学び舎アルバム そのスマホ見るべからず

 キメツ学園には、まことしやかにささやかれる噂がある。いや、それは噂というよりむしろ、警告だ。

 曰く、冨岡先生のスマホを決して見てはならない。

 言われんでも、先生のスマホを見る機会なんてないだろ。そう苦笑したりあきれたりするのは早計が過ぎる。
 なにせ、キメツ学園高等部体育教師にして生徒指導の冨岡先生は、結構なうっかり者だ。
 冷静沈着、何事にも動じない。そんな評価は確かに間違っちゃいない。間違っちゃいないんだけれども、同時にうっかり屋さんなのだ。天然ドジっ子と言う者もいる。
 うっかりやらかしても、「お?」の一言で済ませるから、泰然自若として見えるだけで、内心ではかなり泡を食ってたりもするらしい。多分、事実だ。だって高等部一年の竈門炭治郎がそう言うんだから。

 そんなうっかり屋さんな冨岡先生は、しょっちゅうスマホを置き忘れる。なくさないのが不思議なほどに。もちろん、名前なんて書いてない。いっそ書いとけよと、先生のスマホをこれまたうっかりと発見してしまった生徒はみな思う。

 トミセンのだってわかってたら、絶対に画面を見たりしなかったのに、とも。

 そんな嘆きを裏付けるかの如く、冨岡先生は、わりと頻繁にスマホをながめている。操作しているわけではない。ただ眺めている姿をしばしば目撃されている。
 顔はいつもの無表情だ。でも、そういうときの冨岡先生は大概上機嫌らしい。多分、これも事実だ。だって以下略。
 まぁ、こちらに関しては、聞かなきゃよかったと誰もが思うわけだけれども。
 真っ赤な顔をしてモジモジと恥らいながら「スマホ見てると癒されるって言ってたから」なんて言われりゃ、なにが映っているかなんて聞かなくてもわかる。
 へぇー。と、チベスナ顔になるクラスメイトに、炭治郎は、言っちゃった! と言わんばかりに両手で顔を覆って恥らいまくるから、想像はきっと間違ってない。違ってほしくても、きっと間違ってない。残念なことに。

「いっそ、ハメ撮りとかのほうがマシだと思った……」

 うっかり冨岡先生のスマホを拾ってしまった生徒Aは言った。どんよりとした空気を背負いながら。

「一歩間違えたらストーカー……」

 同じく生徒Bは乾いた笑みを浮かべて言った。青ざめた顔で。

「トミセン、フリップもできないのに、なんで壁紙の切り替えアプリなんか入れてんだよ……」

 生徒Cはさめざめと泣いていたと言う。話しを聞いたクラスメイトが思わずもらい泣きするほどに。

「指しゃぶりしてる幼児を抱っこした、中学生ぐらいの美少年が映ったのは別に良かったんだよね……うっひゃぁ! なにこれ、目の保養! って思ったし」
「小学校低学年の男の子を膝抱っことか、微笑ましいよ? 仲がいい兄弟だなぁ~、似てないけどとか、うっかり思ったよ? でもさぁ!」
「アレ……何枚入ってんのかな……炭治郎とトミセンの2ショットばっかり、幼児から高校までズラズラ出てきたんですけどぉ!!」
「毎年一枚とかならわかるけどっ! わかりたくないけどまだわかるけども! 季節ごとに撮ってんじゃん! 春夏秋冬バッチリそろってんの一目瞭然じゃん! 成長記録どころじゃねぇよ!」
「膝抱っこして写真撮るのが許されるのは小学校低学年までじゃね? 学ラン着た中学生を膝抱っこしてんなよ! そして撮るなよ!」
「顔寄せあった自撮りとかならよかったのに……なんであの人たち抱っこしなきゃ写真撮れないわけ!?」
「……あのさ、竈門くんがだいしゅきホールドしてるやつ……アレ、生徒指導室に見えるんだけど……。自撮りだよね? 三脚とリモコンで撮ってるよね? トミセン機械音痴のくせに、全力かっ!!」

「あれでなんで秘密にしてると思ってんのかが、一番わからん……」

 隠すつもりならしっかり隠せ。そう言いたい。小一時間言って聞かせたい。できないけども。
 せめてスマホを置き忘れるのをやめてほしい。待ち受けに炭治郎との2ショットを設定するなとは言わない。無駄だし。でもせめて、人目につくところに置き忘れるのやめて! お願いだから!

 キメツ学園の生徒たちの嘆きは深い。仲良きことは美しきかな。別に反論はしない。しないけれども限度がある。仲良くするならいっそ公言しろ。隠しているつもりで駄々洩れなのが、一番鬱陶しい。堂々とイチャつかれたらイチャつかれたで、砂を吐くような目に遭うのはわかり切っているから、言わないけれども。
 それでも多分、冨岡先生と炭治郎が別れるようなことがあったら――そんなこと太陽が西から昇ってもあり得ないと思うけれども――きっと寂しいし悲しいのだ。だってもう生徒たちにとってふたりがラブラブなのは世の常識、この世の真理だ。険悪な状況にでもなったらおそらくは、この世の終わりが来ると怯える羽目になるのに違いないのだ。

 だからもう、自衛するほかない。バカップル丸出しで、ストーカー寸前の大量な2ショット写真に胸焼けするのが嫌なら、決して置き忘れたスマホの画面は見てはいけないのだ。

 もしもこれが冨岡先生のスマホだったら。手にする前にその言葉を頭に思い浮かべるべし。
 冨岡先生のスマホを、決して見てはいけない。

「炭治郎のスマホ借りても同じ目に遭うけどな……」
「知りたくなかったっ!!」