。けれど同級生から同僚になっただけ。なにも変わらない。
「不死川は結婚しないのか?」
「んな相手いねぇよ」
「……そうか」
 なぜだかムフッと笑う義勇に、そわりと胸の奥がざわめいた。
 トイレに立った義勇に、これからどうしようかと実弥は考える。つけ込むなら今なのだろう。けれどどうせ言えやしない。隣にいられるだけでいいなんて、俺もずいぶんと殊勝なことだと自嘲の笑みを浮かべたとき、それは目に飛び込んできた。
 テーブルに水滴で書かれた小さな相合傘。並んだ名前に、実弥の顔は真っ赤に染まった。
「マジか……」
 一体いつからと問い詰めたいが、それよりも。
 義勇が戻ったら、まずは家に誘ってみようか。
 
 傘はひとつで、と。

きっと甘い唇

※お題なし。キメ学。無自覚両片想い。1/31

 なんでこいつとラーメン食いにきてんだ?
 職員室でラーメンの話題が出たのは確かだが、一緒に飯を食うほど冨岡との仲は良くない。話しの流れとはいえ、こいつもなんでまたうなずいたんだか。
 寒がりなのか、隣に座った冨岡の鼻の頭はちょっぴり赤い。こいつ白いもんなと、なんとなく思う。
「なににしやしょう」
「味噌」
「しょう油」
 重なった声に、本当にこいつとは気が合わねぇなと、つい舌打ちしそうになった。
 注文してしまえば、沈黙が落ちた。共通の話題などないから間が持たない。
「へい、お待ち」
 ほぼ同時に置かれたラーメンに、助かったと手を伸ばした。
 常よりも早食いになった不死川がどんぶりのスープを飲み干したとき、冨岡はまだチマチマとレンゲでスープを飲んでいた。
「男らしくグイッといけやァ。お上品に食うようなもんじゃねぇだろ」
 あきれ声で言えば、冨岡はまじまじとどんぶりを見つめたあと、ようやくどんぶりを持ち上げたのだけれど。
「おい、零れてんぞっ」
 ぽたぽたと口の端からスープを垂らす冨岡に、不死川のほうが焦る。
 弟妹にするようにハンカチで口元を拭いてやると、少し上目遣いの冨岡と目が合った。至近距離で初めて見た、澄んだ瑠璃の瞳にドキリとする。
「口、小せぇな」
 思ったままにつるりと口をすべらせたら、冨岡はわずかに肩をすぼめた。
「……だからレンゲを使ってた」
 拗ねたひびきが幼い子どものようで、なんだかソワソワとしてしまう。
 ちょっぴり尖らせたこの小さい口を、自分の唇で塞いだらどんな心地がするだろう、なんて。思った自分を誤魔化すように、少し乱暴に不死川は冨岡の頭を撫でた。
「俺が悪かった、拗ねんな」
「拗ねてない」
 視線をそらせ言う冨岡の耳は赤い。こいつ白いもんなとまた思って、不死川は知らず笑った。
「次は汁もんはやめとくかァ」
 次の約束なんてするような仲じゃないのに、誘いは自然に口をついた。
 こくりとうなずいた冨岡の耳が、ほんの少し赤味を増した。

錆義

静かの海

※現パロ 錆→(←)義 25歳同士 1/13
※お題を大きく外れたのでお題はなしで。元のお題は「図書館に行って一緒に調べものをしている錆義」でした。

 その小さな私設図書館は錆兎にとって楽園だった。
 公営に比べ蔵書は少なく、もっぱら学習ルームとして利用されている。錆兎が初めて来たのも高一のときに同級生と試験勉強するためだった。
 二五になった今も足を運ぶ理由は誰にも言えない。
 私語厳禁でキッズスペースもない図書館は静かだ。
 
 いた。
 
 心騒がせながら錆兎は席に着いた。運がよければ海が見える席だ。本物の海じゃない。けれどなにより心惹きつける静かな海だ。
 二階の窓際。そこに彼はいた。
 錆兎は少し離れた席に着く。彼を正面から見られる席だ。
 初めて見かけたのは十年前、彼は違う高校の制服を着ていた。
 名前も知らない。話しをしたこともない。けれど恋していた。
 彼の海のような青い瞳を見た瞬間に恋に落ち、見つめるだけの恋を十年もつづけている。
 スマホが突然鳴り響いた。あわてて見れば休日出勤中の同僚からのヘルプ要請だ。未練を残して図書館を出たら、不意に肩を叩かれた。
 振り向けば彼がいた。
「これ」
「え、あっ、鍵」
 スマホを取り出したときに落としていたのか。初めて間近で見た凪いだ海の瞳は吸い込まれそうに青い。
 上ずりそうな声で礼を言った錆兎に、彼は目礼して踵を返した。
 もっと彼の目を見たい、声が聞きたい。とっさに彼の腕をつかんでいた。
「お礼におごるから、飯食いに行かないか?」
「帰るんだろう?」
 整った顔は無表情だ。だが、耳がほんのり赤い。
「なら来週。来週またくるからそのときに」
 逃がすな。頭のなかで誰かが命じる。勢い込み言えば、彼は小さくうなずいた。
 海の瞳がまっすぐに錆兎を見る。
「……待ってる」
 かすかに微笑む彼の耳は真っ赤だ。
「じゃあ、来週またここで。俺は錆兎。君の名前は?」
「義勇」
 名前を知るまでに十年。ここから先も十年かかるだろうか。それでもいいと錆兎は思う。
 二五にもなって亀より遅い恋の歩み。人に言えば笑われるかあきれられるだろう。
 それでもこの小さな一歩は、恋を実らせる偉大な一歩だ。

Salty Kiss

お題:一緒に服を着たまま冷たい海に入っている ※現パロ 高三 告白話 1/26

「寒っ」
 震えて背にくっつく義勇に、錆兎は跳ねた鼓動を隠すように笑った。
「海に行こうって言ったのは義勇だろ」
 学校から海までは自転車で三十分。真冬の海に人影はない。潮風が強く吹きつける。
 なんでまたと思いはしたが、一分でも一秒でも一緒にいられるなら錆兎に否やはない。春になったら、違う大学だ。いつも一緒にいられるのは卒業まで。
「錆兎、下駄箱で持ってた手紙」
 唐突に背中から聞こえた小さな声に、錆兎はギクリと息を飲んだ。見られていたとは思わなかった。
「あれは……」
「恋文だろ?」
 古めかしい言い方が義勇らしい。
「隙ありっ」
「あっ!!」
 ポケットから封筒を抜き取った義勇は笑っている。
「ちゃんと返事しろよ?」
「そういうんじゃない!」
「読んでもないくせに」
 焦る錆兎に反して義勇は楽しげに見える。
「あ……っ」
 強い風に封筒が飛ばされた。
 冬の暗い海の波間に白い封筒が揺れている。思った以上にショックを受けている自分が情けない。
 ごめんと義勇が謝ったら、笑って小突いて終わりにしよう。
 錆兎の自嘲の笑みは次の瞬間消えた。
「おいっ、なにやってんだ!」
 躊躇せず海へ入っていく義勇にギョッとして、錆兎もあわてて海へと足を踏み入れた。冬の海は身を切るように冷たい。
「あんなのほっとけ!」
「きっとすごく勇気を出したんだ」
 波にさらわれ揺れる封筒に手を伸ばす義勇は真剣だ。無理やり引き寄せれば、晴れた海の色した瞳は泣きだしそうに揺れていた。
「俺とは違って、伝える勇気を持ってる……そんな子なら、錆兎は幸せになれる」
 震える声は寒さばかりじゃないだろう。
「好きです」
「え?」
「あの手紙に、俺が書いた言葉」
 勇気なんて、振り絞ったに決まってるだろう。
 不安と戦いながら、それでも一度だけでいいから伝えたくて。だけどほんの少し、勇気が足りなくて。
 名前は書けなかった手紙。
「誰、に?」
 波音に消されることなく伝えた唇は、返事は? と聞く前に冷たい唇にふさがれた。

むざぎゆ

最凶暖房方法

お題:エアコンの設定温度で軽くもめている
※現パロ not転生 1/17

 なんの因果か「こいつとは気が合わないな」と思う相手と恋に落ちた。価値観の相違は激しいが、なぜだか交際はつづいている。俺が折れてやってるからだと義勇は思っている。
 だが、時に折れるわけにいかないこともある。
「なんで下げてるんだ」
 コンビニから帰れば部屋が寒い。出るときは二八度に設定しておいたはずなのに、リモコンを見れば一五度になっている。
「暑いからに決まっているだろう。貴様は馬鹿か」
 しれっという犯人は悪びれた様子もない。傲慢でわがままな恋人はかなりの暑がりだ。夏場のエアコン設定温度は一〇度である。
 義勇は無言でエアコンの温度をあげた。
 おまえの住まいは犬小屋かと馬鹿にして、滅多に家にこないくせに、珍しくやって来たかと思えばわがまま放題。ときどき、なんでこいつとつきあってるんだろうと、義勇は割と真剣に考えたりもする。
「おい、勝手に変えるな」
「ここは俺の部屋だ」
「さっさと越してこい」
「おまえの家は職場から遠い」
「仕事などやめろと何度言わせる気だ」
「やめてたまるか」
 言い合うあいだも、リモコンはピッピッと鳴りつづけている。些細なせめぎ合いだが義勇にとっては重大だ。深紅の瞳に睨まれようと義勇だって引けない。寒いのは苦手だ。
 なのに寒いなか買い物に出た理由については、あまり述べたくない。
「あっ!」
 リモコンを放り投げられ、文句を言う前に口をふさがれた。
「狭い家にも利点はあるものだな」
 ベッドが近いと、忍び笑い言う無惨を睨みつけても、キスで潤んだ瞳では効果はないようだ。放り投げられたリモコンも、コンビニ袋も置き去りに、ベッドに連れ込まれてしまえば義勇にあらがう術はない。
「すぐに暑くなるのだ。これぐらいでちょうどいいだろう?」
 同意するのは癪だが、すでに体は熱を持ち出している。また入り込んできた舌に翻弄されながら、義勇は思考を放棄した。
 コンビニ袋に入ったままの小さな箱を思い出すのは、たぶん翌朝になるだろう。

馬鹿馬鹿しくも愛しい、そんな日常

お題:無惨様がおもちを喉につまらせたので義勇さんが慌てて背中を叩いている ※現パロ not転生 1/24

 傲岸不遜、天上天下唯我独尊を地でいく男。自分でも信じがたいが、そんな男が義勇の彼氏だ。
 
 なんで俺はこいつとつきあっているんだろう。
 
 自問自答は日常茶飯事。傲慢な物言いや態度は、いつも義勇を苛つかせる。
 そもそもなんでつきあうことになったのかすらが、よくわからない。好きだのなんのという言葉もないままに、あれよという間に唇を奪われ、いつのまにやら童貞非処女という有り様である。
 さすがにベッドに押し倒されたときには必死に抵抗したけれど、今ではもうそれも日常の一部だ。ただでさえ体力消費が激しいのは義勇のほうで、抵抗すればするだけ翌日がキツイ。口下手な義勇は口喧嘩ですら弁が立つ相手には敵わず、折れるのは義勇ばかりだ。
 なのに折れたら折れたでまた不機嫌になるから始末に負えない。
「なんで磯辺焼きなんだ」
「おまえが砂糖醤油は嫌だって言ったんだろう」
 たかが餅だ。皇室御用達だろうと、餅は餅。なのに食べ方ひとつに無惨はたちまち不機嫌になる。砂糖醤油なんか食えるかと言ったのは自分のくせに。
「貴様はどうしたら私に甘えるのだ」
「は?」
 
 なにを言ってるんだこいつは。
 
 苛立ちを隠しもせず餅にかじりつく無惨に、義勇は少し考える。
 たかが餅の食べ方で我を通せと言われても、それが甘えになるとは思えない。だが、無惨にとっては違うのか。今までも義勇の反論を意外と楽しんでいたのかもしれない。
「無惨」
 呼びかけ、不機嫌な目を向けてくる無惨に口を開けてみせる。
「なにをしている」
「甘えてる」
 アーンとまた口を開けば、無惨がむせた。
「おい!?」
 恥を忍んで甘えてやったのに、餅を喉に詰まらせるほど驚くとは失礼な。
 あわてて背を叩いてやりながら、義勇はまた、なんでこいつとつきあってるんだろうと考える。
 それでも復活した途端に、もう一度やれと迫ってくる真剣な顔は、あきれるけれど嫌いじゃない。
 別れたいとは思わないからまぁいいかと、義勇はアーンと口を開けた。

犬も食わない

お題:無惨ってたまに変態臭いな……と内心思っているけど口には出していない義勇さん ※現パロ not転生 2/1

 外見には無頓着な義勇だが、手足の手入れはそれなりにする。理由を問われれば「舐められるから」と答えるよりない。
 
「バター犬でも飼ってるのかと同僚に言われた」
 床に片膝をつき、どこか恭しくすらある所作で義勇のつま先にヤスリをかけている無惨に、義勇はなんの気なしに言った。
「私を飼い犬呼ばわりする気か?」
「狂犬はいらない。それよりバター犬とはどんな犬だ?」
 ことりと首をかしげて聞いた義勇は、目をむく無惨に気づきわずかに眉を寄せた。
 そんなに変な犬なのだろうかと少しだけうろたえる。機嫌を損ねた無惨は面倒くさい。
 ただでさえ無惨のマンションで過ごすのは気疲れするのだ。無理やり着替えさせられたあとは、手入れと称して無惨は義勇の髪からつま先までひたすら磨き立てる。義勇はそのたび人形にでもなった気分にさせられる。
 どんなに気に入りの品だろうと、自ら手入れすることなどない無惨だが、義勇だけはほかの誰にも触れさせない。おまえの麗しさをさらに磨きあげるのは私の趣味だと、無惨は不遜な笑みで楽しげに言う。
 
 人形遊びが好きな三十代の男とは、かなり変態臭いな。
 
 思いはすれど口にはしない。いらぬことを言えば、自分に跳ね返ってくる。
「貴様には必要ない犬だな」
「犬を飼う気はない」
「当たり前だ。貴様の肌に触れるなど、犬だろうと許さん」
 言いながら義勇の足を掲げ持ち、無惨は自らの手で整えたばかりのつま先に唇を落とした。まるで隷属の図だ。傲慢なこの男には不似合い極まりないのに、なぜかしっくりと馴染む。
 足の指を舐めたがるなんて、やっぱり変態臭い。
 熱い吐息をもらしながらちらりと思った義勇に、無惨はうっそりと笑って言った。
「足を舐められて喜ぶとは変態臭いな」
「おまえが言うか!」
 蹴り飛ばそうとした足はたやすく拘束され、のしかかってきた男から逃れる術は失われた。
 磨きたてられた義勇の肌は、今夜もあますとこなく狂犬のような男に舐め尽くされるのだ。

錆義炭 錆義で義炭な二組三人の同棲中恋人同士

無題

お題:椅子(100のお題No.64) ※現パロ 『ピーターパンの箱庭』シリーズの錆義炭 1/30

 錆兎と義勇と炭治郎が暮らすマンションのダイニングテーブルには、椅子は三つだ。どの席でも義勇の隣になるには丸テーブル一択。錆兎と炭治郎が力説して決めた、格安の掘り出し物である。
 ただし、格安だけに椅子は少々固い。
 食事のときしか使わないし、多少座り心地が悪くてもいいよなと、最初は全員思っていた。けれども。
「……クッション買わないか?」
「賛成!」
 もぞりと腰を動かして呟いた義勇に、炭治郎が手を挙げ賛同した。
「邪魔だからいらないって言ってなかったか?」
 土曜の朝。穏やかな陽射しが満ちるダイニングでの朝食は、チーズオムレツにトースト。ジャムはマーマレード。サラダはレタスとトマトとハムのシンプルさ。カフェオレの湯気と香りが心地好い。
 いい朝だなと、上機嫌に炭治郎お手製のオムレツを口に運びながら聞いた錆兎に、義勇と炭治郎の少し冷めた視線が注がれた。
「錆兎にはわからないからな」
「ですよねー」
 顔を見あわせて、うんうんとうなずきあうふたりに、錆兎は少しうろたえた。
「炭治郎もキツイときがあるのか? ごめん」
「いえっ、すっごく幸せなんでいいんですけど! でもちょっと……」
 義勇の気遣う声に、炭治郎の頬がほわりと染まる。
「朝は少し辛いか」
「でも幸せですよ?」
「うん、俺も。でもやっぱりクッションは買おう」
 ふたりの会話に、錆兎は思わず頬をひきつらせた。
 昨夜主寝室で寝たのは錆兎と義勇。そこにもってきてこの会話。さすがにここまでくれば察しもつく。
「俺がふたり分買わせていただきます」
 でないと錆兎だけが共感できないだけに、なんとなくいたたまれない。
 顔を見あわせた義勇と炭治郎は、じゃあ錆兎の分もおそろいでと、いたずらっぽく笑った。
 二組三人の恋人同士のためのクッションは、仲良く三つ、おそろいで。
 今夜主寝室のキングサイズのベッドで眠るのは義勇と炭治郎の予定。幸せな夜の余韻を過ごす朝のために、今日のデートは三人でクッションを買いに。