駆け抜けた風、一陣、ふわり黒衣の袖揺らし。髪靡かせて背を向けたが瞬間。
轟き渡った断末魔の雄叫び。混じる破裂音。
飛び散る肉片、足元にびしゃりと落ちるを気にも留めず。サンジはゾロに歩み寄る。
「おい、起きろよ、クソ竜子。終わったぜ」
くぅくぅと健やかな寝息を立てて、血なまぐさい臭気漂うを頓着するでなく眠るゾロに、浮かんだサンジの笑みは蕩けるような苦笑。
耳飾り下がる左の耳朶ついと撫で、低く甘い囁き落とす。
「さっさと起きねぇと悪戯するぞ、いいのか?」
途端ぱちりと開いた双眸。翡翠の瞳がサンジを映す。
「残念、起きちまったか」
「ったりめぇだ、色惚け道士」
むすりと顔しかめるゾロに皮肉げな笑み返し、サンジはくいと親指で背後指差し立ち上がった。
「起きたなら手伝え」
「……ああ」
指し示されたそれにうなずき、ゾロもゆっくり立ち上がる。
地べたに飛び散る肉片踏み進み、サンジの白い手がそれをそっと持ち上げた。
「悪いな、もう少し早く来てりゃ、助けられたのに……」
珠の如く掲げ持つ髑髏。わずかに伏せられた瞳、悼みに揺らぎ。うつむく横顔にゾロは眉根を寄せた。
「しょうがねぇだろ、頼まれて来たわけじゃねぇんだ。犠牲を増やさないだけでも上々だろうが」
思い患うことがどこにあると、ひょいと路傍の石でも拾う如く、己も髑髏を拾い上げる。
「そりゃそうだ」
軽く応えるサンジの顔は、すでに常と変わらぬ斜にかまえた飄逸な笑み。
横目で見やり、ゾロはかすかに目を細める。
胸をよぎる小さな痛み。気づかぬふりするには馴染みすぎて。知らず染まる頬隠すよに、腕の髑髏抱え直し、ゾロは憮然と唇引き結ぶ。
いつでもどこか飄々と、男には粗暴極まりないが、女の前では目も当てられぬほど脂下がる。あろうことか男のゾロにも頻繁に、不埒な悪戯仕掛けてくる、色道楽の風来道士。
天才と自負する仙術、並々ならぬは確かなれど、封じられた神通力なくとも切り捨てること、不可能ではなかろうものを。
すべての罪業背負うよな顔見せるたび、傍に寄り添い抱き締めたくなるから、始末におえぬ。
甘いと己を叱咤して、ゾロはサンジに歩み寄り、荒い仕草で抱えた髑髏を地に置いた。
「こら、もっと丁寧に扱え」
「痛がるわけじゃねぇだろうが」
ふんと鼻を鳴らして言い捨てれば、サンジは呆れて手を振った。
「はいはい。いいから、さっさと穴掘りな」
「俺がやんのかよっ」
「力仕事は若いもんがやるって決まってんだろ」
「てめぇのが八十は下だろ!」
「お前らと違って俺は人間なんだよ。七十に手が届く老体に、むごいこと言うな」
ことさら哀れもよおすように空咳すれば、ゾロのまなじりつり上がる。
「今更戯言ぬかすな。よれよれの爺が、一月半も毎日女通いするかっ。やりすぎて死ねっ、色惚け道士!」
喚きながらも腹立ち紛れ、がつりがつりと刀剣で土掘り出したゾロに、サンジは思わず破顔する。
「笑ってねぇでてめぇもさっさと掘れよ、節操無し!」
悪態つきながらも手はとめぬゾロに、いつもの口巧者ぶりどこへやら、言われるままに己も土掘り出したサンジの顔には、笑みばかり。
たわむれるように二人、やがて拾い集めた髑髏をすべて埋め終えると、サンジはすいと立ち上がり、急ごしらえの塚に手を合わせた。
「俺は坊主じゃねぇからな。形ばかりの念仏だが、勘弁してくれ」
静かに微笑み唱える題目。ゾロもこの時ばかりは神妙に、黙祷すること四半刻(三十分)ほど。
「さて、次はお前だな」
「……おいっ!? こんなとこでなにする気だ、阿呆道士!!」
切り裂かれた上着の胸元、覗く肌に唇落とされ。慌ててサンジの頭押しやろうとするが、サンジは一向びくともせず。
「や……っ」
「この手の毒は体に残る。清めねぇと巣くった瘴気に身は穢れ、気を乱される。放っておけば歩くこともままならなくなるぞ。大人しくしてろ」
乾いた傷跡舌先で辿り、真に迫る声音で囁けば、幼い四肢がびくりとすくむ。
「嘘つけっ。毒なんか、もう……あ! やだっ」
「確かに普通ならあんな毒、お前ら竜には効かねぇだろうがな。お前の神通力の封印は、後二つあんだぜ? ほら、もう気が乱れ始めて、力が入らないんじゃねぇか?」
傷口で囁く声、かすかに混じる揶揄の響きに気づきもせず。悪戯にうごめきだした指先、纏う布地の上からでも官能くすぐり。ゾロは息乱しながら首振り続ける。
「やめろって。やだ……んっ」
「今日はいつにもまして強情だな。そんなに淋しかったのか?」
「んなわけあるかっ。も、やめろってば」
身をよじり逃げ打つかたくなな四肢にくすり笑い、サンジの唇が耳飾り掠めるように囁き紡ぐ。
「俺は淋しかったぜ? 人が真面目に仕事に励んでるってのに、誰かさんは悋気起こして顔も見せねぇし」
伏せかけた瞼、はたと見開き。ゾロは潤んだまなじりつり上げた。
「女に乗るののどこが仕事だ!」
「乗ってねぇよ。結界張って辟邪(魔除け)の呪唱えての大忙しだ。この一月半、はからずも精進潔斎、清いもんだぜ?」
奴には悟られぬよう気を遣うし、疲れきったと嘆息すれど、ゾロが納得するわけもなし。
嘘だ触るなと喚く唇、不意にふさがれ。ひるむ口中するり入り込んだ舌、ゾロの舌に絡みつく。
押し返さんとする腕から、次第に力、抜け落ちて。甘く乱れる吐息まで、溢るる唾液とともに吸い取られる。耳を嬲る指先に、揺れる飾りが立てる音すら、蠱惑の響き醸すころ。
「人を喰うなら痺れを切らして村まで来るかと踏んだんだが、意外に辛抱強かったな。これほどかかるとは思わなかった。淋しい思いさせちまって、悪かったな」
「いつもは俺ばかり働かせるくせに」
とろりと瞳潤ませながらも、なぜ言わぬといまだ不貞腐れた風に瞳逸らすゾロの首筋、くすぐるように撫でながら。
「探し出すのが先決だろうが。気配隠すのだけは上手い奴だったからな。いつもの調子で殺気撒き散らされちゃ、逃げられちまう」
サンジの唇笑み刻んだまま、幼子宥めるよな囁き紡ぐ。
「あの後家さんもかよ」
拗ねた声音、甘える響き。抗う四肢が縋る気配見せ始めるを、当のゾロは気づいているやらいないやら。眼差し逸らすがせめての矜恃と、一向サンジを見もしない。
「誘われたけど、してねぇよ」
「嘘だ……」
「嘘じゃねぇって。奴の気配探すのに、場所借りただけ。借り賃にいい夢見せてさしあげたけどな。手は出してねぇよ」
耳に首筋にと落ちる唇、低く甘い囁きに肌くすぐられ。
「俺だって理由さえ言やぁ邪魔しねぇだろっ。いつもは傍にいろって言うくせに」
疑いに悋気起こしているというよりも、もはや引っ込みつかずに首すくめ抗う素振り。拗ねて甘える子供と変わらぬゾロの姿。サンジはあやすよに笑み深める。
「お前が傍にいたら、仕事どころじゃなくなるだろ?」
こんな風にと悪戯な笑み浮かべ、押しつけ軽く擦りつける腰、熱く下腹を燃え立たせ。息詰まらせるゾロの頬、花咲くように紅に染まる。
「色魔っ。節操なしの好色道士っ」
「はいはい。そうだろうともよ。わかったんなら、いい子にしてな」
「……やだ」
かたくなな言に、まだ機嫌はなおらぬかと溜息ついて。
「結界張ってあるし、念のためにチョッパーも見張りに立ってる。人が来る心配はねぇ。これでもまだ、お坊ちゃまはご不満がおありで?」
「大ありだ、阿呆道士」
諭すよに幾分呆れ声でサンジが問えば、ようやく向けられたゾロの双眸、上目遣いに。ためらいがちにサンジの黒髪、指先絡めつんと引く。
睨み付けるよな拗ねた瞳に、なるほど、合点がいったと瞳を細め。頬染めるゾロ見下ろして、サンジが刻む苦笑、蕩けんばかり。
ゾロの眼前おもむろに、白い指先ぱちりと鳴って。見上げる翡翠の瞳、眩さにすがまり微笑み作る。
目を灼く如き光の乱舞。指先すべらせればきらきらと、さらり零れる金の髪。ゾロの耳飾る金細工よりなお、豪奢にして鮮やかな。
満足気な甘い吐息一つ、微笑む唇から零すゾロに、苦笑に細める瞳の色、空の蒼より深い、紺碧の海の碧。
はるか外つ国の血顕著な髪と瞳。もはやこの地には誰独りおらぬはずの。
「我儘な公子だ。この髪見られでもすれば、俺は首を刎ねられるんだがな」
「人は来ねぇんだろ?」
悪戯に笑うゾロの手が、心地好さ堪能するように髪を梳き。いまだ隠された左目あらわにすれば、その笑みますます陶然となる。
「あまり見るとろくなことねぇぞ」
「今更だろ?」
髪の金より幾分淡い、月明かりに似た金の瞳。
見る者呪縛し、死にすらいたらしめる邪眼だと。自嘲に唇歪ませサンジは言うが、ゾロは今更だと微笑むばかり。
神通力封じる飾りより、囚えて放さぬはこの瞳と、胸の奥で独りごち。当の道士には教えてやらぬとくすり笑う。
確かに封じられるにいたった由辿れば、すべてはこの邪眼ゆえには違いなく。淫靡な逸楽仕掛けられた時には、我が身の不運と悔わぬでもなかったが。
孤高の虎思わす猛々しさと、静なる娥影の柔らかさ。ともに備えた金の瞳。ひとたび目にしたその刹那、心の臓のそのまた奥の、己もあずかり知らぬ深い内より沸きいで溢れた、不思議な渇望。喰われたいよな、喰い尽くしたいよな。わからぬままにこれが欲しいと心騒ぎ。
挙げ句。
「封じられてやる。その代わり、貴様が死んだらその眼をよこせ」
笑って言うたは己自身。
以来この男の侍童に甘んじて、斬り捨てることもかなわずに。あまつさえ、不埒なたわむれ許しもする。
退治するべき相手を案じ、邪眼見せたを悔いるとは、まったく馬鹿な男よと。嘲り嗤ったはずがこのざまだ。
だが、身を灼く餓えいまだ消えず。もはや幸不幸など気にもならぬのだから、しかたない。
今更だろう、悔いるころなどとうに過ぎた。
ゾロの笑みをなんと捉えたか、サンジの瞳、笑みを増し。
「なに笑ってんだ? お坊ちゃま」
「あっ、や……っ」
するり解かれた腰帯、指先、袴に入り込み。確かめるよに絡みつく。
「……もうこんなにして、堪え性のない奴だな。接して零さずが房中術の基本だと教えたろ?」
「や……んなの、どうでもい…あっ! ぅん、んん……っ」
頑是無い子供のように首を振り、金の髪に指絡めて引き寄せる。
「待てって。せっかち過ぎるぞ、お前。まずは傷を清めてからな?」
ねだる唇、口づけで宥め。巧みにゾロの上着はだけさせる。
あらわになる胸元、傷跡辿る指先に乱されながら、ゾロは不満気に唇尖らせた。
「まだ、んなこと言ってんのかよ」
「毒の話も嘘じゃねぇよ。清め終わったら、ちゃんとしてやるから。ほら、力抜け」
縋る腕そっと外し。真新しいその傷に唇這わせながら、宥めるよに震える肌をゆるりと撫でる。
再び滲み出した血吸い取り吐き捨てれば、下草穢してかすかに煙立てるを視線の端に認め、サンジは小さな安堵の吐息つく。
神仙の中でも生命力強い竜種であれば、よもやこれしきの穢れ、さして案ずることもなかろうが。過保護が過ぎるは悪い癖よと胸中で笑い、さてもう一仕事と再び唇、傷跡に寄せる。
「は…あぁ……」
ゆるゆると吹き込まれる息、薬効へと変じ。じわり熱持つ体に心地好く、ゾロは小さく吐息を洩らした。
「ご気分はいかがかな、公子」
揶揄の瞳で見下ろすサンジを軽く睨み。
「……悪い」
しかめめられる眉に、にやりと笑う。
「どっかの阿呆が焦らすから、すっげぇ気分悪い」
「そりゃ機嫌が悪いってんだよ。言葉を知らねぇ奴だ」
揶揄うように軽く頬を叩く手、むすりと払い。そのまま伸ばした腕が、サンジの首にするりと回る。
「どっちだっていい。早くしろよ、色惚け道士」
引き寄せ顔埋めた首筋、囁く声幼く。髪に差し入れられた指、甘えをあらわに縋りつく。
まったく色に惑うたはどちらだと、サンジは呆れた溜息押しとどめた。
常ならば、触れただけで色魔の節操なしのと喚くゾロの、この甘えよう。思った以上に淋しい想いをさせたようだと苦笑し、若葉色の髪優しく撫でる。
「では、公子の仰せのままに」
笑み含む声、形ばかりは恭しく。はだけた胸元に這わせる手のひら、なめらかな肌堪能する如く緩やかに。
「あ…んっ」
ふつり勃ち上がった胸の果実、紅く色づき固くなるを手のひらで転がせば、待ち侘びたと言わんばかりに哇咬洩らす。
あどけなくもある頬、喜悦に染め、きつい眼光消え失せた瞳、蕩けるように潤ませる様、淫蕩この上なく。童子とは思えぬ色香漂わせ、先を望んで揺らす細腰、淫奔な、蠱惑の獣思わせる。
ひとたび悦楽の波に飲まれれば、たやすく乱れ溺れるその性は、竜種の特性かはたまたゾロ固有のものなのか。いずれ有り難いことには違いなしと含み笑い、サンジは早くも蜜滴らせる花芽に唇寄せた。
零れる蜜一滴、舌先でちろり舐め取れば、途端、幼げな四肢、歓喜に震え。足りぬと言わんばかりに甘く呻いて、うねる腰突き出してくる。
「こら、竜王の皇子ともあろう者が、はしたないぞ」
「関係ねぇ、だろ…っ。大体、てめぇが…あっ、あんっ! ふっ…ぅん……っ」
淡い茂み掻き分け根元に押し当てた唇、啄むように吸いつかせ。時置かずねとりと絡みついた舌、緩やかに濡れる花芽舐め上げてゆく。
自ら開かれてゆく下肢に唇つり上げ、ねだる蕾に指差し入れれば、あられもなく上がる嬌声、喜悦もあらわ。
しなやかに背を仰け反らせ、震える爪先サンジの着衣の背をつかむにいたり、ようやくサンジは顔を上げた。
熟れきり震える花芽と己が唇、繋ぐ銀糸、ついと拭い。笑みに細めた瞳で悦愉に溺るるゾロの顔覗き込めば、熟した石榴の如き赫い双眸、潤み蕩けてサンジを映す。
淫蕩な表情とうらはら、ひたと見据える真っ直ぐな眼差しどこか幼く。忌み嫌われる左の邪眼、初めて見た時と同じよに、逸らしもせずに見つめてくる。
愛しいと、想い始めたはいつからか。囚われたのはどちらやら。軽く苦笑し口づけ落とす。
「まったく、我儘で甘ったれで、せっかちな皇子様だ。俺まで乱すな。寿命が縮む」
そんなに俺の眼が欲しいかと、笑いながら綻びだす蕾に熱い楔あてがえば、ふわり微笑む赫い瞳。押し入られまなじりから落ちる歓喜の一滴、頬を伝う。
「眼だけじゃ足りねぇ。全部よこせ」
乱されるはお互い様だと自ら腰押しつけ楔飲み込み、喘ぎながらサンジの頭を掻き抱く。
「冥府に落ちても引き擦り戻してやる。覚悟しろ」
「それこそお互い様だ」
瞳合わせてにやり笑い合えば、後は愉悦の波に飲まれるだけ。
川面を渡る風に乗り、高まる哇咬嫋々と、いつ果てるともなく響くだけ。
「いつまで怒ってんだよ、クソ竜子。可愛くねぇなぁ」
「うるせぇっ! あんなとこで二度も三度も盛りやがって……やっぱりお前いっぺん死ねっ、下半身だけ男!」
「てめぇが、サンジ気持ちいいっ、もっとしてぇって、咥え込んで放さなかったんだろうが。てめぇの淫乱ぶり棚に上げて、クソ可愛くねぇこと言ってっと、もっぺん犯すぞ、クソチビ竜子」
夕暮れの穏やかな川岸に不似合いな、不道徳な会話に染まるゾロの頬。羞恥かはたまた怒りゆえか。どちらにしても迷惑なことだと溜息つくチョッパーの心知らず。サンジの飄逸な笑み、揶揄の色を深め。
「大体、俺が死んだら、お前泣くだろ?」
「……んなわけあるかぁ! 今ここでその空っぽな頭刎ねてやる!」
「恥じらうならもっと可愛く恥じらえよ。刀振るうなぁ、やりすぎだろ」
「うるせぇっ! とっとと死ね! 阿呆! 色魔!」
人里離れたとは言うものの、かたや見つかれば斬首確実な異国民族の生き残り、かたや人には到底見えぬ妖魔もかくやな緑髪の童子。かように派手な痴話喧嘩繰り広げていてよいものやら。
変化解かれた己の姿棚に上げ、こんな端迷惑な痴話喧嘩など、人妖だって食いはせぬと、チョッパーが洩らした溜息、流れる風がさらって消えた。
それは今は昔、風が伝える物語。今はもう、風のみが知ると人の言う、長い物語の一説だということだ。
終