立ち止まったサンジにようやく顔を上げれば、そこは月明かりしか届かない路地裏だった。石造りの通りに散らばっていた祭りの紙ふぶきも、ここには欠片も見当たらない。掃除などしたことのなさそうな汚らしい路地裏にあるものは、夏島の淀んだ熱気と忘れられて久しそうなゴミバケツ。そして、そんな光景に不似合いな、柔かい月明かりだけ。それに照らされて立ち竦む、自分達だけだ。
薄暗がりのなか、じっと自分を見つめるサンジの瞳に滲んだ欲情の色が、どくりと鼓動を跳ねさせる。こんな所でするのかと、少し焦りは生まれたが、それ以上に興奮している自分をゾロは恥じた。
石造りの壁に囲まれているとはいえ、完全に人目を避けられるわけじゃないだろう。声を上げれば通りを行く者に気付かれることだって、容易に想像できる。
それなのに、自分は悪態をつくでもなく立ちすくんで、サンジの言葉を待っている。
まったく馬鹿馬鹿しいかぎりだと思っても、瞳は勝手に潤み始めて。焦れったいほどゆっくりと抱きしめられた時には、ゾロは自分からむしゃぶりつくようにサンジの唇に自分のそれを重ねていた。
荒い息を隠しもしないで、水音を立てて舌を絡ませあう。どちらのものともわからない唾液をすすりあって、鼻にかかった吐息を洩らす。
歯の裏側を探るように舐められ、みっともないほど背が震えた。サンジの背に回した手が、もどかしくシャツを握り締める。飲み込みきれずに顎を伝っていく唾液を追いかけて、サンジの舌がゆるゆると肌を辿るのに吐息を震わせながら、そういえばさっきはキスしなかったなとぼんやり思った。
「ゾロ、後ろ向いて」
掠れ声で囁かれて、素直に背を向ける。行き止まりの壁に手をつくと、サンジが足元にひざまずいたのがわかった。それはその先の行為をじかに感じさせて、ゾロは思わず息を詰める。早くしろというようにわずかに足を開くと、性急な手付きでボトムをずり下げられた。
外気に曝け出された太腿に、濡れた感触が落ちる。体を震わせて視線を落とせば、数日前に他の海賊との小競り合いで負った傷跡に、サンジの唇が触れていた。
ぴちゃりと音を立てて舐め上げられ、じわりと下腹がうずく。ここにいる意味がわかっているのかと疑わしくなるほど、サンジは執拗にそこを舐め続けた。
まだ塞がりきらない傷から生み出されるものは、痛みよりもむしろ、緩やかな快感で、ゾロは甘く息を乱した。
ここ数日間のサンジの不機嫌の原因は、予想通りその傷だったんだろう。先ほどの情交の際も、やけにしつこくそこを撫でていたなと、ゾロはかすかに苦笑した。
ゾロにしてみれば掠り傷とも呼べないような傷だ。まぁ、ウソップやチョッパーなどは、槍先でえぐられたそれを見て大袈裟に騒いではいたが。実際、傷は出血のわりに大したことはなかったし、これしきの傷が一つ増えたところで、元々傷だらけなうえ男なんだから、気にすることなんてないと思うのに。
サンジという男は、自分が傷付くことは欠片も厭わないくせに、他人が傷を負うのを我がことのように苦しむので。できれば苦しむ顔は見たくないと、サンジの前ではどんなにひどい傷でも隠そうとする癖がついてしまった。 敏いサンジにはいつでもすぐに気付かれてしまうから、無駄な足掻きでしかないのだけれど。多少傷付いたところで、頑丈にできている自分のことだから、大して気に病むことはないのだと、あまりかまわれるのは煩わしいと、思いもするのだけれども。
それでも、できるならサンジには笑っていてほしいと、ゾロは思う。すぐに悩んで傷付いて、ゾロの好きな深い海の色を湛えた瞳が哀しげに揺れたり、苦しそうに眇められたりするのは、あまり見たくないと思う。
サンジの瞳は、笑っているほうが綺麗だから。
悩む姿は見たくない。苦しむ様に胸がうずく。それぐらいにはサンジに捕らわれている自分を知っているのに、サンジだけがそれに気付かない。
気付かせてやれるような言葉を言えない自分は、この際棚上げだ。口下手な自分がそうそうお前みたいに甘ったるい言葉を吐けるわけもないんだから、それぐらいてめぇで気付けよと苛立ちもする。
俺まで悩ませるな。苦しいなんて思わせるな。どうしたって自分の戦い方は変えられないし、お前一人のためだけに生きることなんて、できやしないんだから。
けれど、解放してやる気はもっとない。どんなに悩ませたくない、苦しませたくないと思っても。自分勝手だとわかっていても。手放してやる気なんて、これっぽっちもないのだ。
芝居小屋で口にした自分の言葉が不意に浮かんできて、ゾロの唇が小さく笑みを刻む。
とんでもないことを人にさせておいて、それでも浮上する気配を見せないものだから。苛立つよりいっそ哀れになってしまって思わず口にした時のサンジの顔は、正直いい見物だったと、ついつい笑いが込み上げてくる。
とはいえ、こんな状態でまた機嫌を損ねられるのも困るしと、唇を噛んで笑いをこらえれば、その様子に気付いたのか、サンジの舌が止まった。
「腹、痛ぇ? 大丈夫か?」
気遣わしげなサンジの声に、なんか誤解してやがんなと苦笑して。
「大丈夫だから、さっさとしろよ……焦らすな」
浮かんだ笑みを消せないまま言った声は、我ながら妙に優しげに聞こえた。
一瞬目を見開いたサンジが、すぐににやりと笑い返すのに、満足げに瞳を細めて。
「そりゃ悪かったな。んじゃ、早速……」
「ん……っ」
やっと入り込んできた指先に、息を詰める。
まだ中に残ったままのぬめりのせいで、ほぐしたわけでもないのにたやすくそこは指を飲み込んでいく。くすぶっていた熱が、その刺激にたちまち体中に広がって、吐く息が震えた。
「そんなに締め付けたら出してやれねぇだろ? もっと力抜けよ」
「てめぇがさっさとしねぇからだろ…あっ、んぅ……」
楽しそうな声に思わず毒づいた途端、埋め込まれた指がえぐるようにうごめいて、慌てて喘ぎを押し殺す。
人通りはほとんどないとは言っても、いつ誰が通りかかるかわかったものではない。さすがに見られるのはごめんだと唇を噛んでこらえれば、サンジはますます楽しげに笑い、いきなりイイところを突いてきた。
「あっ! あ、く……てめ、ざけんな……っ」
「あれ、イイとこ当っちゃった? ま、いいじゃねぇか、いい感じにほぐれてきたし。こっちもしようか」
言うなり前にまわってきた手にやんわりと握りこまれて、あられもない喘ぎが零れた。
勃ち上がった先端に、じわりと先走りが滲むのを感じる。ゆるゆると動かされる手に息が上がる。中に埋められたままの指先も、優しく、けれど悪戯な動きを再開して、少しずつ掻き出されていく感覚に背筋が痺れた。
いつでもこうだ。サンジの手で、指で、唇で、簡単に暴かれ曝け出される快感に、いつでも抵抗の意はたやすく剥ぎ取られてしまう。優しいい愛撫でも、嗜虐的な責めでも、それがサンジであるだけで、こんなにもたやすく体はうずき、はしたなく求めてしまう。
そんなあさましい我が身を省みて恥じても、行為自体への嫌悪は微塵もなくて。ことが済んだ後には心満たされていたりもするのだから、自分も大概終わっているなと、苦笑が零れた。
けれどそれはお互い様だ。どれだけ悩み惑い、苦しみわずらっても、離れることのできない自分達は、滑稽で、愚かで、まったくお似合いじゃないかと、口元に笑みを浮かべたままゾロは掠れた声を上げ続けた。
しかし、そんな笑みも指を埋め込まれたそこに感じた濡れた感触に、思わず消える。
「あ、や……! んなこと、しなくていいっ」
「ダメ。しょうがねぇだろ、こうでもしなきゃ綺麗にしてやれねぇんだし。いいからお前はクソ気持ちいいって喘いでろよ。イかせてやるから……」
笑いを滲ませた声に仰け反らせた背が震える。殊更いやらしげな水音を立てて舐め清められるそこは、自分でもわかるほどあさましい収縮を繰り返して。たえられないとゾロは首を打ち振った。
「も、いい……っ。サンジ、も、いいから、早く…!」
「せっかく処理したのに、いいの?」
わかっているくせに意地悪な言葉は、けれど不思議と優しくて。ますますゾロの熱をかき立てる。
「いいって言ってんだろっ。とっとと挿れろ!」
色気も可愛げもあったもんじゃないと自分でも思うのだけれど、サンジはずいぶんとうれしそうだ。
求めてやってようやく安心するんだろう。立ち上がりざまに引き抜かれた指に、未練ありげにゾロが喘ぐと、陶然とした吐息を洩らして抱きしめてくる。
背中に感じるサンジの重みと体温が、ゾロの背をまた震わせる。耳に落ちた熱い息。幸せそうに名を呼ぶ声はどこまでも甘い。
繋がりあう前のサンジは、いつでもこんな風に優しくなる。それまでどんなに屈辱的な仕打ちを強いてこようと、その瞬間のサンジはかぎりなく優しくて。これがこの男の本質なんだろうと、ゾロはいつでも思う。思っていつも満たされる。愛しいという、サンジに出会って初めて知った感情に。
「外に出すから……」
囁く声にうなずいて、試すように擦り付けられる熱い塊に息を詰める。優しい声とは裏腹に、双丘を割り広げる手は荒々しいほど。早くとあられもなく喚きたくなるのをこらえて、ゾロはやっと宛がわれたそれを受け入れるために、詰めていた息をゆるゆると吐き出した。
慣れた感覚はそれでも痛みをともなうけれど、それ以上の快感がその先に待っていることを、ゾロはもう知っている。押し開かれる刺激にこらえきれず零れた喘ぎが、サンジの洩らす小さな呻きと混ざって薄暗い路地に響くのを、どこか遠いところで聞きながら、早く早くとより強い刺激を待ち望む。
「は……すっげ、キツ……。食い千切られそう」
すべて飲み込んだと同時に呟いたサンジの声にも、焦りがみえた。きっとからかうように言いたかったのに失敗したんだろう。小さな舌打ちが聞こえて、ゾロは笑みに喉を震わせた。
きっとサンジは拗ねたように唇を尖らせているだろうと、首をひねらせ振り返り見れば、サンジはやっぱり予想通りの表情をしていて、ゾロの笑みはますます深くなる。
けれど、口をついて出るかと思われた悪態は聞こえずに、耳をくすぐったのは思いもかけない一言だった。
「ね、これ脱がねぇ? ゾロの肌に触れてぇ。いっぱいキスして、舐めて……もっとゾロを感じたい」
甘えるような声で囁かれ、ぞくりと背に電流が走ったような気がした。汗に濡れた肌に、早くもサンジの唇の感触を思い出して、誘惑に駆られる。とはいえ、素直にうなずくわけにもいかない。
「脱いじまったら、誤魔化せねぇんじゃねぇの?」
下半身は剥き出しとはいえ、サンジの影に隠されていることだし、今なら通りから覗かれても、酔っ払いを介抱しているように見えなくもないだろう。けれど衣服をすべて脱いでしまっては、そんな言い訳も無駄というものだ。今更と思いはしても、やっぱりためらいは残る。
「大丈夫だって。覗く奴がいたら俺が蹴り飛ばしてやっから」
「おっ勃ったもん丸出しでかよ」
思わず憮然と言えば、サンジもはたと気付いたように黙りこくる。
十秒にも満たない沈黙を破ったのは、一体どちらが先だったか。喉を震わせた笑い声はすぐにこらえようもなくなって、繋がりあったまま身体を震わせる。
その刺激はたやすく熱を煽るけれど、どうにも止められず、ひとしきり二人して押し殺した笑みを零しつづけた。
「てめぇ、こんな時に笑わせんなよ。萎えちまうだろ」
「はっ、てめぇがそんなタマかよ。絶倫エロコックのくせに」
笑ったまま呆れたように言うサンジに、にやりと笑い返して。ゾロは意を決して、縋り付いていた壁を押すようにして身を起こした。
角度が変わったのか、埋め込まれたままのそこに強烈な快感が生まれ、思わず悲鳴のような声があがる。余韻にじんと身体が痺れたが、ゾロは腰を支えるサンジの腕に体重を委ねると、崩折れそうになる足をこらえ、汗で湿ったシャツに手をかけた。
「おい、無理すんなよ」
自分から言い出したくせに今更慌てるサンジを無視して、勢いよくシャツを脱ぎ捨てる。
あらわになった背にサンジが息を呑むのを感じ取り、ゾロはゆるりと口角を上げた。また壁に腕を伸ばし、誘うように突き出した尻を小さく揺らす。
「……イかせてくれんじゃねぇの?」
掠れる声で挑発するように言ってやれば、サンジの唇にも笑みが浮かんで。
「上等。啼かせまくってやっから、覚悟しやがれ」
「あっ! あ、ああ……!」
突き上げられ、密着させた肌を擦るように揺すぶられて、殺しきれない嬌声が路地裏に響きわたる。
掻き混ぜるような動きに仰け反り揺れた背中に、サンジは幾度も唇で触れてきた。啄ばむように軽く吸ったかと思えば、浮き上がった肩甲骨にきつく歯を立て、宥めるように舐め上げる。穿たれるそこや、白濁を零し始めた昂ぶりをしごかれて得る快感に比べ、それはひどく甘い陶酔を呼んで、どこにも意識を逃せない。
不意に抜き出されるぎりぎりまで引いた腰を、サンジは背骨を舐め上げるのにあわせてまた深く、ゆっくりと突き入れてきた。
音を立てて背を啄ばみながら、また引き出されていく熱を追って、ゾロは焦らすなとばかりに自ら腰をくねらせる。その動きに応えるように、小さく呻きを洩らしたサンジが、烈しく抽挿を始めた。
理性はもうあらかた打ち砕かれて、月明かりの下で嬌声を上げ、ゾロはがくりと肘を折った。
烈しすぎる突き上げに踵が浮き、爪先立って逃れる体を許さないとばかりに引き戻される。
サンジも限界が近いのだろう、開放を求めて震え雫を撒き散らす昂ぶりに与えられる快感も、より烈しさを見せ始めて。
最後の悲鳴が路地裏に響いた次の瞬間、しなった背中に痛いくらいに熱い迸りを感じ、ゾロは震える唇に笑みを刻んだ。